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2023年12月15日 イイね!

2003年式ウィッシュ2.0Z感想文 後編

2003年式ウィッシュ2.0Z感想文 後編








<前編はこちら>

●フラッグシップ2.0Z
ほぼ全てがストリームに寄せて作られているウィッシュだが、そのラインナップ中で最も開発者達の憂さ晴らし?的なこだわりが垣間見られるのが、2003年4月にデビューした2.0Zである。

種々の事情で3列シート車を購入しなければならなかったが、スポーティな走りを諦めたくないという人に向けたスポーツグレードで1.8LのX_Sパッケージと比べると、NOx対策とスス対策でリーンバーンをやめた1AZ-FSE型直噴E/Gを積み、専用のクイックな油圧P/Sや小型車枠を超えてワイドトレッド化を果たした4輪独立サス、EVO感(ベース車の改造版的見え方)あふれるオーバーフェンダーを身に纏っている。ほかにも専用オプティトロンメーターや専用キャプテンシート、TRC+VSCなどメカニズム面で専用装備のオンパレードなのが面白い。



ウィッシュが標的とするストリームのスポーツ仕様「iS」比で大胆な差別化が図られている。

これはストリームの息の根を止めるにはストリームの精神的支柱であるスポーツ性で勝たなければならないと考えたからだろう。

標準E/Gとなる1.8Lはストリームの1.7Lより余裕があるが、シャシー性能的には4独サスと準4独サス(FFはイータビーム式)であることやストリームの油圧式P/Sに対してウィッシュがEPSであることなど実用面で困らない。しかし、口うるさい好事家が注目するシャシー領域の仕様で劣る部分があり、それを取り戻すのが2.0Zと言うわけだ。

本当に細かいところではイプサムやウィッシュの1.8L_FFは左右不等長ドライブシャフトだったのに、ウィッシュの2.0Lは左右等長ドライブシャフトを採用しているなど機構面で奢られている面もある。

当時のZグレードと言えばカローラシリーズのようにVVTL-iを搭載した2ZZ-GE型をはじめとするスペシャルE/G仕様であることが条件だった。ノーマルエンジンのエアロ仕様はSグレードが当てられていた。ウィッシュの場合は、E/Gこそ2.0Lにスープアップしているが、Gグレードと同じE/Gである。これはストリームが2.0L仕様にスポーツグレードと標準グレードが設定されていることに倣ったのだろう。
だからストリームに高回転型NAを積んだタイプRが存在していれば、恐らく2ZZ-GEを積んだZエアロツアラーTRDタイプMが追加されていただろう。(見たかったな・・・)



ウィッシュが積む1AZ-FSE型E/Gは2Lながら158ps/6000rpm、19.6kgm/4000rpmという一昔前の3S-GEに匹敵するようなパフォーマンスを発揮する。スポーツエンジンというわけではないのでバルブ挟み角は27.5degとハイメカツインカム並みの小ささをタイミングチェーンにて実現している。インマニと吸気ポートの間に
気流制御弁を設定し片側のポートを絞ることで吸気の流速を上げ、低水温時の霧化促進や低回転高負荷時の燃焼効率・体積効率を上げている。高回転域では吸気ポートを開きタンブル流を促進してより良く燃やすという二面性を持つ。ウィッシュはあくまでもファミリーカーとしての性格を持っているのでハイオク指定の高回転型よりレギュラーが使えるトルク型E/Gの方がマッチングは遙かに良いだろう。

ストリームに寄せきった標準系と比べると2.0Zは迫力あるオーバーフェンダーや大径タイヤ、キャプテンシートなどおっ!と思えるマニアックな仕様設定はストリームびいきの私のとっても魅力があった。



現役時代に街で死ぬほど見かけたウィッシュだったがZだけは見ると目で追ってしまう迫力があった。白黒は当然の頃、青や赤と言ったスポーティなボディカラーもよく似合っていた。ちなみに今回の試乗車はガンメタだが、デザインテーマのメタル・カプセルをよく表したスポーティなカラーである。

