
今日3月11日は、「パンダ発見の日」なんだそうです。
何でも四川省でフランス人の神父さんが、
白黒の毛皮を見せられたのが3月11日だそうです。
でもね、3月11日と言ったら「東日本大震災」の日ですよね。
あれから13年も経ったのですが、今年は能登の震災もあり
当時の事をキチンと記録しておこうと思います。
私は都内の事務所から車で出かけ、千葉のお客様先で地震に遭いました。
2階の事務所で話をしている時にグラグラと揺れ始め、
ロッカーやコピー機が動くのを手で押さえながら耐え、
バチッという音とともに電気が消え、
揺れが収まったタイミングで、取り敢えず建物の外に出ました。
誰かのカーナビのTVで仙台の方が震源地と知りますが、
友人安否が気になる物の、電話が繋がる事は有りません。
小1時間ほど様子を見ていましたが、その日は送別会が予定されており、
会社へ帰ることにし、国道を走り、高速乗り口を目指します。
その間にも余震が繰り返され、その都度車を停めたのですが、
電柱が倒れるかもしれないと考え、電柱の真横は避けて停め
車間を開け逃げるスペースを確保していました。
高速のインターに向かう途中、携帯にメールが届きます。
アルファロメオ仲間からの物で、電話はダメでもメールが使える事を知り、
仙台の友人に安否確認のメールを打ちました。
高速は通行止めになっており、下道で会社までのルートをフォローしますが、
既に東京方向の道は渋滞で、殆ど動かない状態。
これはもう帰社は不可能と判断し、裏道を使って自宅に帰ることにします。
幸いにして、そのルートは殆ど車の往来もなく、18時頃に帰宅となりました。
部屋はビデオラックが倒壊して、メチャメチヤではありましたが、
TVから流れるショッキングな映像に比べれば、
平常と言っても差し支えないレベルです。
家の電話に大阪の友人から、安否確認の電話が入り、
固定電話は使えるのかと思いましたが、
途中で通話が切れてしまい、その後は繋がらなくなっていました。
家族も無事で割と普通に夕食も食べられたことを考えれば、
私は相当にラッキーであったと思います。
Posted at 2024/03/11 20:27:26 | |
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