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ノイマイヤーのブログ一覧

2021年09月27日 イイね!

2021年式 アクアZ 感想文

2021年式 アクアZ 感想文●アクアはBセグメントHEVの真打ち
2021年7月にFMCされたアクアは、10年前の2011年に発売されたエポックメイキングな初代のコンセプトの正常進化だ。アクア発売前のハイブリッド市場はハイブリッドのパイオニアとしてプリウスが圧倒的な地位を占めていた。初代プリウスは215万円(21世紀へGO)で発売して以来、売っても利益が出ないと言われ続けながら、地道に販売することで信頼とノウハウを身に付けていた。そのプリウスに挑戦したのが2009年発売のホンダの2代目インサイトである。居住性など若干の難はあれども189万円という低価格を武器にフィットベースでプリウスルックのハイブリッド専用車を発売したのだ。インサイトの爆発的ヒットに本気になったトヨタは3代目プリウスのスタート価格を205万円(インサイト最上級グレードど同額)に設定。さらに2代目を残置し、装備を厳選することで189万円ぴったりの価格に揃えることで見事インサイトを叩き潰した。当時のカタログでの露骨なIMAディスりはカタログ回収騒ぎに発展するほどトヨタの怒りが垣間見えた。しかし、へこたれないホンダは同P/Fのフィットにインサイト用のシステムを移植することで2010年に早くもフィットHEVを発売。コンパクトなのに室内が広く、実用性が高いフィットの良さをそのままに30km/Lの低燃費に向上させて159万円で発売した。当時は燃費ブームに沸いており、各社がカタログ燃費を競い合っていた時代だったのでアピール効果は絶大であった。本格的ハイブリッドのプリウスは中心的な価格帯は230万円~250万円程度であったため、フィットに対抗できるHEVの登場が待たれていた。

トヨタはプリウスに手が届かない層に向けて従来不可能であったHEVシステムをBセグメント用P/Fに搭載し、プリウスのアイコンであるトライアングルシルエットを借りてアクアを生み出した。35.4km/Lの圧倒的な低燃費、モーター発進が出来る、停車時にもエアコンが効くなど「HEVを買ったという喜び」はアクアのセールスポイントである。アクアはスタート価格169万円とフィットを意識した価格設定を行い、大ヒットを記録した。当時のカタログには「10年先のフツーが、駆け足でやってきた」と書かれていたが、事実アクアは化粧直しを繰り返して10年間販売された。

10年の間、トヨタはアクアのコンポーネントを活用して2012年にフランスでヤリスHEV、2013年にカローラ/フィールダーHEV、2015年にシエンタHEV、2017年にヴィッツHEV、2018年にプロボックス/サクシードHEVが発売されるに至りアクアで開発した技術は多くのトヨタ車に展開されたのだ。2019年にヴィッツがFMCされてヤリスHEVがデビューし36km/Lという性能を誇る。

トヨタのハイブリッドの小型化を達成したアクアの役割はもう終えたのではないか、その証拠に初代は延々と放置されていたではないか、そう考えていた。しかし結果は2代目がキープコンセプトでデビューしている。つまりヤリスでは取り切れないニーズがあると言うことだ。どこか優しいエクステリアデザイン、質感がアップした内装、許容できる後席スペースと荷室などかゆいところに手が届く配慮はトヨタならではの力業と言えるだろう。ただ、価格に関しては「何だかんだで結局プリウスと変わらん」という初代の伝統に倣う形で少しビミョーなものがあるのも事実。もし購入する場合は、G以上とX以下の内装に代表される仕様差・NV性能に代表される性能の差を見極めた上で慎重に仕様を選択する必要がある。

●チラつくあのモデルの後ろ姿
実際にアクアに触れて運転してみると、3気筒エンジンの振動以外はアクアとしての10年分の進化がある。しかし10年前と違いハイブリッドのBセグメントというのはありふれたフツーの技術となった。ヤリスHEVがあるのにどうしてアクアが存在するのか、という疑問がわいてくるのだ。確かにアクアはヤリスHEVでは満たせないニーズを満たすのだが、かつてのアクアの存在価値からすればそれは小さなものだ。歴史は繰り返すと言うべきか現代のアクアはターセル/コルサ/カローラIIとよく似た立ち位置になっている。

トヨタ初のFF車としてE/Gを縦に置いたFFとロングホイールベースによる優れた居住性を特徴とする初代ターセル/コルサが発売された1978年、当時はスターレットもカローラもFRが普通だった中でキャラの立ったモデルであった。ところが80年代に入り、カムリに端を発してFF化が急ピッチで進み、カムリ〜コロナ以下のモデルはすべてFF化される事が誰の目にも明白だった1986年、FMCされたターセル/コルサ/カローラIIは独創的なメカニズムを捨ててE/G横置きのFFと変わった。冷たく言えばスターレットよりホイールベースが80mm長いだけの上位モデルになった。確かにリトラ、ターボ、キャンバストップ、高品質な内装デザイン、当時のトヨタの素晴らしい手腕によって差別化は徹底行されていた。熱烈なファンがいたことも重々承知の上で書くが、元々のTOYOTA FFと銘打ったFFの最前線だった初代ターセル/コルサと比べると立ち位置がぼんやりしてしまった事は否めない。とは言え、彼らが縦置きFFを貫けば良かったかと問われると、経営的にも技術的にも商品的にも厳しい結果が見えてくるのだが。

今回の主役であるアクアは先代の輸出モデルという意義も消え、日本仕様だけが存在していると言う状況はトヨタの車種整理ラッシュの中でよくぞFMC出来たとも言えるだろう。ただ、未来永劫ヤリスよりちょっと上、という立ち位置で居続けられるかは正直ビミョーではないか。これは世界初のHEV専用車プリウスにも当てはまる事で、いつまでカローラよりちょっと上のHEVで居続けられるかは分からない。

当時のインパクトを想えば今度のアクアはヤリスで開発したユニットを積んでいる場合では無く、Bセグ初のPHEV或いはFCEVを実現しておくべきだったのかもしれない。(無理は承知だが、10年先のフツーを実現していない新型アクアは10年持たない気がする)
Posted at 2021/09/28 00:01:01 | コメント(1) | クルマレビュー
2021年08月17日 イイね!

愛車と出会って5年!

愛車と出会って5年!8月19日で愛車と出会って5年になります!
この1年の愛車との思い出を振り返ります!

■この1年でこんなパーツを付けました!
仕込みはありますが、まだなし。
現状でも8割がた理想状態です。

■この1年でこんな整備をしました!
シフトレバー交換
シフトケーブル交換
オイル、フィルター交換
インテグレーションリレー交換


■愛車のイイね!数(2021年08月12日時点)
278イイね!

■これからいじりたいところは・・・
ワイパー黒塗装
スペタイヤキャリア塗装
ロアアームバー
バックドアのギシギシ対策
トリップ不調対策
プラグそろそろか?
クオーターガラスの黒セラミック補修
スタッドレスタイヤがそろそろ寿命か?

■愛車に一言
タフなキャラクターに甘えて酷使してますが、周囲のサポートのおかげでキビキビしつつ安定した走りに満足。子供もRAV4が気に入っており、いつも乗りたいと駄々をこねてくるのでこれからも元気に走って欲しいです。燃費の悪さは慣れてきました(笑)狭いところを走ったり、悪天候の高速道路を走らせると安定感のある走りに感銘を受けます。

>>愛車プロフィールはこちら
Posted at 2021/08/17 21:47:43 | コメント(1) | トラックバック(0) | RAV4
2021年08月03日 イイね!

