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○しもとのブログ一覧

2011年03月19日 イイね!

残すべき体験談のひとつとして

とあるブログエントリーについて、とても大事な話だと思いましたので、ここに記録しておこうと思います。
これは僕の無力さやボランティア精神の無さを擁護するための方便・いいわけではありません。
ましてや、ボランティアや募金・基金活動を推奨あるいは否定するものでもありません。

幸いにして、僕は自然災害等の被害を直接的に受けた経験がありません。
様々な被災地へのボランティアの経験もありません。
「このエントリーはボランティア自体を否定したものではなく、より効果的な参加方法を、冷静に模索して欲しい」という考え方に共鳴したことからの行動です。

著者の意思を尊重するため、あえて直リンクや著者名の記載はしないという判断をしました。
(でも、探せばすぐにわかると思います・・・。)

以下、原文ままに転載します。


---------------------

被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ~僕の浅はかな経験談~

阪神大震災が起きたとき、僕は高校3年生で、しかもセンター試験の翌日だった。
遠くから沢山のトラックが走ってくるような、不気味な音が夢うつつに聞こえ、気がつくと家全体が揺れていた。父親にたたき起こされて玄関を開け、ガスを閉めてTVをつけると、阪神高速が崩壊していた。家が揺れた恐怖と、テレビの実感の無さと、街中の静けさが記憶に残っている。

その日は登校してセンター試験の自己採点を行い、二次試験のための面談をしなければならなかった。僕は迷ったが、結局自転車で出発した。大阪城の堀から水が溢れ出していた。
学校に着くと全てがいつもどおりで、来ていない生徒もいたが、先生は特に何も言わなかった。粛々と自己採点し、粛々と面談が行われた。僕達の仲間で三宮と西宮に住んでいる友人がいたのだが、さすがに登校はしていなかった。昼休みに仲間3人で、二次試験が終わったらボランティアに行こうと話をしていた。

下校時刻になって、担任の物理教師がおもむろに話しだした。
「今回の震災で我校の教師や生徒も被災者となり、登校できない人がいます。センター試験が終わり、受験生としての役目を終えた人もいると思います。あなた方の中には、正義感や義侠心に駆られて現地に乗り込む人もいるでしょう。それは間違ったことではありませんが、正直に言えば、あなた方が役に立つことはありません。それでも何かの役に立ちたいという人は、これから言う事をよく聞いてください。

まず食料は持って行き、無くなったら帰ってくること。被災地の食料に手を出してはいけません。
寝袋・テントを持っていくこと。乾いた床は被災者のものです。あなたがたが寝てはいけません。
作業員として登録したら、仕事の内容がどうであれ拒否してはいけません。集団作業において途中離脱ほど邪魔なものはないからです。
以上の事が守れるのであれば、君たちはなんの技術もありませんが、若く、優秀で力があります。少しでも役に立つことがあるかもしれない。

ただ私としては、今は現地に行かず受験に集中し、大学で専門的な知識や技術を身につけて、10年後20年後の災害を防ぐ人材になって欲しいと思っています。」

言葉の端々は忘れてしまったが、教師が言いたかったことは今でもはっきり憶えている。

結局僕たちは、物理教師の言ったとおり、なんの役にも立たなかった。
配給のパンを配って回ったり、お年寄りの移動に付き添ったり、避難所の周りを掃除したり、雑用をさせてもらったが、持っていった食料は5日で尽きた。風呂には入らなかったが、寝るところは防犯上困ると言われて避難所の中で寝た。生活のインフラ整備や瓦礫除去作業は、消防や自衛隊があ然とするくらい力強く、迅速に問題を解決していった。僕達の存在は宙に浮き、遊び半分で来たボランティアごっこのガキ扱いをされていた。実際手ぶらで現地に入って、汚い仕事を嫌がるような若者はたくさんいたし、そういうグループと僕達が、能力的に大きな差があったかというと、とてもそうとは言えなかった。
僕達が現地で強く学んだことは、「何かして欲しい人」がいて「何かしてあげたい人」がいても、事態は何も前進しないということだった。人が動くためには、「人を動かす人」が必ず必要になる。社会人なら常識として知っている事さえ、僕たちは知らなかった。

