
欧州で、クルマの運転を経験した方にはお馴染みのラナバウト(英国での発音、チャンというとroundabout = ラァゥンドアバウト)、つまり日本語で環状交差点(俗称、ロータリー交差点)ですが、
本邦日本では、2013年の初導入以降、拡がりをみせる兆しはゼンゼンありません。
(追記。タダ、この導入済み日本のラナバウト、進入直前に一時停止としているところが、いかにも日本的で、折角の利便性を大きく損ねるウルトラヘタクソ設計です)
国交省発表によると、2019年の3月時点導入状況は、全国で総数、たったの81個所で、未導入の県もあります。
普及が遅々として進まないのは、ラナバウトが発達した道路設計思想の歴史が全く違うことに理由にあると、小生はにらんでいます。
ラナバウトは、たぶんだったと思いますが、英国で馬車用に合理的にすれ違えるよう設計がされたものから始まっており、、
一方、日本では平城、平安の昔から、都の大路、小路は、本当の中華帝国をお手本に、碁盤の目と称されるように、グリッド状に縦横に交差するよう設計されているのが、一般的です。
京都は免れている大東亜戦争での、各地大都市爆撃破壊による、復興においてもこのグリッド状の設計は変えられることなく、今に至るも連綿と続いています。
(占領軍の米国も早くにラナバウトを捨てていたことも影響しているかもしれません)
始めに、2013年の日本初導入(道交法を改正しての公式許可)と書きましたが、導入してみたということは、何かメリットがあるからに他なりません。
実は、おおアリです。
各地市内中心部への導入については、なんとも言えないところがありますが、
郊外においては、その利便性、経済性、安全性からも早急に整備すべき、と小生は考えます。
ちまちまと、各自治体がお役所仕事で、試験導入をして様子を見ながら、なんてことしてるから、普及しないんです。
ある程度、エリア単位でまとめて一時に変えてしまわないと、その良さは認知されません。
全部一挙に、となると混乱から事故の多発も予想されるので、何らかの手を打っておく必要はありますが、
ある程度のエリア単位にまとめ、そこへ流入出する人々に対し運用・走行方法/ルールを事前周知をしとけば話は済みます。
これは、英国に住み自らハンドルを握り、フツーに運転していた小生が言うのだから間違いありません。
ただ同じ欧州でも、伊国や仏国のラテン民族国家は少し事情が異なりますが、ラナバウトが便利という基本は変わりません。
英国は、本邦と同じ、右ハンドル、車両左側通行の国なんで、この国を例にとって説明します。(簡素化するため、片側1車線の計2車線道路とし、矢印信号や左折可は考慮せず、シンプルな交差点を想定します)
本邦日本における、平面十字交差点では、各交差点進入場所は、信号機でGo、Stopが制御されています。
縦のラインがGoなら、交差する横のラインは、基本必ずStopです。
一方、ラナバウトでは、縦、横が交差するポイントはなく、縦、横の会合地点は、円状の道路であり、この円状道路では、クルマは常に時計回りに流れており、対面、交差することはありません。
左側通行なので、ラナバウトへの進入は、右からやってくる他車を見ながら、左折で合流、ラナバウトを回ってるクルマは、合流してくるクルマの進行を妨げてはいけない、というルールになっているので、
高速道における導入加速車線から本線への合流と同じです。
ラナバウトに進入したら自分も時計回りに回りながら、目的方向へまた左折で出ていくだけです。
ラナバウトを一周して左折で出れば、実質のUターンです。
左折しかできないんで、右直事故や逆走は発生しようがありません。
郊外の、交通量の多くない道路の交差点で考えてみてください。
これほど合理的なものはありません。
信号不要なので、無駄とも思える赤信号による停車時間がない(渋滞発生防止にもなる)、
かつ信号機設置、保守の費用はかからない。
横断歩道の場所をよく吟味して設置すれば左折巻き込み事故も激減するハズです。
キチンと歩車分離し、道路設計次第で、クルマにも歩行者にも、安心な道路になるハズです。
ただ弱点がないわけでありません。
まず、平面単純交差ではないので、それなりの広さの土地を必要とします。
すでに街として出来上がっている場合、新たに導入するのは、Scrap & buildとなり、大掛かりな都市計画と同時進行でないと難しいでしょう。
英国でもロンドンの中心部なんかは、平面交差の信号機付き交差点が多いです。
運転上の慣れも必要です。
まず、ラナバウトの道幅はクルマ何台分も広くとってあります。
その一方で、通常、ラナバウト内には車線は引いてません。
片側1車線で進んできても、ラナバウト内は次の出口で左折で出るクルマ(十字交差点なら、左折方向)は左端を回りますが、
その次(同、直進方向)とそのまた次(同、右折方向)を出るクルマは、
円の内側を回り、自分の出口手前で左端に寄ります。
この辺、ドライバー間の無言の意思疎通、ア、ウン、の呼吸がいります。
また、ラナバウトは、方向感覚を失わせます。
なんせ、直進するのに半周分、180度、クルッと回ってるんですから。
さらに、郊外へ行くと、ラナバウトを出るとすぐ次のラナバウト、またラナバウトと、何個もおダンゴのように繋がっているケースや、複数のラナバウトが連続して、あたかも一つの巨大ラナバウトを形成してるケースも結構あります。
もうこーなると、東西南北、左右、上下、全く自分がどちらの方向へ向かっているのか、完全に見失います。
ただ目的地方向の案内標識の見間違いや見落としがないと信じて、ひたすらそののまま進み、次に案内標識が現れる次のラナバウトを待つしかなくなります。
さらに、
英国や独国のように、交通規則における遵法意識やマナー、モラルの高い国々では、とりたてて苦労はありませんが、
伊国や仏国のようなラテン民族の国々では、結構大変です。
彼、彼女らは、小さなことにこだわりません。(交通に関する法律は小さなことではないのですが)
例えばパリの凱旋門の足元はめちゃくちゃ大きなラナバウトです、
しかも上述したように車線は引いてません。
一旦進入すると、明確な意思を持って無言のオーラを出していないと、あれよあれよという間に、どんどん内へ内へと追い込まれ、ぐるぐると何周もする羽目にあいます。
何周かするだけなら良いのですが、二度と戻れなくなってしまうかもしれません。
彼の地では、よそ者が凱旋門のラナバウトに進入するとグルグル回って最後にはバターになる(ちびくろさんぼですね。古い!)という、たとえ話もあるくらいです。
また、ポリスの見てないトコでは結構、各自、自由な発想で運転します。
小生は、伊国はトリノにも住んだ経験があるのですが、部下の現地人が運転するクルマの助手席に同乗したとき、平気で信号無視(他の通行車はないため危険は少ない)する様に驚き、聞いたことがあります。
皆、こうなのか、と。
彼の答えは、ポリスが見てなきゃ、Up to you、すなわち、どう判断し、どう行動するかはアナタ次第だと。
もちろんその行動原則の中には、自己責任が確固として貫かれており、これを理解しあえる者同士(交通に参加するプレーヤー内だけですが)でのマナーが確立してるからこそなんですが。