1989年式マークII3.0グランデG感想文

1989年式マークII3.0グランデG感想文●一億層中流意識時代の高級車
みん友のばりけろさんが愛車の1989年式マークIIを貸して下さった。

マークIIはメキシコオリンピックが開催された1968年にコロナ・マークIIとしてデビューした。元々は初めての東京オリンピックが開催された1964年デビューの3代目コロナのフルモデルチェンジ版として企画開発された。国内の需要に留まらず輸出が本格化し始めていた時代ゆえ、開発陣はコロナを大型化して更なる本格的な乗用車として育てようとする意気込みがあった。

ボディサイズや排気量を拡大し、オートマチックやクーラーの使用を前提とした豊かさの演出と、技術的に奇を衒わないオーソドックスな設計によって高い信頼性と価格競争力を確保した。開発が進み、コロナのクラスアップによって日本市場での重要なポジションを失うのは得策ではないと気づいたトヨタは、コロナを変異させてより上級シフトした派生モデルとして発売することにした。

輸出市場においても長らくトヨタブランドの上級車として輸出され続けたが、わが国では元々コロナの上級グレードを好んだ層に向けて巧みに差別化を行い、コロナに対する優越感が楽しめる上級小型車―それがコロナ・マークIIだ。以後、コロナマークIIはコロナに対して豪華さやゆとりを感じさせる上級車として、フォーマルなクラウンに対してカジュアルでパーソナルな高級ブランドとして長らくオリンピックイヤーに新型車をデビューさせ続けた。

今回取り上げるマークIIもソウルオリンピックが開催された1988年に全面改良された6代目で、広くX8#系として知られているモデルである。あまりにも有名なモデルのため説明不要とも思えるのだが、フルモデルチェンジから33年が経過し気づけば意外と本格的旧車の部類に入りつつある。当時の好景気の中でデビューし、時流にうまくフィットした高級感の訴求が当時の多くの人々の支持を得た偉大なモデルだから、つい最近まで残存台数が極めて多く、旧車感があまりないのだが後述するとおり私にはとても思い出深い世代のマークIIだ。

過去の私の感想文中では現代のハリアーを現代版マークIIなんて畏れ多い表現をしたものだが、年齢を問わずカッコいいと言う理由で評判になった高級感のあるトヨペット店専売だった車という共通点がある一方、マークIIを30年前のハリアーと表現しようとすると、販売成績の面で同じ表現が出来ないほど差がある点も存在する。



6代目マークIIのプレスリリースによると「新しい高級車の出発点」を開発コンセプトとしている。

コンセプトを受けて下記三点を開発の狙いとした。
1.時代のトレンドと日本の美を基調にした、それぞれに個性豊かなのびやかなスタイルの実現。
2.高い運動性能と品位ある乗り心地の高次元での達成。
3.お客様に心から満足していただける高い商品力の実現。

この狙いは6代目マークIIの魅力を端的に述べている。
サイズ感を想像し易くする為、横並び比較する。(全長×全幅×全高、軸距)

6代目マークII HT
4690mm×1695mm(試乗車は1710mm)×1375mm、2680mm

5代目マークII HT
4690mm×1690mm×1385mm、2660mm

9代目コロナ
4440mm×1690mm×1370mm、2525mm

初代プログレ
4500mm×1700mm×1435mm、2780mm

2代目マークX
4730mm×1795mm×1435mm、2850mm

3代目レクサスIS
4710mm×1840mm×1435mm、2800mm


つまり、同時代のFFセダンより堂々とした優雅なプロポーションで差をつけており、現代のトヨタで最も新しいFRセダンとほぼ同じ全長(-20mm)だが、車幅が圧倒的に狭く(-145mm)、低い(-60mm)。だから、マークIIは現代の目で見ると車幅の狭さこそ感じるものの、車体の低さとオーバーハング部の長さから大変スマートに映る。

特にハードトップはノーズが低く、ラゲージが高いウエッジシェイプでありながら、巧みなキャラクターラインの処理により水平基調を演出して日本人の好みに寄り添っている。

このデザインだけでも大いに評価されるべきだがハイソカーたるマークIIはメカニズムも大衆車とは一線を画す内容が織り込まれている。当時は今以上に高級車を名乗る以上は「高級なメカニズム」を有している事が求められていたので、当然6気筒エンジンによって後輪を駆動するのだが、6代目マークIIハードトップはベースグレードに至るまでツインカム24バルブエンジンを設定し、更にRrサス形式を当時一般的だったセミトレ式からダブルウィッシュボーンへ進化させた。そして内装もファブリック張りトリムやデジタルメーターやパワーシート、内装スイッチにスライドギミックを与えるなど外からも中からも「高級車凄い!」と満足させる仕掛けがフルスイングで盛り込まれた。

マークIIハードトップの価格帯(名古屋トヨペットの価格表に拠る)は最廉価のLG(4AT)が177.3万円(オートA/Cが21.5万円)、販売の中心となるグランデ(4AT)が209.8万円、グランデツインカム24(ECT-S)が238.2万円、GTツインターボ(ECT-S)276.2万円、スーパーチャージャーを積んだグランデGは288.6万円という価格帯であった。

今回試乗したマークIIは1989年に追加された3.0グランデGである。税制改正で3ナンバー車への課税が緩くなったことに対応して輸出向けに設定のあった7M-GEを急遽導入したものだ。この価格は301.3万円と当時の高級車と認識される300万円を意識的に超えた価格帯になっている。

2021年に近い価格帯の車を探せばカムリX(2.5HV)が316.8万円、ハリアーG(2.0L)が310万円、ヴォクシーハイブリッドZS(2.0HV)が304.3万円というポジションだ。

厚生労働省が出している平均給与の推移に拠れば1989年は452.1万円だった平均給与が2018年には433.3万円になっている。(下がっとるやないか!)

現代の相場観で表現する為には1989年の価格を2018年の水準に換算すると0.96倍してやればよいから、例えば量販グレードのグランデは201.4万円、今回試乗した3.0グランデGは289.2万円に相当する。そう考えると当時の乗用車は現代より相当に割安な価格設定であるという印象がある。

現代の車は安全装備が、とういう指摘が多いが仮に両席エアバッグとVSCが着いて+30万円、衝突軽減ブレーキが更に+10万円着いても329.4万円ならば3リッターのセダンとして納得の範囲内だし、量販グレードのグランデが上記装備+を見込んでも241.4万円なら価格競争力があるのではないか。コロナの後継車プレミオの2.0とそんなに変わらない価格帯だ。(残念だが現代の車の価格は客観的に見ても高くなっている)



6代目マークIIは先代の人気を引き継いで大ヒットした。成功の理由はバブル景気の中で人々の消費マインドが高揚し、今までマークIIを選ばなかったような人たちも時代の空気を感じ取ってマークIIを買い求めたことが大きい。生活は継続的に豊かになると言う楽観的な見通しも手伝って、ちょっと無理をしてマークIIを買ったのだと思う。商品自体も大衆車やFF系小型車とは一線を画すメカニズムや内外装によって少し魔法にかかったような高級感が楽しめる車に仕上がった。こうしてマークIIはソフト面とハード面がうまくシナジー効果を発揮して時代を象徴する一台になったのである。

●日本人が考える憧れを小型枠に凝縮した外装デザイン。



マークIIの大きな魅力は純粋に格好がいいエクステリアデザインである。先代の直線的なデザインに対して角を丸めたスタイリングは当時のターゲット層にとって進み過ぎず、遅れても居ない絶妙な現代的センスを持つ。今回の試乗車はイメージリーダー的なハードトップ車型だが、超薄型かつワイドなヘッドライトの内側には淡黄色のフォグが設定され先代同様にクラウンにも通じるトヨタ製高級車の
アイデンティティともいえる処理が施されている。横方向に桟が配置されたラジエーターグリルもヘッドライト同様に薄いが、ヘッドライトと同一ラインでフードと見切られているのに対して下辺は下方向に凸になるように円弧が引かれている。エンブレムが配置される中央部のみ桟が太くなっていることから錯視効果でグリル中央が力強く張り出しているように見え、高級車らしい押し出し感とスッキリと洗練された印象を同時に与えている。実際にも数ミリ前に出してはいるものの、実寸法以上に前に出て見えているのはマークIIの伝統を熟知した巧なスタイリストの仕事の結果だ。バンパーもFrバランスパネル一体でエアダム形状を織り込みながら丸みを帯びた大型樹脂成型品が、やがて訪れる90年代的な雰囲気を伺わせる。