僕達は現実に打ちひしがれて現地を離れ、浪人を経て京都の大学生になった。そして被災地への情熱も無くなっていった。結果的に僕達の正義感は、ハリボテだったのだ。正直に告白し、反省する。僕たちは、神戸への気持ちを、たった一年間も持続させる事さえできなかった。

今回の震災で、被災した人の役に立ちたい、被災地のために何かをしたい、と感じている若い人達がたくさんいると思う。でも慌てないで欲しい。今、あなた方が現地で出来ることは、何一つ無い。現地に存在すること自体が邪魔なのだ。今は、募金と献血くらいしか無いだろう。それでも立派な貢献だ。胸を張って活動して欲しい。
そして、是非その気持を、一年間、持ち続けて欲しい。もしも一年経って、あなたにまだその情熱が残っているなら、活躍できるチャンスが見えてくるはずだ。仮設住宅でのケアや被災者の心の病、生活の手助けなど、震災直後よりも深刻な問題がたくさん出てくる。そういった問題を解決するために、NPOなどが立ち上がるだろう。その時に初めて、被災地は「何も出来ないけど何かの役に立ちたいと思っている、心優しいあなた」を必要とするのだ。もしかするとそれが、あなたの一生を変える大きなきっかけになるかもしれない。

結局僕は紆余曲折を経てGISの技術者になり、専門分野は違っても、多少なりとも防災の分野に寄与できる立場に辿り着いた。あの頃よりも、少しは人の役に立てるようになったんじゃないかなと考えている。

2011/3/15 追記

沢山の反響ありがとうございました。同じような経験をされた方もたくさんおられたようで、あの時感じた孤独感が今頃癒されております。

僕は上記のエントリーで一年は待ってみようと書きましたが、そんなに待たなくてもいいようです。すでにNGOなどの支援団体が、ボランティア受け入れに向けて動き出しているみたいですね。もちろん募集など具体的に動き出すのはまだ先になるでしょうが。

時間と体と情熱のある人は、そういった「人を動かす人」としっかり協力して、自分の能力を最大限に発揮して欲しいです。もちろん1年、2年、5年、10年スパンで細く長く復興を援助する気持ちもとても大切だと思います。


2011/3/17 追記

東日本大震災:ボランティアの情報共有へ組織…40団体
http://mainichi.jp/select/today/news/20110317k0000e040015000c.html
災害ボランティア情報まとめ
http://vola.sub.jp/

2011/3/18 追記

このエントリーおよびブログは3/23日で削除することにしました。
内容の誤解により今後のボランテイア活動を阻害する恐れが出てきたからです。
詳細は3/17のコメント欄を御覧ください。

---------------------

<以下、3/17のコメント>

このエントリーを読んでいただいた皆様
色々とご意見いただきましてありがとうございました。
他のエントリーやコメントにも書きましたが、このエントリーはあくまで私の個人ブログに、
自戒・懺悔の意味で書き記したものです。
もちろんそれが他の方の力になったのであれば嬉しく思います。
まさか「善意の炎上」というものがこの世にあるとは思えませんでしたが(笑)。
心配のコメントもいただきましたが、このブログ自体は開設して日も浅く、
私自身が有名人になったわけではありませんので大丈夫です。ありがとうございます。
実は私の文章の拙さが原因で、いくつか誤解が生じているようです。
自分の思いがすべての人に完璧に伝わるなどという傲慢な考えは流石に持っていませんが、
現実問題として弊害を生むのであれば、書いた者として責任をとる義務があると感じています。

いただいたご意見の中で、私が最も深刻かつ意外に感じた誤解は、
「『僕』が、現地ボランティアは害悪だから、素人は現地に行くべきではないと論じている」
というものです。

