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2012年03月26日 イイね!

水戸 梅の名園  <偕楽園 >

水戸 梅の名園  <偕楽園 >今月末まで水戸偕楽園で催されている「水戸梅まつり」に行ってきました。偕楽園は岡山後楽園、金沢兼六園と並び日本三名園といわれる名園です。今年でちょうど開園から170年を迎えた「偕楽園」をブログにしてみました。







偕楽園
偕楽園は水戸藩9代藩主・徳川斉昭(烈公1800-1860)によって天保13年(1842)に開園されました。入園できる者は当初は武士と限られていましたが、次第に領内の領民にも開放されていきました。「偕楽園」の由来は、「領民と偕(とも)に楽しむ場にしたい」という目的で命名されました。
ちょうど3月の最終日曜日と好天が重なって、駐車場までは1時間待ち、想像した以上のひとが梅まつりを見ようと押し寄せていた“超満員”の偕楽園でした。


表門
 

一の木戸


孟宗竹林


吐玉泉
大理石から、玉のような澄んだ水をたゆまなく吐くので、「吐玉泉(とぎょくせん)」と名付けられました。水が湧き出るのは仕掛けがあって、造園当時から一度も水枯れしたことがないもので、徳川斉昭の考案だそうです。偕楽園の名物のひとつで、多くのひとだかりができていました。


好文亭
偕楽園のランドマークといえる「好文亭」に行ってみることにしました。好文亭は徳川斉昭によって、休憩所として建てられた木造三階建ての建物で、いちばん上の「楽寿楼」からの眺望は人気のスポットで、料金所から長蛇の列でした。好文亭は、昭和20年(1945)の水戸空襲で焼失後、復元されたものです。偕楽園はこの種の庭園としては珍しく入園料はかかりませんが、好文亭は唯一有料となっています(大人190円、小・中学生100円)。
また、好文亭の由来は、梅の異名「好文木」からついたものです。


楽寿楼から見える「千波湖」です。
 

田鶴鳴梅林(たづなきばいりん)です。


13haもある広大な敷地には、約百品種、三千本の梅が植えられています。偕楽園をひととおり歩いた感じでは、ドーム球場が軽く5つくらいは入る、そんなイメージの大きさです。


見晴広場
「水戸の梅まつり」メイン広場です。祭り太鼓の催しです。


左近の桜
「左近の桜」は、徳川斉昭夫人・登美の宮が降嫁の際、仁孝天皇(にんこうてんのう)から下賜されたのが最初で、現在の桜は京都御所紫宸殿から昭和38年(1963)根分けされたものです。桜はまだつぼみでした。


第50代「2012 水戸の梅大使」
毎年、「梅大使」のお嬢さんたちが公募され、水戸の梅まつりに花を添えます。初代「梅娘」から数えて今年は50代目にあたります。


偕楽園は3.11東日本大震災で被災し、昨年の水戸の梅まつりは中止になりました。好文亭は壁が崩れ、園内も大きな損傷を受けましたが、ほぼ1年かけてこの2月に完全復旧し、今回の梅まつりに間に合うことができました。
これだけ規模の大きい公園ですが、好文亭を除く園内は無料で開放しています。岡山後楽園や金沢兼六園は有料ですが、日本3名園といわれる偕楽園が無料開放を続けているのは、170年前開園時の徳川斉昭のコンセプトを現在も引き継いでいるからだそうです。
「皆と偕に楽しむ」、170年たった現在でも、その伝統が脈々と生きているのでした。
Posted at 2012/03/26 23:00:07 | コメント(5) | トラックバック(0) | 自然 | 日記
2011年12月03日 イイね!

京都洛南紅葉の名勝 < 臨済宗大本山 東福寺 >

京都洛南紅葉の名勝 < 臨済宗大本山 東福寺 >京都五山東福寺
東福寺の創建は古く、ときの摂政関白・藤原(九條)道家が、南都東大寺と興福寺から「東」と「福」の二文字をとり東福寺と名付け、九條家の菩提寺として嘉禎2年(1236)年より19年をかけて完成させました。東福寺の塔頭は全部で25の数がある都最大級の寺院です。境内には2,000本のカエデがあり、東福寺三名橋(通天橋、臥雲橋、偃月橋)から見るカエデは美しかったのひとことです。

三門


思遠池


本堂


禅堂


庫裡


方丈


通天橋


 

臥雲橋
 

愛染堂


月下門


洗玉潤



経蔵



偃月橋



国宝・龍吟庵「特別公開」
偃月橋を渡ると、東福寺の塔頭・龍吟庵があります。別料金がかかりますが、この時期のみ期間限定で一般公開しています。 龍吟庵の座敷は写真撮影ができませんでしたが、龍吟庭園は京都の寺院に数多く見られる枯山水の庭園で、紅葉とのコラボがとても新鮮で、心の底から本当来てよかったと思わせる日本庭園でした。


