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2012年02月04日

その瞬間 12分09秒 ~運命の第2ヒート・再び②~

その瞬間 12分09秒 ~運命の第2ヒート・再び②~  DVDの映像はまだ1分を過ぎたあたりまでしか紹介していなかった。中部博さんは丁寧に書き取ってはいるが、それは音声からのものに過ぎない。キビキビと闘いに備える男たちの動き。それを、ぼくは補足していきたい。

 掃除機のノーズがグリーンのボディサイドを舐めるように、せわしなく動き回っている。磯部アナウンサーの声が重なる。
「辻本さん、これは掃除機で何をはらっているのですか」
辻本「タイヤのカスですね。タイヤのカスが飛んできて、マシンのあちこちにつきます。ドライバーがクルマから降りてきたときによく分かりますように、レーシングスーツの膝あたりに、たくさん飛んできていますね」
磯部「最初は何かのホコリかなと思ったのですが、タイヤのカスですか」






 カメラはレーシングカーのむき出しのサスペンションからリアウィングを大写し、視聴者をぐいぐいとレース観戦の特等席へと誘ってくれる。

田中「それとかね、ラジエターのところにタイヤの屑なんか入りますと、オーバーヒートの原因になります」
磯部「よく夏なんか夜、虫が飛んできて、塞いじゃいますよね」
田中「いまね、磯部さん、このサスペンションまわりの、たとえばキャンパーを調整しているわけですが、先ほどのタイヤに熱がこもるというなら、タイヤを少し起こそうとか。これ、トーイン・キャンパー・ゲージと申しまして、一般のクルマあたりでも車検なんかに使う同じ道具を使って、精密にやっていますね」
磯部「極限状態で走りますから、細かいですよね、点検が……」
熱のこもった口調で田中健二郎さんが応える。
「そのとおりです」

 近年のモータースポーツの番組では考えられない分かりやすさだ。丁寧なメカニズム解説を映像がカメラワークで確実にフォローする。と、ここで宮廷音楽のような厳かな笛の音が、木漏れ日と一緒に登場したかと思うと、ハープの弦が奏でる華麗な旋律にとって代わり、レースの開始を待つ観客たちの様子が紹介されだした。







 中部さんの記述はこの部分を、「コマーシャルが入っていると思える録音中断があった」と片付けざるをえなかったようだが、じつはこの間の映像にぼくは吸い寄せられてしまった。
 なんという明るいモータースポーツファンの姿。芝生で弾けるように笑っているカップル。まるでお花見に来ているように陽気にはしゃぐ親子づれ。鉄板を持ち込んでバーベキューを楽しむグループ。焼きそばを口いっぱいに頬張る小学生兄弟。そして、おそらく第1コーナーあたりだろう、金網張りのフェンスによじ登ってコースを見下ろす若者たち。

 説明は何もいらない。こんなに底抜けに陽気なレース観戦光景は何を物語るのか。





音楽はいつの間にか、そのころ流行していたに違いないグループサウンズの歌声にすり替わっていた。コマーシャルのテロップ・ロゴが控えめに、画面の雰囲気を壊さないようにひっそりと流れている。「シック2枚刃スーパーⅡ」と「雨につよいカーマニキュア・ポリシールド」。

 1974年ごろのモータースポーツファンが、この日のレースを、心の底から楽しみにしているのが、ストレートに伝わる貴重なシーンだった。それだけに、この後に訪れる衝撃的なアクシデントの意味合いが、どのように問われたのか、容易に予測できてしまうのだ。

「間もなく第2ヒートが始まろうとしています。20周で争われます第2ヒート。第2ヒートの如何によっては、健二郎さん、黒沢選手の優勝もあるわけですね」

 磯部アナウンサーの呼びかけに合わせてカメラはコース上でグリッドについた各マシンを、1台1台、紹介し始めた。レースクイーンと談笑する長谷見昌弘選手が、なんとも若々しい。このあたり、まだまだスタートまで時間がありますから、和やかな雰囲気です、と磯部アナウンサーのフォローが入る。
 
 ここでやっと30秒のコマーシャルが2本、挿入された。先刻、テロップ・ロゴが流れただけの『スリーボンドのクリーンガン』と『シック・スーパーⅡ』が登場する。

 隊列を整えてスタートを待つマシンの間を縫って「3分前」のボードを掲げた赤いオープンカーが右から左へ駆けていく。「スタート3分前です」という場内アナウンスが流れている。

