一昨日になりますが、8月5日、この日は1989年8月5日にブラックバード号が新車で僕の手元に来た記念日です。
ブラックバード号のお誕生日が来ました。
とうとう、ブラックバード号との生活が丸26年間になりました。
26年前に乗り始めた頃は、こんなにずっと乗ってるなんて想像もしませんでした。
でも、ブラックバード号でのいっぱいの思い出で、26年間はあっという間でした。
このままだったら、現在もクラッシックカーの域に入ってるのに、ビンテージカーになっても乗ってそうです・・・笑
年数を重ねれば重ねるほど余計に愛おしく思えるようになってるので、この26年間、ブラックバード号を一度たりとも手放そうとか思ったことはありません。
もう人生の半分以上を一緒に過ごしてきた、まさに体の一部になってます。
一生乗り続ける覚悟はできてます。
他の人にブラックバード号が渡ってしまうことを想像しただけでも涙が出てきます。
26年間の間、金銭的、仕事的に維持が厳しくなったこと(現在もそうですが・・・)が何度もありましたが、でも大好きで仕方が無いこのマシンに乗り続ける為に、いろんな困難に立ち向かって現在に至ってます。
そして、一度も眠らせることもなく、ずっと現役で乗り続けられたのも、愛着だけでなく、ポルシェという車の頑丈さ、そして930ターボの発する独特の魅力の他ありません。
そして、ブラックバード号の為に、各スペシャリストのショップさん、レーススポンサーさんや、ブラックバード号のおかげで出会えたアイドラーズ、club930turbo、KDP、BBOCなどの多くのポルシェ仲間、レース仲間にも支えられてきたおかげでの26年間でもあります。
みなさん、本当にありがとうございます。
今年は、カーツのLSDを導入して、走りも大きく進化することができ、益々精力的に活動してる次第でございます。本当にカーツを入れて良かった・・・・・
ブラックバード号は現在はサーキットのイメージのが強いかも知れませんが、僕にとっての基本はストリートです。
ツーリングやポルシェ仲間とのオフ会、買い物でも使って、時にはサーキットでもガンガン走る。そして、いつでも現役・・・・・貴重な33ナンバーを切らずに、エアコン無くても真夏だろうが普段も乗って、でもサーキットでも速く走る・・・これが僕のポリシーであり、美学であり、今後もそれを貫き通そうと思ってます。
ここから下は、毎年コピペしてるBB号お誕生日日記で書いた文章です。
毎年、この日に流用してるので、過去に呼んだ方にとっては同じ文章ですが、この一年新しくお友達になった方に知って頂きたくコピーを貼ります。
★ブラックバード号ヒストリー
今から31年前の大学1年生、18歳の時、6歳からの幼馴染にその時代ブームだった湾岸最高速ステージに連れて行ってもらった。
その時、湾岸ランナーの中に、その時代に各雑誌を飾ってた1台のマルーンカラーのポルシェが停まってました。
そうです。今は伝説になってるかの有名なミッドナイト会長の吉●さんの930ターボでした。
のちの、漫画「湾岸ミッドナイト」のブラックバードのモデルとなった車です。
伝説のミッドナイト吉●ポルシェ
その車のあまりの存在感、オーラに僕の気持ちは一気に高まり、「将来絶対に930ターボに乗る」と心に決めた瞬間でした。
それからは、憧れの930ターボに乗る為に、大学放課後のテニスとアイスホッケーの部活の後は、ガソリンスタンド、居酒屋、そしてスキーツアーのツアーコンダクターのアルバイトを徹夜でこなして資金作りに没頭し、そして大学の授業で睡眠を取る(笑)という毎日を過ごしました。
おかげで、大学は見事留年・・・
5年間通う羽目に・・・かなりの節約で貯金に没頭・・・
部活中もジュースではなく、なるべく水を飲むようにし、部活後にみんなでファミレスに行っても、女子部員がみんなで協力して食べきれない分を先に避けてくれて、それが数人分集まると1人前くらいにはなるので、それを食べて食費も節約したりもしてました・・・・今考えたらセコイ話ですが、そこまでしないと大学生の身分でローンの頭金は作れませんでした。
そして、貯金すること4年間・・・僕は自宅だったことと、酒、タバコは一切しない、洋服やブランドも一切興味無し・・当時からやってるアイスホッケーやテニスの部活一筋だったので、貯金もだいぶ貯まった。でも930ターボはめちゃくちゃ高く、やはり高値の花でした。中古という手もありますが、やっぱり新車が欲しい。
