今次作戦もいよいよ佳境
ついに、横須賀米軍基地へと突入する
本篇も前報告同様、フォトショット中心でのお届け
作戦行動の様子は、以下にてご確認あれ
では早速
〔中篇その2〕【横須賀米軍基地突入】篇
【ヴェルニー公園】での、
我が邦 海自艦艇・潜水艦の視察を終えた ら
いよいよ
It's ready to roll.
We are now ripe for attacking and charging ahead the U.S. Naval Base.
機は熟した!
横須賀米軍基地 セキュリティゲート(入口) にて、我ら
5組12名のアタックパーティ 、各自パスポート確認と引き換えに
“1 DAY GATE PASS”、つまりは
「一日間有効通行手形」
受領後
※ このパス、当日のフタサンゴーキュウ(23:59)エクスパイア(期限切れ)し、かつ最後には回収さ(取り上げら)れる
基地内
入場前 に
“Deputy Commander United States Navy”、つまり
【米海軍横須賀艦船修理廠及び日本地区造修統括本部 副司令官 及び、エクゼキュティブオフィサー(CDO)】 を
務める
Commander "William Blackman" United States Navy (ウィリアム・ブラックマン 米海軍中佐)
(US Navy HPより拝借)
からの、
Special Speech of Welcome(訪問歓迎の辞) を受ける
日本語 での挨拶であり、たどたどしく、つっかえつっかえではあったが
いや、
そうであったがこそ 我らに
精一杯の敬意を払って くれていることに感じ入り感激スル
“FLEET ACTIVITIES YOKOSUKA”
の意、
『横須賀海軍施設』
左端が、本日は不在の
【在日米海軍司令官】
Rear Admiral "Carl Andrew Lahti"(カール・A・ラティ 米海軍少将)
基地内は、モチロン、
off-limits(オフ‐リミット =
立入禁止区域)はアルし、
on-limits(オン‐リミット)でも、現状の激変する世界情勢下にあって
risitricted area( =
立入制限区域)は
日々設定され、変更 されているとのコトでアル
写真撮影 については、以下の場所・モノ
《撮影禁止対象》
・入出門Gate
・修理中艦船(単に停泊中の艦は可
但し日本國・海自所属潜水艦を基地内から撮影するコトは不可)
・カモ柄コンバットスーツ(迷彩服)着用兵士
以外 は
camera photography allowed(基本、自由に撮影O.K.)
なので、こういう
オリーブドラブ色着て、往来でスマホしてサボってる(かどうかは知らんケド)兵士は、
写撃で轟沈 させても可 www(あ! もしかしたらスマホに入電した命令を確認してるのカモ。 なっ、わきゃーナイわな(笑))
では
“Fleet”(基地内)に突入スル
当然のごとく、ソコカシコで
“Star-Spangled Banner(星条旗)” がはためき
通りには
“Blvd.”
つまり、
boulevard(ブールバード = 街の中を通る広い大通り)
とか
“St.”
つまり、
Street(ストリート = 道の両側に建物がある大通り)
の名が付けられている
先ずは、
本日、第壱攻撃目標
「世界最強」の呼び名も高い
“UNITED STATES SEVENTH FLEET (米 第7艦隊)”
Flagship(旗艦)
“USS Blue Ridge, LCC-19(揚陸指揮艦 ブルー・リッジ)”
(でん)
(でっ、でーん)
そして
米海軍航空母艦で、
唯一 国外、つまり
米國外 の、彼の國にとっての外国
すなわち、
“FLEET ACTIVITIES YOKOSUKA”『横須賀海軍施設』 を
“母港” とする
“USS Ronald Reagan, CVN-76”(空母 ロナルド・レーガン)
(借り物)
本日、出港・就航中
にて真に残念ながら
撮り逃がしてしまった!
うっ、これじゃ、まるで
“Attack on Pearl Harbor”(真珠湾攻撃) の
再来・再現 じゃまいか!!