サイドビューはスラントしたノーズ部からAピラーまでは傾斜し、ベルトラインは水平でラゲージドアに繋がっている。ここにもう一本キャラクターラインを引いて低くシャープな印象を与えると共に5ナンバー枠一杯の車幅に表情を与えている。サイドプロテクションモールやメッキのロッカーモールが長さ方向の動きを強調しながらロッカーはブラックアウトしてボディを薄く演出。更にサッシュレスドアを生かしてルーフの厚みもギリギリまで削られており意匠と乗降性を両立させている。更にAピラーはブラックアウトされてあたかもウインドシールドガラスとドアサイドガラスが一体化したかのようなパノラマ感を演出し、実際はそんなに広くないキャビンを明るく見せている。クオーターピラーは先代のような装飾的なガーニッシュは装着されないシンプルなピラーだが上下で幅を変えてよりエレガントに見せる工夫も見られ、全長が限られた中でマークIIハードトップは目一杯の表現をして現代のセダンよりもクリーンで伸びやかなプロポーションのよさを見せる。



リアビューは先代を意識したブロック形状のストップランプを継承しつつ、二重レンズを採用することでヘッドライト同様に一体感を感じさせながら表面はボデーとの面一感を持たせている。ウエッジシェイプの副作用でラゲージドアは高い位置にあるが、エンブレム、Rrコンビランプ、バンパーとRrバランスパネルのバランスの妙で腰高感を感じさせないのは見事である。



Rrに貼られたゴールドのGrande G 3.0 というエンブレムが誇らしい。今時ゴールドエンブレムなんて極めてオールドファッションであるが、それでも1989年式のマークIIに貼ってあると「エッヘン」と誇らしい気持ちになってくるのが面白い。また、ラジエーターグリルにマークIIのエンブレムと車両左下に「3.0 TWINCAM 24」エンブレムが鎮座する。ここがTWINCAM 24やSUPER CHARGER、TWIN turbo、Grandeなどのエンブレムで差別化されている。



売れるマークIIだからこそエクストラコストを支払った人にもしっかり優越感を感じてもらえる配慮が細部に行き届く。Grande系はフェンダーにもエンブレムがあり、試乗車はここでもGバッヂが追加されて最上位グレードを誇示する。

●運転席以外の人にも違いが分かる室内調度品



インテリアは先代よりもコックピット感を表現したインパネデザインである。ドライバーが座った位置からの手が届くリーチ量を意匠ハードに入れて円弧を描くようにセンターコンソールの操作系が配置される。最上段の車両中央部は高級車らしく大きなエアコンレジスター(吹出口)、デジタル時計が配置される。そのすぐ下にサテライトスイッチと呼ばれるオーディオスイッチが設定される。これはよく使うオーディオ操作を2DINのオーディオより情報の操作しやすい一等地に移設したものである。一般面より20mm以上ドライバー側に張り出しているので判別し易いし物理スイッチの為押し易い。ここにハザードスイッチも置かれる。同じテーマで右側にはミラー関係のスイッチがが配置されている。マークII用以外のオーディオを使うとサテライトスイッチが無駄になるため、廉価グレード用の蓋つき小物入れに交換している人も居た。




サテライトスイッチ直下は最もマークIIらしい特徴的なスライドアウト式の空調スイッチだ。使用頻度の高いボタンを前面に出し、それ以外のスイッチはスイッチ操作でスライドして奥から現れる仕組みになっている。事実、温度調整ダイヤルで24℃に設定し、AUTOボタンを押すだけで事足り、たまに内外気切り替えを行う程度だったので優先度の低いスイッチを減らしてスッキリさせながら、ギミック感を出してアピール度も高い。



計器類は好評のエレクトロニックディスプレイメーターが目を引く。横バーのタコメーターにデジタル数字の速度計が80年代当時の未来感を演出している。速度表示がパラパラと動いてしまう点は現代のデジタル速度計と共通の欠点だが、当時子供だった私にはとんでもなくカッコいいメーターだと感じていた。実際は地味ながら文字が大きく見易いアナログメーターも相当優秀だったのだが、高級車のマークIIにはデジタルメーターが似合う。

ステアリングはグランデG専用の本革巻きのステアリングが装着されている。まだエアバッグ登場前夜(マイナーチェンジで初設定)のため、ホーンパッド部も本革製と言う贅沢な仕様である。グリップ部は2021年の目線では細く頼りなく感じるのだが当時としてはコレが普通の感覚だった。調整機構としてメモリー付チルトステアリングが装備されて乗降時にステアリングを跳ね上げても次回乗車時にワンタッチでベストポジションに復帰する機能が与えられる他、グランデGではテレスコピック機構が追加されるから、低めのルーフに対応したドラポジでも無理なく決まり易いと感じた。

前席はハードトップの開放感にも配慮した少々シートバックが小ぶりながら、パワーシートが運転席と助手席(3.0グランデGのみ標準)に装備されている。シート生地がグランデGのシルキーベルベット調表皮となっており、そっと触れると滑らかな手触りとしっかりした感触が同居する独特の触り心地だ。指で押すと適度な底付き感があり、表皮がよれてシワになったりしないのでそれだけで「イイモノ感」がアップする。(試乗車は用品シートカバー装着)

ダメ押しでグランデGには運転席付けの角度無段階調整式のアームレストが装備される。現代のミニバンでもお馴染みの装備だがコレが本当に快適でついつい肘を置いてしまう魔力がある。このアームレストが着く場合、センターコンソール収納は一般的なヒンジタイプだと回転軌跡上アームレストと干渉するのでフタがスライドして開閉するスライディングリッドコンソールとなる。



容量を犠牲にせず大開口が得られる利点は認めつつも経年変化でリッドが滑りやすくなり、ちょっとした加速でリッドが空いてしまう特有の癖がある。オーナー曰く「アクセル踏み過ぎを警告するGセンサーみたいなもんですね」とのことで私もこのリッドが動かないような加速を心掛けねばならない。



後席は前席に合わせた状態でレッグスペースは当時のコロナを凌駕する程度。ヘッドクリアランスは想像よりも確保されていてキチンと座ればシートバックの角度も適切で一応身体がキャビンに収まると言った印象だ。例えば脚を組むほどの余裕は無いが、2時間くらいの移動なら快適に過ごせそうなレベルである。頭上はバックバイザーがあるので直射日光も遮られており快適性も担保される。高級車を自負するマークIIなので、後席ヘッドレストも標準装備されているが特にグランデにはシートバック別体の前後調整機能付きの大型ヘッドレストが装備され、グランデツインカム24以上はワンタッチ格納式と言う独自の装備品が設定されている。



これは後席を未使用時にレバー操作でバコンと倒すことが出来、後方視界確保を容易にすることができる。Rrシート座面中央前下端に設置されたレバーは運転席から腕を伸ばした丁度良い位置にありバックで振り返った際に操作できるように配慮されている。写真の場合は奥が格納状態で手前が使用状態である。いたずらで後席乗車している人が寝ている時にレバーをバコンとやった人も少なくないだろう。

マークIIの内装は、人が触れる部分の触感のよさ(特にG内装の布巻き部品)、落ち着いたチャコールグレーの木目調樹脂部品の使い方、部品の合わせの品質感の高さに加えてこの時代特有のギミック装備のすべてがドライバーと同乗者を高級車なんだ、この車は凄いんだ!という感動に導いてくれる。そして外から見たスタイル優先のハードトップスタイルであっても、室内空間そのものも意外に真面目できちんと日常的に使用しても不便な部分が見られないこともマークIIの商品性の高さであると言える。

