
とても素晴らしい本です。友人から借りました。しかも日本語だ読み易い。(^。^)
映画では描かれていない話

1964年先ずベースとなったローラGTのエリックブロードウェイとフォードのロイランの確執(仲を取り持ったのは監督ジョンワイヤー)、結果アルミではなく全部スチールのモノコックとなり200kg重くなった。アルミは消耗が激しく数戦しか持たない。フォードGTは何年もレースを走れた。
最初のエンジンはウインザー260をベースにしたインディ用のアルミブロックドライサンプから直ぐにウインザー289の4.7Lスチールブロックウエットサンプへ。一見スペックダウン風ですがインディ用は音はいいがパワー(トルクね)ないそう。ウインザーはマスタングのエンジンです。

1965年レース活動をシェルビーアメリカに取られたイギリスフォードでは軽量化プロジェクトが始まり、ロードスター、軽量FRPカウルが開発され70kg位軽くなった。又空力が問題だったフロントノーズ形状はレンベイリーが通称ルマンノーズを考案する。しかしアメリカサイドは意地で次の年まで使用しなかった。イギリスではプライベーター向けに4.7Lを生産。
1965年 アメリカサイドは重いフォードGTで勝つにはパワー必要と新型7LエンジンFE投入マーク2。ナスカーのショートストローク427エンジン。ロングストローク版の428は1966年からマスタングにも搭載。

1966年のルマンテストデーに登場したオールアメリカンJカー、軽量化アルミハニカムモノコック、空力カウル。テールランプはマーキュリークーガーの流用。この年デビューしたマスタングシェルビーGT500市販車もそれを流用した。ルマンを勝ったのはマーク2

1967年 ジョンワイヤーはフォードイギリスが独自に軽量化トライしていた4.7LのGT40の権利を買い取りミラージュM1開発5Lと5.7Lのプロトタイプクラス参戦。キャビンが狭く空力向上。ルーフはアルミ。ルマンを勝ったのはマーク4

1968年 アメリカフォード撤退後、5年目の古いGT40マーク1がトータル50台生産で新量産クラスに合致すると気がついたジョンワイヤー。軽量化アルミルーフ、5Lの公認も取る。ヘッドはナスカー用のガーニーウェスレーク製へ。トラブルのポルシェ908に5周の差をつけルマン優勝

1969年 ミラージュM2コスワースDFVで戦うが、ルマンでは耐久性の6年目GT40マーク1を引っ張りだす。新型ポルシェ917がトラブルでリタイヤ後、908とデットヒートの末に、まさかのGT40が連覇しかも去年の優勝マシンだ。凄い耐久性のスチールモノコック。優勝したイクスがルマン式スタートの危険性に抗議してゆっくり歩き、最後尾からスタートしたのは優勝する気がなかったせいもある。

ルマン優勝はゼッケン6ガルフカラー。赤いラインが末広がりはエースカーの印

1968年 フォードイギリスのP68 DFVは又別の話
あー楽しかった。本貸して頂きありがとうございました😊
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Posted at
2020/02/06 22:09:11