続くは、
本日、第弐攻撃目標
1号から始まる “Dry Dock”
これら乾ドックは
1号から順に6号まで あるが
建造着手は『幕末』 であり
その
端緒を開いた功労者 は
前回リポートで紹介、
“ヴェルニー公園” の
仏人技師ヴェルニー氏 と
その胸像に並んで建つ
慶応幕臣の金庫番(勘定奉行)& 外国奉行、
小栗上野介忠順 でアル
『明治期から昭和』 にかけては
“大日本帝國海軍・横須賀鎮守府”
(通称、「横鎮」(よこちん)) 管轄下 にあって
当初の
石積・石造 にコンクリート補強が加えられ、
我が帝國海軍の最重要施設の 一つ
であったが
先の大戦での
我が邦 敗戦により、米国が接収
(要は分捕られて、還してもらってない、し、今後も還ってこないダロウ)
そして
往時のまま、今に至るも、米海軍により現役供用 されている
また同時に、
我が日本國・文化庁認定 の
『日本遺産("Japan Heritage")』
でアル
米軍基地内、Dry Dock #3(3号ドック)ヨコに建つ
『海自・造修補給所 工作部分室』
プレハブ建てで、何ともみすぼらしく、未だ続くコレぞ
「敗戦国」の悲哀 を感じずにはおられナイ本官小生でアル
では次、
第参攻撃目標
ビル群への攻撃に移ろう
“Dry Dock” 同様に、
ビルの多く
というか、
『横須賀海軍施設』 の
重要施設のほとんど! は
戦後に接収された
“大日本帝國海軍・横須賀鎮守府” の建物を
往時のままに、今に至るも米海軍により現役供用
一目で判別のつく際立った “横鎮” の建物である特徴 は
『縦長の窓』
入退館にあたっては、先人への敬意と感謝を表し、脱帽しての礼!
歴代 『横須賀鎮守府司令官』
歴代 『米海軍横須賀基地司令官』
一方、
接収後、米海軍が建てたビル群
【映画館】
【ボウリング場】
さぁ、今次作戦行動における攻撃もソロソロ終盤
ランチタイム
基地内 “canteen”( = キャンティーン = 兵員食堂)へ特攻をかける
本官小生より、
上官殿 に、
$10 を手渡し、
「好きなものをお選び下され」 と告げると
其の
$10 を手に、
全く迷わず
へ
突撃 されていた
本官小生 はといえば
「こんなトコ来てまで、なにも “SUBWAY” なんかにせんでも」、と
我が邦、日本未上陸(だとオモ、たぶん)未だかつて聞いたことないような
“POPEYES” という名の
米式から揚げ屋
で
「SPICY CHICKEN SANDWICH」
なるものホカをオーダー(ま、結局、フライドチキンバーガーなんだケドね)
ランチ後
エスコート役(という名の監視役)の水兵とのコミュニュニケーションを試みる
結果、
米水兵捕虜二人の捕獲、尋問に成功セリ!!
ウソ、声をかけ、お互いフレンドリーに会話をした
向かって右、○び○ろサンボ君は、"Administrative Department" 所属の、
要は “事務屋さん”
新人入隊訓練の「“ブートキャンプ”が死ぬほどつらかった!」と言っていた
向かって左、サングラスの白人大男は、"NAVY POLICE" 所属の、所謂、“憲兵さん”
さすが、「“ブートキャンプ”なんて、与えられたプログラムこなすだけなので、へでもなかった!」と言っていた
また、コヤツ(グラサン憲兵)、日本に来て、以来7年は居るそうだが、
「鮨以外 の日本食は何でも好き」とかほざきやがった
ナゼだ! と問うと、
「生魚アカンねん」 とのコトであったので、ならば、ま、しゃーナイか www
まぁー、まさに凸凹コンビ!!
一緒に写真
に収まったり、"Topgun Maverick" のハナシしてみたり
(グラサン憲兵、「オレ、今晩観に行くねん、とってもエキサイティングな夜になるおかんがするゼ!」とか言ってた)
基地内で見かけた
(左ハンドルの
"XX" 因みに米兵所有のクルマは、ナンバープレート:"Y")
キッカケで、
“JDM”( = Japanese Domestic Market = 日本国内向け仕様のジャパニーズスポーツカー旧車)
って、ヤッパ、オマエラらクニで 人気バクハツ なんか?
と聞いてみたところ。
「アンタ、さっきの建物の前に停まってた
(借り物)
ガン見してたやろ、あのクルマ、オレのやねん!」
って、○び○ろサンボ君の愛車、
“R32 GT-R”とは!
ふぅ、ビンゴ!! まったく恐れ入ったゼ!!!
アトは、ホカの米兵から
などの小物を
戦時徴発
(ウソ。
特別臨時頒布会 を開いてくれ、土産として、
ドル札で支払購入)
以上が
本日のコンバットリザルツでアル
今次作戦も本丸攻撃は、大成功の裡に終えることができた!!
さらに作戦行動を終え、
基地外 へ出ると、R16 向かいの中古車屋、
Sale ポップ
2007年式 8J TT、 "MILITARY PRICE $4,495" の文字も踊る!!
(米軍関係者向け特別プライスなんてあるんだ! 知らなんだ)
さぁー、いよいよ次回最終章
〔後編〕【基地突入その後、そして、DAY 3 兵士の休息と帰還】篇
へと続く...
以上、今回
〔中篇その2〕分
Mission Complete!
これにて報告ヲワル
オーバー
ブログ一覧 |
ツーリング | 日記
Posted at
2022/06/10 19:55:23