●高級車三点セットは抜かりなく
マークIIは一般人でも頑張れば手が届く価格帯にある高級車のエントリーカー的な立ち位置であるから記号的な意味があるFR、6気筒、IRS(独立式Rrサス)など本格派メカニズムは高級車の当たり前装備である。

今回試乗した3.0グランデGの場合、クラウンにも搭載される7M-GE型(直列6気筒DOHC24バルブ)を縦に置いて後輪を駆動する。1980年代に入り1気筒あたり4バルブのDOHCエンジンを量産化していたが、1980年代後半は更なる大衆化を目指してハイメカツインカムを展開、マークIIのベースエンジンも1G-FE型(直列6気筒2L)、4S-Fi型(セダン用直列4気筒1.8L)のハイメカツインカムの設定がある。



その中で7M-GE型は、高級車向けエンジンでありプレミアムガソリン仕様で200ps/5600rpm、27.0kgm/3600rpmという現代でも高性能な部類のスペックを誇る。エンジン型式名から分かるとおり、ハイメカツインカムではなくバルブ挟み角50度の吸気側・排気側のカムシャフトをそれぞれベルト駆動するスポーツツインカムである。性能向上に大きく寄与しているのはインテークマニホールドに採用された可変吸気機構である。インテークマニホールド内に制御バルブと称するバタフライバルブが装着され、運転状況によって開閉を行うことで吸気管内の脈動流に起因する慣性吸気を行いトルクアップをはかる。特に2500rpm~4000rpmの範囲内で可変吸気の効果が出ているという。

このパワーを受け止めるのが新ECTと呼ばれるロックアップ付4速電子制御オートマチックだ。山岳路で変速を抑えるPWRモードや低μ路で発進を容易にするMANUモードを擁する電子制御4速オートマチックは既に存在したが、更にN→Dへシフトする際に一旦3速にシフトすることでガレージシフトショックを軽減し、通常走行の変速時は点火時期を遅らせて変速中のトルク変動を小さくしてショックレスな変速を実現すると言うきめ細かい制御を加えてきたところが新しい。マークII全体では最量販グレードでも油圧式の4速オートマチックであった。

サスペンションはFr:マクファーソンストラット、Rr:ダブルウィッシュボーンが採用された。先代のRrサスはFR車における独立式Rrサスの定番であるセミトレーリングアーム式だったが一気に複雑で高級とされるダブルウィッシュボーン式サスペンションが採用された。当時はまだ高級メカニズムが喜ばれる時代であり、
メルセデスと同じ形式ですというアピールもなされたほどだ。セミトレと比べてアライメント変化が小さく、ロールする際も外側タイヤがネガティブキャンバ(ハの字)傾向になってコーナリング性能が向上するなど様々なメリット謳われている。そしてサスペンションアームが強固なRrサスペンションメンバーに取り付けられている点は、明らかに80年代の終わりを感じさせる。

モノコックに直接アームを取り付ける従来の方式と厚板をアーク溶接で強固に繋いだサスメン(サブフレームとも呼ばれる)で受け止めることでアーム類が正確に動き操縦安定性や乗り心地の大幅向上が期待できる。更に、サスメンとボディの間に防振ゴムを介して取り付けることで振動や入力を遮断してロードノイズ低減にも寄与している。以後、世の中ではNV性能の為に防振サスメンを採用しつつ、やはりコストが気になってリジッド締結のサスメンに戻ったり、再び防振にしたりという歴史を辿る。この後の後期モデルでは防振ゴムが液封マウントを採用すると言う現代ではやれないような凄いことをやっている。

また、当時広く展開されていた電子制御サスペンションTEMSもグランデGには標準装備される。当時はスターレットクラスまでTEMSの設定が拡大されていたが、
マークIIは減衰力が低中高の3段階で切り替えが可能な上級タイプが装備されている。(廉価タイプは低高の2段階)

全ての要素を支えるボディはP/Fこそ先代のキャリーオーバーだがダッシュパネルへのサンドイッチ制振パネルの適用、フロアの高剛性アスファルトシートや穴を埋めるウレタンや作業穴ふさぎなど高級車らしいNV性能の確保と防錆鋼板の採用拡大とボディ剛性を高める接合部の強化や高張力鋼板(340MPaや440MPa材程度までであると思われる)の採用でピラーのR/F(リンフォース)や耐デント性に優れるBH鋼(ベークハード:塗装乾燥炉の熱を利用して金属組織を変態させて硬化させる)などが採用されて軽量化に貢献している。1980年代後半は技術開発と好景気の波もあって耐久性・防錆性能を上げることにしっかりとコストがかけられた時代で、電着塗装がカチオン化され、床下部品の表面処理や材質がレベルアップするなど目覚しい性能向上が見られる時期であった。この傾向はバブル崩壊に伴う「過剰な防錆性能の適正化」が行われるまで続いた。



また、高級車らしく安全装備も当時としては高水準の仕様となっており、高出力FR車が最も扱いにくい低μ路で安定性を高める為TRC(トラクションコントロール)が標準装備されている。これはエンジンのトルク制御と駆動輪のブレーキ制御をコンピューターで総合的に制御し駆動輪の空転を抑制して最適な駆動力を確保するシステムである。7M-GE型の場合スロットルボデーがワイヤー引きでアクセルペダルと繋がるメインとその奥にステップモーターと繋がるサブの二系統存在し、ドライバーがアクセルを踏みすぎた際にメインスロットルの先でサブスロットルが閉じて出力を抑制すると同時に必要に応じて駆動輪にブレーキをかける。これにより繊細なスロットル操作が出来ないドライバーでも安心して発進することができる。加えて制動時にタイヤのロックを検知すると自動で油圧を緩めて減速G最大のブレーキがかけられる4輪ESC(現代のABS)も併せて装備されて発進から停止までの安心感を高めている。

●扱い易いボディサイズが光る市街地走行



グランデG専用のカラードドアハンドルに鍵を差し込んで捻ると開錠する。(キーレスエントリーも装備あり)このドアハンドルは鍵穴のイルミネーションが装備されて、緑色に優しく光って鍵穴を照らしてくれる。スマートキーが当たり前の時代に、鍵穴すら不要と思われる現代ではお目にかかることの出来ない親切装備である。

乗り込んでドラポジを合わせる。マルチアジャスタブルパワーシート(リク・前後・上下・ランバーサポートが電動)は高級車を感じさせる高級装備だが、さらにチルトステアリングとテレスコピックが備わりドラポジは合わせ易い。特にテレスコがあることでシートバックを少々寝かせ気味にしても手が届き、さほど余裕の無い頭上空間でも不満なく運転姿勢が取れた。



イグニッションをSTARTに捻れば7M-GEが目を覚ます。少し重みのあるサウンドを奏でながら暖機する。少し温まったら当時普及し始めたシフトロックを解除する為にブレーキを踏みながら少々節度感が失われつつあるシフトセレクターをDまで操作し、PKBレバーを引いてバコンと駐車ブレーキが解除された。ブレーキを離して静々とマークIIが走り始める。

アクセルペダルを少し踏み込んでやれば7M-GEが「うおーん」と唸りながら2000rpm付近を維持しながらECT-Sが変速を繰り返す。この状況なら交通状況に充分マッチした加速度で走りきれる。周囲の車を気にしなければちょい踏み1500rpm縛りでも十分走行可能だ。元々重いフレーム構造のクラウンを立派に走らせるレベルの動力性能なのでモノコックボデーで1520kgのマークIIなら余裕が生まれることは当然だろう。ちょっと力強く走らせたいときでも3000rpm程度で十二分の実力があり、ツインカム24バルブだからと高回転まで追い込んでみてもさほど官能的な挙動は見せてくれない。高級セダン用エンジンのセッティングとして正しく低中速域の力強さに主眼を置いているのだろう。この点だけなら1G-GEの方が軽快で官能的なサウンドを奏でてくれる分だけその気になれるが、マークIIを高級車として考えるなら7M-GEを気に入る人の方が多いと感じた。



