*本稿は18年2月にネタを追加しました。
昨年、RAV4のバッテリーを交換しました。
交換前にフードを開けてエンジンルームを覗いていたら、
RAV4はバッテリーがカウル際まで寄せられておりました。
バッテリーは数キロある重量物なので
本来は車両の重心に寄せたいと誰もが考えるでしょう。
車種によってはラゲッジルームに配置したり、
助手席下に配置する車種もあるくらいなのです。
さて、そういえば他の車・他の時代の車は
どうなのかなと思い、新舞子に来ていた方のバッテリーを
観察させていただいてきました。(一部ネット画像を借用)
●1970年代前半:コロナ・マークII
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黄色クロメートメッキ処理(新車時は塩ビ皮膜との指摘を頂きました)
構成は現代の一般的な仕様に準じていますが、
スポット溶接ではなくプロジェクション溶接を
用いているのかナゲット径が小さく、2箇所あります。
自動溶接機用の基準穴が無く、
手で冶具にセットしていたんでしょうか。
取り付け構造はラジサポ締めとJボルトという
作業性に優れた構造でしした。
このクロメート処理は自己修復性をもった皮膜が得られて
繰り返しメンテナンスをするバッテリクランプの
表面処理としては最適だったのでしょう。
ボディ色や黒色でまとめてしまうところをメッキ色に
するのは、シリンダブロックやヘッドカバー、
エアクリをカラフルに塗ってしまう時代の空気なのでしょう。
エンジンルームの見栄えが商品価値に繋がっていたんですね。
●1980年代前半:クラウン
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:塩ビ皮膜
1970年代前半から較べると、
クランプとホルダを取り付ける工法が
スポット溶接1点に変わりました。
このせいだとは断定できませんが、
ホルダの幅方向の長さが短縮されています。
短いと、バッテリ位置を規制する上では
不利ですが製造上、回転方向のズレが大きくなっても
組みつけに影響を及ぼしにくくなります。
更に、表面処理が塩ビ皮膜になっています。
かつてはプレス成型品を塩ビ皮膜で覆う製品は
数多く有りました。
触感がよく、エッジを隠すので交換作業時に
手を怪我させてしまうリスク低減に効果的です。
この車種ではA/Cのドライヤと隙関係を確保する為に
一部形状を細くしています。
一般面にビードが入れてあるのは
剛性確保の為かと思われます。
この部分が弱いとバッテリを車両下方向に
押さえる力が不足します。
●1980年代前半:カリーナ
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:塩ビ皮膜
クラウンと類似しています。
ホルダには基準孔が空いており、
クランプ本体の孔と合わせて
溶接の基準に使っているのではないかと思います。
クランプの端末(ねじが止まっている)に注目。
コの字フランジが終わっていますが、
少しでも駄肉をカットして軽量化しようという
意志を感じますね。
(これ以降のクランプの締結部は
余程の理由が無い限り駄肉カットされています)
●1980年代前半:カローラレビン
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:塩ビ皮膜
有名なハチロクのバッテリークランプです。
流れで見ていくと、塩ビ皮膜でラジサポ留めで
当時のトヨタとしてコンベンショナルな構造なのでしょう。
特殊なのはホルダーの形状。
単純曲げでL字にするのではなく、
少し複雑な形状になっています。
これ位の形状なら一回で作れると思いますが、
わざわざこのような形状にした理由は何だったのでしょうか?
