
ウチのNSXは平成3年式のいわゆる初期型クーペ。既に今年の1月で21歳になる(苦笑)。ボクの手元に来てまだ10年は経っていないが、どうやらボクが3人目か4人目のオーナーらしい。ちなみにフロントに修復歴があるのは購入後に知った。特別程度は良くなく、値段は若干安目。決め手だったのは足がQuantumに換えてあったこと。まぁ、詳細な馴れ初めは気が向いたら改めて書こうと思うが。
NSXを買おうか、、、と考えたとき、本当はTYPE Rが欲しかった。そうしなかった理由はまぁ経済的な理由だ。クーペなら無理なく手が出たが、TYPE Rだとちょっと無理が必要で、タマ数も限られていた。どうせ買ったらあれこれイジってしまうだろうし、との割り切りでクーペにしたが、TYPE Rが憧れであったことには間違い無い。
クーペの購入後、暫らくは「いつかはTYPE R」という想いが心の底にあったのだが、数年前にその想いが無くなり、今はずっと、可能な限りこの初期型クーペを維持していきたいと思っている。今日はその辺について書こうと思う。
ホンダは元々大衆車メーカーであり、しかしVTECエンジンに代表されるようなクラス最強のパワーユニットを持つスポーツグレードは、ベースが大衆車であってもヘタなスポーツカーより余程速くて楽しい。その最たる存在がFF TYPE Rシリーズと言えるが、残念ながらあまりに速過ぎて楽し過ぎて、ベースグレードの販売に貢献するようなイメージリーダーにはならなかった。しかし初代TYPE RであるところのNSX-Rは、唯一の成功例としてNSXのイメージリーダーの地位を得ていると思う。恐らく数年前のボクと同様に、NSX-Rに憧れ、しかし手が届かないがせめて、とNSXクーペの中古車を手にする人が多いと思う。実際に買えるor買えないの問題を別にしても、ほとんどのNSXオーナーがNSX-Rが欲しい、或いは一度は乗ってみたいと思っているに違いない。
ボクも例外ではなかったのだが、今は異なる想いがあり、あえてクーペを所有し続けたいと考えている。もし買い替える機会があれば、リトラ最終型の3.2Lクーペに今のクルマのパーツを移植するか、同型の3.0L ATモデルにMTを換装するか、なんて考えているくらい。買い替える理由は97年型以降のボディー剛性に魅力を感じて、ということなのでマニアックな理由であるが(苦笑)。
NSXがデビューした1989年、くしくもポルシェ911が964型へ、フェラーリ328が348へ代替りした時期でもある。3L前後の排気量を持つ本格スポーツカー(或いは日本初のスーパーカー)として評価されることになったワケだが、バブル経済の効果で納車まで3年待ちと空前の人気となる一方で、専門家の評価は必ずしも果々しくないものも多かった。
曰く、乗り心地が良過ぎ、乗り易過ぎ、おおよそスポーツカーらしくない、という意見である。
中には「ゴルフバックを積むためのトランクルームを造る為にリアのオーバーハングを伸ばすなど、スポーツカーとしては言語道断!」なんて流言まで。これは完全な流言であり、どっかの馬○ジャーナリストが意図してか、はたまた完全に誤解してか、ではあるのだが、まぁそんな話まで飛び出すくらい、注目のクルマであったことは事実だ。
NSXの評価は人によって様々な意見があろうが、その事をひとつひとつここで挙げるつもりはない。しかし、ボクがこの初代NSXの初期モデルの価値を再認識したのは、今紹介したデビュー当時と、そこから数年を経て明らかになる、歴史的な意義について、自分の中で再評価した結果である。
そう、NSXはこの初期型のクーペからその歴史が始まり、スポーツカーの歴史に恐らく唯一無二の足跡を残した、と云えるからだ。
先にも書いた通り、NSXが登場した1989年、ポルシェ964、フェラーリ348がデビューしている。つまり開発期間中、ポルシェ911は930型、フェラーリは328が現役であった。NSXは当然、ポルシェ930やフェラーリ328を凌駕する性能を身に付けてデビューしたワケだが、ライバルも座して後塵を拝するを由とはしなかったということだ。新世代の964や348が市場におけるライバルとなった。
NA1と964、348、どれが最も優れていたか?調べれば色々なデータは得られるだろうし一定の結論も出るだろうが、ここでは言及しない。しかし、964の、そして348のモディファイの必要性を非公式であれ認めた人たちが居るのだ。
当のポルシェ、フェラーリ自身である。
964の先代たる930のデビューは1978年から1989年までの長寿を誇った。964型への移行時、ボディを一般的なモノコックに、サスペンションを前ストラット、後セミトレーニングアームと大幅に変更している。そしてこの新世代911の寿命は11年の長寿を誇った930型に対して、僅かに4年となった。
348の先代となるV8フェラーリは328で、これは1985年のデビューであるが、排気量を200cc拡大したいわゆるマイナーバージョンアップであり、ベースとなった308GTB時代を含めれば、基本設計は1976年からの、これも長寿となるモデルである。やはり先代の鋼管スペースフレームをモノコックに改め、横置きだったエンジンを縦置きに変更するなど、大幅な変更を行った新世代モデル、のはずだった。これも後継のF355に1994年5月にバトンを渡している。
そして4~5年という、それまでのポルシェ、フェラーリでは考えられないような短期間で後継モデルにバトンタッチしたにも関わらず、ポルシェは1997年に996型へ、フェラーリは1999年に360モデナへと更なる進化を加速させた。
何が彼らをそこまで駆り立てたのか?なぜそんなにまで急速に、パフォーマンスと信頼性の向上に血眼にならなければならなかったのか?