一方でTRC付と言えどもワイヤー引きのスロットルのため、私がプログレで感じているアクセル操作に対する反応の悪さが無く、うっかりアクセルを踏みすぎてギクシャクすることは無いのが尊い美点だ。

自宅から10km離れた勤務先に向かう際、マークIIは低回転で余裕を持って走るのでエンジンノイズが低い。加えて高級車として遮音材も充実しておりダッシュアウタサイレンサ、フードサイレンサといった現代では当たり前のNVアイテムに加えてダッシュ部にはサンドイッチ鋼板が採用されて遮音性能にも気配りされている。



荒れた舗装路面を通過しても下手すると現代の車を凌ぐロードノイズの小ささを持っており、路面変化にも強い。舗装悪路を通過すると、ドアガラスがバキパキと音を出してしまう点はサッシュレスドアを持つハードトップタイプの宿命ともいえる異音だ。一般的なフレームドアやプレスドアはドアガラスを保持するフレームに組みつけられたガラスランの溝に沿って昇降し、閉まっている時も走行時の負圧によるガラスを車外へ引っ張る力が働いてもフレームによって支えられるが、マークIIの場合はガラス自体が負圧に耐えなくてはならない。ガラスが負圧で浮いてしまえばそこからシールアウトして笛吹き音が発生してしまう恐れがある。その為、ボディ側のウェザーストリップもハードトップ専用の複雑な形状(押し出し部分が短くてコスト高)をしている上、少し強めに当たるように設計的にガラスを倒し込んでいる。更にガラス自体も板厚が厚く剛性と遮音性を高めている。この重いガラスが受ける反力を受けているのがガラスを昇降するアームの先端に取り付けられたホルダーであり、ここに応力が集中し、経年で音が出るようになってしまう。更にウェザーストリップとの接触状態が時々刻々と変わることで発生する異音もサッシュレスドアではしばしば課題になる。

路面によるこもり音やロードノイズが抑えられている反面、このパキパキ音が目立ってしまいヤレ感に繋がってしまうが、私はこれぞハードトップ!とばかりこの音を楽しんだ。

乗り心地は試乗車がTEMS装着車だが、走行距離が嵩んでいる為ショックは抜け気味でゴトゴト音と時として突き上げるようなショックが感じられた。ゆっくりと良路を走るときのリズム感は高級車らしいゆったりしたものだが、それはサスペンションのストロークと言うよりタイヤとブッシュの仕事だったのかもしれない。



勤務先の駐車場は大変狭いが、小型車サイズ上限ギリギリとは言え車幅が狭いマークIIは例えばヴェルファイアとプラドの間の限られたスペースでも難なく駐車できる。ステアリング切れ角が大きく最小回転半径は格下FFセダン並の5.1m。205/60R15というサイズながら取り回しは良好でしかもフェンダーマーカーのお陰で車両感覚も把握し易い。勝手に運転がうまくなったような錯覚を覚えそうだ。例えば自分が少年時代に自転車で駆け回ったような狭苦しい路地もマークIIなら何の苦労も無く入っていける。

市街地におけるマークIIはアクセルをちょっと踏んでやるだけで充分良く走り惰性で流しながら軽いパワーステアリングをくるくる回しながら滑るように走り抜けていく。

静粛性はまさに高級車然としているのに狭い路地もお手の物で、1800mmが新しい車幅の基準になりそうな昨今でも小型車枠に収まっていればこんなに自由自在に走れることを再認識させられる。日本人の為の上級小型車だから当たり前の事なのだが2021年の目線では大変驚くべきキャラクターなのだ。

●中距離ツーリング
緊急事態宣言も明けて家族を乗せて実家に帰省する際、マークIIを連れ出した。トランクルームに荷物を満載にして後席にはCRS(チャイルドシート)を取りつけた。



狭苦しいハードトップに見えてしまうマークIIはさすが上級小型車で我が家のデミオより室内長が70mm広いだけとは思えない余裕を見せている。室内長はインパネからRrシート後端までの寸法の為、FRのマークIIのトーボードの深さが足元の広さに寄与して数値以上の室内の広さに繋がる。



自宅を出発し、最寄のICまで向かう。人と荷物を満載していても通勤で感じた印象と変わる事無く、滑るようにマークIIは田舎道を駆け抜ける。3.0Lエンジンはパワーに余裕があるためアクセルを踏み増さないと走らないとかそういったネガを一切感じさせない。そのままETCを通過し高速道路へ流入した。軽いアクセル操作で「うおーん」と遠くでエンジン音が特徴的な音色を奏でながら車速は100km/hとなる。4速ロックアップ時に2500rpmという回転数は、トヨタ車でお馴染みの回転数である。

直列6気筒は素性が良くスムースなのでこの回転数で走らせても「うるさくてたまらん!」とか「ステアリング振動がビリビリくる!」などと言う失態は無い。高速道路で主に聞こえる音はエンジン音とサイドバイザーの風きり音と経年変化によるウェザーからのリーク音である。

前方の遅い車を見つけてアクセルオフする際、想像よりエンブレが良く効くのでアクセルの調整だけで高速道路を充分に走行できる。動力性能は2021年の流れの速さを考えると十二分に走れる余裕があり上り坂に差し掛かっても失速しないあたりは現代の車よりも明らかに優秀であると断言できる。これなら新東名でも悠々とクルーズできること間違いなしだが、注意が必要なのはブレーキの食いつきが悪いので、前の車間が詰まっていると、前方の早いブレーキで自車の減速Gが出ずに肝を冷やす事になる。グランデG系は後輪もベンチレーテッドディスクが採用されて性能的に配慮がなされた形跡はある。しかし、鳴きやダストの副作用が看過できずパッドのチューニングが行われた結果だと推測する。21世紀基準で見れば明らかに能力不足の危険なブレーキと判断する。



市街地で少し洗練を欠いた乗り心地だがその渋さと言うか堅さは転じて高速道路では落ち着きが良さに感じられる。安定性に関しては車高が低めで全長が長いため、空力的な素性がよい事も関係があるかもしれない。TEMSはSOFTからMEDIUMに切り替わるが、実はさほど変わったと感じることは無かった。スイッチ操作でSPORTを選べばHARD固定になり、確かにレスポンスが良くなるのでSOFTとの違いはよく理解できた。この手のスイッチ装備のジレンマは変化する事をドライバーに感じさせないと有り難味が分からないが、変化を強くしすぎるとスイートスポットを外してしまう所にある。カローラの2段階切替式はまさにそのタイプだったが、マークIIの3段階切替式はそれよりは印象が良かった。

当時としては最高峰のエンジンを積んだマークIIは流れの速い高速道路でも流れをリードできる動的性能を誇る。踏めば湧き上がるトルクのお陰で登坂車線が出てくるような上り坂でも少し踏み込んでやるだけで悠然と加速する。普通の車ならロックアップを外して回転を上げることで駆動力を確保するが、マークIIはそもそものトルクが太く、相当なアップダウンでも平坦路の様にすまし顔で走り抜けられるロバストな特性を持っている。

とても暑い日中であったが、エアコンは恐ろしいほど良く効かせながら3時間の移動を快適にこなすことが出来た。

●ワインディング路
帰路は敢えて県道80号線(残念ながら83号線ではない)を通ってワインディングを楽しんだ―と言っても、貴重なマークIIに家族を乗せているのでちょっとリズム良く走らせるくらいのテンポ感だ。

プログレと較べると、クイックなステアリングと癖の無いスロットル特性、最高出力は同じ200psながら排気量の大きさからくる豊かな実用域の力強さでダムの横の長いストレートをキックダウンもせず一気に駆け上がった。



