2017年12月01日
kazuky短編集 ~ある幸せ~
「ある幸せ」
とあるバレンタインデーの日。
ハードワークからくる疲労のため体を壊して前職を辞めた僕は、次なる転職先を目指し、専門学校に通いながら契約で働いていた。
その仕事の帰り道。天気はかつてないほどの土砂降り。
当時付き合っていた彼女は、「あなたは勉強しなさい。受からない人にはバレンタインデーのチョコなんてあげないんだから。」
それまで特定の女性と付き合ったことの無かった僕は、人並みのバレンタインデーに期待を抱きながら電話をしたのだが、敢え無く撃沈。「…はいはいそうですか、わかりましたよ、帰って勉強しますよ。」…冷たい子だねぇ、この子は。などとおばあちゃんキャラでぼやきながら、仕方がないから土砂降りの中を帰ることにした。ものすごい風と雨で、ワイパーも負けじとフル稼働している。まだあたりは明るい時間帯なのに、センターラインが雨で見えないほどだ。僕は他人事のように、その雨の中をやる気なく運転している。
ところで、まだ彼女とのハンズフリーは続いている。
僕に勉強しろと言い払った彼女は、電話の向こうで何かをしているようだ。話していても、どこか上の空のようで、問いかけた言葉がなかなか返ってこない。
もしかして誰かと一緒なのか?いや、そんなことはありえない。当時僕たちは、互いの両親はおろか、周りには言わずにおつきあいしていたのだ。誰かと一緒にいながら、僕と電話なんてするわけがない。…じゃあ、電話の向こうは一体どんな状態なんだ?などとぼんやり考えながら、チョコを貰えなかった失望感を胸に、僕はその忙しそうな彼女となんとなく話しをしていた。
通勤路は車で片道大体40分くらいだった。雨の視界の悪さのせいか、車の流れがいつもよりちょっと遅いように感じた。降り続く雨に道路の水吐けは悪くなり、時折対向車からばしゃーっと水をかけられる。
彼女は相変わらずバタバタしているようで、忙しいなら電話を切るよと伝えたのだが、だめ、そのままでという話しだった。
まあ、彼女は言い出したら聞かないタイプだったし、せっかくのバレンタインデーで会えないとなると、僕としては彼女の声を聴いていられるだけでもうれしかったので、彼女の言うことに素直に従った。
次に彼女が言った言葉はこうだった。
「どこかのファミレスにでも入って勉強したら?どうせ家じゃ集中できないでしょう。」と。
これには少々僕もむっと来た。しかし、彼女の言うことは間違っていない。人間痛いところを突かれると、腹が立つものだ。
なんだって?この車の中からでるだけでもびしょ濡れになってしまう雨の中、しかもこのバレンタインデーのさなか、たった一人でファミレスで勉強しろだって?ずいぶん厳しいことをいうものだ。女とはみんなこうなのか?と思いながらも、しかたなく彼女の指示に従うことにした。
「どこのファミレスに入るの?前に行った中華料理屋さん?」
冗談じゃない、あんな中華料理のファミレスに一人で入るなんて、拷問にも等しい。それに正直どこに入ろうと僕の勝手だ。なぜ彼女はそんなことを言うんだ?別に中華であろうと洋食であろうと、僕の勉強に対する散漫な集中力には微塵にも影響しないのだ。
「そうだ、あの幹線道路沿いにある洋食のファミレスにしなよ。あそこなら他に勉強している人もいるかもよ?」
…ふむ。確かに彼女が言う洋食のファミレスは、低価格が売りの若者や学生に人気の店だ。今の状況で言えば、一番好ましい目的地であると言えよう。
駐車場に車を止め、エンジンを切ったが、先ほどからの激しい雨脚に変化はない。傘をさしたとしても、店内に入る前にかなり濡れてしまうほどの雨が降り続いていた。
…一体なんだってこんな時にファミレスに行かなくちゃならないんだ。悩める頭を握ったままのハンドルにぶつけた僕は、彼女にこう伝えた。
「雨ものすごいんだよ?こんなんじゃ店にも入れないよ。まったくせっかくのバレンタインデーだってのに…」と不平を口にするも、その口は開いたままになった。
「かずくん、こっちこっち~」
電話の向こうにいるはずの彼女が、なぜか僕の左隣に車でいて、僕に向かって手を振っている。
僕は予想だにしない彼女の登場に驚き、かつ、彼女の顔を見れた喜びに、半笑になった顔を例のハンドルにうずめた。
にわかには考えがたかったが、彼女はどうやら、僕との電話中に車を飛ばして、7駅もの距離を走ってきてくれたらしかった。聞けば、彼女はガトーショコラの作り方を教わりながら、彼女のお姉さんの家で僕に渡すための準備をしていたとのこと。ところが予想外に僕が早く仕事が終わったために、電話で足止めをして、僕にバレンタインデーのサプライズをやってのけたのだ。言い忘れたが、僕と彼女の関係を知っているたった一人が、その彼女のお姉さんだった。
完全にやられた。
…でも、その反面、ものすごくうれしい。
その日、勉強をしている僕の傍らで、前に買ってやった懐かしのルービックキューブに頭をひねる彼女がいた。そして、そのあとプレゼントされたガトーショコラは、生涯忘れられない味となったのだった。
平成24年9月17日作 kazuky
みんカラの某氏を真似て昔作った短編集を、恥ずかしいけどそのまま掲載してみました。
つたない文を最後までお読みくださり、ありがとうございますヽ(^o^)丿
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2017/12/01 01:52:57
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