確かに私は文章中で、素人が現地に行っても邪魔になるだけだ。と書きましたが、
これはあくまで災害発生直後の「救出フェーズ」に「無組織で」乗り込むことの
非効率性を書いたつもりでした。
これに対して、「いや私はその状況で乗り込んで役に立ったのだ」という意見に対しては
私はとても嬉しく感じています。
以前も書きましたが、この問題にはこれという正解はありませんので、全ての判断・経験が
平等に尊重されるべきだからです。

しかし、「現地ボランティア自体を否定している」
「募金の方が現地ボランティアよりも崇高であると言っている」
という誤解は、今後のボランティア行動全体に水を差してしまう危険性を感じました。
これが私が深刻に思った理由です。

意外だったのは、私の予想よりも多くの方が同じような誤解をされているという事です。

今後この震災は、「救出フェーズ」から「復興フェーズ」へと移行していきます。
被害の軽微だった地域では、すでにフェーズが移行しているかもしれません。
その時こそ、時間と体力と情熱のある人は、是非ボランティアに応募して欲しいと
考えています。

しかし上記のような誤解を招く表現を、この文章が内包しているのであれば、
いつまでもweb上に置いておくべきではないと考えました。

また、今後は今回の震災に関する新しい情報がどんどん入ってくると思います。
すでに前回の震災には無かった問題が散見されます。
前回の経験は、震災直後の情報が全くない状況で、情報が蓄積されるまでの「繋ぎ」としての
役割を果たせれば、それでいいのではないかと考えます。
前回の経験を篩いにかけ、今回の状況と合わせることで、よりよい経験を残して行くべきです。

以上の理由により、このエントリーおよびこのブログは今月23日をもって
削除することにしました。

引き続き文章のコピーや引用は、それぞれのご判断にお任せいたしますが、
ただ、できましたらご活用の際は、
・このエントリーはボランティア自体を否定したものではなく、どうせならより効果的な
 参加方法を、冷静に模索して欲しい
という趣旨である事を補足していただけるとありがたいです。
情けないことに、私にはどう言葉を修正すれば真意が伝わるのかが分かりかねますので・・・。
また、マスメディアへの転載はどうかご遠慮下さい。
私の大切な思い出の部分もありますので、能動的にマス配信されることにどうしても
抵抗があります。どうかご理解下さい。

今回の「炎上」では本当に色々面白い経験をさせていただきました。
twitterの友人も増えましたし、facebookも塩漬けにしていたのが強制的にたたき起こす事になりました。
様々な業種の方とコンタクトがとれたのも嬉しかったです。
みなさんのコメントが消えてしまう事が心残りです。どうかお赦しください。

願わくばこのエントリーを読んで、少しでも多くの若者達が、
僕が挫折したボランティア活動の続きを経験し、苦しみの中に多くの成長と喜びを
得られますよう、また一日もはやく被災地に明るい朝がやってきますよう
心からお祈りしています。


---------------------

以上、原文でした。
Posted at 2011/03/19 13:59:39 | コメント(1) | トラックバック(0) | 徒然 | 日記
2011年03月15日 イイね!

輪番停電マップ(yahoo)

yahooのスタッフブログで輪番停電マップが掲載されています。
http://blogs.yahoo.co.jp/yjmapstaff/62916182.html
Posted at 2011/03/15 14:04:41 | コメント(1) | トラックバック(0) | 徒然 | 日記
2011年03月13日 イイね!

輪番停電情報

輪番停電情報輪番停電情報です。
東電のHPは混み合っています。

自分の家のエリアは2,3,4の3つのグループに入っていました。
9:20~17:30まで停電ですか・・・?