前方に迫るヘアピンカーブは早めにフットブレーキで手前から準備し、コーナー手前でアクセルに踏み変えて定常旋回し、立ち上がりでも2000rpm~3000rpmで加速を楽しんだ。7M-GEは旧世代のM型の家系といえどもフロントヘビーゆえの回答性の悪さは気になるレベルとはいえなかった。R32スカイラインあたりと較べられてしまうと残念ながらシャシー性能の分が悪いが、だからとってマークIIがワインディングで退屈なのかと聞かれればNOという答えになる。運転操作に車側はちゃんと応答があるので極端なハイスピードでなければ私が家族を揺らさずに心地よい走りを探求する余地が残されている。うたた寝している家族にバレないように80号を楽しんだ。

この道は私にとっては免許を取って何回も走り込んだ懐かしい路線だ。当時と違うのは、若さゆえの無茶な走りではなく、周囲の車との関係性や車の特性に合った走りに変わったことだ。ブイーンと加速してググっとブレーキ踏みながらステアリングを切ってタイヤを鳴らしながら曲がって全開で立ち上がるあの日の走りとは違い、官能的な走りを求めながらも優雅に走らせることをヘタクソなりに目指した。

色んな車で80号線を走らせたが、マークIIでのドライブはダイナミックでありながら高級セダンらしいエレガントさが隠し切れない部分があった。暴走族のような感覚で速く走る事は向いていないが、一般的な技量のドライバーがちょっと運転を楽しみたい時に大排気量エンジンの動力性能とFRらしい素直なシャシー性能が功を奏して充分Fun to Driveな体験が出来るように躾けられていた。

●軽く思い出話と自分の成長を感じた話
私にとっての最初のマークIIは母の実家にあった1981年式のGX61系マークIIグランデ(大阪トヨタのステッカー付)だ。このマークIIにはよく乗せてもらっていた。私はかっこよくて好きだったが、セダン嫌いの母に言わせれば趣味の悪い金色の狭苦しい車、という評価であった。

1988年、私は幼稚園に通っていた。同級生のW田君の家には真っ白なGX71系マークIIがあったがエレガントさでは母の実家のマークIIに分があると考えていた。そんな時期はGX81系がデビューした。GX61的なテールの長さがスポーティで内装は豪華絢爛な車。このマークIIのフラッグシップであるグランデGを購入したのは叔母の夫であった。家族で会社を経営していたKさんはバブル景気の最中にまばゆいばかりのグランデG(スーパーチャージャー)で埼玉の祖父の家に遊びに着ており、たくさん助手席に乗せてもらったものだ。



国道4号のキューピーマヨネーズ横の長い直線での全開加速。子供では耐え切れないほどの加速Gに圧倒されながらバーグラフのタコメーターが踊るのを見ていた。当時の我が家は盆と正月は埼玉に帰省しており、かなりの確率で東京ディズニーランドへ遊びに行っていた。我が家はEP71スターレットに乗っていた1990年頃だ。早起きして車三台に分乗して5家族3世代で出かけたが、私はよくマークIIに乗せてもらっていた。当時はチャイルドシートに座る概念が(少なくとも我が家周辺には)無く、従兄弟たちとぎゅうぎゅうになって出かけたのが良い思い出だったが疲れてくると狭苦しい車だなとも感じた。

バブル絶頂期、今度は父方の伯父がクレスタのGTツインターボを購入した。元々MA45系セリカXXに乗っていたお洒落な伯父さんだった。子供好きなおじさんだったが、勤務していた百貨店から独立して事業を始めた途端バブル崩壊。景気が悪くなる直前の時に買い換えたのだ。お正月の祖父宅にマークIIとクレスタが並んでいるのを見るのが大好きだったが、バブル崩壊後クレスタは売却され失われた10年の間に伯父と再会することもできなくなってしまった。

マークIIは90年代の日本なら一日に何回でも見かける程ありふれた車だった。そういえば同級生のN山君もW谷君の家もハイメカグランデが止まっていた。



JZX90系マークIIは中学の時の担任U先生が乗っていた。気に入っていたようだが教え子と結婚(!)して子供が産まれてハイエースレジアスに買い換えた時に時代を感じた。GX100と言えばモデラーNさんのお父様が後期モデルに乗っていて一度運転させていただいたが、VVT-iが着いて円熟の域に達した1Gとカッコいいウッドステアリングが大好きだった。

しかし、それ以後いつしか身の回りから新しいマークIIに乗っている人を段々と見かけなくなってきた。その一方でGX81系が10年落ちとなる2000年代中期になってもアルバイト先の店長(ハイメカグランデ)もそこで働く同僚(ツインカム24グランデ)もマークIIに乗っていた。

私の同級生のW谷君の実家では白いハイメカグランデから程度のよいガンメタの2.5グランデに中古代替した。当時、免許取立てのW谷君の練習に付き合ったことがある。全国の津々浦々の中流意識を持った家庭のマイカー、或いは若者が憧れるハイソカーとして販売された後、中古車となってもタマ数が多く手頃な高級車として私達日本人の生活の中にマークIIが重要な地位を占めた時代が確かにあったのである。



だから2000年代に突入してもGX81系マークIIなんて石を投げれば当たるほどの残存数で別に珍しくともなんとも無かった。自動車の耐用年数が右肩上がりで伸びる中での12年落ちの中古車である。いまでもうっかり旧車であることを忘れそうになるが、程度がいい車を街中で見かけるのは月に数回あるか無いかになった。



マークIIは手が届く高級車として大衆の絶大なる支持を得たのだが、一方でその類稀な魅力に魅せられた人達が集まった80三兄弟倶楽部というオーナーズクラブも存在した。普段はBBSのやり取りや種々の記事を楽しむサイトであったのだが時々大規模なオフ会が開催された。複数の知人がマークIIを保有しており、オフ会も帯同で参加していた。おかげさまで私はマークII・チェイサー・クレスタ、1G-FE、1JZ-GE、7M-GEなど色んな三兄弟に同乗させていただく機会に恵まれた。もう2000年以前、旧世紀の出来事である。



2001年に免許を取ってライトエースノアを乗り回していた当時の私のマークII評は狭苦しい・カッコいいけどオールドファッションで運転しても同乗しても車酔いする、というものに変質していた。実は同級生W谷君宅のマークII2.5グランデも俊敏な加速を楽しんで運転していたら徐々に吐き気をもよおして・・・。それ以前にも別の方のグランデGに同乗した際に前日の寝不足と相まって強烈に車酔いしてしまって、という経験を経てハイソカーは身体に合わないなんていう誤解をしていた。一方では同乗して車酔いなく楽しめたマークII系もあったのだから決して車のせいでは無いのに数少ない車酔い経験の舞台が3ナンバーのマークIIだったので車の出来栄えとは別に私の身体が勝手に苦手意識を持っていた。

それゆえ今回の3.0グランデGをお借りする話が出た時も車酔いを非常に心配していた。妻は三半規管が強く、子供達も車酔いをしたことが無い。私が一番車酔いしやすいのだが、ちゃんと吐かずに運転できるだろうかと少し不安になったことも事実だ。あれから約20年、当時と較べて運転技能が上達したらしく、私でもそれなりにマークIIを運転することができ、車酔いする事無く高級車らしい味わいを堪能することが出来た。何だか意図せず自分自身の運転スキルに関して成長を感じることが出来た。

●まとめのようなもの



私にとっては旧車扱いするのも違和感が出てしまうほど身近にあった車、それが6代目マークIIだ。子供の頃から触れてきた車だし、若い頃は4気筒ガソリン・ディーゼル以外の全エンジンに同乗した経験があるし、若かりし頃1G-GEと1JZ-GEは実際に運転もしたことがあったので何となく分かった気になっていたが、歳を重ねてからじっくり向き合うと過去とは違った感想になったことが大変興味深い。

