●排気量アップは誰の判断?
2021年、86はフルモデルチェンジを受け、GRガレージ専売車種として「GR86」となった。初代モデルは2012年、AE86を現代に蘇らせることを目的にFRスポーツカーの走りを身近なものにするために発売された。
念のために1983年に発売されたAE86について触れておきたい。もはや語り尽くされた感があるが、もう40年以上前のモデルであり全く知らない、或いは産まれたときからイニDのイメージ強いという人も増えてきているかも知れない。
AE86はカローラレビン/スプリンタートレノのフルモデルチェンジ版であり、一世代前のTE71系のP/Fを流用して後輪駆動を堅持したことが最大の特徴である。さらに80年代的なハンサムさを持ったスタイルと、新開発だった16バルブDOHCを採用した4A-GEUやラックアンドピニオン式ステアリングを採用していた。一足早くFFを採用したものの、進みすぎたと評されて不振に苦しんだカローラセダンを販売面で助け、当時は根強かったFRファンの期待にも応えた。
1987年にAE92系にフルモデルチェンジし、レビン/トレノもFF化された。ミニソアラ的な雰囲気をデザインで漂わせ、スーパーチャージャーによるハイパワー化やテールハッピーなシャシーなど市場が求めるものを上手に形にすることで販売台数自体はAE86を上回った。
旧型となったAE86の中古車はタマ数が多く、相場も安くなり手に入りやすい。保有母体が多いモデルならではのチューニング・ドレスアップパーツが豊富さは「好みに合わせて作り上げる楽しみ」が深まっていった。決して速さで最新モデルを凌ぐわけではないが、持ち前の敷居の低さ、パーツの豊富さ、さらに単純なメカニズムを持った後輪駆動車として独特の地位を築き上げた。
2012年の
初代86は、AE86のスタイルや諸元など形あるものをリメイクしたのでは無く、AE86が持つ手に入れやすく、初心者にも扱い易い「親しみやすさ」と「カスタマイズ性」という形のない、そしてAE86が奇跡的に醸成した周辺環境の再現を重視して作られている。
新規開発の後輪駆動P/Fを持ち、スバルとの共同開発によって水平対向E/Gによって低重心化を果たし、物理的な諸元には拘りつつも、フルノーマル状態の86は過度に速さを追い求めていない。速さのためにハイテクな四駆も過給も求めず、ハイグリップタイヤすら開発せず、プリウス用のタイヤを流用してまでスポーツカーの裾野を広げる身近な入門車として開発されていた。
さらにトヨタ販売店の中でカスタマイズ拠点としてAREA86を開設し、ビギナーの背中を押す体制も整えた。
「スポーツカーは、カルチャーです。」
というコピーは86のコンセプトをシンプルに表現していた。デビュー直後は積極的な宣伝も相まって1年間で2.6万台を販売し、4.7万台を輸出した。
実際に
前期は私もよく運転した。ちょっとしたクローズドコースで限界付近で走らせて(しくじって)スピンさせたり、定常円旋回し過ぎて燃料が偏ってエンストしてカブって再始動できなくなり散々な目に遭ったこともあった。徐々に慣れて来ると、高級感は皆無だけど動力性能が丁度良く、正円ステアリングは正しく回しやすく、6速MTは適切に決まり、ブレーキもコントロールしやすく作られていることが分かった。路面が濡れていれば、コーナー出口でわざとアクセルを開けてリアを滑らせながらカウンターを当てる気持ちよさも楽しんだ。
欲しい人に行き渡ったのか販売的には徐々に落ち着いていったが、トヨタが偉大だったのは86を最初の話題性だけで売って放置せず、最後まで育て続けたことだ。
前期に乗ったあと、後期に乗ればその違いがちゃんと分かるくらいレベルアップして商品性の維持に努めていたし、廉価な中古車のタマが増えるに連れて若年層オーナーが保有する86も多く見かけるようになった。初代86がやりたいことはほぼ実現したと言えるのでは無いか。私の趣味の違いから86の全てを肯定しないが、それでも偉大な存在である事に異存は無い。
