●要旨
Bセグベースで3列シートを成立させたシエンタは今やトヨタ車の中で小型車枠に収まる唯一のMPVとなった。新型はTNGAのスケールメリットを最大限活かし、大雑把に言えばアクアのエンジンコンパートメントに先代シエンタのフロアを組み合わせてラテン系欧州車のエッセンスを恥ずかしげも無く盗用して成立している。シートとステアリングセンターが見事にズレている。ドライバーズカーとしては全く評価できないのだが、運転席以外の助手席は運転装置が無いので収まりが良く、2列目は低床で足の置き場も十分あってミニバン的な世界観が堪能できる。緊急用の3列目も先代キャリーオーバーながら、何とか身体が収まり十分にミニバンらしい。運転席以外の座席では辻褄が合っており、よりによって運転席がその調整弁となるのである。走らせるとE/Gの振動感が気になる印象だが、段差で角を感じさせずに乗り越えた柔らかいサスは気に入った。価格はアップ。新型シエンタは内容は内容的に酷評するほどでは無いがフリードとどちらを選ぶべきかと聞かれると意外と新型シエンタが圧勝!と言うわけではない。モデルライフは長いだろうから、地道な商品改良に期待。
●美味しくなって新登場(収益的な意味で)
2022年8月、5ナンバーコンパクトミニバンのシエンタがFMCされて3代目となった。RVブームによって多人数乗車モデルが大衆化していた1997年、カローラスパシオによって3列シート車をコンパクトな車体の中で実現する試みが開始された。
競合他社では2001年にモビリオ、2003年のキューブキュービックなどそれまで持てはやされたミニバンのコンパクト化が進んでいた。
トヨタも2003デビュー初代シエンタを投入。初代ヴィッツのP/Fをベースに薄型燃料タンクを使って低床化を実施。「片手でポン!」のセカンドシート格納スライド機構を使って3列目への乗降性を確保。今まで不可能とされてきたわずか4100mmの全長に6人乗れるミニバンを構築した。
フロアが低く、しっかりヒールヒップ段差が確保された2列目、3列目シートは薄く小振りながら意外と座れるミニバン入門用としてはよく出来たモデルであった。メーカーとしては2008年に後継として開発されたパッソセッテに最小ミニバンの座を譲りフェードアウトするつもりだったのだが、後継のパッソセッテが極端な不振に見舞われた。
パッソセッテの不振により初代シエンタは2010年に一旦生産が打ち切られた後、1年で法規対応を済ませて復活となり2015年まで販売された。2代目は2015年に登場。待望のHEVが設定された事が最大のトピックである。
アクア譲りの1.5L4気筒THSは非力ながら燃費の良さとミニバンの機能性をコンパクトサイズで実現したいいとこ取りのモデルであった。実は最大のライバルであるフリードはIMAを搭載したHEVがあり、クラス唯一のHEVとして君臨しておりシエンタへのストロングHEV搭載は悲願であった。
更に当時のトヨタ車は麻疹にかかったようにエモーショナルを叫び、シエンタもスポーツバッグをイメージした奇抜なスタイリングを採用し、性能と個性でフリードを迎え撃とうとした。
一方で2016年にフリードが2代目へ切り替わった。i-DCDという弱点がありながらシエンタが手薄だった先進安全機能を充実させ、背が高いミニバン的なスタイリングを維持した。結果、フリードはCM出演タレントの不祥事などに見舞われつつも手堅いセールスを続けた。特にステップワゴンが不振でホンダ内でも顧客が流れただけで無くシエンタのアクの強いデザインや安全装備の物足りなさを補う存在としてフリードが選ばれた側面もあった。
この様な状況で生まれた3代目シエンタは、扱いやすさを維持しながらTNGAによって熱効率を追求したTHSを採用し、優れた燃費を実現。加えて遊び心と実用性を感じさせるデザインを採用した。アウトドアブームの要素を取り入れて、道具感をスパイスにしたシエンタはカワイイだけではないデザインを手に入れたのである。ただし、欧州ブランドのモデルを拝借したと思われるデザインは分かる人が見ると気恥ずかしい。
もう少し匂わせる程度に留める配慮が出来なかったのか。トヨタは模倣から脱却できる実力を持っているはずなのに他車に似せてしまうのは自信が無かったのだろうか。新型のエクステリアデザインに機能性やまとまりを感じたとしても、所詮オリジナルの良さだと指摘せざるを得ない。
一方でパッケージングも家族の最大幸福を願った効率の良さが特徴である。運転席に座るとヤリスやアクアよりもシート-ステアリング-ペダルの関係がぐちゃぐちゃなのだが、運転席以外はサイズを考えると広々としたキャビンで3列目にもキチンと座れてしまうのは難解な3Dパズルの成果である。
面白いのは、どの席を犠牲にするかという判断で迷わず運転席を選んでいるところだ。ドライバーが快適に運転できて初めて家族との安全なドライブが可能、という考え方は正論である。私もその考えに近いのだが、運転する妻なのか夫が、己よりも家族を優先するだろうという思考パターンをトヨタは知っているのだろう。この車格では全ての性能を満足させることは難しい。「あちらを立てればこちらが立たず」を地で行く開発だったことだろう。全ての前提条件の中でギリギリで成立させているのがBセグミニバンなのである。自動車をマニア的立ち位置の私の審美眼では新型シエンタの行った選択と集中は許容しがたいのだが、シエンタの主戦場である市街地では大きな欠点にならない事も事実だ。
価格は最近のトヨタの法則通りZ/G/Xの3種類にガソリン車と約35万円高でHEVが選べる。2列仕様最廉価が税込195万円、売れ筋となりそうな3列仕様GのHEVで269万円。最上級のZなら291万円に至る。もうこれはかつてのノア・ヴォクシーの価格帯に置き換わっていると言っても過言では無い。今まで普通車が買えた人が軽自動車しか買えない時代だが、今までノアを買えた人がシエンタすら買えない時代になってきた。
しかも、現在は生産する仕様を絞っており、実質的に収益性の高い上級仕様を優先した生産計画になっている。必要なメーカーオプションを厳選しないと支払い総額400万円に達しそうなレベルである。
個人的には中級のGに必要最低限のオプションで十分役目を果たせると思われるが、そんな成果に繋がらない仕様の生産は来年度に後回しだ。実は粗利の低いグレードは生産計画すら後回しにして「売らない」戦略を立てている。受注が落ち着いてきて安いグレードを作るヒマが出来たら生産して下さるという実に資本主義的に正しいやり方なのだ。
日本経済新聞の記事では「お客様のご要望の多い仕様に絞ることで少しでも納期を短縮する・・・」というコメントをしている。半導体不足の中で工夫しているんだなとイノセントな方は感心するだろうが、底意地の悪い私はなんとなく900mlになって「従来品に比べ、筋肉への負担が約1割軽減」とコメントした某牛乳を思い出して苦笑いする他なかった。