マークII3.0グランデGとの生活に慣れた頃、インスタントカメラで撮影した懐かしい写真が出てきた。当時の80三兄弟倶楽部オフ会の写真である。



駐車場で並べてニヤニヤする、ファミレスで紙資料を回覧しつつ朝まで喋り倒す、八幡の解体屋さんでシャイニングエンブレム、G内装剥ぎ取り大暴れetc...楽しい記憶が甦ってくる。



名古屋で集合してナヴァリーヒルズで一泊して翌日八幡でもぎ取り大会というハードな移動スケジュールのミーティングを繰り広げて、挙げ句の果てには東名阪バトル(合法範囲内ですから!)というキーワードを思い出して一人で懐かしい思いに浸ってしまった。



よく考えたら私の手元には丁度マークIIがあるじゃないか。緊急事態宣言も明けた。私は思い出の場所を目指してマークIIのステアリングを握った。



三重県某所のちょっとしたカーブなのだが、当時のオフ会でよく立ち寄った場所だ。当時の写真も残っている。ちょっときつめのコーナーなのでサスが柔らかい80三兄弟達はスピード感のある写真が撮れるのだが、私は免許が無かったので撮影専門。朝、ここで軽く撮影会やってから八幡を目指して国道163号線をひたすら走ったものだ。






私は当時を思い出しながらそのコーナーを当時の諸先輩方を思い出して曲がってみた。






時空を超えてオフ会に参加したような懐かしい気持ちだった。

もう誰も覚えていないかもしれないがそのコーナーの名前はMtokコーナー。通称81マークIIも立派な旧車として認められている現代、すっかり時代が変わってしまったが、まだ中古車として現役だった時代の楽しい想い出と2021年のリアルな体験がクロスオーバーする面白い試みだった。



マークII自ら謳った「名車の予感」は完全に的中し、明らかに「名車」に相応しいと私も実感した。当時の景気のよさに後押しされたとは言え空前の大ヒットを記録して、大衆の心を掴んでメーカーにも多くの収益をもたらしたはずだ。そしてマークII自体も高級車の世界を余すところなく表現しつつ、マークIIらしさを失わない主張がキチンとある点も名車にふさわしい。

自動車はたくさんの関係者たちの手を介して完成されるから、どこかの部署だけがいい仕事をしても他がポンコツな仕事ぶりではロクな車にはならない。全ての関係者の目線を一つのベクトルに合わせていたことが車を見ればわかる。それは企画部署がマークIIらしいモデルチェンジとは何かを真剣に考えて販売最前線である販売店の意見にも耳を傾けてお客様目線に立ってお客様が欲しいと思えるマークIIを計画し、それに経営者が納得して開発部門に作らせた結果なのだろう。

実際に乗ってみればその圧倒的な高級感と大衆車とは異なるメカニズムによる機能性と大衆車と変わらない高い実用性を両立させたとんでもない実力を堪能することが出来た。特に今回は3.0と言うこともありA/Cガンガンに使用して家族4人+荷物を満載した状態でも余裕のある走りを見せてくれた。またこれがマークIIだ!という強いメッセージ性は30年以上たっても色褪せないし、当時に戻ることが永遠に無い不可逆なものと知っているからこそ尊いものに感じられた。



貴重な名車を貸してくださったばりけろさんに感謝。
Posted at 2021/08/03 23:02:12 | コメント(4) | トラックバック(0) | 感想文_トヨタ・レクサス | クルマ
2021年06月14日 イイね!

2020年式BMW320d xDrive M Sport感想文

2020年式BMW320d xDrive M Sport感想文


友人が長年保有していたボルボV40からBMW3シリーズへ買い替えを果たした。8年前、前保有のV40を検討していた当時、一緒にAクラスや1シリーズに試乗し、私は別で個人的にCTにも試乗することでプレミアムブランドのエントリーモデルを横並びで堪能するいい経験が出来た。当時は各社が特徴を出しながら、プレミアムブランドに興味がある層を吸引しようと魅力的な新商品が多く出た時期であった。

かつて国産高級車と輸入車の間には価格帯に大きな隔たりがあったが、輸入ブランド側が大いに国産車に歩み寄ることで今まで上級国産車を選んでいた層が輸入ブランドにチャレンジしたくなる契機のようなモデルが多くデビューした時代である。そのセグメントもいまやFFが当たり前となり、各社がクルマの個性というよりコネクテッドやらエモーショナルデザインに傾倒していく昨今、たっくる氏は(メーカーの思惑通りに?)ステップアップを決断。品質とアフターサービスに重大な懸念があったブランドからの乗換えに至ったというわけだ。

BMW3シリーズは言わずと知れたかつてのエントリーモデルである。現代の5シリーズの祖先となる1500(ノイエクラッセと呼ばれた)の縮小版である02シリーズが源流である。




そういえば小学校の時に、オレンジの02に乗っていた先生が居たので今でもマルニを思い浮かべるとオレンジ色をしている。(そう言えばあの麻生元総理大臣も若い頃はマルニに乗っていたらしいと雑誌で読んだ)



3シリーズとしては1975年に初めて歴史に登場している。5シリーズをベースとした軽快な2ドアサルーンだったが、1982年の2世代目で4ドアが登場してメルセデスベンツの190Eと共に日本でも大ヒットした。私が通っていた中学校では技術家庭科の先生が若い頃に買った320iをピカピカにして乗っていた。



1990年の3代目はグッと現代的なプロポーションを得つつ、エンジン搭載位置を後ろに引いて運動性能を飛躍的に向上させ、アルテッツァに大きな影響を与えている。



その後も小型スポーツセダンの世界的ベンチマークとして君臨し続けて世界累計販売1500万台を記録したBMWにとっても最重要モデルともいえる3シリーズは2019年のフルモデルチェンジを受けG20型を名乗った。友人が購入したのはG20系の320d_XdriveのM Sportである。

現行型は2019年にデビューし、始祖である02シリーズの様に5シリーズと同じP/Fを使うことになったが、それどころか7シリーズとも同じP/Fであるというから、P/Fのもつ柔軟性は相当に高い。
先代よりも110mmも全長が伸びて軸距は40mm伸びたのは兄貴分に引きずられたとも言える。

スリーサイズは全長4715mm、全幅1825mm、全高1440mm、軸距2850mmという立派なものになった。最大の競合車といえるメルセデスベンツC200は全長4690mm、全幅1810mm、全高1425mm、軸距2840mmと少々BMW3シリーズよりコンパクトだ。いまの日本で似たサイズを探すならレクサスISが挙げられる。4710mm×1840mm×1435mm、2800mmと非常によく似た諸元であるが、これは競合車なのである意味当然である。自分にとって分かり易い比較対象はやはりプログレとなるのだが、プログレは4500mm×1700mm×1435mm、2780mmだから、較べれば215mm長く、125mm広く、5mm高く、70mm長い。完全に格上の車である。(当たり前だろ)

駐車場でねっとりと車を見せてもらったが、さすがプレミアムカーと思うのはボディの素材にアルミが惜しみなく使われていることだ。例えばフードはプレスによって作られたアルミフードで、サスタワーはアルミダイカスト製だ。後者はリブが配置されており剛性を高めている。



アルミは高価な材料なのだが惜しみなく各部に活用されている。エンコパ内を見ているとエッジ部のシーラーがふんだんに塗りたくられており、さらに塗装は艶々のアルピンホワイト。「高級車だからメンテナンスはディーラー任せ、どうせエンジンルームなんて見ないから、上塗りは不要、無駄なところにお金をかけるのはお客様に失礼」的な小賢しい屁理屈を並べ立てる事無く、愚直に積み上げる防錆に対する意識の高さ、長く使おうとするユーザーの期待を裏切らない姿勢はまさしくプレミアムブランドに相応しいもので感銘を受けた。