磯部「レースクイーンの高草純子さんが、いまスタート3分前を提示しました」
 コース員が吹いたであろうホイッスルの音がする。スターティング・グリッドにいる人々に退場をうながす合図のはずだ。
磯部「今日も5万6千という観衆がつめかけました富士インターナショナル・スピードウェイ。グラン300キロレース。第2ヒート。まもなくスタートが切られようとしております。さあ、健二郎さん、3分前が提示されました」
田中「はい、はい。やはりね、こういう時にはね、第1ヒートの自分のコンディション、それから成績、そういうのを検討しながら、いろいろ作戦を練ってね。やるんですけれど、こういう時が、いちばん嫌ですね」

 場内アナウンスが「スタート2分前」を告げている。17台のマシンのエンジンにいっせいに火がはいる。クランキングして、やわらかくウォーミングアップするエキゾーストノートにまじって、勇ましいカラ吹かしがところどころに聴こえる。まさにレースのスタート直前の緊張が伝わってくる。

磯部「じーっと、こう耳を澄まそうとする表情が北野選手ですが」
田中「そうなんです。これは黒沢選手ですね。いろいろね、自分が第1ヒートで失敗した、あのスタートがね。今度はどういう具合にやるか。それをあれこれ、いろいろ考えている時期なんですよ」
磯部「さあ、1分前がでました。やはりあの、耳でエンジンの音を聴いたりね、油圧が大丈夫かとか、いろいろ、こう……」
田中「はい、はい。磯部さん、いま、国光君のヘルメットが動いていますね。右、左を見ていますね。バックミラーを見たりと、なかなか、ベテランでも落ち着かないんですよ」

 第2ヒートに臨むにあたって真っ新な白いヘルメットに替えた国光選手が、さかんにレーシング・グローブでヘルメットのおさまり具合を気にする様子を捉えている。





  スタート1分前。エンジン・ウォームアップのエキゾーストノートがたかまっている。スタートにむけてエネルギーをためこんでいる音だ。

田中「それと、今度はね、先ほどの第1ヒートで1位をとったもんですから、高橋君が、第1ヒートで黒沢君がポールポジションと同じで、高橋君がようするに先導役ですね」
磯部「さあ、ローリングが始まりました」

 走り出す17台のマシンのエキゾーストノートが重なって聴こえてくる。レースファンをして興奮がたかまるサウンドだ。

磯部「ローリング開始であります。(正岡註:選手紹介は省略する)第1ヒートにくらべて、タイヤのいわゆる調節をはかるという、あの左右に動くのが、少ないようですね」
田中「これは我われが言ったことが通じたかどうか、知りませんけれどね、こうして温度(気温)もあがっていますからね、第1ヒートのような、あんな無茶苦茶なことをする必要はないですね」
磯部「ま、一応、第1ヒートで、タイヤがどのくらいもつかということは、分かってますね、もう。確認してますよね」

 ヘアピンにさしかかる各車。遠く箱根の山並みが見える。

田中「そういうことです。磯部さん、ちょっとペースが速いね」
磯部「そうですか。ヘアピンをたちあがって行きます。ペースカー先頭に17台が連なっています。高速コーナーです。今度はわりと間隔があいていますね」
田中「そうですね」
 
  最終コーナーを、まるでレースが始まったようなスピードで駆け上がる各車。黄旗を振る安友競技長。

磯部「高速コーナーから最終コーナーをたちあがってきましたペースカー。篠原孝道さんがステアリングを握っております。ポールポジションの高橋国光が左、その右側のほうに黒沢。さあ、今度は、どうでしょうか、辻本さん。(ペースカーは)はいりそうですか、一度で」
辻本「えーと、ですね。ペースカーがたとえ入りましてもですね、競技長のグリーンフラッグがふられないかぎり、レースがはじまりませんから」
磯部「ああ、そうですね。安友競技長のフラッグはイエローのままです」
辻本「もう1周です」
磯部「もう1周ですね」



 息をのんでグリーン・フラッグの振られる瞬間を待つ観客の表情が挿入されている。30度バンク。ぺースカーの真後ろを国光選手と2番手を行く黒沢車がほとんど並んだ状態で突入するが、そこから黒沢車はややイン側へとラインを変えた。各車が横山コーナーへと舐めるように移っていく。

