「コオオオオォォ」
精神を高揚させる吸気音が、室内に響く。
「おぉ、こりゃいい音っすなぁ」思わず助手席に乗る俺も、声を上げる。
「そうでしょう、そうでしょう。エンジンサウンドには拘っておりまして、あえて吸気音を室内へ取り入れる作りとなっております。」と後部座席に窮屈そうに体をねじ込んだ担当営業氏が、つかさず答える。
「あは。これは、乗った甲斐があるわ。アクセル踏むと、いい音させて加速するから気もちいいわぁ。」と嫁さんは御満悦。
「スポーツカーだから、視点が低くなって運転しにくいかと思ってたけど、大丈夫だわ。クラッチも軽いし、繋ぎやすいから運転しやすいよこれ。キュルッと曲がるしね。」とカーブ手前でシフトダウンしハンドルを切りながら、嫁さんは宣う。
助手席で乗っても、ゴツゴツと気持ち悪くなるような突き上げはなく、視点が低いことによる「酔いやすさ」は感じなかった。総じて乗り心地は快適であるが、後部座席は大人が乗る代物ではないことは、担当営業氏の体勢で証明されている。
休日の幹線道路を含む試乗コースであるから、そんなに飛ばせないし、信号にもよく捕まる。そんな中で、ちょこっと運転していても、十分楽しそうである。
信号待ちの間には、歩行者が興味深げに試乗車を覗きこむ。やはり、86は気になる存在のようだ。
約15分の試乗はまたたく間に終わり、ディーラーに到着。さて、いよいよ俺の出番だ。
「んじゃ、運転変わるか。」と助手席から降りようとしたところ、後部座席から申し訳なさそうな声が。
「すいません・・・今日は順番が詰まっておりまして。お次の方がお待ちになっておりますので、またの機会にということで。」
固まる俺。
「あらら、ごめんねぇ。途中で変わればよかったわねぇ。」と嫁さん。
なんですと。乗れないですと。千葉新一の如き吸気音を堪能して、終わりにしろと?
高ぶる気持ちの着地点は、何処なんだいセニョール。
しかしながら、買うつもりもないのに、待ってる人に迷惑を掛けるわけにもいかんし、なおのこと商売の邪魔をするわけにもいかん。
「ま・・まぁ、妻も満足したようですし。お陰様で、グランツァSは調子いいし、かなり気に入って乗ってるんで、当分買い替しないつもりでしたから。かえって申し訳ないですわ、ははは。」
試乗後の営業トークも無く、早々に開放された俺ら。
良かったじゃないか。下手に気に入って、買う破目に陥ることもあるまい。これも神の思し召し。
名残惜しくもオレンジメタリックの車体を眺めながら、ディーラーを後にした。
【シリーズもの】
1.Devil’s Whisper (86への誘い。)
2.Divine Protection(86の助手席より。)
3.取らぬ狸の皮算用(86試乗の後日譚)。
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Posted at
2012/05/21 18:27:15