エリア図等↓(フォトギャラ)
https://minkara.carview.co.jp/userid/243192/car/135895/2496501/photo.aspx

まとめURL↓
http://gigazine.net/news/20110313_rolling_blackouts/


東日本大震災:需給逼迫による計画停電の実施と一層の節電のお願い=東京電力

 需給逼迫による計画停電の実施と一層の節電のお願いについて

                    平成23年3月13日

                      東京電力株式会社

 3月11日に発生いたしました三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震により、福島第一および第二原子力発電所をはじめ発電所および流通設備など当社設備が大きな影響を受けていることから、当社供給区域における電力需給が極めて厳しい状況になっております。

 これまで当社は、他の電力会社からの応援融通受電などにより、電力の安定供給確保に全力で取り組んでまいりました。また国からは、国民の皆さまや経済団体に向けて節電の要請をしていただいているところです。

 しかしながら、今後予想されます電気の使用量に対し、供給カが大変厳しい状況にあることを踏まえ、予見性ないまま大規模な停電に陥らないよう、明日以降は、計画的に停電をお願いさせていただきます。これまで停電回避に向け、全力で取り組んでまいりましたが、このような事態を招いてしまったことを、お客さまをはじめ広く社会の皆さまに大変ご迷惑とご心配をおかけし、誠に申し訳なく思っておりますが、当社としては、安定供給に向け早急、最大限の対策を講じることで、一日も早い復旧に取り組んでまいります。

○3/14(月)につきまして

 計画的な停電が予定される地域と時間帯は、以下(および別紙)の通りとなります。実際の停電時間は、各グループの時間帯のうち3時間程度になる予定です。

 大変申し訳ございませんが、停電の対象となるお客さまにつきましては、お知らせしました停電予定時間に備えていただくとともに、そのほかの地域にお住まいのお客さまにつきましても、引き続き、不要な照明や電気機器のご使用を控えて頂きますよう、お願いいたします。

<計画停電の予定地域>

第1グループ 6:20~10:00 の時間帯のうち3時間程度

第2グループ 9:20~13:00 の時間帯のうち3時間程度

第3グループ 12:20~16:00 の時間帯のうち3時間程度

第4グループ 13:50~17:30 の時間帯のうち3時間程度

第5グループ 15:20~19:00 の時間帯のうち3時間程度

第1グループ 16:50~20:30 の時間帯のうち3時間程度

第2グループ 18:20~22:00 の時間帯のうち3時間程度

【その他】

・切れた電線には絶対にさわらないでください。

・火災防止のため、自宅を離れる際には、ドライヤーなどの電気機器のスイッチを入れたまま外出しないようお願いします。

・自家発をお持ちのお客さまにつきましては、燃料の確保等をお願いいたします。

く参考>

○3月13日の需給予測

 需要想定 3700万kW(18時~19時)

 供給力 3700万kW

○3月14日の需給予測

 需要想定 4100万kW(18時~19持)

 供給力 3100万kW

以下、編集部注

※グループ毎の具体的な地域については、各都県ごとにリンク先のリストで確認を。

※グループ毎の時間帯は、開始・終了時間が多少前後することがありる。

※当日の需給状況によっては、予めお知らせした時間以外にも停電する場合がある。

【関連リンク】

・東京都
http://www.tepco.co.jp/images/tokyo.pdf

・群馬県
http://www.tepco.co.jp/images/gunma.pdf

・栃木県
http://www.tepco.co.jp/images/tochigi.pdf

・茨城県
http://www.tepco.co.jp/images/ibaraki.pdf

・埼玉県
http://www.tepco.co.jp/images/saitama.pdf

・千葉県
http://www.tepco.co.jp/images/chiba.pdf

・神奈川県
http://www.tepco.co.jp/images/kanagawa.pdf

・静岡県
http://www.tepco.co.jp/images/numazu.pdf

・山梨県
http://www.tepco.co.jp/images/yamanashi.pdf


この記事は、計画停電エリア情報ですについて書いています。
Posted at 2011/03/13 23:58:19 | コメント(6) | トラックバック(0) | 徒然 | 日記
2011年03月13日 イイね!