田中「うーん」
磯部「隊列はわりと整っていたような感じはしたのですが、もう1周ですね」
田中「何か、競技長が念を押したいというような気持ち、だと思うんですがね」
磯部「そうですか、もう1周、ローリングであります。20周で争われます第2ヒート。第2ヒートで、もし黒沢選手が勝つようなことがありますと、黒沢選手の総合優勝ということになります。したがってポールポジションの高橋国光選手も安閑としてはいられません。Sターン・カーブです。ペースは、やはり第1ヒートに比較すると速いですね」
田中「うん、これはね、約ね、80キロぐらい速いね」

 S字から100R、そしてヘアピン、いまにも鎖から解き放たれそうな予感をたたえつつ、各車が300Rへ消えていく。

磯部「さあ、17台のマシンが高速コーナーに消えました。最終コーナーをたちあがってきました。ペースカーです。さあ、今度はどうでしょうか。入りそうですか。左、赤いクルマが高橋国光です。安友競技長のイエローフラッグ。ペースカーは、右のウインカーを出しました。ピットロードにそれます。安友競技長のイエローフラッグは、いまグリーンに変わりました。いま、第2ヒート、一斉にスタートです!」
 安友競技長がグリーンフラッグを背中からひねり出す瞬間が大写しされた。





 全開走行を開始した17台のレーシングマシンがかなでるエキゾーストノートに、エフェクト処理がなされ、リバーブ(残響)してたかまり、やがて静かにきえていく。砂浜に大きな波がおしよせ、ブレークして広がり、やがて引いていくようなイメージだ。

 このシーンの映像が包み隠さずぼくの目に飛び込んできた。左右に各車が大きく広がる。カメラはストレート・エンドからのアングルだ。先頭の赤いマシン、つまり国光車が、向かって右側に寄った。背後のマシンに自分のスリップを使わせない意図が看てとれた。と、次の瞬間、右端の白いマシンが片足をグリーンゾーンにはみ出させた。そして、あの瞬間が、あっという間に始まり、あっという間に惨劇と化してしまう。思わず、一時停止のボタンを捺してしまった。カウンターは12分09秒を指していた。                       (以下、次回のアップまで)


★「題名のない映像」は37年前に12CHから放映されたもので、その資料性に鑑みて、ぼく自身が静止画からスキャンして、あえて掲載したものです。
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Posted at 2012/02/04 03:41:57

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この記事へのコメント

2012年2月4日 21:52
このアングルは初めて見ました。
そもそも、テレビで放映した?ものは、どんなにネットで探してもありませんから、貴重ですね。
しかもこの1コーナーのアングル(@_@)
私が生まれる2年前の話で、日産の三羽烏と呼ばれた3人のこと、「確か走路妨害みたいに言われて大変だったはず。」と父から聞いていて、大人になってから色々と調べてショックを受けました。
今後の更新も楽しみにしています。
コメントへの返答
2012年2月4日 22:12
こんばんは。

動画の形で、いずれ何らかの方法で、ご覧いただけるよう、工夫してみます。

モータスポーツをもっと素直に楽しめるようにしたいと願っています。
2012年2月5日 22:12
ここ数日かけて、昨年からの過去の記事を改めて読み返させていただいておりました。

なるほどヒートⅠの展開、臨時ドライバーズミーティングの経緯と、ヒートⅡのスタート展開(ペースカーの先導ペースアップ)という、点と点が線で結ばれていくことが分かりました。

やはり第1ヒートの映像が失われているのが悔やまれます。
コメントへの返答
2012年2月6日 0:44
中部博さんの本は4月24日ごろ発売されるそうです。かなり書き込んだそうですから、楽しみにしています。

第1ヒートの映像もきっとどこかで眠っている。そう思えます。きっと、ね。

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「交流戦に入っても3連戦の初戦を落としてしまう虎軍団。到頭、4番の大山、守護神であるはずのゲラをサト輝のいる2軍に降格。そんな荒療治ができる岡田を褒めるべきか。これからに注目。といいながらも楽天との第2戦も7回で2-0とリードしていながら近本を筆頭にスカッと行かない。若手に期待!」
何シテル?   06/05 20:30
1959年、講談社入社。週刊現代創刊メンバーのひとり。1974年、総合誌「月刊現代」編集長就任。1977年、当時の講談社の方針によりジョイント・ベンチャー開...
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