ウィッシュはストリームと比べられることが宿命で、パクりだと言われることも宿命であった。だからこそフラッグシップの2.0Zだけは敢えて3ナンバーにし、17インチを履かせ、6人乗りにしたのでは無いだろうか。

●走行性能 市街地
トヨタ初のスマートキーで解錠し乗り込んだ。

ドアハンドルのグリップがつかみやすくドアを閉めやすい。ドアポケットをケータイの置き場所に使う人がいるのでウィッシュの様に下が開いているデザインは嫌われがちだが、一度握ればその使い心地の良さが気に入るはずだ。



試乗車にはディーラーオプションの木目調パネルセットが装着されているので
2.0Zオリジナルのカーボン調パネルよりも豪華に見える。

スマートキー装着車なのに従来通りの鍵がついておりイグニッションキーを差し込んで回すと1AZ-FSE型E/Gが目を覚ます。



4点支持マウントのRHは液封、それ以外に全てD/D(ダイナミックダンパー)が着くというフルコース状態の割にクランキング振動やアイドリング時の振動が大きいことが気になった。D/Dはエンジンノイズ領域、液封はアイドル対策用なのだろうが、こもり音と振動がかなり気になるレベルである。試乗した個体はへたりきっているのかも知れないが、少なからず車体系の共振が起きていないだろうか。



特に2列目シートに乗せて貰ったときに運転席以上に2列目が揺れているのは気になった。振動の腹に軽量なキャプテンシートの組み合わせなのが事態を悪化させている可能性がある。ウィッシュのキャプテンシートが2.0Zにしか装備されない理由は明らかに酷いアイドル振動が関係するかも知れない。(3列目のアイドル振動は良好である)



手元に近いインパネシフトを操作し、足踏み式PKBを解除した。二度踏みで解除出来るPKBは右手でリリースするストリームと比べて使用性で優れる部分だ。

発進時、アクセルをちょんと踏んだ瞬間に回転数が上がらずに駆動力が立ち上がるのでトルクの豊かさを味わえる。CVTと言えば発進機構(クラッチ)に弱点を持つものが多かったが、1997年に日産がATで実績のあるトルクコンバータを発進機構に使った「ハイパーCVT」を開発して以来、トルク容量や信頼性が向上したことで一気に普及期に入った。

ウィッシュが採用する「スーパーCVT」は2001年のオーパから採用が始まったK110型と呼ばれるCVTである。市街地走行では発進後2000rpm近傍で回転上昇が止まり、目的の速度に近づいて加速度が落ちてくると一気に変速して約1300rpm付近で固定される。この回転数で駆動力がしっかり出ているのは違和感が無く好感が持てる。トルクがあるため、低出力車のCVTにありがちな先にE/G回転数を上げてから車速が上がるロジックが不要なのだろう。

それでも交通量の多い道路への合流でタイミングを見て加速するようなシーンでは、応答遅れがある。もう少しレスポンスが良いと気持ちいいが、私の普段のタイミングより早めにアクセルを踏み始めておかないとチャンスを逸してしまう。発進した後は、3000rpm~4000rpmを維持したまま比較的元気な加速を見せる。

一般走行時は1300rpm近傍一定で変速されるが、アクセルを離すとその回転を維持して燃料カットをしながら転がっていく。2005年頃のトヨタ車になると1000rpm近傍で走らせてアクセルオフ時に1300rpmに高めるような制御が入るのだが、ウィッシュの制御の方が人の感覚には近く好感を持った。

コツとしてはアクセルの踏み方を意識して緩やかに踏み込むとCVTが馬脚を現しにくい。速度を上げたい場合、ゆっくり踏み始めて車輪が転がり始めてからアクセル開度を大きく開けてやるとウィッシュの弱点をフォローしてやることが可能だ。ここでパカッと素早く踏み込んでもレスポンスが悪く、加速がモタつくような感覚に陥る。個人的な経験から言えばプラグを新調してイリジウムプラグなどを奢ってやると、幾分かレスポンスがマシになるかも知れない。



