
以前、前の会社の先輩から
「貧しい人には神が宿っている」
という趣旨の話を聞いたことがあります。ふと思い出しました。
少し難解な話なのですが、もともとはキリスト教の教えの出典らしく、「自分の幸せを求めるのではなく、人の幸せを求めるべき。それを実行すると(初期には)自分は貧しい状態になっている」という風に解釈しています。自分は仏教徒(といっても熱心な信者ではありません)なので真意は分かりませんが、そうじゃないかという推測です。
これによく似た話で、自己啓発セミナーで「赤黒ゲーム」というのがありました。セミナーのトレーナーから「最終的に合計得点をプラスにすることが目的」と告げられてゲームを開始します。やり方は、参加者を2チームに分けて、野球のように9回まで行うのですが、1回毎に結果を見ながら9回まで行きます。じゃんけんのようにお互いの出し手を考えて発表しあいます。結果、お互いに赤であれば双方がマイナス(何点だったか忘れました)、赤と黒であれば赤がプラスで黒がマイナス、お互いに黒であれば双方にプラスが加算されていくというルールです。
ここで気づくのは、赤を出していれば、相手チームに負けることはなくなります。ところがこのゲームでは「相手に勝つ」のではなく、「合計得点をプラスにする」のが目的と最初に宣言しているのです。自分が相手に負けても良いから、お互いにプラスになることを目指して黒を出し続けるのが、このゲームの目的に合ったやり方ということになります。実社会がこれが当てはめられる状況なのかとは言いにくいですし、正直者が損をする世の中になっているのではないのか、と感じる今日この頃です。
そんなこと言ったって、中国は力による現状変更をしようとしているし、韓国はとにかく日本を陥れて優位に立とう(日本から金を引き出そう)としているし、アメリカは自国に優位な取引しかしない、というような世界情勢の中で、平和ボケしたようなことを言っていていいのか、ということになりかねません。コロナ禍でも、自粛警察含めていろいろな問題が日本に噴出しましたが、「相手に勝つ」ことばかりが優先されて、何が真に正しいのか深慮して行動している人が少なくなっているような気がします。
そんな独り言のぼやきです。
Posted at 2020/07/18 23:41:19 | |
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