龍吟庭園


臥雲山 即宗院「特別公開」
東福寺塔頭のひとつ臥雲山即宗院は、薩摩東福寺城の守護大名であった六代目島津氏久(1328-1387)の菩提寺として創建されました。永禄12年(1569)に焼失しましたが、慶長18年(1613)に島津家久によって再興されました。以来、薩摩藩の畿内菩提寺とされてきました。
先の龍吟庵と同じく、ここ即宗院もこの時期限定で一般公開を行っていました。
 

月輪殿
平安時代後期、関白藤原忠道(近衛家)はこの地に御所の東御堂を建立しました。忠道の子、九條家の始祖となった兼実は、建久9年(1196)に関白を辞して後、自身が「月輪殿」と呼ばれたことにちなみ、ここを山荘「月輪殿」としました。太平洋戦争後荒廃しましたが、昭和52年(1977)に往時の面影が復元されました。
月輪殿を奥に進むと、幕末西郷隆盛と僧・月照が倒幕の密議を行ったとされる「菜薪亭跡」、その先には西郷隆盛自筆による「薩摩藩士東征戦亡之碑」があります。途中にある赤や黄の紅葉もとても艶やかでした。



 

薩摩藩士東征戦亡之碑
西郷隆盛は、慶応4年(1868)の鳥羽伏見の戦いで、当地に薩摩軍の屯営を構え、ここから淀より進む幕府軍に砲撃をくわえ、勝利を手中に収めました。
倒幕後、明治維新で戦死した霊を供養するため、明治2年(1869)に「東征戦亡之碑」を建立しました。


大本山 東福寺
紅葉シーズンに東福寺を初めて訪れてみましたが、本当に行ってよかったと感慨もひとしおです。

今年は京都も例にもれず、11月は暖かい日が多かったためか、モミジの色がやや黒ずんだ色のところが多いような年でした。
東福寺は天通橋が紅葉で有名ですが、ここのカエデは比較的赤みがあり綺麗でした。お天気がもうひとつでしたが、非常に多くの観光客で溢れかえっていました。

紅葉の期間は一般駐車場が利用できないようです。門前の道路は狭い一方通行で、私営駐車場が1件しかありません。また、今回見た「天通橋」、「龍吟庵」、「即宗院」はそれぞれ別料金がかかります。
いい、京都の紅葉が見れました。来年機会があればまた行ってもいい、いや行きたいと思わせる紅葉の名勝「東福寺」でした。
Posted at 2011/12/03 16:00:10 | コメント(3) | トラックバック(0) | 自然 | 日記
2011年12月02日 イイね!

京都洛東の紅葉 <養源院、智積院 >

京都洛東の紅葉 <養源院、智積院 >京都洛東にある戦国期に創建されたお寺と紅葉を見てきました。洛東には世界遺産・清水寺をはじめ、高台寺、永観堂など人気の寺院が数多くあり、今回訪問した養源院と智積院はそれらに比べると比較的目立たない寺院にあたるかもしれません。ただ、養源院と智積院は戦国時代後半に豊臣家と徳川家の 抗争の中で誕生した寺院で、歴史的意義は高く、紅葉見物も兼ねて訪れてみました。養源院は過去1度訪れています。

養源院
養源院は三十三間堂と隣接している東山区にある寺院です。
文禄3年(1594年)に豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政の供養のために秀吉に願って創建されました(養源院の寺名は浅井長政の院号)。その後、元和5年(1619年)火災により焼失しますが、元和7年(1621年)徳川秀忠の正室・江(崇源院)の願により再興されました。以後、徳川家の菩提寺となりました。
養源院の本堂には、「血天井」という不気味な板張りの天井があります。慶長5年(1600)7月、関ヶ原の戦いの前哨戦ともいわれる伏見城攻防戦で徳川方の武将鳥居元忠ら380人が城を死守し、最後に自刃した廊下の板の間を供養のために天井としたもので、武将達の血痕がはっきりと残っています。
ご住職の話では、伏見城で自刃した徳川方の武将たちの板の間をあえて本堂の天井とすることにより、豊臣の菩提寺から徳川の菩提寺にチェンジする大きな意味があったのだそうです。

山門


本堂


紅葉
 

お市の方供養塔


お江の方(崇源院)供養塔



智積院
智積院(ちしゃくいん)は、もともと紀州にあった根来山大伝法院という寺院の塔頭でした。
近世に入って、根来山大伝法院は豊臣秀吉と対立し、天正13年(1585年)の根来攻めで、全山炎上してしまいました。当時、智積院の住職であった玄宥は、根来攻めの始まる前に弟子たちを引きつれて寺を出、高野山に逃れました。玄宥は智積院の再興を志しましたが、念願がかなわないまま十数年が過ぎました。
関ヶ原の戦いで徳川家康方が勝利した翌年の慶長6年(1601年)、家康から東山の豊国神社の付属寺院の土地建物を玄宥が譲り受け、智積院はようやく復興しました。さらに、初代玄宥から三代目住職日誉の代、元和元年(1615年)に豊臣氏が滅び、隣接地にあった豊臣家ゆかりの禅寺・祥雲寺の寺地を与えられてさらに規模を拡大しました。
祥雲寺は、豊臣秀吉が、3歳で死去した鶴松の菩提のため、天正19年(1591年)に建立した寺でした。


金堂


初代住職・玄宥(1529-1605)の像


紅葉
 
Posted at 2011/12/02 20:00:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自然 | 日記
2011年11月26日 イイね!