一方で後から対策出来ない現象で圧倒的に気になるのはベルトノイズだ。駆動時も「ヒーン」という高い周波数の音が聞こえるが、アクセルオフと共に「ミャーン」という駆動時よりも大きいボリュームのノイズがキャビンまで侵入する。窓を開けて走行すれば歩道側の壁に反射しているので外にも放射されているような大きな騒音である。

車速上昇によるロードノイズや空調、オーディオの音である程度誤魔化せるが、オーディオ音量が小さく空調の作動音が小さく、車速が低いと「壊れてるのでは?」と思うほどの高周波ノイズが聞こえてくる。2001年のオーパで採用されたトヨタ初の「スーパーCVT」なのだが、インターネットで検索したところ、みんカラや価格ドットコムで当時のオーナーがこの現象を既に指摘していた。1980年代から東京モーターショーのショーモデルではCVTの開発を行ってきた痕跡がうかがい知れるが、デビュー作はどうしても未完成な部分があるようだ。

NV現象で書き加えるならば、ハイギアで上り坂で走行する際に耳が圧迫されるようなロックアップこもり音も気になった。E/Gマウントから伝わる振動だけでは無く、ロックアップによってE/Gの微妙なトルク変動が直接伝わってしまっていると思われる。CVTは特に低回転を好むので対策としてトルク変動を吸収するダンパーを追加しているのだが、それでも賄いきれない入力があったのだろうか。

一般的なCVTではロックアップこもり音を嫌がって回転数を上げてトルクを稼ぐのが定石だが、2.0ZはNV性能よりも良好なドラビリを優先したのか1300rpm近傍を維持して走行している。市街地や郊外の一般道を走っている限りはCVT特有の変速してから加速する特性が無く、ミニバンにありがちな鈍臭さもない。乗り心地は若干堅くイプサムと比べると相当悪いが、その分ブレーキがリニアに利くなどウィッシュらしい特徴もある。

ウィッシュのNV性能は低周波も高周波も悪いというちょっと残念な一面がある。高周波ノイズは効果的な吸音材の設定が必要になるのでそれなりの対策費が求められるので車格からいってウィッシュがツラいのは理解できる。ただ、ノウハウの無いCVTとは言え開発中に明らかに分かるはずの突出したノイズなので対策が欲しかった。低周波系は骨格で決まってしまう性能のため、コンピュータを使ったシミュレーションで共振をずらすなど丁寧にやっておかないと後で施しようが無くなる。(重りを乗せるなどの対策手法はあるが限界がある)

こもり音は200Hz以下の耳で聞こえにくい領域で分からない人も居るようだが、もしこもり音が何かを知りたければウィッシュに乗ってみると良い。こもり音が如何なる音かを教えてくれるだろう。

一般的に欧州車は低周波が悪いけど高周波は良いとか、日本車は低周波だけは対策しているとかそういう傾向があるものだが、ウィッシュの場合は高低どちらも目立つというのは残念である。試乗時には同乗者からはフロア振動が大きいと指摘があった。この辺りは大急ぎで開発した事による検証不足が現われている可能性がある。

さらに2.0Z特有の問題として215/50R17というワイドかつ大径タイヤを履いている影響で轍にステアリングを取られやすい。加えて発進時に右にステアリングを取られるような現象も存在する。この辺りはキャラを立たせるための背反であるが、195/65R15を履く他グレードでは現象は小さくなるはずだ。

この様なネガのある幅広大径タイヤを履いているが、最小回転半径は5.4mとストリーム2.0iSより0.1m小さい。車幅もワイドな1745mmだが、視界の良さ(右折時のAピラー死角は大きめ)と、よく切れる前輪のお陰で比較的運転しやすい部類だと感じた。

