
実感のあるコメントですね
この方のF1キャリアは、本当にマネージメントによって閉ざされたって感じがしています
ザウバー最終年は、ペレスともども好調であり、上位チームへの移籍があり得る状況だったと思いますが
彼のマネージメントは、何を考えたのか、ケータハムを選択してきました
下位から数える方が早いぐらいのチームでしたね
時期的に物凄く遅い状況で、可夢偉本人がコネで、当時のロータス(今のルノー・・・アルピーヌ)のブーリエを頼りますが
当時資金繰りが悪化していたロータスは持ち込みスポンサーの無い可夢偉を拒否します
この時点で、浪人決定で、日本人サポーターのコネをつかって、フェラーリへ
WECを出場しながら、シートを探します
2014年資金を集めて、ケータハムに乗りますが
期待のルノーPUの出来の悪さ、チームの実力の無さ、資金繰りの悪化から
チームが消滅、F1キャリアの終了となります
現在は古巣トヨタからWECに出場しておりますが
相も変わらずの運の悪さを引きずっているような気がします
ほんの少しの幸運で、この方は物凄い結果に結びつくような気がしますが
何故にこんなにも不幸が付きまとうのか・・・
そんな可夢偉さんの提言、大変重たいです
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小林可夢偉が考える「角田裕毅のF1での成功条件」含蓄あるアドバイス
史上17人目の日本人F1ドライバーとして、
2009年から2014年にかけて最高峰フォーミュラ1で活躍した小林可夢偉は、
同18人目の後輩にあたる角田裕毅のF1での成功条件として
「敏腕マネージャー」を挙げた。
クラッシュによる脊椎損傷のティモ・グロックに代わり、
2009年のブラジルGPでデビューを果たした小林可夢偉は、
その年のタイトルを獲得する事になるジェンソン・バトンと
激しい攻防を演じるなど、センセーショナルな走りで
初戦9位フィニッシュを飾った。
ただその年を以てトヨタはF1撤退を決断。
小林可夢偉は巨大な支援者と行き場を失ったが、
ペーター・ザウバーにその実力を認められ、
3シーズンをスイス・ヒンウィルのチームで過ごした。
実力で掴み取ったシートだった。
2012年のF1日本GPでの3位表彰台は今も語り草で、
海外からは「オーバーテイク・キング」と高く評価された。
ポディウムセレモニーでの地鳴りのようなファンの歓声は、
欧州のジャーナリスト達が今も度々口にするほど強烈なものだった。
小林可夢偉がF1を去って7年。
驚異的なスピードでF1まで上り詰めた角田裕毅は、
デビュー戦となったバーレーンGPの予選Q1で2番手タイムを獲得。
Q2は奮わず13番グリッドから決勝をスタートしたものの、
歴代ワールドチャンピオン達を次々と抜き去り小林可夢偉と同じ様に
9位でチェッカーを受けた。
パドックはそのスピードとスキルの高さを称賛し、
名将ロス・ブラウンをして「近年のF1におけるベストルーキー」と言わしめた。
またシニアチームであるレッドブルの首脳、ヘルムート・マルコは
「日本人初のF1ワールドチャンピオン誕生は間違いない」として、
トップチームのレッドブル移籍を視野に入れている。
日本のみならず、海の向こうでの評価もうなぎ登りの角田裕毅だが、
波乱の環境変化の中で3チームを渡り歩いた小林可夢偉は
ポッドキャスト”Beyond the Grid”の中で、
F1で生き残り成功を収めるためには、
パフォーマンスやクルマとのマッチング以外にも目を向ける必要がある
との考えを示した。
「心配はしていません。
上手くやってくれると思っていますが、
彼には凄腕のマネージャーが必要だと思います」と小林可夢偉は語る。
「確かに彼は良い結果を残せると思いますが、ミスをする事もあると思います。
そうした場合に、チームに対して上手く説明してくれる人が必要です。
自分自身をマネジメントするためのフィルターが必要という事です」
「若くモータースポーツでの経験が乏しい場合、
メンタルや自信といった面でのマネジメントを手助けしてくれる人を
知っておく必要があります」
「時間をかければ、いつか良い結果が得られる事は間違いありませんが、
F1におけるチームとのイメージや彼自身のブランディングを
如何に管理するかが最も重要なことだと僕は感じます」
小林可夢偉は角田裕毅との初めての出会いを次のように振り返った。
「ホンダのレーシングスクールに入る前の事だと思いますが、
トヨタのスクールに来ていた彼を教えていた事があるんです」
「彼が14歳か15歳の時だったと思います。
何度か話をしました。先月も話をしましたよ」
チームの財政難からザウバーのシートを失い、
クラウドファンディングやスポンサー回りによって資金をかき集めるなど、
小林可夢偉はドライビング以外の部分で多くの苦労を重ねたが、
トヨタが撤退しなければ日本人初のF1ウィナーになっていた可能性もある。
トヨタがF1から撤退する事を事前に知っていたかと問われた小林可夢偉は
「いえ、噂があることは知っていましたが、通常すぐに辞める事はないので、
もう1年猶予があると思っていました。
それだけに本当にびっくりしました」と答えた。
「(2009年の最終)アブダビGPの後に電話があって、
ドイツでミーティングをしたのですが、
始めは2010年のシートのオファーだと思っていました。
ですが実際には、トヨタがF1から撤退するという内容で(笑…
本当にショックでした」
「正直なところ、あと1年あれば勝てると思っていました」
「エンジンはアップデートによって30〜40馬力向上する見通しでしたし、
(車体の)空気抵抗の低減による
トップスピードの向上も期待できる状況でした。
既にブロウンディフューザーを手にしていましたし、
技術的には十分にリードしていたと思います」
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角田さんのマネージメントはどうなってるのでしょうね
調べていないので、何とも言えませんが
ホンダがいる間はサポートしてもらえると思いますが
居なくなったら・・・別にRBRがサポートしてくれる訳では有りません
ベッテルやハミルトンは個人でやっていますが
フェルスタッペンは、パパとマネージャーの二人体制になってます
まぁRBRに長くいるつもりなら、マルコ爺の機嫌を損ねない人物を付けてもらいたいものですね
けして、トッドって名前が出てこない方が良いかと思います
実力だけでは、無理なF1の世界、どう過ごすんでしょうね
可夢偉さんのような消え方はやめて欲しいものです