2011年11月17日
モータースポーツ大東亜共栄圏
読書の秋だからというワケではないですが、本を読んでいます。
最近、以前に増して慌しくなってきた自分の人生、夜の寝る前の短い時間だけ落ち着きを取り戻してリセットしよう、と脳ミソが読書に没頭する時間を欲しているのかもしれません。
さて、読む本と言えば、近代日本の歴史に関するものに手が伸びます。
太平洋戦争の真実、みたいな本が好きです。
戦記モノが好きというワケではなく、僕らが学校の歴史で教わった事とあまりにも違う内容が多いので、「真実はいったいドコにあるんだ?」と強く惹かれるのです。
ボクの母方の亡き祖父は、ボクが幼い頃、戦時中に工兵として任務に就いていた空母でのゼロ戦の着艦の様子について身振り手振りを交えて語ってくれました。
そのときのボクは「零戦、すげ〜!」ってな感覚で、戦争の本質うんぬんは判らないまま、戦闘機の勇ましさに憧れた記憶があります。
また、その祖父は、ボクら家族が千葉に住んでいた時だったか忘れましたが、本土に来た際は(母は島根県隠岐島出身)、靖国神社に行っていたように記憶しています。
当時は「ヤスクニジンジゃ?」と意味が判りませんでしたが、最近、その意味が判ってきました。
亡くなった戦友に会いに行っていたんですね。
祖父の世代の大変な戦争、それはいったい何だったのか?
と興味に惹かれるままに、いろんな本を読んでいると、太平洋戦争突入以前の日本と現在の日本の状況に共通する点が多くある事に気づきました。
第一次世界大戦で戦争景気に沸いた後、アジア諸国に欧米の生産品が戻ってくるに従って日本の景気は減速し戦後恐慌が起こり、そんな不景気のさ中に関東大震災に見舞われる。
そして、アジア、中国大陸での覇権を広げたいアメリカは、あの手この手で日本を挑発し、そしてABCD包囲網で道を塞がれた日本国はやむを得ず戦争に突入します。
かなり端折った書き方ですが、これって今の日本に酷似していますね。
バブル景気に沸いた後、徐々に日本の景気は減速し、リーマンショックが起こり、そして今年の東日本大震災。
さらに、深刻な不景気に苦しむアメリカはなりふり構わず日本にTPPという無理難題をつき付け、日本の資産を収奪しに襲い掛かってくる。
と、まぁ考えようによっては、大戦前の日本と今の日本は60余年を経て、再び似た苦境に立っている、とも言える訳です。
じゃあ、再び戦争に突入するのか?
そんな事はありません。戦後教育によって日本国民は念入りに左翼思想というか、主権国家を否定する思想を刷り込まれていますから、アメリカに喧嘩仕掛ける度量は有りません。
ジワジワとやりたい放題やられちゃうのでしょう。
ボクは日本の将来を危惧し、憂いて、そして悲観しています。
たぶんもうダメだと思います。
国益とか主権とかの何たるかを考えた事もないアホな平和ボケ国民は、DV夫みたいなアメリカの横暴にも、「でも、アメリカは本当は日本を愛しているハズ、だって私たちは同盟国!」なんて幻想を抱きつつ、好き放題やられて、最後は捨てられちゃうのでしょう。
もう、良いです。
諦めます。
ボクが騒いだところで、日本国はどうにもなりませんので、これ以上は何も言いません。
圧倒的に有能な政治家が現れて大逆転ホームランを打つのを心のどこかで期待しつつ、生きて行きます。
さて、今までのはプロローグです。
ボクの頭の中身は、基本的にレースがメインです。(笑)
今からボクが繰り広げる変態思想についてきて下さい。(爆)
太平洋戦争を機に、アジア諸国は植民地支配からの独立を果たすワケですが、
モータースポーツの視点では、アジア諸国は相変わらずヨーロッパの植民地政策下にあります。
なんやそれ?
思うでしょ?
