●もはや体験させていただく領域●
ランドクルーザーはトヨタが擁するブランドの中で
クラウンやトヨエースよりも長く作り続けられているブランドである。
そのランドクルーザーの中のランドクルーザー
とも呼べる一台が70(ナナマル)である。
1984年にデビューしたランクル70はその後、
派生車種としてプラドを生むなど
トヨタの中でも大きな転換点となった一台である。
デビュー以来、大きく姿を変えることなく国内販売も続けられたが、
ディーゼル車の排ガス規制も対応もあり、2004年に販売中止となる。
そして、2014年にはランドクルーザーブランド60周年と
70発売30周年を記念して異例の期間限定70シリーズ復活
という驚くべき企画を実現させた。
ヘリテージカーというカテゴリーがある。
例えばBMW MINI 現代のFiat500、或いはFJクルーザーのように
過去の優れた作品を現代流に解釈したカテゴリーだが、
今回の70復活はそれとは異なる。
トヨタ自動車車内でもAA型スタンダードセダンを
復活?させたトヨタクラシックは中途半端さが残り、
残念ながらバックヤードビルダー臭が残る。
初代RSクラウンを復活?させたオリジンはプログレをベースとして
かなり気合を感じさせたがものすごい高価格になってしまった。
(トヨタ系列のメーカーの役員用の社用車としてよく使われた)
そしてAE86を現代に復活させたアルテッツァは「コレジャナイ」と不発。
満を持してAE86の復活を目指した86はプロモーションも良さもあり
人気を博すものの個人的には「忙しい方の為のトヨタスポーツまとめ」
のような印象があり、AE86の置き換えが可能かと問われると首を傾げざるを得ない。
ところが、復活したランクル70は当時の本物の基本設計を活かして
復活している点が過去の企画とは違う。
復活したランクル70は2007年にマイナーチェンジされた後の車両となっている。
V8ディーゼルエンジンを積む為にエンジンフードにバルジがつき、、
異形マルチリフレクターヘッドランプやインパネのアップデートなど細かい変更はある。
とはいえ、本格ラダーフレームの上にボディを乗せて荒野を走り回るタフな性能を
スポイルするような変更はされていない。
変速機は5速MTのみでカタログ燃費は6.6m/Lという激しさに
いま、何となくSUVを欲しがるお客さんを置いてけぼりにする漢っぷりだ。
過去の生産中止したモデルの再開発ではなく、
販売を中止したモデルの再発売であるからこそ法規対応さえクリアすれば
復活が容易に行えたことが復活の可能性を高めたのであろう。
(法規も商用車であれば対応はしやすい)
国内向けの仕様が増えてしまうことは生産工場に対しては問題だが、
海外向けのハイオク仕様のエンジンをそのままにしたり、
6月末までの期間限定生産とすることで凌いでいるのだろう。
だから金型が廃却されてしまったAE86の再生産は不可能であり、
仮に部品が全て揃ったとしても、法規上の問題で再販売は不可能なのである。
ランクル70の様な優れた車を再び販売して欲しいと言う願いは、
車好きなら一度くらいは夢見たことがあると思うが、
今回はトヨタの側にもファンの想いを汲み取れる人が居て、
幸運にもそれが可能な条件がそろったレアケースであると見てよい。
製造販売する側の立場で考えれば、世界中のマジョリティはSUVに対して
ひたすらに土臭さを拭い続けた中で、ストイックなタフさに磨きをかけた
土そのものであるランクル70に市場性があるかどうかは疑わしかっただろう。
ラブコールを送るマニア向けに200台/月という少ない企画台数で
12ヶ月のみ販売してトータル2400台販売できれば良い、
多少売れ残ったとしても、世界販売している車種に対する
インパクトは大きくないと考えたのだろう。
2007年マイナーチェンジから7年が経過すれば減価償却済みの製品でもあり、
新規開発した86がコケる事よりも背負うリスクは小さかったはずだ。
ところが、発売した後の公式発表によると
発売後一ヶ月で3600台もの受注を受けたらしい。
月200台ペースだと18か月分の受注数になる。
現在だと、納車は5月末と言われているが、
2015年の6月末には容赦なくシャットダウンされてしまうらしい。
(更なる法規の強化や工場制約で延長できないのだろう)
工場側も残業を増やすなど増産対応などを考えているだろう。
一台でも多く、この車を生産して欲しいと思う。
このような車種であるから試乗車などは存在しないと考えていたが、
とある
「白くて変わった人」から市場車の存在を教えてもらい、トヨタ店へ飛んだ!
