世紀を超えた希望の艦というコピーは政治的には右偏向だ。
元ネタが大日本帝国の戦艦なのでヤマトというアニメの中身が必ずしも右偏向ではないのに関わらず表層としてそうなってしまうのは仕方がない。
大和が宇宙戦艦になって復活するというアイデァは過激であり日本放送だから通った気がする…NHKや朝日なら絶対にNGだろう。
史実として凄惨なモノさえ娯楽として消費する。ヤマトに纏わる問題は自由でオープンな市場が能天気で野蛮でありながら人の生活から切り離すことは出来ずまたその市場原理は人を苦しめ救いもするという複雑性に基因する。
アニメのヤマトを見て大日本帝国が良かったと思う男の子はそんなにいないはずだけれど戦争を美化というか娯楽にしている点は確かにふざけていることは否めない。
大和のプラモも作ったしヤマトも作ったふざけた大人の我々は罪滅ぼしとしてたまには戦争という史実や事実や政治等々に対して真面目に向き合うべきなのだ。
右の人でも、左の人でも。
ただ元ネタが不遜で最低でもそれが全て駄目なわけじゃない。
あるあるだがその逆も真。
話が纏まらないがツイッター等で交わされる政治的なやり取りの多くが物事の二面性、両面性、相手の立場や良識、文化、存在を削ぎ落としてなされているのは間違いかもしれない。
くだらないSFアニメでも考えれば色々な面が含まれている。
世の中の事象であれば各々の立場だけでは捉えきれない何かがあるのは自明だ。
といえ捉えきれない何かをテキトーに整理整頓ないし断捨離、情報圧縮をして何となく安心安定して生きていくのが人間というもの。
世界には問題が多いし前向き思考だけではどうしようもないことを重々踏まえた上でアニメとかクルマとかアイドルとかどうでもイイ細かい差異を論じたり楽しんだり出来る我々は本当に幸福なんだと久々に大好きなヤマト関連のニュースに触れて思うのさ。
Posted at 2020/09/26 07:31:52 | |
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