2013年05月12日
天然ぼけ (7)
「天然ぼけ」 (7) Copyright (C) 2013 AuO2
家に着いてポストを見てみると、自分が見た混合クリームのコピー原稿が入っていた。この近所に宣伝のつもりで入れたのだろう。昭子は最初そう思った。
しかし、よく見ると、店で見たコピー原稿と同じに見える。紙の端の折れ具合やコピーのかすれ具合など、どう見ても店で見たものと同じ感じがする。
それだけではない。よくよく考えてみると、混合クリームの作り方なんて宣伝するだろうか、普通なら企業秘密にするのではないか。
そう考えて、ようやく昭子はこのコピー原稿を誰が入れたのか、という疑問を持った。(明日店に行ったら、聞いてみよ)
そう思ってから昭子は、変に気にするのをやめた。今考えてみたところで何もわからないのだし、明日店に行けば、何かわかるだろうとすんなり思ったからだった。
そう思い直すと昭子は、すぐに鏡に向かって、昨日クリームを塗ったところを見てみた。
確かに染みがあったはずなのだが、よくわからなくなっている。言い方は悪いがぼけてしまったという感じだろうか。こんなに効果が高いものは初めてである。
効果のほどを確認すると昭子は、さっきまで見ていたコピー原稿を鏡台の上に置き、また混合クリームを掌で作り始めた。昨日、一度作ったので要領はわかっている。
作り始めてから気が付いたのだが、一つ、クリームの量が足りない。もともと、残り少なかったところに加えて、昨日使ってしまったからだった。
「うーん、どうしようかな。まあ、少し足りないくらい、いいでしょう」
そう自分で言って納得し、混合クリームを作り始めた。
さすがに今日は夫は早く帰ってこない。まあ、そう毎回毎回早く帰ってくるはずもないと、頭ではわかっているのだが、感情の方はそうはいかない。ついつい、今日も、と期待してしまう。
静かな時間の中で昭子はクリームを顔に塗ってみた。染みなどがわからなくなるだけでなく、肌の艶や張りも良くなるように思えたからだ。昨日塗った部分に関しては確かに良くなったように見えるし、感じる。
全体に薄く塗り、指先を器用に使ってクリームをさらに薄くのばしていく。
何度も混ぜて作るのは面倒だし、第一、一つのクリームはもう足りないのだ。つまり、今日はこれ以上作れないのだ。
(明日買ってこよ)
昭子はクリームを顔にのばしながら、そう思った。
一通り塗り終わってから、家事を済ませ、再び鏡を見てみた。
「うーん、いい感じ」
思わずそう口に出してしまうほど、効果が出ていたのだ。肌の艶と張りが今までとは明らかに違う。身をもって実感できる。
「これ、発売したら、きっと売れるやろなあ」
そんなことを言いながらも、昭子は鏡を見続けている。
「ただいまー」
突然、夫の声がした。驚いて時計を見ると、さっきから随分と時間が経っている。相当長い間鏡を見続けていたようだった。昭子自身こんなことは初めてだ。
鏡台の前を離れ、玄関に出迎えに行く。
「おかえり」
「ああ、ただいま」
そう言いながら夫は昭子の顔を見た。
「なんか、雰囲気が違うな。顔がてかてかしてるような気がするな」
昭子はにっこりと微笑んだ。夫が気付くくらいなのだから、効果の高いことが証明されたようなものだ。
「ごはん、できてるよ」
「おう」
二人は台所に入っていった。
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Posted at
2013/05/12 21:20:47
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