
昨日、2012年2月28日をもって、富士重工(スバル)の軽自動車の自社生産が終焉しました。
1958年の「スバル360」から54年・・・・。最後のサンバーがラインオフされました。
「NHKニュース7」の昨日の放送より、最後のサンバーです。
サンバーは1961年に発売され、日本の高度成長期~熟成期をまさに牽引した、軽商用車の名車といってもいいです。
いろんな方が昨日~今日とサンバーのことを書いてます。
ここは私のサンバーとの体験でサンバー、純スバル軽を送ろうと思います。
実は、初めて4WDのクルマに乗ったのが、このサンバーだったのです。
小学校3年のころ、同級生の親がこのバン4WDのブロンズ色に乗っていて、今から30年前の1982年の今頃、サンバーに乗せてもらい、近所の山(今は整備され住宅地になりましたが、また当時は荒れ野原でした・・・・)の残雪をものともせず走って、子供心に感動したことを思い出します。
当時、4WDは同じスバルのレオーネとあとはランドクルーザーや日産サファリ、三菱ジープ、いすゞロデオぐらいでした・・・。
もちろん軽ではこのサンバーが唯一でした。
その1982年の春以降から各社がこぞって軽や普通車に4WDを追加してきたのです。
スバルの広報誌「カートピア」より・・・サンバーの歴史。
初代は実車を見たのが大人になってから(NYMなど)ですが、2代目の初期の前開きドアは昔住んでいた団地のうちのシビックを停めていた露天駐車場にこのバンの廃車体があり、小学1~2年のころよくそこで遊んでました。
自転車の鍵をそこで無くしたこともありました・・・。
3代目の360の「剛力サンバー」はまだ幼稚園に行く前、祖父母の家の近くの薬局が緑のバンを使ってました。
4代目の「サンバートライ」はいまだに現役で頑張っているクルマをたまに見ます。
そして、5代目の660は。
ヴィヴィオの(私が所有して)最初の車検の代車で、神奈川スバルからこのSTDのバンのATを借りました。
余談ですが、この家電店はもうないですが、そのときは確か家のテレビが壊れ新しいのを買いに親をこれに乗せていきました。
ちょうど「愛子様」が誕生したころでした。
このバンSTD・・・さすがに営業グレードで、ラジオもAMしかなかったのですが、借りている間はシンプルで新鮮な気持ちがしました。
乗り心地もよかったし、パワーもそんなに非力ではなかったし・・・。
そして、6代目は軽規格が変わって、以来MCを幾度もくりかえし、10年以上のモデルライフで昨日まで生産されました。
この代では初めて乗用版の「ディアスワゴン」もラインナップされました。
ヴィヴィオのサス交換の半日代車でこのディアスワゴン・クラッシックを借りました。
STDよりは装備も充実して乗用1BOXを味わいましたが、シートが薄く、30分で腰痛になりました・・・。
あと、ATが3ATだったのでやっぱりMTのほうが良かったと思いました。
それ以降、サンバーは乗ることは無く現在に至ります。
スバル360から54年、初代サンバーから51年。
RRと4輪独立サスは、軽規格が360、500、550、660と幾度も変更されても一貫してスバルの伝統としてぶれないで守ってきました。
エンジンもスバル360と同じものから、最後は4気筒を頑なに守ってきました。
スバル・サンバーというクルマは富士重工の技術者の意地の集大成なクルマだと思います。
もう、こんな名車は新車では手に入れることは出来なくなりました。
そして、富士重工が生産する軽自動車も新車では手に入れることが出来なくなります。
日本の軽自動車史、いや自動車史に大きな功績を残した「スバル360」。
初めて買ってもらったトミカである「スバルR2(360)」。
いろいろと親しみがあった「レックス」。
3年間苦楽を共にした「ヴィヴィオ」。
代車とか今もうちの職場で頑張っている「プレオ」。
一時気になってほしかった「R2(660)&R1」。
プレオ同様職場で頑張っている「ステラ」。
そして、日本の産業の縁の下の力持ちな「サンバー」。
富士重工製の軽自動車たちよ!永遠なれ。
ありがとうございますと心から言いたいと思います。
Posted at 2012/02/29 22:45:09 | |
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