2009年09月03日
フラフラと足元のおぼつかない、ニット帽をかぶった少年は、『光明寺』と彫られた石版の前で大きく深呼吸をした。しかしここが寺院本体の入り口ではなく、ここからさらに階段を登らなくてはならないらしい。暗闇に永遠と石段が続いている。今立っているところは月の光が当たっているが、階段は深い竹林に覆われ、真っ暗なトンネルが永遠と通っている。
別段大きな怪我をしているわけでもなく、大風邪をひいているわけでもないのだが、体が重くだるい。息も荒い。少し油断すると意識をもってかれそうになる。パッと見て変質者と間違えられそうなくらい息が荒い。
先の新井との戦闘が体に響いているのだろうか?鈴木に勧告を受けていたのにも関わらず、無理に特殊能力を使い、しまいには一時的に死に、意識まで乗っ取られた事が、残り少ない寿命をより短くしてしまったのだろうか?その可能性は十分に考えられるだろう。
ここまで来てくたばるのは御免だと、気力を振り絞り一歩一歩弱々しいながら確実に足を踏み締める。一歩が何十歩にも感じられ、進んでいる感触が全然得られない。それに竹林に覆われている為光源がなく、一体何処まで続いているのか確認出来ないのも進行具合を鈍らせる要因となっている。
まだかよ…、まだかよ…。そう息を切らして少年は、鉛のような足を懸命に持ち上げた。しかし、重いは足だけではなく全身だった。限界を迎えてしまった彼は、ついに意識が途絶え、バタリとその場に倒れ込んでしまった。
「あそこで一萬牌が来てたら…、あそこで…。」
ガチャガチャとガラス音を立てて、未練をぼやくケンの両手には大量の酒瓶の入ったビニール袋が重く吊り下がっていた。麻雀に負けた罰ゲームとして、荷物運びを余儀なくされていた。
「うるせぇ!黙って歩けぇ!ぶっ殺すぞ!」
ヤンは不機嫌に先頭を歩いていく。ヤンもブービー賞という不名誉な結果に終わったのが相当頭にきているらしい。その後ろにエン、ジキ、ケンが続く。
「お前が弱いからだろ~、負けガッパ~!」
身軽なエンが後ろ歩きでケンを小馬鹿にする。
「ハハハ、ケン~いまさら未練がましいですよ。いい加減負けを認めたらどうなんです?」
そう笑顔で宥めるジキの顔に、ハッキリと同情の色は見えない。
三者三様の労いの言葉だが、この場合ジキの言動が一番冷たい。一見、ヤンやエンは見下したような発言だが、感情をストレートに出している分、案外素直に受け入れる事が出来る。しかし、ジキはにこやかにして、グサリ『未練がましい』とトドメの一言を放っている。つまり態度と言葉が一致していないのだ。あまりにサラリと嫌みを言われる方がかえって腹が立つ。
しかし、ケンもそんな事でいちいち腹を立てる気力も残っていない。腹を立てるも何も、二重三重にされたビニール袋に入っている酒の量は半端ではない。焼酎の一升瓶を筆頭に、日本酒・ブランデー・ウィスキー・ウォッカ・コニャック等、多種多様に所狭しと詰め込まれている。
「なぁ~、寺引っ越せよなぁ。何であんな山奥にあんだよ!?今の俺の身にもなってみろ!」
今更寺の所在地の不平を言ったところで虚しさが増すだけだが、言わずにはいられない。
「仕方ないでしょう?僕達、狙われてるんですから。街中に移すわけにもいかないでしょう?昨日みたいに頭の悪い連中が沢山攻めて来たらどうするんです?町の皆さんに迷惑がかかってしまうでしょう?それに、現実的に物事を考えてみてくださいよ。一体街の何処に引っ越すというんです?第一金銭的な問題だってあるでしょう?我々の生活はヤンのゴールドカードでもっていますけれど、寺自体はそんなに裕福じゃないんですからね。それに街の人々が皆仏教を歓迎してくれるわけがないんですし、我々ですら仏教に帰依しているわけではないんですから。ヤンをご覧なさい、誰が認めてくれるというんですか?仏教はそうでもありませんけど、宗教というのはなかなか受け入れてもらえないですからね。それに土地問題という…」
「ハイハイ・・・、私が悪うございました。」
ここらで自分から折れておかないと、ジキの理屈のこもった説教が永遠と続いてしまうと判断したケンは生返事をしてひたすら帰路に向かう事にした。
その光景を見て、フンとヤンが鼻で笑い懐から取り出した煙草に火を付けた。満足そうに煙を吐くヤンをみて、ヘビースモーカーのケンが黙っていられるわけがない。しかし、あいにく両手が塞がっている上、麻雀で煙草を切らしてしまったため手持ちが無い。
「ヤン、俺にも一本くれ。」
聞こえなかったかのように無視を続けて淡々と帰路につくヤン。ガチャガチャと大きな音を立てて、歩調を速めたケンがヤンの横に並ぶ。
「俺にもくれって言ってんだろ?」
「…断る。」
「あぁん?何でだよっ?」
