●気づいたときには家族の贅沢品に
2022年にノア・ヴォクシーがFMCを受けた。フルキャブオーバーのライトエース(1971年)・タウンエース(1976年)以来、のステーションワゴンの老舗ブランドとして進化を続けてきた。貨客兼用で開発し、走る応接間を志向した各種アクセサリーによってセダンに飽き足らないアクティブなファミリー層や多人数乗車のニーズに対応してきた。1990年代にはRVブーム到来によりワンボックスカーではなく、よりセダンライクな動的性能が「ミニバン」に求められるようになり、トヨタはMRのエスティマ(1990年)やFFのイプサム(1996年)を生み出しながら、キャブオーバーの資産をうまく活用したセミキャブFR方式のライトエースノア・タウンエースノア(1996年)を発売した。2001年には競合を意識したFFに駆動方式が変わり、30年近く続いた貨客兼用のビジネスモデルから脱却した。FF化以降のノア・ヴォクシーは、正統派ファミリーカーのノアとドレスアップ派のためのちょいワル(死語)な内外装に化粧直ししたヴォクシーによって、競合のハイウェイスターやスパーダと真っ向から競合した。車両本体価格200万円程度で中心的なグレードが買えるお買い得合戦、エアログレードによるワル合戦の後は、三者三様のハイブリッド合戦、運転支援合戦へとフィールドを変えながら熾烈な販売競争が繰り広げられてきた。
ノア・ヴォクシーは、両者を合算するとクラストップのボリュームを誇る。ぱっと検索したところ、2021年上半期の販売実績は下記の通りで合算すれば2位のセレナのダブルスコアをたたき出して圧倒している。
ノア:25200台(4200台/月)
ヴォクシー:41100台(6850台/月)
セレナ:32300台(5384台/月)
ステップワゴン:21300台(3550台/月)
先代ノア・ヴォクシーの泣き所は先進安全装備への対応の遅れであった。先代デビュー時に明らかに時流を読み違えて緊急時ブレーキ補助機能などの設定でプロパイロットやホンダセンシングに水を開けられた。圧倒的な販売力によって販売競争には勝っていたが商品性で歯切れが悪いのが苦しかった。
新型はミニバンにしか実現できないうれしさを一層深化させ、「より快適に」「より便利に」「より安心な」みんなのミニバンとして誕生(プレスリリースより)した。
まず、P/Fを一新し、TNGA技術が導入されて基礎体力が引き上げられた。そして負けていた先進装備をキャッチアップしつつ、高価なセンサーやアクチュエータを用いないトヨタらしいからくりで使い勝手向上を図るという全方位の改良が加えられた。一方で高価なセンサーやアクチュエーターを駆使した先進安全装備は先代の反動からか先進安全装備が充実したので私がスゴいと思う物のみ簡単に触れておく。
緊急時の被害軽減のために自動でブレーキ操作を行う
「プリクラッシュセーフティ」は今や当たり前の装備になりつつある。新型ノアは交差点で交差する車両・バイクを検知するほか、車線内で回避操舵を行う機能が付与されたことで衝突回避の可能性を少しでも上げようと車が頑張ってくれる。
更に高速道路などでレーダークルコン使用時、追い越しの為にウインカー操作をすると自動で車線変更を行う
「レーンチェンジアシスト」が備わった。私はLS500hでこの装備を体感したが、慣れたドライバーがうまく使えば疲労軽減に役立つだろうと感じた。長距離ドライブの可能性が多そうなミニバンにはいい装備である。
また、パワースライドドア装着車で、後方から車両が接近しているときにドアを開けようとすると、パワースライドドアの作動を停止させる
「安心降車アシスト(ドアオープン制御付)」を採用した。類似した装備は昨年発売されたレクサスNXに採用されたばかりの比較的新しい装備だ。これはRr側方に着いているセンサーと全方位カメラによって車両を検知するシステムだが、子供が乗り降りする可能性が高いスライドドアに有ると安心感が増すことは事実だ。(枯れた技術を使うならチャイルドロックも有るには有るが)
運転支援という側面では渋滞時にドライバーが前を向いているときに限って
「アドバンストドライブ(渋滞時支援)」が作動する。これは自動車専用道路での運転において、渋滞時(0km/h~約40km/h)レーダークルーズコントロール及びレーントレーシングアシストの作動中に、ドライバーが前を向いているなど一定の条件を満たすとシステムが作動。自動運転を行うことで渋滞時の疲労軽減が可能となる。ストレスが高くなりがちな渋滞走行だけでも肩代わりしてくれると大変有り難い機能だが、上限速度は渋滞末期の60km/h程度までは上げて欲しいところだ。