ボディスタイルはBMWである事は主張するが、適度な範囲に収まっているのは好ましい。ボディサイズが大きくなったこともあり、室内空間に不満な点は無い。大きなセンタートンネルを必要とするFRであることを意識させない広さだ。なにもミニバンやSUVを買わずとも家族三人でお出かけすることも十二分に対応可能な実用性がある。走らせるとボディサイズの大きさにより持て余すかと思いきや、不思議なことにワインディングではその時だけ車体が縮んだかのような扱い易さを見せてくれる。少々、ステアリングアシストの力が強すぎたりして工事で片側通行の道路を走ったときに看板に突っ込みそうになったり、車線維持装置が過敏でかえって疲れてしまったり、まだ運転支援技術とドライバーズセダンとしての立ち位置に埋めなければならないギャップがあったことも事実だが、個別調整により大幅に改善するので大きな欠点になっていない。

更に高速道路ではガッチリした車体の醸し出す安心感を背景にハイペースの走行をしても一切の恐怖感を感じさせない。仮に何か怖いなと思うことがあればブレーキさえ踏めば安全に危険から遠ざかることが出来る。試乗当日は久しぶりに会う友達とドライブを楽しみながら320dと半日を共に過ごした。近況報告や320dの印象などたくさんの話題に富んだ会話の端々で「BMW」という単語が出るたびに、今度は320dのBMWインテリジェント・パーソナル・アシスタントがすかさず会話に割り込んでくるのを楽しんだ。

自動車業界には徐々にEVシフトの波が迫ってきている。そんな2019年にデビューした3シリーズは5シリーズを基準に7と3を共通P/Fで開発したという。既にエントリーモデルはFF化が完了しているが、3シリーズ以上は商品として古典的なFRセダンを貫かねばならない。ボディサイズ拡大はその影響をもろに受けているが、それでもなんとか3シリーズを3シリーズらしくまとめようとした意思を感じた。3シリーズが他ブランドよりも有利なのは、そもそも古典的なプレミアムセダンのBMCとして君臨しているので自ら立ち位置を探してあれこれと自分探しのたびに出なくてもよいということだ。制約はあれどもとにかくBMW自身が信じる自らの立ち位置から動く事無く駆け抜ける歓びを体現するセダンを作ればよい。このクラスのセダンは何となく「スポーティ」を売りにしたグレードが前面に立つことも増えており、本来は「走り命」なBMWが本領を発揮するはずだ。私が始めてBMWを運転したのは2003年頃で、同級生のお父さんの宝物のZ3に乗せてもらった。ウエット路面を走っているとは思えないグリップ感、1900ccとは思えない強烈な加速。こういう味わいが今回試乗した320dでもちゃんと感じられた。スポーティを身上とするBMWはしっかり得意としてきた伝統の味を守って商品にしている。こういった永続性こそがプレミアムブランドに必要でころころと売れ筋の商品だけを店頭に並べれば良いというわけではないことをよく理解している。

買ったばかりの車をわざわざ予定を合わせて思いっきり運転させてくれた友人に大感謝。
Posted at 2021/06/14 23:04:19 | コメント(3) | クルマレビュー
2021年05月09日 イイね!

トヨタ創業期試作工場見学

トヨタ創業期試作工場見学少し前の話になりますが、大人の社会見学として3月末に愛知製鋼本社工場へお邪魔してきました。第一子が産まれる直前のマツダの工場見学以来ですが、今回は現役の工場ではなく「元・試作工場」です。現在は愛知製鋼の本社工場がある場所は元々、トヨタ自動車の源流である豊田自動織機の工場でした。

1926円に豊田自動織機が設立され、織機を量産して利益を産み、次の産業として当時最先端の自動車産業への挑戦を決意。1933年に自動車部が設立されて1934年に試作工場が完成。サプライチェーンが未完成であり、自動車メーカーとなるためには原材料から研究しなければならない状況でした。

幾多の試練(敢えて省略)を乗り越えて1935年、この試作工場でA1型乗用車が完成したという訳です。量産モデルのAA型スタンダードセダンは1936年4月に試作工場で生産開始し、現在のトヨタ車体刈谷工場の場所に作られた組立工場での生産を経て、1938年に現在のトヨタ自動車本社工場へと生産拠点が移されていきます。



シボレーのエンジンにフォードのシャシー、クライスラーのボディスタイルを参考にした技術開発の歴史は、今までも広く知られていましたし、私も小学生高学年の頃には学研の付録で読んで知りました。(笑)

そこから戦争による空白期間を経て本格的純国産車トョペットクラウンへと続くわけですが、トヨタによる自動車産業創業の舞台となった試作工場が後に豊田自動織機から分離独立した愛知製鋼の資材置き場として利用されてきたそうです。

この建物がそして整備されて一般公開されることになったのは2018年。耐震性不足などから2016年に取り壊す事になったものの、直前に訪れたトヨタ社長の鶴の一声で保存が決定。2018年に予約制で公開開始となったといいます。耐震性不足のせいで土地を遊ばせておくのも勿体無いし、万が一の倒壊時に被害が出る危険性を考えれば取り壊す判断が常識的かつ妥当に感じますが、これを覆せるのはもはや創業家出身の社長以外居なかったでしょうから、貴重な歴史的な場所が残される判断は私は賞賛したいと思います。日本は旧いものを壊しすぎますから。

トヨタの中古車に乗り継いできた私は大いに興味があったものの、見学可能日が平日のみ受付なので行きそびれており、2021年になってようやく都合がついたので家族を連れて試作工場を訪問することが出来ました。

予約した時間に守衛室でガイドの男性とアシスタントの女性と御挨拶。徒歩で構内を歩きながら説明に耳を傾けます。

トヨタグループの創始者の豊田佐吉の歴史に始まり、何故刈谷の地に豊田自動織機が誘致されたのか、他の意外な候補地など、あまり他で紹介されてこなかった細かいディテールについてレクチャーを受けられます。

そして保存された試作工場の建物をじっくりと見せていただきます。私達以外は誰もない、物も置かれていないガランとした建物ですが当時は個々でゼロから自動車を作ろうと汗を流した人達が居たのだと思うと確かに壊してしまうのは勿体無い気持ちは理解できます。



当時のままの状態なのは柱や梁のみに留まるのですが、それでも1934年の建造物が残っている事は素晴らしいことです。展示スペースの最小限のエリアのみ耐震対応を施し、残りはなるべく当時の姿を残そうとしていました。

この展示スペースの隣にもう一箇所試作工場だった建物を案内していただきました。元々は一つだったものを改築して二つに分割したそうで、こちらの方が当時の風情を色濃く残しているということでした。



いまや世界中で自動車を量産している会社の第一号車が作られた場所が見学できるというのは大変意義深いことだと思いますし、専任の説明員の方を配置して細部にわたり説明をし、見学者にしっかりと見学できる環境づくりがなされている点も私は素晴らしいと思いました。口の悪い人は「単なるボロい建屋に対してカルト宗教の聖地みたいな扱いは気持ち悪い」と仰いましたが個人的には大いに楽しめましたし、当時の創業の空気のようなものが感じられた気がします。(←そういう反応こそがカルト宗教の信者なのかも)



遠方からここだけを目当てにくるのはツラいかも知れませんが、愛知県内在住の方で何かのついで刈谷市に来られる予定があればオススメです。(勿論、濃いマニアの方は楽しめると思います。午前中にここ、午後から産業技術記念館とかでも楽しめますね)
関連情報URL : https://k.tcmit.org/
Posted at 2021/05/09 21:39:27 | コメント(2) | トラックバック(0) | イベント | 旅行/地域

プロフィール

「@シケイカ★ストーリア星人 さん サスタワー剛性が上がると走りも良くなりますし、意外とロードノイズにもいい影響がある様ですよ。強そうなブレースですね。」
何シテル?   10/20 00:33
ノイマイヤーと申します。 車に乗せると機嫌が良いと言われる赤ちゃんでした。 スーパーに行く度にSEGAのアウトランをやらせろと 駄々をこねる幼稚園児で...
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