20年前のモデルながら支援機能が充実しており、バックガイドモニターとブラインドコーナーモニターが装着されており相当効果を実感した。初代イプサムの時は、クリアランスソナーを装備して運転支援していたが時代が進んでいる。全幅が1745mmとワイドなのだが2023年の今となってはカローラと同じような車幅だ。更にドアミラーも四角く見易いので幅寄せが非常に容易なので5ナンバー感覚とは言わないが、実質的に大きく困ることは無い。(絶対的な車幅が物を言うすれ違いは難しいケースがあるが)

ウィッシュは例えば一人で通勤に使っても、ステーションワゴン的な感覚で扱えてミニバンの様な空気を運んでいる勿体なさがない。ストリームが秀でていたのは正にそれで、例えば7人乗りヒンジドアを持ったオデッセイやシャリオ、プレマシーなどはファミリー色が強すぎてパーソナル感が無い事から若年層のシングルやカップルからは選ばれにくかった。ストリームやウィッシュの発明はステーションワゴン派生的な7人乗りとしたことで今まで3列シート車を選ばなかった層を振り向かせる事に成功した。



背の高いステーションワゴンなので2列目に子供を乗せて保育園に送迎しても、ロングホイールベースのおかげで運転席シートバックを脚で蹴られることもなく広々としたキャビンは子供にも好評であった。フロアが低いので子供単独の乗り降りも可能で、ドアさえ保護者が開閉してあげれば何ら問題がない。ただ後席ドアの節度感が不足しており、普通なら止まるような角度で保持してくれない。油断すると大型ドアが開きすぎて隣にドアパンチしてしまうところだった。子供を乗せる前に私は気づいていたので不祥事は起こしていないが、これは買い物など両手が塞がっていたりしたら大変だ。ドアチェックがへたっているか、元々大型ドアに対応しきれていないのかも。



現代の保育園の送迎風景を見ていると、軽スーパーハイトから慌ただしく降りてきたお母さんがスライドドアから子供を降車させ、リモコン操作でドアを閉め、振り返ること無く、閉まるのを見届けず足早に玄関に向かって歩く姿が散見される。スイングドアを持つウィッシュは、それだけで現代のファミリー層には受け入れられないのかもしれない。(我が家も現代のファミリー層なのだが…)

大きすぎず小さすぎないパッケージングは、ウィッシュ(≒ストリーム)ならではのものである。蛇足だが、過去に試乗した1.8Lはもう少し全てがマイルドだったので2.0Zとの差を見ると市街地を走る分には何ら困ることは無い。むしろステアリングがとられるとか、段差で強めのショックが出るとか、発進時に一瞬もたつくなどの癖が無い事が喜ばれるだろう。

●走行性能 高速ツーリング

せっかくなので高速道路を片道200km走るようなツーリングに連れ出した。ETCゲートをくぐり合流路で加速させると3000rpm程度を保ったまま充分以上の加速を見せる。この印象は別日に家族4人+荷物を載せて走らせた時と印象は変わらない。CVT特有のトルクが出ているところに固定して変速比だけで加速していくメリットがここにあると言えるだろう。



100km/h時のE/G回転数は1900rpm付近を差している。初代イプサムは2400rpm付近なのでかなりハイギアードな印象だ。もちろん定常走行から加速すると変速比固定で車速が上がるが、少し踏み込むとCVTらしくE/G回転が上がってから加速する。駆動力自体は余裕があるので155psの余裕を活かして遅い先行車の追い越しなどは痛快である。

初代イプサムで感じたようなロングホイールベースを活かしてゆったりとクルーズしていく感覚はウィッシュにはない。路面の細かい凹凸でサスがバタつくなどちょっとした不快感があるものの、動力性能に余裕がありコーナーもワイドトレッドを活かしてクリアできる。当時は違法だった120km/h巡航でも余裕があり、ちょっとハイパワーな車が持つ余裕を楽しむ事が出来る。追い越しも短い距離で加速できる。蛇足だがウインカーレバー節度感は適切で現代のふにゃっとしたウインカーレバーよりも断トツに秀でている事にも触れておきたい。