2021年、86がモデルチェンジしGR86となった。GRは言わずと知れたガズーレーシングの頭文字でガズーというのが今の会長である豊田章男氏がトヨタ自動車で立ち上げたEコマースサイトの名前である。
G'zなどと呼ばれていたスポーツコンバージョンモデルはGRスポーツと名称変更されるなど商品の整理を行った上でAREA86を発展的解消し、GRガレージという専門の販売店も準備した。(ただし、従来の店舗でも購入可能)
新型はGR86を名乗るため、本格スポーツモデルとして明確に定義されたが、ボディサイズは殆ど変わっていない。
年々肥大化する自動車業界において「大きくしなかった」というのは相当な努力を要するが、デザイン部署や衝突安全評価部署などに対して「ダメだこの諸元で成立するように」と企画側でギリギリの説得(圧力?)を重ねた結果だろう。
エクステリアは正常進化かつスーパーカー的にスッキリまとめたが、その分没個性になっているのが少々惜しい。だからといって加飾ギラギラのエモーショナルに振らなかったことは大変ありがたいし、カスタムする人からすればスッキリしている方が腕の振るい甲斐があるだろう。
走行に関する部分で最も大きく変わったのは搭載E/Gが2Lから2.4Lにスープアップされたことだ。スバル・アセントと同じE/Gだが、NA化され圧縮比が12.5に高められている。低速トルクが増強され、高回転での伸びもたくましく、みんなを幸せにするエントリースポーツカーというより本格スポーツカーと呼ぶに相応しいパフォーマンスを得た。
運転してみると、パワフルなのは事実だが特にアクセル操作に対するレスポンスが私の感覚と合わず、ギクシャクしてしまう点が気になるレベルだった。全開加速だけなら別に大したことは無いが繊細な運転操作が必要な市街地走行では、かなり神経質な印象だった。
残念だがフレンドリーな初代、特に後期型の方が数段マシという結論である。ただし、GR86は年次改良が繰り返し行われてスロットル特性は既に改善されたという情報もある。スポーツカー文化醸成のために必要なことは一過性の話題になることではなく、絶え間ない改善と法規対応による継続が必要だ。
旧い話だが1989年にSW20系MR2がデビューしたときも、個性派セクレタリーカーだった初代から一転して本格スーパーカールックの2Lターボとなった際、パワーがシャシーに勝ちすぎていて危険な車という評価が下された事があった。箱根で行われたシャーナリスト試乗会でクラッシュがあったとか無かったとか。当時のトヨタが立派だったのは以後、1998年までの9年間で4回の改良を継続的に行った点である。初動の躓きから見放さずにコツコツと対策して熟成させることでMR2を常にブラッシュアップし、商品性を維持し続け、1999年にMR-Sにその座を譲るまで日本の貴重なミッドシップスポーツの地位を守り続けた。
こうしてみると、トヨタは意外とスポーツカーをじっくり育てる良い伝統があると言えるかも知れない。GR86も同じように2021年のデビューから、いずれ来るモデル末期に至るまで改善を積み重ねて欲しい。そうであるならば、GR86によって日本のスポーツカーカルチャーは今後も維持されるだろう。
こうした初代から続くGR86の功績を大いに認めている私であるが、それでも排気量の拡大は不要だったと私は思う。もはや我が国の交通環境で使い切れる範囲を超えている。海外向けは2.4Lで国内向けは2.0L継続でも良かったんじゃ無いかと思える程だ。また、そのパワフルなE/Gを手なずけるのに電子制御スロットルは不幸なほど役立っていない。せっかくのドラポジ、せっかくのシャシ性能を生かし切る事ができず、変速で車を揺らさないことで精一杯になる感覚だ。