待ち受けていたのはランクル70のピックアップ。
いわゆるランクル70らしいボデーではなく、
後部に荷台が取り付けられていた。
海外向けにしか存在しなかった車型だが
まさか日本でこの車を運転できるとは思わなかった。
試乗前に車を眺めるが、とにかくでかくてかっこいい。
普段、小粋なコンパクトカーが好きでその様な車ばかり
選んできたのだが、正反対のランクル70も実にかっこいい。
全長5mを超える大きい車ではあるが、
鍵を受け取った。
キーレスが装備されているが、見るからにデカイ。
なぜこんなにでかいのかは謎だが、タフさは感じる。
乗り込むのだが、Aピラーの2コーナーにあるグリップを掴み
大型ステップに足をかけて、「どっこいしょ」とよじ登る感覚は
伯父のハイラックスを思い出した。
よじ登った先は完全に男の仕事場的な殺伐とした雰囲気が広がる。
細いAピラーの間には長いエンジンフード。見下ろすような感覚。
ボディ色のドアインナー、レバー式のヒーコンパネル、
強固なねじ留めのカップホルダー・・・・・、
およそ現代のSUVでは信じられない光景なのだが、
それこそがランクル70の持つ世界そのものだ。
エンジンをかけると「ぶるるん」とシフトレバーが揺れる。
センタートンネルがバカでかく、こんな大柄な車体であるにも関わらず、
ペダルオフセットは大きい。
シートバックも一番立たせた位置でも寝そべっており、
現代設計の車であれば、不満も出そうな部分であるが
1984年発売の車両にそれを求めるのは酷であろう。
いざ走り始めると、とんでもなく大きな車を操縦しているという感覚に驚く。
4000cc V6エンジンという力強いエンジンではあるが、
ギア比が低く、2220kgもの巨体を引っ張っていることもあり、早めにシフトアップする。
そもそもこのシフトレバーもかなりの重さで筋力を要する。
また、交差点を曲がるときは特に巻き込み事故に注意が必要。
全長が長いピックアップゆえに最小回転半径7.2mという見たことも無い値。
下手っぴな私にとっては、常に真剣勝負な試乗であった。
途中、田んぼの中の一本道を5速で流して走る瞬間があったが、
その瞬間は完全にランクル70の世界に引き込まれてしまった。
たった10分の試乗であったが、営業マンの方から
「●●に行けばバンの試乗車がございます」との情報を得て
夕方の閉店間際のディーラーへ向かった。
すっかり日も落ちていたが、ディーラーではバンの試乗待ち。
駐車場には土臭い方向にカスタマイズされた先代プラドが止まっていた。
試乗の順番待ちをしていたが、すれ違った家族連れからは、
夫がニヤケ顔。子供たちもニコニコしていた。
そしてスマホで試乗車の写真を熱心に撮影する妻・・・・。
恐らく、このご家族にとっては待望の復活だったのだろう。
久しぶりに対面した新車のランクル70バンだが、
全長もWBも短いのでこちらの方がしっくり来る。
車重も100kg軽いことからその乗り味は
ピックアップよりもグッと洗練されていた。
「こちらにバンの試乗車があると伺いまして」と
営業マンにいきさつを説明しながら試乗を開始する。
やはり全長が短いことは運転に対して非常に有利に感じた。
こちらでは比較的ハイペースな走行も試みたが、
エンジンの動力性能は必定十分。
力不足を感じるシチュエーションは無いはずだ。
静粛性よりも駆動力を重視してギア比も低めだが、
ピックアップよりは出足も多少は伸びる。
コーナリング性能は期待すべきではない。
そもそも車高が高くロールする為、少しでも乱暴なコーナリングをすると、
同乗者だけでなく自身も大きく揺れて怖い思いをするだろう。
絶対評価をしてしまえば乗り心地は堅めで騒音が大きく、
運転するのに力が必要で、ピシッと走らない車、というものであった。
というよりも、うまく走らせるために慣れが必要な車とも言えるだろう。
基本設計が30年以上前のもので、フレーム構造かつボールナット式ステアリング、
リジッドアクスルの車両がそもそも現代の良路走行に最適化された車両に
良路において勝るはずがないのである。
私の中ではもはや比較対象が存在しない為、
ただひたすらに「ランドクルーザー70の世界を体験させていただく」状態。
一瞬頭をよぎる「不便だな」という感想は脳内で生成されてすぐ
「そこがランクルの良さだから」とか「カッコいい」という呪文により消滅する。
試乗から帰ると先ほどの家族連れがディーラーを出ようとしていた。
夫は「いやー、もう乗せたもん勝ちですよね?乗っちゃったら欲しくなるもん」
と完全にランクル70の魅力にノックアウトされた模様。
ぜひとも購入いただきたいと、声に出さないでエールを送った。
私の次にも試乗待ちのお客さんが居た。
中年の男性だったが、久々のMTなのだろうか、エンストしたり
シャクらせながらも満面の笑みを浮かべて試乗していた。
ナビやETCは装着可能だが、バックモニターもリアアンダーミラーも無い。
ところが、電動ウインチやデフロックのオプション設定はある、という
まったくもって本格的で日本では乗り手を選ぶ車だが、
どうにもこうにも30年の実績が保証するタフさ、走破性の高さは魅力に映る。
見積もりを取ったが、バンのデフロック着き、
安ナビ、ETC、マット、バイザー、スペアタイヤカバーをつけて
車両価格は389万円、総額412万円なり。
本当に好きな人しか買えない価格ではあるが、
アクセサリーではなく性能に対する対価と考えればまぁ納得できる。
オーストラリアのワゴンディーゼル車は日本円で612万円。
エンジンの仕様差があるといえども国内の価格は
バーゲンプライスといって良いだろう。
営業マン曰く、ランクルは下取りが高いですから
販売価格ほど実際には高い車とはいえません、とのこと。
確かにランクル70は流行を追わないから旧くならないし、
性能に対する絶対的な信頼感はさすがともいえる。
今回の試乗はたった10分で大冒険をしたような気分に浸れた。
できることならお金を払ってでも猿投アドベンチャーフィールドで
ランクル70に乗ってみたいものだ。