●今の軽自動車市場を作った立役車
いま日本で最も売れている車種は軽自動車、それも全高1700mmを超える様なスーパーハイトワゴンと呼ばれるボディタイプだ。
今の売り上げトップはN-BOX(ホンダ)、他にもスペーシア(スズキ)、ルークス(日産)、ekスペース(三菱)などがあるが、その源流は2003年にダイハツが発売したタントである。
初代タントは大きな車と小さな軽、2台を所有しなくても、一家に一台のメインカーとして家族のあらゆる生活シーンで活躍できる新しいジャンルの軽を提案した。
タント発売から遡ること10年前の1993年、スズキは人をアップライトに座らせて背高パッケージで包んだワゴンRで軽自動車に革命を起こした。その2年後、ダイハツはムーヴを発売。ミラをベースに類似した意匠であからさまなパクリと言われて批判を受けたが、実はダイハツもムーヴをワゴンRとほぼ同時期に発売できるように準備していたものの、開発が遅れたためにハイトワゴンのパイオニアの座をスズキに譲らざるを得なかったのである。
しかも、スズキはフロアも新設して着座姿勢も整えたが、ダイハツはミラのコンポーネントを流用したかったのか全高の高さの割に着座姿勢に大きく手を加えなかったことも批判的な意見があった。
新規格となった2代目ムーヴでは初代のネガを解消したが、ダイハツは初代ムーヴの過剰な頭上空間について何かを掴んでいたのかも知れない。タントの諸元を下記に示すが、当時のハイトワゴン「ムーヴ」の1630mmを大きく超える1725mmの超トールボディを持ち、ヘッドクリアランスは座高が高い人でも使い切れないほど(私が座って握りこぶし4つも入る)。
これら諸元を比較して分かるのはタントの室内スペースがキャブオーバー1BOX並みであることが分かる。それでいてキャブオーバー型1BOXとは比較にならないほど足元が広く、低床ゆえに乗降性も優れており、子育て世代の日常生活のお供としての全く新しい価値を見いだすことができた。
デビュー当時、私はこういう車に対して否定的な立場をとり、広さが欲しいならステップWGNなどのミニバン御三家を買えば良いし、「過ぎたるは及ばざるが如し」だと固く信じていた。確かに当時、ムーヴもミラアヴィも完成度が高く普通車を喰うほどの内容に近づいていた。その方向性から外れて座って乗車するには明らかに無駄な頭上スペースに活路を見いだしたタントはナンセンスに思えた。
それなのに、世の中の子育てファミリーを中心にタントはヒット。当時スズキを追いかけていた軽No.1争いに勝利する立役者の1つとなった。ホイールベースも長く、室内も広い。頭上の過剰なスペースを得たときに軽自動車のキャビンの自由度が大きく拡がることを世の中に知らしめたのである。
ところでイタリア語でたくさんを意味するタントだが、関西地方でも同じ意味で「タント」を使うことがある。
「たこ焼きぎょうさん買うてきたから、たんと食べや!」(たこ焼きをたくさん買ってきたから、たくさん食べなさい)
という感じになるはずである。
そして同じ在阪企業であるナショナル(当時)も冷蔵庫にタントという名前をつけていた。私なんかは冷蔵庫の名前の方が先に馴染みがあったので「なんや、車にもタントて名前つけるんかいな」と関西地方の方言を話していた当時の私は思ったものである。
初代タントと生活を共にして軽ハイトワゴンがこれほどまでに受け入れられたポテンシャルを感じることが出来た。
例えば、3歳児が一人で乗り込めるフロア。小学2年生が室内で立てる室内高、週末の買い出しで1週間分の食料と日用品が乗せられる荷室など、どれもが実用的でありながら、市街地だけなら走行性能や静粛性もガマンできるレベルであり、更にA/Cもよく効いた。
子供達はすっかりタントが好きになり娘は街を走る初代タントを見つける度に「たんと!」と言うし、息子も「あのタントは何代目?」と訊いてくるようになるほど我が家の子供達にも刺さったようだ。
彼らを虜にしたタントが持つ軽キャブワゴンの室内空間と軽セダンに近い乗降性が両立した使い勝手は確かに新しい。子供だけでなく、大人4人が乗っても満足できるフル4シーターパッケージと荷室の使い勝手は、誰にでも優しいユニバーサルデザインだ。
例えば忙しい朝の時間帯、親である私がタントのドアを開けてあげれば子供達は自分で乗り込んでくれる。そして回転機構の着いていない簡素なCRSでも子供を抱きかかえてCRSに乗せてセットしやすい。
更に保育園に到着後、ドアを開けてCRSから子供をフロアに立たせておけば水筒やショルダーバッグをかけて身支度を済ませてから降車できるのは、雨の日にはありがたい。晴れていたとしても、CRSから降りた子供を車の後や脇に立たせて
身支度をさせるのはあまりスマートではないが、デミオやプログレでは普通にそれをやっていたので新鮮だった。
ただ、自動車である以上避けては通れない動的性能に関してはお世辞にも良いとは言えず不足気味。カップホルダーに置いたコーヒーがこぼれるほどの突き上げのひどさ、登坂車線の常連になれる駆動力など動的性能が明らかに割切られており、不満があるならターボモデルを買うしか無いが、乗り心地の悪さについては恐らく打つ手がないだろう。
この広さを知ってしまうと、家族を乗せて帰省できちゃうな!とか東京ディズニーリゾートへ行けちゃうな!と夢が膨らむのだが、走りの質感から来る長距離ツーリングでの疲労感が大きく、期待に応えてくれそうにない。あくまでも「近所の用事を済ます」「行っても隣町」レベルなら普通車に負けない使い勝手を享受できるだろう。
初代タントは「走らせてナンボ」の自動車としての実力で評価するならバランスの取れた軽セダンよりも2段は落ちる。しかし初代タントがヒット作となり、今の軽スーパーハイトワゴン市場の礎を築いた歴史的事実を振り返れば自動車らしさよりも、使い勝手を求めるユーザーの方が多かったという(≒Rが廃止された)事実を直視しなければならない。
総評としては初代タントは先例のないダイハツオリジナルの企画なので作りたい商品が作れた自由な風を感じた。BMCに拠って重箱の隅をつつくレッドオーシャンではなく、ブルーオーシャンに活路を見いだすクリエイティブな戦略が光る。競合より先にハイトワゴンを世に出せなかった悔しさをバネにして大きな市場を創出した功績は大きい。
この企画の良さで4★を進呈したかったが、一般ドライバーにはあまりにも過酷な動的性能が看過できず1減じて3★とする。
気兼ねなく思い切り試乗させてくれたオーナーに感謝。
