●正攻法?逆張り?
2022年9月、以前から予告されていたマツダが送り出すラージ商品群の一発目が日本で発売された。その名もCX-60、新規開発された縦置きFR構造を採用したP/FをもつプレミアムSUVである。
プレスリリースに拠れば
時代の要求に応える環境・安全性能を備えながら、日常の一般道走行から高速道路を使った長距離ドライブまで、余裕をもって運転を愉しめる「ドライビングエンターテインメントSUV」をコンセプトとした、2列シートミッドサイズSUV
とのこと。
ボディサイズは下記の通り全長が4.7mを超えるミディアムクラスでCX-5よりも165mm長く、45mm幅広く、5mm低い。ホイールベースは170mm伸びたが、FRを採用する競合はどれも2800mmを超えておりセグメントとしては標準的である。
マツダは2010年以降スカイアクティブ技術をアピールし、2012年に世界的トレンドど真ん中のCX-5を発売した。CX-5はアクセラのオーナーが次に買い換えるクルマとして構想されたと言う。読みは当たりマツダとしては大ヒットを記録した。特に2.2LディーゼルのスカイアクティブDは走りが緩慢なSUV、燃費が悪いSUV、或いは黒煙を吐くながらトロトロ走るディーゼルのイメージを簡単に塗り替えた。2014年には29000台以上のディーゼル車を販売し、日本のディーゼル車の再普及に寄与した。
今回取り上げるCX-60はCX-5オーナーが次にステップアップするクルマ、と言えばイメージしやすい。正式なデータは無いが、売れ行きからCX-5の上級移行の市場性があると判断されたのだろう。或いは元々プレミアムブランドを目指しすマツダにとって記号性のあるFR+L6搭載ありきだったのだろうか。・・・いずれにしても2022年としては異例なほどトラッドな様式を持ったSUVがここに完成した。
マツダは元々欧州的な味を好むブランドであった。スカイアクティブ技術を謳いだしたとき、今後の自動車はハイブリッドになると誰もが信じていた中で「内燃機関の最大効率を狙う」「効率のいい内燃機関+小規模な電動化」という独特の筋書きを描いていた。スカイアクティブDは見事にヒットするも、内部に詰まるスス問題やディーゼルゲートによって苦しむこととなり、全てを打開できるはずのスカイアクティブXでも価格に見合った商品性を持っていないと判断されてトーンダウンせざるを得なくなるなど当初の想定から軌道修正を余儀なくされる中、欧州チームはHEVに勝てないと見てEVシフトを主張し始めた。
マツダの企業規模を考えると急激なEVシフトに着いて行けそうに無い。元々マツダは欧州を意識しながらも決して欧州のモノマネで終わっていない。ダウンサイジングに対して早々に否定的な意見を持ち、CX-3の1.5LスカイDは1.8Lにスープアップさせてライトサイジング(排気量適正化)を謳うなど独自のポリシーを持っている。今回のFRや直6の採用も、伝統の様式を持つことで権威を持ちたかっただけでも、欧州チームの逆張りをしたわけでもなく、マツダにとって作りたい車がそうあるべきだっただけなのだろう。(プレミアムと一目見て分かる様式なのでスケベ心は多少あっただろうが)
前置きが長くなったが、「既存CX-5ユーザーの為のポストCX-5」が積むべきE/GはCX-5が持つ「驚きの走り」と「低燃費」を維持向上することが求められる。開発陣は最初に「ポストCX-5」が持つべき動力性能を試算して500Nmだと決めたという。現行CX-5(平均車重1675kg)のスカイDは2.2Lで450Nmという大トルクを発揮する。CX-60ディーゼル車の車重平均は1865kgなので同等の走りをさせるには1.11倍の500Nmが必要だと求められる。
500Nmなら現行2.2Lの改良で到達できるかもしれないし、排気量を2.7L程度に上げてやれば十分対応できるのだが、そのままでは燃費性能が悪化してしまう。マツダはライトサイジングと言う考え方を提唱している。これは排気量を闇雲に下げず、必要な動力性能に対して排気量を大きめに設定することで、排ガスや燃費に厳しい燃焼をさせず、余裕を持って燃費に優れるリーン燃焼領域を広げようというものだ。