地震

地震昨日3/11の15時前、大きな地震が発生しました。

僕が勤めている会社のビルは8F建てで、ちょうど外壁の工事を行っていて、ビルの周りを足場が組まれていて、10数名の作業員が作業していました。
ビル内にはおそらく、5、60人ほどの人がいたと思います。
僕の部署は4Fで、当時このフロアには人が6人いました。
僕を含めた5人の従業員(男2名、女3名)はデスクで事務処理中で、部長1人がレンタル用のルータを出荷前準備で100台をテーブルに置いて作業していたところでした。
緊急地震速報はありませんでした。
「あ、地震」誰かがつぶやきました。
そして揺れが徐々に大きくなり、テーブルや棚にに積んでいたルータや一部の資材が床に落下しました。
揺れは2分くらい続いたでしょうか。

最初の大きな地震ではみな誰も動くことができず、動揺していました。
テレビをつけて情報を確認しました。
地震が東北の震源で、しかも強い地震であったことがわかりました。
何人かが外に出ようとしましたが、外に出ないように呼び止めました。
外壁工事の足場が崩れてくる可能性があるためです。
そうしているうちに、再び大きな地震が発生しました。
女性従業員はみなデスクの下にもぐりこみました。
これも長く揺れました。

揺れがおさまって、おびえているの人たちに声をかけました。
大丈夫、落ち着いて対処しようと。
今、外に出るのはかえって危険だと話しました。
通信規制がひかれるのを考え、やたらにケータイを使用せず、NTTの災害伝言ダイヤル171とiモードの災害伝言板があることを話しました。

会社の状況を把握するため、外階段(ウチのビルは小さいため、エレベータは1機。内階段はありません。)に出て様子を確認しに1Fに下りました。
1F(ビル外)には外壁工事の作業員と、テナント借りしていた会社の方々が多数いて、みなケータイで情報収集や安否確認を行っていましたが、すでに通信が混み合っている状態のようで、みな確認がとれない不安の顔をしていました。
総務部の人に状況を報告し、他の階の状況も見て周りました。
他の階でも一部の資材や資料などが崩れたようですが、けが人はいませんでした。

一旦4Fに戻ると、2Fの女性従業員が来ていて、4Fの仲のいい女性従業員と「どうしよう~。」とか話していました。
そこへ、みたび大きな揺れがきました。
2F女性従業員は泣きながら4F女性従業員にすがりつき、デスクの下にもぐりました。
4F女性従業員も恐怖のあまり声もでません。
そのすぐそばで僕もしゃがみ、揺れに耐えていました。
この揺れがもっとも体感的に大きかったです。
テレビでは震源が茨城県沖であると発表していました。
JRの線路をはさんでちょうど反対側にある九段会館で天井が落ち、けが人がでている報道もされていました。
しばらくして、2Fの男性従業員が人員確認に来て、2F女性従業員を引き取っていきました。
(こちらとしても、これ以上この非常時に騒がれると、他の人まで冷静に対応が取れなくなる恐れがあるので、ある意味助かりました。w)

その後、余震は続いていましたが、それほど大きな揺れはなくて幸いでした。
みなそれぞれの家族や友人に連絡を取り始めました。
この時点(16時半ごろ)ではまだ災害伝言ダイヤルは有効ではなかったようです。
ケータイは通じないので、会社の電話を使っていました。

テレビで徐々に被害状況や津波情報が出され、東京近郊の鉄道や交通情報も出始めましたが、いい話はありませんでした。
部内には非常用袋がなく、すべて総務で一括して保管していたので、部長は「総務部の対応を待つ」「無理に帰らないで社内で待機」と判断しました。
その判断を受けて、近所のコンビニに食料の買い出しに行くことが提案され、さっそく女性陣と部長は買い出しに行ってきました。
早い判断のおかげで、弁当を10個やパン類を買うことができました。
僕は買い出しには行かず、社内で待機していましたが、水が断水する可能性もあるので、給茶機に水を補充しておきました。
総務からもヘルメットや保存食の支給がなされ、各人安否確認を行いつつ、会社に待機することになりました。

テレビでは依然深刻な状況が報道されていました。
また、都心から徒歩で帰宅する人や、駅やバス停で並ぶ人たちの様子も映っていました。
車は渋滞でほとんど動けないようでした。
部内でも家族と連絡がなかなかとれないでいる人もいました。
翌日のことを考え、できるだけ休むように指示をし、ダンボールやイスで寝床を作って、みな休むようにしました。
時折、余震で揺れ、そのたびに起きてテレビをつけたりしました。
こうして眠れない夜を過ごしました。