変速比が高いことを活かしてE/G回転数が下がる為、E/G本体の音はあまり聞こえてこない。そして空力の良さ(CD値0.30)のおかげなのか風切り音が目立たない。厳密にはAピラーやバイザーから音が出ているのだが、常に音が大小変わるような変動感がなく一定で聞こえているので実力以上に静かに感じる。一方で100km/h近く出ていても、こもり音が止まらず骨格系の共振分散が不十分なのでは無いかと考えられる。当時の試乗記をチェックすると1.8Lも高速時(3000rpm)のこもり音が指摘されており、骨格系の共振がより強く疑われる。ただし、市街地で気になった駆動系の高周波ノイズも他の騒音に紛れて気にならなくなる分だけ、市街地より印象が良い。

前方で車間が詰まっているのを発見、アクセルから足を離した。変速比を維持したまま燃料カットし、準惰性走行するので減速比を得るためにDからMレンジにシフトした。M6レンジに入ってエンブレがかかり始めた。

各車速の回転数から変速比を推定すると、概ねM6=0.6、M5=0.8、M4=1.0、M3=1.2、M2=1.8、M1=2.0だ。ちなみにDレンジの変速比は2.396~0.428である。



ATやMTと違い、Mモードの変速比は最高速や発進などを考えなくて良いのでDレンジと無関係であるところが面白い。例えば、本線料金所などでETCゲートを通過するためにMレンジでシフトダウンした際にM1レンジが65km/h以下から使えるのは個人的に重宝した。ATのLレンジは発進のためにローギアードでなければならず、40~50km/h以下からしか使えないことが多いが、ウィッシュのM1レンジは程よい減速度が得られる変速比にしてあるからだ。

ゲート通過後の全開加速はM1で5500rpmまで引っ張ると自動的にM2にシフトアップされ、M3レンジまでは入ればすぐに100km/hに到達する。ギア段固定式のマニュアルモードではない事は否定的な意見が多い気がするが、現代でもフル加速時だけ疑似変速ロジックを入れて加速フィーリングを高める車種もあるくらいなので個人的には好意的に見ている。(実際はDレンジ全開の方が速い理屈だが)当時の試乗記では「M2で90km/hに到達しないローギアで加速の良さを演出」とちょっと冷たい書き方をされているが、有段ギアでもCVTでもトルク×ギア比で駆動力が出るのだから理屈は一緒だし、昔のMTの様に高速で高回転になる訳でもないのだから、エンブレやワインディング用(M2で放って置けば充分速い)の変速比で合わせ込んで何らおかしくはないのである。





結果、ウィッシュの高速道路の振る舞いは初代イプサムのほんわかしたリラックス感とは異なるものの、余裕のある動力性能とCVTがもたらすハイギア化の恩恵を受けて快適な部類に入る。家族を乗せて旅行に出かけても運転に退屈すること無く目的地へたどり着けるだろう。

●走行性能 ワインディング

初代イプサムで一番苦手なステージは?と聞かれると、そこはワインディングだった。スローなステアリングを駆使してコーナーに進入しても、大きくロールした際の路面にある凹凸でサスが底付いて大きなショックがキャビンに伝わったり、タイヤが明確に曲がりたがらないなどの振る舞いがあった。セダンベースのシャシーで背の高いワゴンボディを支えるのは14インチタイヤには少々荷が重かったようだ。このあたりが1996年当時のセダンライクミニバンの妥協点であったらしい。



ストリームはイプサムを意識しながら、セダンでは無くハッチバックからのアプローチで作られている。そんなストリームのハッチバック顔負けの走りが好評だとみてフラッグシップの2.0Zではホットハッチ的な乗り味が与えられている。確かに着座位置が高めなのはファミリーカー然としているが、シートの適度のホールド感に身体を預けながらステアリングの感触を楽しめる。