「ポストCX-5」を考えたとき、500Nmのトルクを確保した上で排気量を1.1Lアップの3.3Lを選択した。気筒数は違えど2.2Lのボアストは同一なので「同じ燃焼ノウハウ」を活用することが出来るのである。3.3Lあれば本来は450Nm×1.5=675Nmを出すことだって可能であるが、敢えて500Nmに留めることで余力を排ガス性能と燃費に振った。排気量が3.3Lになるとプレミアムを謳うモデルとして4気筒エンジンの商品的限界が顕在化する。4気筒のまま排気量拡大するとピストンの上下往復による加振力が増大し、振動が増えて商品性を損なうため6気筒化することを選択。
マツダにはV6の経験があるのだからV6を選択できたが、問題となったのが排出ガス問題である。年々厳しくなる排ガス規制だが、エンジンそのものの燃焼をよくすることだけ対応は出来ず、触媒などの後処理装置が必要である。例えばガソリン車に使われている三元触媒はご存じの通り白金・パラジウム・ロジウムである。どれも貴金属であり車両原価に対して大きなウエイトを占める。V型E/Gは左右のバンクにエキマニが取付けられ、そこに触媒が着くので2個必要であるが、直列E/Gは全ての排ガスが片側に集まるので触媒が1個で済んでしまうので経済的なのである。同じ理屈でメルセデスも2017年に直6エンジンを復活させている。
直6を選んだ以上、横置きは困難なことから自然に縦置きFRが選ばれる。一見、「プレミアムブランドになりたいマツダが身の程もわきまえずカタチから入った」と思われがちだが意外とロジカルだ。
マツダは新世代商品群を一括企画することでどのセグメントのモデルも等しくマツダの最新技術が織り込まれるようにしていたが、開発者にとってコンパクトハッチバックから3列SUVまでを同時に見ることは負担が大きくなりすぎていた。既にマツダは「スモール」「ラージ」と商品群を2分して開発の効率化と最適化を図ろうとしている。マツダ3やCX-30はスモールであり、今回のCX-60は初のラージ商品となった。
だからこそCX-60は確かに力が入っている。マツダの新しいSUVであり、CX-5より立派で、後輪駆動であることが一目で分かるエクステリアデザインだ。インテリアもマツダ3やCX-30とのファミリーを感じさせながら、マテリアルやワイドなセンターコンソールで格の違いを見せつけるような堂々たるもので納得感がある。
走らせると、6気筒らしい振動の小ささやCX-5で度肝を抜いたディーゼルらしい力強さは健在。そこに後輪駆動的なステアリングの素直さや小回り性能、或いはMハイブリッドによる介入が感じられるなど運転体験の新しさは十分感じられた。乗り心地の硬さは私は気にならなかった。
発売したのはe-SKYACTIV DことディーゼルのMハイブリッドのみだが、マツダのプレスリリース情報によると6月下旬の予約受注開始から9月中旬までの期間でで8726台を受注とのこと。販売台数目標は2000台/月とのことだが、半導体不足やマツダ自身のギブアップによる遅れなどがあり順調に生産・登録が推移するか今は大切な時期だ。受注内訳は6気筒ディーゼルが8割を超えるという状況で一ディーゼルユーザーとしても嬉しい傾向だ。グレード比率までは見えてこないが、CX-5検討層が背伸びをするならベーシックなスカイDやスカイGで十分。
CX-60は見て乗ってみるとマツダらしいコダワリが強めのニューモデルだった。また高価格帯への挑戦というマツダにとって重要な使命を背負っており何としても失敗はしたくないだろう。その思いが顧客を取りこぼしたくないと言わんばかりの幅広い価格設定に現われている。SUVを何となく探している人にはお薦めできないが、CX-5が好きだった人ならきっと気に入るであろうポイントは抑えていた。危惧していたガッカリするような酷い出来映えにならず胸を撫で下ろしたが、パッケージング的な完成度やエクステリアデザインの洗練度は価格に見合っていない部分があることも確かだ。更に、試乗した限りだと高級車としてはもう少し洗練させるべき箇所が残っている。少しでも商品改良で良くなることに期待したい。
個人的に装備表を見ているとXD Lパッケージ(400.4万円/423万円)が最もお買い得感の高い仕様設定になっていると判断した。FFベースの競合とも肩を並べる価格設定でありながら本格的高級車の味わいが楽しめるメカニズムが奢られているのは面白いと感じる人が居ればいいのだが。私の稼ぎでは簡単に買えそうに無い価格帯だが、国産車からFR+直6を復活させてくれたマツダを素直にお礼を言いたい。
クルマとしては★3つだが、古典的なレイアウトの復活に感謝して+1。