~オープニングに《NSXのニュル走り》を選んだ理由~
*朝の6時に箱根の山から降りてきて、会場に一番乗りしたガンさん。いかにこの日を楽しみにしていたかがうかがえる。
プログレから降り立つと肩を濡らす雨が、氷雨のように冷たかった。のちに赤穂義士と呼ばれた浪士集団 47名が、吉良邸に討ち入った夜は、映画や芝居、後世のTVドラマでは、降りしきる雪を踏みしめながら、激闘を演じている。こちらは暗い雨か。
10月20日の午前8時半、会場に選んだ東京練馬の「サンライフ練馬」。受付は9時からなのに、会館の正面で見覚えのあるプレオが、ハザートランプを点滅させている。130kmも離れている房総半島南端の町から、アクアラインを駆け抜けて、映写機器やカーテンスクリーンを持ち込んでくれる約束の「RA2ひら」さんが、この暗い雨の中をひた走って、すでに到着していたのだ。なんと午前6時過ぎに、家を出たという。
*映写技師を担当してもらった「RA2ひら」さんと「Ctr2」さんのコンビ。開幕の準備に大童。
「もう、黒澤さんも見えていて、このまわりをぶらり歩き、とかで……」
ガンさんなら、きっとそうだろう。約束の時間に遅れたことは一度もない。それにしても、ガンさんの住んでいる箱根は、距離からいっても千葉・館山といい勝負の距離。随分と早い時間に箱根の山から降りてきてもらったわけだ。こちらも大急ぎで管理事務所での受付を済ませて、それぞれの部屋の鍵を受け取る……。
*受け付けは「ああやまええら」「ハヤト」の母子コンビで。
*午前中は2Fの和室へどうぞ。
3Fの待機スペースでは、ベスモ同窓会関東本部(そんなのがあったっけ?)で特に、わたしが勝手に《Sマーク=世話役》を押し付けた「MDi」「ああやまええら」夫妻と愛息の「ハヤト」君(5歳)が、受付と会費集め、それに、ひも付き名札渡しなどのマネージメント任務をはたすべく、わたしの到着を待っていた。
部屋割りは、午後5時までを通しでキープできた3Fのクラブ室を「来賓」のガンさん、中谷君、旧ベスモスタッフに使ってもらい、参加メンバーには少し狭いが、隣り合わせの「職業訓練室」で、用意したベスモやBMスペシャルのDVDに変換済みのものを、自由に観るなどして、開会を待ってもらうことにしてあった。そのセッティング担当は「あど」さんである。
問題は四十七士全員が一堂に会する部屋が、午前中では40人収容の「和室」しか確保できなかったことだった。やむをえない。畳の上で全員が座って、膝をつきあわせて、顔合わせをするしかない。幸い、心配していた映写スクリーンをRA2ひらさんが確保できたという報告。「よし!」わたしの肚がきまった。
映写技師を務めるRA2ひらに手書きの「工程表」を手渡す。そこには、10:00 全員和室集合のあとに、10:50 2004年10月号「セナ足」 続けて「BMスペシャル The 疾る!NSX(フェラーリと遭遇編) それとも100号記念号か。時間があれば「スーパーバトル」——と、書きなぐった文字が踊っていた。
「上映する順番を変えます。まずNSXから始めます。ニュルブルクリンクを走っている映像はいろいろとありますが、恐らく、この時のものほど、ベストモータリングというメディアの本質を捉えているものはないでしょうから。理由はこれを観たあとなら、みなさん、理解ができるでしょうから」
RA2ひらさんとサポート役のctr2さんが頷く。そこで、上映する順に並べていたDVDのディスクを入れ替える。実は2日前の金曜日の夕方、PC研修で千葉市内まで出張してきたRA2ひらさんには、我が家まで足をのばしていただき、プロジェクターを使って投影するパワーポイントの内容を、ああでもない、こうでもない、と打ち合わせをしていて、その時にオープニングは、2004年10月号の『セナ足』で行くことに決めてあったのだ。
突然の変心。付き合いの古い旧ベスモのスタッフなら、ああ、また始まったぞ、と笑ってすむ話だろうが、ベスモ同窓会を通じて交遊のはじまった新しい友に、それが通じるかどうか。
上映会のオープニングを、やっと探し当てたA・セナの「足元映像」にする。それは間違いなく強烈なインパクトを与えるだろう。加えて2004年にはベスモもDVDになっていたから映像も鮮明だし、VHSのようにテープの頭から、該当するところまで早送りする必要もない。MENUから一発で《セナ足》のある『名迷珍々場面50連発』のコーナーを引き出すことが出来るのもいい。
しかし――何か心にひっかかるものがあった。それが何なのか、薄っすらと見えているのだが、もう一つ腑に落ちなかった。それが、ガンさんをはじめ、RA2ひらさんは3時間も前に家を出て、早々と会場入りするためには、それなりの「見えない手間」をかけているという事実。いやもっと時間をかけてやってくる参加メンバーがいるではないか。四国・高知の実家から前夜に東京入りした「FRマニア」君、広島から来る予定の「Aira」、兵庫・加古川からの「4様!!」の両氏は恐らく愛車で「中国」「名神」「東名」の自動車道を乗り継いで、はるばるやってくるに違いない。因みに、紹介した3人は、岡山での第1回同窓会の出席者でもあった。
