「天然ぼけ」 (5) Copyright (C) 2013 AuO2 1ヵ所だけでは気のせいかもしれないので、別のところにも塗ってみた。やっぱり、めだたなくなるように思える。どうやら、気のせいではなさそうだ。 顔の角度を変えて、部屋の光の当たり具合を変えてみても、効果があるのがわかる。昭子は内心で、妙に嬉しくなるのを感じた。(いいもの見たなー) 自然と顔がにこやかになる。これは完全に昭子の性格である。嬉しいことは正直に顔に出てしまうのだ。嬉しさを隠せないたちなのだ。「ただいま」 玄関の方から声がした。夫が帰ってきたのだ。 いつもならもっと遅いのに、今日は珍しく早い時間に帰ってきた。 昭子は嬉しさ2倍で、元気に声を出し、夫を出迎えに行く。「おかえりー」 軽やかな足取りで、玄関に向かった。「今日は早かったのねー」「うん、まあね。たまにはね」「いつもでもいいよ」 昭子は機嫌のいいのが丸出しになっていた。 *「いらっしゃいませー」 いつもと同じつもりでも、昨日からの嬉しさが出ているのだろう。声の張りが違う。「おっ、今日は天然ぼけはないのかな」 そんなことを言いながら、店長が話しかけてきた。「今日は大丈夫ですよぉ」「ほんまかなあ」 横で又倉さんが笑っている。「ほら、お客さん」 店長がレジの前を指さした。お客がきたのだ。「いらっしゃいませー」 昭子と又倉さんの声が見事に重なった。調子がいいというより、機嫌がいいというのが手に取るようにわかる。 又倉さんが本のバーコードを素早く入力していく。「1010円でございますぅ」 昭子がそう言うと、客はのそのそと1000円札に100円玉をのせて昭子に差し出した。「1010円ちょうど、じゃ、なかった、あっ、すみません。1100円お預かりいたします」 よりによって、店長が横にいる時に天然ぼけをやってしまった。「90円のお返しです。ありがとうございますぅ」 お釣りを受け取った客は、レジの前をそそくさと離れていった。