2.0Zでは内外装をはじめとして数多くの専用装備があるが、メカニズム面の特徴はワインディングで発揮されているように思う。

ラリージャパンで走るコースを、家族で走ってみたかった。

「andiamo!」「sì papà」なんて会話を息子としたわけでは無いが、市街地走行のようにDレンジのまま、山を登っていく。



登坂制御が働いて2000rpm前後を維持したまま駆動力が強められる。E/G回転だけが先行して急上昇した後アクセルを緩めると急降下するようなCVT特有の悪癖は
ウィッシュでは控えめだが、なるべくジワッとアクセルを踏み増すように心がけた。

対向車が来ると、すれ違うのに徐行が必要な道路幅のワインディングで加減速の繰り返しになるのだが、CVTが変速比を決めかねる様なシーンがあった。ローギアで加速に備えるのかハイギアで巡航するか迷ってしまうようだ。コーナー終わりでアクセルを踏み足して加速させ、コーナー手前で減速のためアクセルオフするがDレンジのままだとE/G回転が1300rpm目がけて落ち込んでしまい、そこからアクセル定常で旋回すると少しリズムが崩れて失速してしまう。そこでMレンジを活用することになる。

山岳路ではM2~M4が丁度良く、ゲート式シフトを駆使してE/G回転を維持しながら走ると良いリズムが維持できる。立ち上がりで深くアクセルを踏み込むと3000rpm位を維持してグッと車速が上がる。Mモードを使って6000rpm近くまで引っ張ることも可能だが1AZ-FSE型は高回転まで回しても苦しそうに回るだけで官能的なサウンドなどは楽しめない。4000rpm程度を上限に走らせるのが個人的にはしっくりときた。



浅いコーナーではステアリングをこぶし一つ分くらい切ってやるだけでスッと鼻先が入っていくのは気持ちが良い。2.0Z専用のステアリングギアレシオは、ロックtoロックが3.1回転で他グレードは3.4回転であるので1割ほどクイックな味付けが与えられている。鈍感な私にでも分かるクイック感はこのクルマが普通の実用車に留まらないことを暗示していた。

4WDと2.0Zのみに与えられた油圧式パワーステアリングはしっとりとしたフィーリングで完成の域にある。普段EPSにうんざりしている私にはそれだけで絶賛してしまいそうになる。遊びが少なくコーナーが待ち遠しくなって来た。



180度ターンするようなコーナーでは手前で減速しつつ荷重をFrタイヤに乗せて操舵開始する。持ち帰ること無く舵角を維持しながら適度なロールを楽しみながら立ち上がりでは鋭く加速させていくと、ウィッシュが7人乗りのファミリーカーであることを忘れそうになる。しつこいようだがこの時期の油圧式パワーステアリングは技術として完成の域に達しており、少し重めの味付けながらガタを感じさせないクイックな操舵感によって早く次のカーブを曲がりたくなるし、ブレーキも剛性感とリニアな制動力は私には満足の行くものだった。



2.0Zは3列シートを持ったステーションワゴンでありながらドライバーの意思に相当忠実に走らせる事が出来る。打倒ストリームの為に敵の美点である走りには力を入れたのだろう。結果的にはトヨタっぽく無いと言うと語弊があるが知る人ぞ知るグレードであると言えるだろう。



ワインディングなら市街地走行で指摘したようなNV性能の悪いところは目立ちにくく、高速道路で感じる落ち着きの無さも気にならない。時々刻々と路面状況が変わるワインディングでは次のコーナーが待ち遠しくてどうでも良くなるのだった。
結果、ラリージャパンが行われた地域を周遊しウィッシュ2.0Zの類い希な走りを味わった。



ミニバンなのだから乗員全員が安楽に移動できる落ち着いた走りを目指すべき、という意見は当時もあった。ウィッシュに対して「そこまでしなくても・・・」という評論も少なくなかったが、実際に自分の手でウィッシュ2.0Zに乗るとこのクルマ(とストリーム)の存在価値に気づかされる。

それは家庭の事情でミニバンを選ばざるを得ないハッチバック・スペシャルティ保有層の受け皿になったであろうと言うことだ。オーナーはウィッシュ2.0ZにセリカSS-Ⅰを感じると言い、私は初代ヴィッツRSを感じた。