メリットがあるとすればスポット溶接する際の事前
精度調整はやりやすかったかもしれません。
(スポット打点面だけで精度チューニング可能)
●1980年代後半:セリカ
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黒色電着塗装
18年2月に新舞子で撮影させていただいたセリカGT-FOURです。
塩ビ皮膜ではなく黒色の電着塗装です。
メリットデメリットは下記マークIIの欄を参照頂くとして、
リレーボックスを留めるブラケットが溶接されています。
セリカの場合リトラクタブルヘッドライトのユニットが来る為に、
クランプを気持ちよく配置できず、大きく幅方向にオフセットさせています。
L時クランプの溶接位置を工夫してあり、浮き上がりを防ぐ配慮があるようです。
●1980年代後半:カローラ
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:塩ビ皮膜
私の車です。
エンジンによってバッテリの種類が異なりますが、
4A-GEの場合、エアクリや
リザタンの隙間にバッテリを配置しています。
心情的に真直ぐ置きたいのですが、
Z軸周りに少し回して工夫して置いています。
クランプ自体はクラウンとよく似ていますが、
両前方に基準穴と思われる角孔が開いています。
クランプに対して特定の角度で溶接しなければ
ならないのでセット基準があるのかもしれません。
穴が空いた場所はどうしても弱くなるので
座面を設定して局所的な弱点にしない配慮が伺えます。
塩ビ皮膜は新車の時は良いのですが、
モデルライフを通じて脱着を繰り返すと
パリパリと剥がれてしまい、
露出した鉄は無塗装ゆえに一気に錆びる為、
自動車用としては不向きな表面処理だと感じます。
●1980年代後半:マークII
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黒色電着塗装
年式が近いためカローラとよく似た構成です。
ところが、表面処理が一歩進化して黒色電着塗装となりました。
バッテリ交換は車両のライフの中で繰り返し作業するので、
塩ビ皮膜では経年後の破れに繋がりますし
柔らかいものをねじで締めるので
いくらワッシャがあり、クランプ自体を撓ませて
反力を出していても、緩む恐れもあったかもしれません。
その部分の信頼性は上がったと感じます。
●1990年代前半:エスティマ
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:Jボルト×2
表面処理:黒色電着塗装
トヨタの天才タマゴはバッテリがFrフード内にあります。
ラジサポに留まれなかったようで、
Jボルト2本使いという手段に出てきました。
クランプ本体のJボルトがねじれるようなトリッキーな
バッテリクランプは特殊な方だと思います。
クランプ端やホルダの片側が延長されて
リレー?取り付けブラケットをスポット溶接で取り付けています。
きっとこうするしかなかったのでしょうね。
●1990年代前半:セルシオ
部品構成:クランプ本体+絞り形状L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黒色電着塗装
進化より深化を目指した2代目セルシオ。
一般的なバッテリーキャリアのコの字型断面を
反転させて手で触った時にエッジが無く滑らか。
思わず素手で触りたくなります。
一般的なクランプのフランジ端は電着塗装が着いても
ちょっとザラザラしてて手を切りそうになります。
私たちが見慣れたものの表裏をひっくり返したような
バッテリークランプですが、
L字ホルダーとクランプを溶接する為には、
上記のハチロクタイプのホルダを更に深く絞らなければなりません。
形状が複雑になりプレス工程の数が増える(型が増える)こと、
ラジサポに留まる為には、ラジサポから半島形の出っ張りを
着けてあげないといけない
(ブランクと製品の比である歩留まりが悪化)等、
見た目の為に随分とお金をかけています。
セルシオだから許されるというのがあるのかもしれません。
バッテリー本体にもプロテクタが設定されて、クランプホルダとの位置関係も
シビアになっていますから、L字ホルダに溶接冶具用の丸穴が開けられています。
●1990年代前半:RAV4 L
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:Jボルト×2
表面処理:黒色電着塗装
私の車です。
バッテリが随分とカウル寄りに取り付いてますが、
今時こんな場所にバッテリを置けるのは高級車くらいです。
運動性能としては好ましいですが、
交換作業性としては地面から随分と高いところに
車両横からアクセスしないといけないので、
ここに挙げた他車と比べると楽では無いかなと、
実感として思います。
特にJボルト2本使い方式は、一点がラジサポに
締めに行く方式よりも作業に時間がかかります。
また、狙いの場所が分かりにくく
誤って間違った孔に
Jボルトを引っ掛けてしまいそうになります。
(この写真、実は誤った場所にJボルトが刺さってます)
間違えた孔や出っ張りに引っ掛けると、
何かを挟み込んでしまったり、正しい保持力が出せずに
不具合の原因になるかもしれません。
クランプとホルダの溶接の基準孔が設けられています。
ホルダの幅方向の長さが長いため、精度出しの工夫でしょう。
●1990年代後半:カリーナ
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:Jボルト×2
表面処理:黒色電着塗装
こちらもJボルト2本使いタイプです。
エアクリ前にバッテリを置いても、
どうしてもラジサポに留まれなかったのでしょう。