センサーとカメラで自動的に所定の駐車位置に車を止めてくれる
「アドバンストパーク」はアクアの様に電子シフトレバーの採用で車内に居てシフト操作を補助する必要性が無くなったことからハイブリッドに限って、ドライバーがスマートキー携帯時に、車外から専用アプリをインストールしたスマートフォンを操作することで、駐車および出庫が可能なリモート機能が追加された。狭い駐車場では先に同乗者を下ろして、ドライバーが外からスマホ操作でノアを駐車することが出来る。ボタンを押したら全て勝手に操作を行うのでは無く、スマホ画面を指でぐりぐりと回すことでジョグダイヤル的な操作で駐車までをやってくれるため、安心感を持って駐車できるのもよく出来ている。(おそらく速さ重視で動作も出来るだろうが自分なら不安だ)これらの先進安全装備はオプションながら、旧型から大きく進化した部分である。
新世代となり、全車が全幅1730mmとなって小型車枠から脱した事は大きい変化点である。メーカーによれば販売の中心となるエアログレードは先々代から1720mm、1735mmと拡大を続けており1700mmに対する抵抗感が無くなったと判断したようだ。ノアの歴代ボディサイズを比較した。
こうして見ると意外な事に、新型は先代よりも小さいことがわかる。ボディサイズに対するユーザーの注目度(締め付け)が高かったと想像されるが、それでも遂にこのクラスも全車3ナンバーかと感慨深い。
乗ってみると、意外と動的な性能の進化が感じられて市街地メインで運転しやすく、一部精彩を欠くが静粛性の向上などTNGAの資産を上手に活用した部分も見受けられた。
ステアリングセンターのズレやアップライトな姿勢を取ろうとしたときのステアリングコラム調整代不足など歪な面も見られるが過去から一貫した悪癖であり、ここに拘る人は少数派なのかも知れない。2列目以降も横スライド機構が廃止された事でキャプテンシートでも車両の外側ギリギリに座らされる感じが勿体ない。これは1列目にも言えることだが。新型ノアでは1列目のヒップポイントを下げた(パッケージング的に着座位置が後ろに動かざるを得ないはず)影響なのか2列目と3列目の足元スペースが成立するスイートスポットが非常に狭い(例えば2列目を広くすると、3列目はかなり窮屈)事も気になるし、3列目が元々座り心地にアドバンテージがある方式を採りながら、新型では良くない競合に合わせて簡素化されている点も実に勿体ない。とは言え、確かに3列目は、Rrフロア格納タイプでは無く、跳ね上げ格納タイプを継承しただけで無くワンタッチで跳ね上げ操作できるように改良した点は世代を追うごとに進化を感じる部分である。
個人的にフロントマスクは好みでは無いが、地道なブラッシュアップの積み重ねという実に日本的な車だと感じた。
22年に亘りFFのキャブワゴンとしてこれまでドメスティックな国内市場に特化したクルマ作りを続けてきた。その間、軽自動車の躍進や市場そのものの縮退などで日本国内市場をメインとする車は徐々に生きづらい世の中になった。そのしわ寄せなのか2014年に206.7万円だったスタート価格は242.7万円と36万円ほど上がった。今や、常識になりつつある新装備を考えると値上げはやむを得ない部分もあるが、それにしたってセグメント移行も無い中でこの価格は高くなったと考えざるを得ない。
エスティマのユーザー層も取り込む為に上級グレードを設定したとのことだが、快適装備の装備水準が近いベースグレードが高くなる理由にはならない。日本市場に特化したミニバンを用意してやる手間賃という感覚なのだろうか。それはあたかも「請求書の紙発行手数料」とか「ヒトカラ専用料金」のような時代の流れを感じる。しかもその変動量は30万円以上。本当はこの車を買ってガンガン遊びに行きたいのに、買ったところで息切れしそうだ。少なくとも10年くらい前まではミニバンが大衆化される中で総額300万くらいでセダン並みの走りと広々したキャビンが贅沢に楽しめた。手に入りやすく便利でお買い得なファミリーカーというポジションから、高いけど頑張って贅沢する車に変わったと言える。これはもしかするとFRからFFに変わった時を凌ぐほど大きな変革なのかも知れない。