3/12朝6時ごろ、私鉄・地下鉄の運行も徐々に回復されましたが、JRはなかなか復旧の連絡が入らないため、私鉄等で帰れる人から順に帰宅していく方向になりました。

8時前、地震による影響かわかりませんが、お客様から機器の故障対応をしたりしましたが、僕も帰宅することにしました。
10時ごろ、帰る方面が同じ従業員と一緒に、丸の内線淡路町から後楽園、南北線に乗り継ぎ、11時くらいに浦和美園まで行くことができました。
浦和美園駅では、タクシーやバス待ちで長蛇の列ができていました。

休憩のため、イオン浦和美園に立ち寄りましたが、1Fの食料品売場のみの営業で、近隣の住民や僕と同じように背広姿の人たちが大勢来ていました。
パン売場で焼きたてのパンを買い、ベンチで食べたあと、少し歩いて、浦和大学の手前でバス停からバスに乗って浦和駅へ移動。
浦和駅から徒歩で自宅に帰りつきました。
時刻は13時をまわっていました。

部屋は母がほんの少し直してくれたようですが、みなさん同様、物が散乱していました。
それらを片付け、掃除機を軽くかけ、とりあえず過ごせる状態にして、15時前、ようやく眠ることができました。

今日はJリーグ第2節でホーム初戦があったり、その祝勝会があったり、友達のケコン報告会があったりするはずでしたが、すべてキャンセル。
フットサル仲間の有志のでの飲み会(というか、安否確認を含めた慰労会ですね)も急遽開催されたですが、こんなことがあったばかりですので、親に余計な心配をかけたくもなかったので、泣く泣く辞退しました。

明日は家の食料や生活必需品の買い出しに出かけるつもりです。
はたして、買えるほど残っているかはわかりませんが・・・。



被災された方々へ、心よりお見舞い申し上げます。
今夜も揺れを体感できる余震が続いています。
被災地では大きな揺れになっているようです。

僕の会社の支店が津波に襲われた名取にあります。
地震後の第一報では従業員の安否確認がとれましたが、その後の津波被災後の確認がとれていません。
東京の従業員の御家族や親戚、友人等、仙台周辺を含む東北エリアにおられる方々の安否確認がとれていないようです。

また、茨城の土浦にも支店があり、従業員の安否確認はとれましたが、停電や断水が続いているようです。

心配ばかりがつのります。
安心・安全を確保して、早く元の生活に戻れるよう、祈っています。
Posted at 2011/03/13 01:29:32 | コメント(1) | トラックバック(0) | 徒然 | 日記
2011年03月06日 イイね!

Stiステッカー貼り替え

Stiステッカー貼り替えテールランプ脇に貼ってあるStiのステッカー、陽に焼けて色が落ちてしまいました。
肝心の「Sti」の部分なんて、まったく見えない状態。
こうしてみると、たかがステッカー1枚のせいで、なんだか車自体も古ぼけて見えてしまいます。
これでは放っておくわけにはいきません。
そこで、ディーラーに行って、ステッカーを注文しました。

何日かして、ディーラーから入荷の連絡があり、無事貼り替えることができました。
ステッカーは2枚で1,000円。
(結構高い気もする・・・。)

でもでも、リアビューが見違えました。
ステッカー1枚でも印象が違います。
まるで新車のようなリアビュー。(←言い過ぎ。w)
これぞ辰己マジック。(←うそ。w)

貼り替えは1ヶ所だけでしたので、ステッカーは1枚余ってます。
今度、自転車に貼ってしまおうと思っています。


Posted at 2011/03/06 23:44:08 | コメント(1) | トラックバック(0) | | 日記

プロフィール

「アバルト595を試乗しました http://cvw.jp/b/243192/40097471/
何シテル?   07/16 19:05
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