いくら貯金が貯まったとはいえ、930ターボは到底無理な金額でした。
930ターボは諦め930カレラにしようか・・・でも、930ターボの為に4年間頑張って貯金してきた・・
その時、神の声が・・・・
ドイツ語をしゃべれる車業界の知人が、会社を通さずに個人的に輸入してあげると・・・
すると、ディーラーものの新車930カレラの金額にちょっと足したくらいの金額でターボを輸入してあげられるとのこと。
ディーラーでの930ターボ金額より、4割も安く買えるとのことだった。
よし、930ターボいっちゃおう・・・・即オーダー
内装からオプションまでのフルオーダーをしました。
待つこと半年以上、やっとのことでドイツからの船便が到着したと思ったら、なんとオーダーミスで別の国に行ってしまったとのこと・・・悲
再オーダー・・・しかし、このことにより、88年式から89年式に年式が変わって、これがラッキーでした。
89年式は、930ターボ最終年式で、しかも唯一の5速ミッションの特別仕様。
で、1年以上してやっとの思いが叶って、1989年8月5日に僕のパートナーとなり、そして鬼ローン返済もスタートしました。
まだ大人しかった仕様のBB号
それからの26年間は、本当に語りつくせない思い出を作ることが出来ました。
車内、ボディについたキズ一つとっても、僕とブラックバード号との思い出なんです。
それからのローン返済もキツかったなー・・・
出会い、別れ、喜び、悲しみ・・・・本当に一緒に26年間を過ごしました。
最初の10年は、毎週のように首都高湾岸線に最高速ランナーとして繰り出しました。
今思えば危険なことをしてたなーと思いますが、それも若気の至りでしょうか・・・・笑
その湾岸生活の途中、漫画「湾岸ミッドナイト」の実写版映画の撮影の話が持ち上がり、実際に湾岸を走ってる黒い930ターボが1台いるとのことで、僕の所に撮影で使わせて欲しいとのオファーがあり、ここから僕のポルシェがブラックバード号となりました。
憧れ続けたミッドナイト会長の吉●さんの930ターボをモデルにした漫画に出演するだなんて、これも運命を感じました。
そして、16年前・・・・雑誌で「ネコ・ヒストリック・オートモービル・フェスティバル」という車のイベントで、ポルシェのワンメイクレース募集の広告を見て、その頃、湾岸最高速に対して危険を感じてたころもあったので、サーキットをやってみようと思いエントリー・・・・
確か、40台くらいの参加で14位くらいだったような気がします。
これが、ブラックバード号でのレース人生の始まりでした。
その後、アイドラーズのポルシェワンメイクレースを中心に数々のレースに出場。ブラックバード号でのレース経験は100戦は超えました。

↑上記写真 つよ太郎さん提供
ここ最近のベストレース・・2013年 アイドラーズ最終戦 IN モテギ
996カップとの大バトル
ブラックバード号との26年間の思い出・・・
★嬉しかったこと
・26年前の1989年8月5日の納車された瞬間。すぐに渋谷にお出かけ・・道玄坂の上り坂でいきなりのエンスト
・アイドラーズに出場し始めて4年目の2003年初戦のモテギでの初優勝・・ゴール後、しばらく立ち上がれないくらい号泣した
・その年、アイドラーズで初めてシリーズチャンピオンを獲得したモテギ戦でのゴールの瞬間・・・この時も大泣き・・・
この写真が、初めてのシリーズチャンピオンを決めたレースのスタート写真。
40台以上の中でのポールポジション(そのまま優勝)からのスタートで、サーキット走行写真でも最も気に入ってる写真です。(BB号は一番左の黒ポルシェ)
・そして、本当に楽しい仲間がいっぱい増えたこと。この仲間たちにいっぱい支えられてここまで来れました。仲間たちと一緒にいると、本当に楽しい。
もちろん、今でも心の傷として残ってる悲しかったこともいっぱいありました。
・心無い人から、ボンネット全体にキズを付けられたり・・
・外部的要因で手放さなくてはいけない危機
・ここには書けないようなことも・・・
26年も付き合っていると、本当にいろんな思い出があります。
どんなに辛い仕事も、ブラックバード号があるおかげで頑張ろうと思えるし、本当に支えられた。もう一生の付き合いになると思います。
ブラックバード号、26歳おめでとう・・・今までたくさんの思い出をありがとう。
これからもよろしく・・・