2013年05月02日
天然ぼけ (2)
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そんなことを考えながら、チェック作業を始めようとした時に、又倉さんの声が耳に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
客がきたのだった。こういう時はたいていタイミングが悪い。来て欲しい時に来てくれなくて、来なくてもいい時にやってくる。客足とはそんなものだ。
「いらっしゃいませー」
昭子も同じように声を出す。そう言ってる間にも本のバーコードがレジに入力されていく。
「960円でございます」
そういう言うと客はすかさず、1万円札を差し出した。
「1万円、お預かりいたします」
レジのディスプレイには釣銭が9040円と表示されている。
「お先、大きい方、9000円のお返しです、お確かめ下さいませ。おあと、細かい方、40円のお返しです。ありがとうございますぅ」
今度は間違わなかった。いつもの調子に戻ったような気がした。
「ありがとうございましたー」
遅れて又倉さんが声を出す。昭子の方を見てにっこりする。どうやら、考えることは同じようだ。今度は間違わずに済んだな。そういうことだろう。
昭子はこの本屋で働きはじめてまだ数ヵ月しかたっていない。しかし、過去にレジでの仕事をしていたことがあるので、特に抵抗もなく、すんなりと慣れた。本屋特有の雑務も長い間ここで働いている又倉さんや他のパートタイマーの人に教えてもらい、特に問題もなく、こなしていた。昭子自身、嫌な人もいないので働きやすくていいな、と、そう思っていた。
昭子はここ以外に、コンビニでもパートとして働いているのだが、それは結婚したての家計の事情からだった。
「こんにちは」
横から声がかかった。又倉さんとは反対の方向。この声は田中さんだ。
「こんにちは」
昭子はあいさつを返して思った。又倉さんが帰る時間になったのかと。田中さんと又倉さんがちょうど入れ替わる時間になっていたのだ。
昭子は壁にある時計を見た。4時5分前といったところだろうか。確かに交替の時間である。
又倉さんと田中さんがすっと入れ替わった。又倉さんはもう帰る用意をしている。こういうことだけは素早い。
昭子は夜の7時までなので、まだ帰る時間ではない。もう帰る体勢に入っている又倉さんを横目に見ながら、さっきからなかなか進まない新刊チェックを再開した。
今度は客がこない感じだ。とりあえず、このままの状態なら新刊チェックはかなり進みそうだ。昭子はそう思った。しかし、現実はそう甘くはない。そんなことを思った矢先、客に声をかけられた。
「あのぉ、ちょっとすみません」
年配の温和な感じの女性が、申し訳なさそうな雰囲気を漂わせて、昭子を見ている。
「はい」
昭子が返事をすると、すぐに、
「ちょっとこれ、コピーしてほしいんですけど…」
と言ってきた。それを聞いて昭子はすぐにコピー機に向かった。
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Posted at
2013/05/02 20:31:22
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