●結局は実用性
元・出向先の同僚だった友人のカーガイが、ライフステージの変化に伴い広いマンションに引っ越すことになった。愛車である
V8ヴァンテージN430は機械式駐車場に収まらず、あえなく買換えの憂き目に遭ってしまった。機械式駐車場に収まるギリギリを狙って彼が手に入れたのが今回取上げる試乗車である。
多くの人が知っているようにポルシェはドイツが誇る世界的なスポーツカーブランドの一つだ。その中でも911はブランドの大黒柱である。過去にはライトなFR系の924、V8を積んだ928もあった。しかし1964年の911以後はいつの時代もポルシェと言えば911という絶対的な立ち位置を維持し続けた。
いまのポルシェのラインナップではSUV系がセールスの中で大きな割合を占めている。販売台数が圧倒的なマカンを筆頭にカイエンなど実用性のあるSUVで利益を出しながらも、定食メニューとして必ず911がその中心に位置し、安定したセールスを維持している。全世界で年間4.2万台規模(3500台/月)なので年間240日稼働、2直体制だとすると、直当たり875台もの911がラインを流れていることになる。1000万円以上する高級スポーツカーの生産台数としてみれば多いと言えるだろう。
そもそも911はフォルクスワーゲンのコンポーネントを使ったスポーツカー356の後継として生まれた。当然のように先代と同じRRを踏襲し、水平対向E/Gや4輪独立懸架という基本構成も丸ごと引き継いだ。356に対しては、空冷水平対向6気筒SOHCを搭載している点が大きく異なる。当時の定番レイアウトはFRだが、RRは大衆車で広く用いられる採用例の多いレイアウトだった。RRだからこそ後席を設けつつも、駆動輪にトラクションがかかり構造もシンプルだった。あの時代は実績のあるRRを採用することに違和感は無かったのである。
守り続けるものがありながら、それで大きな転機があるとすれば、トーションバーからコイル式サスペンションになった1989年や、空冷を捨てて水冷になった1997年、PDKが採用された2008年、などがあるが、一貫して変わらないものはRRの2+2レイアウトのスポーツモデルである点、さらにファストバックの外観、内装の5連メーターなどである。
パフォーマンスに関わるような部分は排気量アップやターボの採用など積極的に行ってきたし、リバースステアの原因たるRrグリップ喪失を防ぐためにグリップ力の高いワイドなタイヤを履かせる、後輪操舵などの採用により本来危険な高出力RRという基本構成のままで62年も継続して来られた。
このように伝統を大切にする姿勢はプレミアムブランドには重要である。いつの時代にポルシェ911を買ったとしても、あらゆる世代が911を知っており、きちんと「すごい車を買った」と周囲に分からせることも高額商品には必要な要素である。高級ブランドが長く続くためには何が必要なのか、それは「継続」であると私は思う。
例えば自動車評論家の福野礼一郎氏は911に関して好意的とは言えないコメントを残している。重量配分がRr寄りのために、初期アンダーで最後はオーバーステアに転じるリバースステア特性を招くRRという不利なレイアウトを使い続け、同じブランド内でミッドシップスポーツカーを持っていてもヒエラルキー上、決して逆転しないように調整している状態はピュアなスポーツカーとは言え無い、という趣旨だったように思う。
たしかに事実を積上げていけば911は、動力性能に全ての技術を捧げるようなピュアさは無いのかも知れない。しかしながら、911は長年に亘り継続して売れ行きを維持、もしくは増大させている。物理的特性の最適解が他にあるとしても、商品として正しいのが911である。
ここでいう商品としての正しさとは買った人を満足させることである。プレミアムカーであるポルシェ911は勿論高い。試乗車は2018年式のカレラTで新車価格は1432万円、そこに複数のオプションが搭載されている。しかし、それだけの対価を支払わせるだけの「満足」を実現しようとする努力は確かにある。一流のパフォーマンスに加えて実用性が両立していることが911らしい価値だ。
少し運転させてもらったが、スポーツカーらしい加速や気持ちよい旋回が可能だった。実際には911よりも動力性能や操縦性が高いスポーツカーは存在するのだが、911ほど実用性や価格に見合った質感表現とのバランスを上手く取ったクルマは多くない。
ところでカレラTのTとはツーリングのTであり、911の中では軽量化版ということになる。一番古いカレラTは1968年発売で、912に変わる廉価版扱いだったという。出力を落とすだけでなく、トリムレベルが下がっていたが、実はレース仕様への改造を想定した変更内容が多く含まれている。レースのために取り外してしまう部品の仕様を下げ、変更できないシリンダヘッドは高性能版911Sと同じ大径バルブ仕様のE/Gが奢られるなどプライベーター向けの粋な計らいと、廉価仕様を求めるニーズを上手くに結びつけた。
試乗車である2018年式カレラTは軽量化という要素を残しつつ、基本的に911カレラよりも上級グレード扱いとなっている。具体的には、後席を廃止し(但しOPT追加可能)、Rrウィンドゥをゲージダウン、遮音材削減によって20kgの軽量化を行った。走りのカレラTという大義名分と伝統をここでもしっかり守っている。
ポルシェ911カレラTには同乗したとしてもドライバーとしても快適なクーペであることは間違いなかった。つまり、0-100km/h加速が4.2秒、最高速度293km/hという高性能を誇るスポーツカーでありながら、踏切やスピードブレーカーの段差に怯えることなく乗れて、カップルの買い物の荷物程度は充分に載せられ、助手席のゲストから乗り心地が悪いだとか五月蝿いという苦情が来ることも無い。(オーナー曰くFrスパッツが車高センサーで検知されて、車検証上の寸法は満たしているのに実際には機械式駐車場に入れない事もあるらしいが・・・)
実際の911オーナーは三度の飯よりも走ることを愛するカーマニアだけではない。充分な収入があり、お洒落で威張りの効くパーソナルカーとして選ばれるケースも少なくないはずだ。どうして911が1963年以来、スポーツカーの一流ブランドとして第一線に立ち続けられたのかと言えば、伝統を守り、バランスのいい車だったからである。
出張先で輸入車が多い東京都23区内を歩いていても911を見かける機会は私の居住地域よりも多い。そしてステアリングを握る人はいかにも車好きのオジサンだけでなく、お洒落な女性がサラリと乗っているケースが多かった。この人達は必ずしも911の伝統にこだわっていないのかも知れないが、それでも伝統を守ることで、いつの時代にも一目置かれ、車好きからのリスペクトも集められる。
911は世界で年間4万台規模で安定して売れているが、スポーツカーなのだから、速ささえ追求しておけばいいという考え方では幅広く売れる定番になれず、伝統を大切に守らなければ幅広い層からのリスペクトは集まらない。お客さんが欲しがるものを提供(伝統+実用性)する事も商い(あきない)として何ら間違っていない。これまで乗せてもらったカーガイの愛車史上、最も快適で実用性がありながら、いいパフォーマンスを見せてくれた一台だった。確かにこれなら助手席に大切な人を乗せられる。
カーガイ曰く、(不満を強いて言うなら)未だにアストンマーティンが恋しい。また駐車場が広い家に引っ越せるなら・・・と語る彼はやっぱりトータルバランスに優れた車よりエッジの立った車に惹かれると言うことなのかも知れない。
何はともあれ彼のライフステージがさらに変わらない限り、当分911はカーガイの手元で活躍するだろう。
忙しい中、時間を作って出張先で待ち合わせしてくれたカーガイに感謝。