もう先月の話題になるが、
遅れ馳せながら息子と観に行った。
意味不明、訳分からん、つまらない、というレビューも散見されるが、
σ(^^)は何となく理解出来た気がして、
また、そう思えた事を幸運と捉えた。
良い映画だと思う。
高三の息子はどう受け止めたか定かでないが、
瑞々しい感受性のうちに鑑賞できたのは良かったと思う。
以下はネタバレになる、、、のかな?
正しい解釈ではないかも知れない。
至極、σ(^^)なりのものである。
戦争、母の死、継母、嘘の代償、
要するに、
眞人は、受け容れ難い事実を受け容れる旅に出たのだと思う。
これは、眞人に限った特別な事ではない。
思い当たらないだろうか、
我々は困難に出遭うと、どういう訳か実に観念的な捉え方をしだし、
事態をより重大に難解に膨らまし、抽象的に展開し始める。
困難がより困難であればあるほど、その傾向は強まり、
その様は傍から見れば、困難の解決から身を遠避けるかの如しである。
遂には自らの因果を、業を、性格を呪いだす。
もはや解決の糸口へ向かう気が有るのやら…。
眞人もご多分に漏れず、不思議な世界へ迷い込み、
奔走し、立ち向かい、抗い、涙を流し、
決断を下し、自分なりの糸口を掴む。
友達をみつけます、と。
一体、そういった抽象的な世界を経ずして、
現実を直視し、最短距離にて解決の糸口へ辿り着ければ、
どんなに楽かと思う。
そもそも困難を切り抜ける事と、涙を流す行為は無関係の筈。
必要性が無い。
必要性は無いのだが、
それが出来てしまうと、涙を流す事も無い。
解決へ一直線に歩を進めるのみ。
不思議な世界へ迷い込む事も無い。
すると、この物語も産まれ得ないことになる。
実に味気無い事ではなかろうか。
いや、
味わいたいからと、好き好んで悩み、苦しむ人など居ない。
だがそこを通らないと、自分の物語など発生しない。
それ自体が自らの生命の営みと言えるのかもしれない。
困難に苦しみ迷い、涙するのは悪い事ではない。
良い悪いの一元的な価値基準で容易く計れるものではないかもしれないが。
Posted at 2023/11/25 00:43:25 | |
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