都立庭園の紅葉  <殿ヶ谷戸庭園 >

都立庭園の紅葉  <殿ヶ谷戸庭園 >都立9庭園のひとつ殿ヶ谷戸庭園(とのがやとていえん)です。
土曜日の午前中でしたが、秋の行楽シーズンで多くのひとたちが、カメラ片手に紅葉見物に見入っていました。
暑くもなく、また寒くもなく、11月らしい陽気で、お天気も快晴でさわやかな一日でした。



大芝生


萩のトンネル
 



紅葉亭


次郎弁天池


鹿おどし


秋の七種


殿ヶ谷戸庭園

この庭園は、大正2年(1913)ごろに、後の満鉄副総裁江口定條(えぐち さだえ)が別邸として設け、赤坂の庭師「仙石」の手によって造られました。昭和4年(1929)に、三菱財閥の岩崎彦弥太が買い取ったのち、本館、茶室(紅葉亭)などを追加し、和洋折衷の回遊式林泉庭園として完成しました。
昭和49年(1974)に東京都が買収するまで、岩崎氏の別邸として利用されていました。
都立庭園は、六義園、小石川後楽園、旧古河庭園、旧岩崎邸庭園も昨年訪れましたが、殿ヶ谷戸庭園はその中でも規模は小さめです。

所在地/東京都国分寺市南町2丁目16番地
休園日/年末年始
開園時間/9:00~17:00(入園は16:30まで)
入園料/一般及び中学生150円、65歳以上70円
駐車場/なし
Posted at 2011/11/26 18:59:58 | コメント(1) | トラックバック(0) | 自然 | 日記
2011年11月19日 イイね!

奥武蔵の紅葉 <白雲山鳥居観音 なぐり紅葉まつり>

奥武蔵の紅葉 <白雲山鳥居観音 なぐり紅葉まつり>11月13日、奥武蔵紅葉のスポット、埼玉県飯能市上名栗にある「白雲山 鳥居観音」という名所に行ってきました。地元千葉にも紅葉の名所はありますが、まだまだ気温は暖かく、もう少し先のようです。
中央自動車道を走り八王子ICで下車、青梅市街を抜けると、埼玉県に入ります。
とても暖かい日で窓を開けて走っていたのですが、山に入ると急に5℃くらい気温が下るのが実感できました。
たまたまでしたが、この日は一日だけの鳥居観音「名栗紅葉まつり」。山間の土地ですが、結構なひとたちが集まってきました。
鳥居観音を管理する町の人々が主催する一日だけのお祭りです。地元の学生さんたちが、祭り太鼓やステージで踊りを披露するお祭りで、あまり広くない空き地でのショーでしたが、屋台もあってとても活気がありました。



白雲山の頂上に観音様があります。「白雲山鳥居観音」は埼玉百選に選ばれた名所です。
普段は車で登れる参道ですが、お祭当日ということで通行止めのため、麓に車を駐車し、乗用車・バス用道路から山頂を目指してみました。

玉華門
100mも歩くと、この玉華門が見えてきます。タイの古都チェンマイのお寺にある様式だそうです。
 

ここ鳥居観音はこの日初めて訪れましたが、山頂を目指すルートは徒歩道専用もあります。これがいわゆる荒れ道で、結果的にこの乗用車・バス用道路から登るルートのほうが遥かに楽でした。前線舗装がしてあり、途中急斜面がありますが、そこを越えると山頂まで緩やかな登りに変わり、疲労度が全然違います。ちなみに帰りは徒歩道でゆっくり下山しました。


大鐘楼


玄奘三蔵塔
「大鐘楼」を過ぎると、「玄奘三蔵塔」前に出ます。この辺りがモミジが多くある場所でした。
独特な紅色のモミジです。参道の所々に紅色の灯篭があるのですが、この色と全く同じでした。
 


救世大観音
「玄奘三蔵塔」から100mほど進むと、白雲山の終点「救世大観音」です。「白雲山大観音」は、明治25年(1892)にこの地に生まれた平沼彌太郎氏が創立したお寺で、観音信仰の厚い実母の「遺言」をきっかけに、出生地であるこの白雲山一帯にたった一人で寺を開き、昭和15年(1940)から30年の長きにわたり数々の仏像やお堂を本人がこつこつ建設してきたというのがこの鳥居観音という寺院です。
平沼氏は、大正・昭和初期にかけて政財界に名を残した人物で、旧埼玉銀行頭取、参議院議員まで務めたという経歴の持ち主でした。


仁王門
帰りのルートは往きと違った徒歩道を通りました。鳥居観音は本尊である聖観世音菩薩が安置されていたため、「仁王門」の仁王尊が観音の門番の意を表しているのだそうです。


さて、次は紅葉の聖地というべき京都へ行く予定です。
最後に、当日オドメーター44444kmを達成した愛車です。
GO!GO!
Posted at 2011/11/19 03:00:03 | コメント(2) | トラックバック(0) | 自然 | 日記

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