どちらもJボルトということで誤組付けを防ぐ為に
矢印のテーキンが打刻されています。
●1990年代後半:イプサム
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黒色電着塗装
セダンベースで、ワンモーションフォルム的な
意匠の為にラジサポが低いのでしょう。
車両奥のJボルトの締結付近が
ぐにゃっと曲がっていますが、
バッテリの液栓を避けていると考えられます。
クランプとバッテリ本体が真直ぐについていて
中央を通るならこんなに捻る必要はありませんが、
3次元空間のパズルのような配置関係では
こうならざるを得ないという事なのでしょう。
特にラジサポに着目るとヘッドライトの取り付けとの
椅子取り合戦に敗北したのかもしれません。
●1990年代後半:カローラ
部品構成:クランプ本体+絞り形状L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黒色電着塗装
コストダウン全開と言われていた8代目カローラですが、
このバッテリークランプを見て驚きました。
セルシオ式の反転コの字断面が下方展開されているのです。
8代目カローラは実質的に7代目カローラの多くの部品を
共用化したモデルのため、エンジンルームの配置も
先代を踏襲していますから7代目カローラの部品なのでしょう。
半島形状のラジサポもセルシオ譲りです。
バブルカローラといわれた7代目カローラの本気を垣間見ました。
●1990年代後半:マークII
部品構成:クランプ本体+絞り形状L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黒色電着塗装
コチラもバブル期の残り香を漂わせる逸品。
ラジサポ取り付け面のフランジが回り込んでいて、
凹ませたラジサポと面一に近くなるようになっています。
ラジサポからお迎え形状をつけなくても、
ラジサポ取り付けられるのは工夫を感じますが、
この構造はクランプとしては歩留まりやプレス工程数を
考えた時に経済的とは言えなくなっています。
美しいのですが合理的では無いですね。
エンジンルーム内の見栄えを向上させることが
商品性向上に繋がった時代、
特にバッテリーは交換頻度の高いパーツゆえに、
目に触れる機会も多かったことでしょう。
●2000年代前半:アリオン
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黒色電着塗装
2000年代のアリオンはバブルの遺産を完全に振り切って
素朴な構成となりました。
プラットフォームが集約されていく中で
アリオンもカローラやウィッシュと共通のP/Fを持つに至り、
エンジンコンパートメント内の配置も統合されていきました。
バッテリクランプは下向きのコの字断面を持ち、
片方をラジサポアッパーサイドにボルト締結、
他方をJボルトでバッテリキャリアに引っ掛ける方式を採っています。
極めて一般的で常識的な構成となりました。
断面を有効活用するために丸ビードが入れて有ります。
バッテリ前側のホルダとラジサポの部分に生じる反力で
バッテリを下に押さえつけているのでペニャペニャでは困る、
という思想なのでしょうか?
(素人なので詳しくは分かりませんが))
●2010年代前半:ハリアー
部品構成:クランプ本体+L字ホルダ×2
取付構造:ラジサポボルト留め+Jボルト
表面処理:黒色電着塗装
写真はネットから。
ハリアーガソリン車のバッテリーキャリアもトヨタとしては一般的なタイプです。
見栄えはラジサポカバーが担うという考え方なのかも。
90年代後半でこの構成・表面処理が定着してからは
20年近く進化が無いような印象ですね。
●2010年代後半:C-HR
部品構成:バッテリクランプのみ
取付構造:バッテリキャリアにボルト締め
表面処理;黒色電着塗装
写真はネット検索して当方で加工。
見ていただくと分かるとおり
上から被せるクランプが無くなりました。
バッテリ型式を調べるとDINバッテリの様です。
トヨタのTNGAは世界を広くベンチマークし、
最も競争力のある部品を採用するのだから
JISにこだわる必要は無かったのでしょう。
DINバッテリは底部に張り出しが有り、
そこを保持する小さな金具で取り付けられるため
省スペースで部品点数も少なく経済的です。
従来のバッテリのように溶接も不要となり、
バッテリクランプとしては合理的に感じます。
一方で我々が古くから慣れ親しんできたJISバッテリと異なり
DINバッテリは高価なため、
交換時の部品代の負担増を覚悟しなければなりません。
その意味で、トヨタは大きく舵を切ったなと感じます。
ただ、トヨタがDINバッテリを採用すれば、
カー用品店などの品揃えは確実に変化するとは思いますが。
私たち旧型車を愛するものは段々とJISバッテリの入手が難しくなる
悲しいシナリオが目に浮かんで来ますが、
その頃はDIN●●はJISの○○と互換性有り、
のような情報が仲間たちからもたらされるのかもしれませんね。
●まとめ
1970年代から2010年代にかけてトヨタ車の
バッテリーキャリアの変遷を追いかけてみました。
表面処理や部品構成が変化しつつも、
時代に合わせて技術的な進化やクオリティへの追求、
一転、徹底した合理化からバッテリ取付け構造の変化など
地味な部品ながら変化があります。
トヨタ以外のメーカーになると丸棒を折り曲げて作った
クランプもあり各社が各社の考え方で最適解を模索しています。
(今回は取材した車の都合でトヨタに絞りました)
車の走りには何にも影響しない部品ですが
交換作業を機に注目してみると個人的に楽しめました。
以上、バッテリーキャリアだけをねっとりと追いかけました。