「お前、俺に前に言ったよな?『お前は煙草の趣味が悪い』ってな。」
ここぞとばかりに嫌みを込めて勝ち誇るヤン。
「きったねぇ!こんな時に古い話持ってきやがって!」
ヤンはマルボロ、ケンはハイライトをそれぞれ愛煙している。お互いの趣味をけなしあっている彼らに、おすそ分けのの精神は全く存在しない。それに加え、エンとジキは煙草を吸わないため、ケンは完全な孤立を余儀なくされた。
「まっ、日頃の行いだな…。」
二本目に火を付けた声の主は、寺の玄関先ともいえる階段に足をかけた。
スタスタと登っていく3人を恨めしそうにケンが後を追う。彼らには助け合いという精神が欠けている。彼らの理念に『自分の尻は自分で拭う』という強者に優しく、弱者に厳しい根底がある。道理的には間違っているのだろうが、彼らの強さはそこにある。
今でこそ『光明寺』という寺院に身を休めているが、かつては日本を津々浦々と旅をしてきた連中である。しかも、旅行という楽しいものではなく、重大任務を背負った旅である。
仏教徒の最高僧に位置づけられる『聖天法師』。それが何を隠そうヤンなのだ。その今代聖天法師に与えられた命は、全国各地で異変によって暴れだしたアヤカシを退治しながら元凶を突き止める事だった。今現在はというと、一通り役目を果たし安息しながらある事柄について思考している段階にあった。
様々な修羅場をくぐって来た彼らには表面上の結束力は存在しない。口にも態度にも滅多に出さないが、実は堅い結束が彼らにはある。一見すれば統率がとれていないような関係だが、お互いを芯からわかりあえた仲だけに中途半端な助けは無用、というわけだ。その信頼関係こそが、様々な困難を打ち砕いて来た事によって築き上げられた『絶対的な強さ』なのだ。
こんな連中なので、ケンの泣き言など独り言にすぎない。
そんなこんなで、ヤン一行は長い階段をひたすら登る。
すると、先頭を登るヤンが懐の銃に手をかけるのと同時にエンが「誰か倒れてる~」と声を上げた。勿論後ろの2人も、しっかりと前方に倒れている者に気付いていた。ここに彼らの性格が見え隠れする。
ヤンは取りあえず目の前のものは、自分が納得するまでは全て敵として扱う。用心深いというか、自分以外信じなさ過ぎ、という性格だ。
エンは動物的感というか、本能的に目の前のものを判断するタイプだ。直感型なので、取りあえず声を出すなり、動くなりして行動を起こす。それゆえ誤解を招く事もしばしばだ。
ジキは何でも取りあえず穏便に事を済ませようというのがモットーだ。無用な争いは避けたい派で、常に冷静に相手の出方を伺う。そんな性格の為、今回も黙ってジッと待ち構えているというわけだ。
ケンは目の前に何があろうと、あまり気にしないタイプだ。何かが起こるにしても、「起こってからじゃないと対処出来ないし~」ってな気楽な感覚で、「起これば対処しましょう」という案外楽観主義者なのだ。だが今回は、両手に荷物がある無力感と、負けに納得のいかないやり場の無い怒りが、前方の者に興味を動かさなかったというのが本音だろう。
一目散にエンが駆け上がった。
「おい!大丈夫か?おいってば!」
エンが新一の体を強く揺すって安否を確認するが応答はない。
「エン、むやみやたらと揺すっては駄目ですよ。目に見えない所の傷を悪化させたらどうするんです?」
ジキがエンを征して新一の状態を確認する。
「呼吸も心拍もあります。気を失っているんでしょうか?」
「行き倒れかよ?マジ?勘弁。寺にでも来りゃ優しい仏教徒様が助けてくれるとでも思ったのかねぇ。」
苛立ちに加味してかなりひどい事を言うケン。しかし、ヤンの一言はそれをも上回る。
「放っておけ、俺達には関係ない。行くぞ…。」
仮にも仏教の最高僧が言う言葉だろうか?
「そうもいきませんよ。ここで野垂れ死なれたら、後の処理が大変です。それこそ迷惑でしょう?」
ひどい…。みんなひどいけど、ジキって一番冷たいかも…と心の中でぼやきながら、エンは新一を背負った。
ヤンは一度舌打ちをすると、一人さっさと登っていってしまった。
Posted at 2009/09/03 12:11:50 | |
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2009年09月03日

秋らしくなってきましたね~。
朝晩が過ごしやすくなりました。
ちゅうことで最近は電車で通勤してます。
結構ボケーと出来る時間があるので、たまにはいいもんです。
明日は名古屋に出張。いろいろ用意はさなくちゃ(^^;)

Posted at 2009/09/03 07:08:05 | |
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