萩の「波田教官」の「幻のセナ足の怪」から始まった『セナ足』探しそのものは、新しいエンターテインメントとして、効果が絶大だった。しかし、その前菜役となっているガンさんの「ニュルアタック」にしても、インテRでみせる「鷹栖走り」、中谷君の「ゼロカウンター」にしても、いいとこ取りの薄味なものにしてしまっているのが、なんとも気に食わない。はっきりいってTV番組的で、ベスモが育んできた「独自の創り」を、自分の手で汚しているとしか思えない。創り手の誇りを喪っているメディアにだれが従いて行くというのか。
ま、文字にすると、こういう内容の「怒り」ともつかぬ「無念」の想いが衝き上げてきて、とっさの変心劇となってしまった。
では、なぜ替わって浮上した「BMスペシャル The疾る!」のNSXにどんな意味合いがあるのか。それは四十七士が全員(実際には一人だけ寝坊して遅参した平成生まれのベスモ育ちの若者がいたらしいが)が揃ってはじまった午前中の「上映会」で、はっきりしてくるはずである。
午前10時。定刻が来て、2階の和室へ。細かい状況描写や情報は、「撮影係」を委嘱していたイワタカズマ君をはじめ、MDi、RA2ひら、2315ほかの皆さんがそれぞれのブログにアップしてくれているので、そちらに譲るとして、ガンさん、中谷塾長、本田編集長の「ひとこと」があったところで、「スクリーン」に映し出されたのは栃木のテストコースの高速周回路。ヒラリヒラリと高速スラロームを繰り返す初期型NSX。ドライバーはもちろんガンさんのほかはありえない。
「そうですねぇ、スタイルがいいという人もいるでしょう、V-TECエンジンがいいというひともいるでしょうが、このクルマの最大に素晴らしいところはハンドリングにあると思います。スポーツカーというのはハンドリングがよくないと楽しくないんで、こうやってクルマを意識的に(左右に)流しているんですけれど、凄く安定しているのがわかるでしょう。これだけのハンドリングを持ったクルマは世界で初めてだと思いますね。非常に楽しい。ですから、個人的な話ですけど(ぼくも)1台、オーダーしました。そして、いろんな道を走ってみたいですね」
ガンさんの声が流れる。ガンさんって、こんなにコメントをスマートに、そして自然体でまとめられるひとだったかな――と感心していると、画面はいきなりきり替わって、むせび泣くようなメロディーにのってタイトルが浮かびあがる。未明のアウトバーン。
そして地平線から朝の太陽が今にも顔を覗かせるようなふりをしながら、空をバラ色に染めている。かすかに残る一筋の飛行機雲が白く光る――と、切り抜かれた新聞記事が浮かび上がる。1990年秋、東西ドイツが統一され、歓喜の声に包まれて、ヨーロッパが新しい夜明けを迎えたその日であったのだ。
フェラーリと見まがう赤いNSXは石畳の旧市街から、新しいビルの立ち並ぶフランクフルトの中心部に入って行く。この異国の街角で何を求めて走るのだろうか。と、息をのんでこちらがのめりこむ。そんな催眠術的な仕掛けを、このBMスペシャルの制作ディレクターは心得ているようだ。
軽快なリズムに乗って、橋を渡り、教会の尖塔の下を抜ける、と。背後に赤いスポーツカーが貼りついてきた。プッと短くホーンを鳴らして横に並ぶ、ピッと返礼するガンさん。
これはヤラセではない。全くの偶然でフェラーリの 348ts と遭遇したのである。無邪気にウィンドウを下げて声をかけてくるフェラーリ・オーナー。それが今度新しく、ヤーパンから出たスポーツカーだろ? どうだい、調子いいかい? そんな意味の言葉をプレゼントされたガンさんが、「ヤー、Good!」と照れながらも、答えているのを車載カメラがバッチリと捉えていて、観ている側がドッとくる。何とも温かいクルマ野郎の交流。こうしたゆとりを、同窓会メンバーと共有したい……。そんな願いを託したくなる絶妙な一巻だったのである。
そのあとの短いランデブー・ランもいい。そしてガンさんのNSXは、ひたすらニュルブルクリンクを目指してアウトバーンを南下して行くのだが、そのニュルブルクリングでのNSXとガンさんのコンビは、絶妙としか言いようのない走りを披露してくれる。ただ構成の都合上、NSXの製作過程、NSXのATバージョンを購入した徳大寺有恒さんの「オーナーズコメント」が挿入される。やむを得ない。そのあたりは早送りとなってしまう。
「今日は日曜日なので混んでいます。3号線をいま、ケルンに向かって走っていますけれども、ご覧のように混んでいます」
カメラは左側にガンさんとステアリングをおさまり、正面にアウトバーンが広がるように撮っていた。そのためガンさんが加速すると、エンジン音がクィーンと吼えはじめ、ロードノイズまでが伝わるこの臨場感は半端ではなかった。まるで自分で運転しているように画面に溶けこんでいく……。
ここからは目は前方のアウトバーンへ、そしてガンさんの声を聴いているだけでいい。まるでガンさんの助手席に座っている錯覚に陥ってしまう。
「3速、8000,180キロ」「4速、8000,230キロ」「5速、270キロ、ああ、前に追いついちゃう」
そしてさりげなくインプレッションを披露してもらえる。
「地べたにベタッと接地しているようなこの感じの出ているサスペンションは素晴らしい。恐らくこれは何キロ走っても疲れを知らないでいられるはずです」
やっとアイフェル山中のニュルブルクリンクに着いた。
夕闇の向こうにニュルのお城のシルエット。さあ、あしたはいよいよニュルアタックだぞ、というところで、当稿は一旦停止して、次回に備えたい。まだまだ、この討ち入りの朝、『セナ足』より「ニュルアタックするNSX」にシフトチェンジした真意は伝えきれていない。ああ、道遠し、である。