今、流行のGT3規格、そしてF-ルノー、中国に進出してきたF-アバルト。
これらは皆、ヨーロッパ人特有の植民地的思想のなせる技なのです。
上記のGT3、ルノー、アバルトに共通するのは、
レーシングカー、レースフォーマット丸ごと売りつける手法
なのです。
例えば、GT3規格を読むと、あらゆるパーツが公認化されていて、公認パーツ以外の部品を取り付けてレース出来ない事になっています。
つまり、ポルシェのGT3をドイツから買って、空力パーツに不満というかアイデアが有ったとしても自作したり改造する事は許されていないのです。
壊れたら公認パーツを発注して交換する。それだけです。
F-ルノーやF-アバルトも同様に、性能の均衡化を図る、という名目で、もちろんマシンの独自アップデートは許されていません。
壊れたらパーツを発注して交換する。それだけです。
これって、ナナメ読みすると、
ヨーロッパ人のアジアに対する考え方が汲み取れます。
つまり、「ずっとお客さんでいなさい」
という事です。
難しいレーシングカーの開発や、部品設計はヨーロッパ人がやってあげるから、アジアは景気良いんだし、買えば良いじゃない。部品を交換するダケだから、簡単でしょ?あなたたちにも簡単に走らせられるよ。
設計開発は時間もお金かかるし、大変ですよ。
下手に頭使って日本人みたいに独自開発なんて事は考えないでね。
と、アジアの新興国の人たちが、自分たちでレーシングカーを作ろうとしないように、作る楽しさに気付かないように、仕向けているように思えて仕方ありません。
これに気付いた時、ボクはヨーロッパ人のしたたかさに頭がクラクラしました。
さて、このヨーロッパの「モータースポーツ植民地化」魔の手は、確実に日本にも伸びていて、
日本独自の規格であるハズのスーパーGTのGT300クラスにFIA-GT規格車両が入りはじめていたり、FCJがF-ルノーだったり、ヨーロッパじゃないけどF-ニッポンが実はF-アメリカだったり(スイフト製(米)って事です)するのです。
さらに言えば、来年、ルマンに挑戦するトヨタのルマンカーはドイツ製だし。
このままじゃダメになる。
日本国がダメになるのは仕方が無いけど、日本のモータースポーツがダメになるのは許せない!
(という、日本国がダメになったらモータスポーツどころじゃないだろ、という当然の思考を超越した感情的な思考)
怒りに打ち震えながら毎晩ビールとウィスキーをあおるボクです。
(大して呑めないクセに)
ですが、JMIAの活動方針には希望を抱いております。
ヨーロッパ人のアジア植民地化に対抗するワケじゃありませんが、JMIAもアジア新興国への進出を計画しています。
しかしヨーロッパ人と圧倒的に違う点があります。
それは、
「独自開発、製造の推奨」
です。
例えば、アジアの国にF4やSFJのレースフォーマットを売り込んだとして、初期は日本からの100%輸入になるかもしれませんが、アジアの人が自国の安い賃金を武器にコピー部品を製造して使用したとしても、「それはそれで良いだろ」と構えている点です。
それどころか、
「アジアの国が良い部品を安く作ってくれるなら、日本もそれを輸入して使えばコストダウンでみんなハッピーになれるじゃないか。」
とまで言っております。
その話を聞いて、「せっかく開発した部品をコピーされちゃっても良いんですか?」とビックリしました。
でも、そこには「コピーされちゃった製品よりも高性能な部品を開発すれば良いだろ」という日本人の高潔な思想があるから言えるのです。
きっと、コピー品からスタートして勉強を重ねてキャッチアップしてくるアジア人に負けじと日本が開発努力を積み重ねること、それもまた必要なり。と自らを競争の中に飛び込ませるような思想がJMIAには有ります。
この考え方、今のアジアの人たちに理解してもらえるかは自信がないというか、時間が掛かる気がしますが、同じアジアに住むアジア人として、いつまでもヨーロッパ人の良い様にやりたい放題させておくわけに行きません。
JMIAの末席というか超スーパーペーペーのボクに出来る事はごくわずかですが、少しでも援護射撃できるように準備しておきたいと思います。
目指せ、レースの大東亜共栄圏!
(って拒否反応な人いっぱいいるんだろうなぁ、と恐れつつ書いています)
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Posted at
2011/11/17 01:21:20
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