結果的にこの後の両社のクルマ造りの変化は、現在の成功へと導くことになるのだが。。。
きっと彼らや、ポルシェやフェラーリのオーナーやファンに対して「それはNSXの存在があったからでしょ?」と問うても、決してYESとは言わないだろう。しかし十数年後、或いは数十年後にスポーツカーの歴史を紐解く評論家が現れたとして、今日のポルシェやフェラーリの成功の歴史を振り返ったとき、そのクルマ造りにおけるターニングポイント(転換点)はいつだったのか、そのとき一体、何が起こったのか?それが1989年であり、そのときに市場に登場したライバルがホンダの初代NSXであった、という結論に至る者が、ひとりやふたりは居るだろう。
ボクの解釈はこうだ。
当時のポルシェもフェラーリも、スポーツカーメーカーとしての地位は今と同様に確立していた。ビジネスとしてどうか?は今とは相当に両社とも事情は異なったろうが、商品のブランド価値という意味においては、絶対の自信を持っていただろう。1989年に次世代型をデビューさせたとき、恐らく両社はこのモデルで8~10年くらいはイケると踏んでいたと推察する。そこに登場したのがNSXであった。彼らを駆り立てたもの、それは恐怖心に他ならない。性能的な評価だけであれば、きっとそうはならなかったろう。最も彼らを恐怖させたのは、恐らくNSXが持つ快適性と信頼性だ。パフォーマンスだけならエンジンの排気量を上げたり、ターボモデルやスペシャルモデルなど、ライバルを凌駕するやり方はいくらでもあろう。しかし快適性や信頼性はどうか?更にパフォーマンスに関して言っても、964や348はNSXを圧倒出来ていたか?
「我々のユーザーは、パフォーマンスで遜色無く、快適性や信頼性が圧倒的なNSXの存在を知って尚、我々の商品を選んでくれるのか?」こう自問自答したときの、ポルシェとフェラーリの出した回答が993でありF355ではなかったのか?しかもそれらのモデルが登場した後も、彼らは進化の手綱を緩めない。ホンダも1997年にNA2へとNSXを進化させて迎え撃った。
そう、一般にとか、自動車評論家がとかではない。恐らく最もNSXを高く評価したのが、スポーツカーメーカーであるポルシェやフェラーリであったのだろう、というのがボクの結論のひとつ。
ポルシェは1997年に911のフラット6をついに水冷化したワケだが、社内で「これからの時代に合わせて環境性能を高め、パフォーマンスにもいてもライバルを圧倒し、911のブランド価値を維持するために、エンジンの水冷化は必要だ」などという議論がなされたであろう。この議論の中で「ライバル」という言葉で語られる具体的なクルマの1台がNSXであったろうことは想像に難くない。
フェラーリはもっと直接的であったと想像する。なんせ1980年代後半に、F1でこっぴどくホンダにやられ続けたのだから。F1のレースフィールドのみならず、市販のスポーツカーにおいてもホンダの後塵を拝することなど許されない。なにしろ、ホンダはNSXが売れなくても会社は傾かない。フェラーリは8気筒モデルの失敗が会社の存続に直結するのだ。絶対に負ける訳にはいかない。F355で性能的にNSXを凌駕するなど当たり前。360モデナで完全に突き放すまで、その進化の速度は緩めなかっただろう。
もちろん、NSXの存在が唯一の理由だと述べるつもりはなく、両社を駆り立てた要因のひとつだったのではないか?という見方だ。
そして次に、TYPE Rの存在。その快適性やコントロール性の良さから、スポーツカーらしくないと散々言われた初期型クーペであったが、じゃぁこれでどうよ?という訳でもなかろうが、NSXを走りに特化させたらこうなります、というのがTYPE R。その特化ぶりは徹底していた。走りのパフォーマンスに文句を言っていたジャーナリストは全員、黙った。いやぁ痛快。
しかしここで考えてみた。もし1989年に登場した初代NSXがTYPE Rだったら?NSXは同様の評価を得られたか?ポルシェやフェラーリはどう受け止めたか?という疑問。
今でも、そして恐らく当時も、走りのパフォーマンスに特化し、ポルシェやフェラーリをある部分で上回るスポーツカーは時々、登場している。しかし歴史がありブランドイメージを確立している両社に近年、影響を与えるに至るクルマやメーカーは居なかった。
そう考えると、走りのパフォーマンスだけでは、やはりその影響力は限定的のように思えるのだ。
先ずNSXがあり、そのバリエーションとしてTYPE Rがあった。この順序もまた重要ではなかったか。
「ニュー・スポーツ・X」の頭文字を取ってNSX。文字通り、自動車史においてスポーツカーの新しい時代を切り開いたクルマ。そう思ったとき、その初期型を手元に置いておくことに、それも悪くない選択肢だよな、という自分なりの納得感を得て、今はNA1と共に居る。
6速ミッション、ブレーキ、ABS等、最終型の部品を移植するなどして完全にノーマルとは言えず、結構気ままにイヂっているウチの愛人(笑)だが、これからも末永く大事にしたい。
タイトル画像は手元にあるもっともノーマル然としたもの。歴史はここから動いた!なんちゃって(^_^;)