私が就職してまだ新人だった頃、同期が初代ヴィッツRSの4速AT車に乗っていた。よくヴィッツRSに乗せて貰っていたし、自分でもよく運転した。初代ヴィッツRSは自分が所有していたベース(Uユーロスポーツエディション)から差別化された内外装や低音が強調されたマフラー、専用シャシーチューニングによって普段使いでも許せる脚の硬さとキビキビした操縦性が美点だが、着座位置が高く、E/Gはトルクフルだけど上まで回しても面白くない感じがいかにもヴィッツRS的なのである。

イプサムの抜けた穴をかっさらったストリームも、ストリームに学んだウィッシュもステーションワゴンの派生車的なキャラクターを持っている。対してイプサムは高速をゆったり走れ、ワインディングは苦手なミニバン的なセッティングになっていた。これこそがイプサムオーナーから見た時には新鮮かつ優れて映ったことだろう。



ウィッシュ2.0ZはミニバンのヴィッツRSである。それはスポーティさがウリだった競合車に勝つための方策の一つだったがワインディングでの楽しさを諦めたくない家族想いの自動車ファンにはこの良さが伝わるはずだ。参考までに当時の雑誌で行われた比較テストの結果を抜粋した。加速性能ではストリームに譲るも、制動距離や実燃費ではストリームに勝っている。



●燃費

カタログ値は1.8Lが14.4km/L、2.0LでありながらGも同値であり直噴化・CVT化の恩恵を受けていると考えられるが、今回試乗した2.0Zは13.2km/Lとなる。確かにGと比べても車幅が大きく空気抵抗で問題になる投影面積が増えている。更に大径タイヤの影響で最低地上高が上がっているので、Frスポイラーはあれども床下に気流も入りやすく、タイヤ違いによる転がり抵抗も大きい。また、E/Gパワーをロスする油圧式パワステを持ち、乗り味もドライバビリティに優れた味付けの結果燃費が良くなる要素が無い。



ただし、メイン機種である1.8Lには新世代1ZZ-FEが搭載されて、変速機も電子制御4速ATが採用されている。ラビニオ式プラネタリーギアやフレックスロックアップを採用し、ストリームを0.2km/L上回るというベンチマークっぷりを見せる。

燃費のファクターとしてはE/G、T/M、転がり抵抗、空気抵抗、車重など様々なファクターが密接に絡み合う。単にストリームと似たようなスペックだから似たような燃費になるという訳でもなさそうだ。

そもそも排気量が1.8Lである時点でストリームより少々不利な素性である。現代の目では酷く旧式に見える4速ATに関してはストリームも同等スペックだが、車重が軽く(-30kg)、空気抵抗に関わるCd値(抗力係数)も0.30とストリームより0.01良い。燃費性能はこうした「チリつも」で決まるので恐らくストリームを目標に燃費アイテムを積み上げたのだろう。



2.0Zの実燃費にも触れておきたい。今回の試乗では高速5割ワインディング3割一般道2割という比率で900km走行し、76.56L給油した。

燃費計は12.5km/Lを示し満タン法の燃費は11.75km/Lであった。燃費計はほぼ正確でカタログ燃費達成率も89%と意外なほど高い。この時期のいわゆるエコカーは10・15モード燃費との乖離が大きい事が既に知られていたが、ウィッシュは意外なほど正直だ。

直噴E/GとCVTの成果もさることながら、カタログ値を彩るために無理をしていないのだろう。レギュラーがガソリンが使えてこの燃費なら航続距離も充分満足できる、オーナーの燃費手帳を見ると14.0km/Lを超えるペースで走れており、乗り方がもっと大人しければカタログ値超えも可能らしい。個人的には動力性能の高さを照らし合わせても、この燃費が出せるなら充分満足だ。

完全に蛇足だが、ウィッシュがたくさん売れていた当時、私はセルフ式ガソリンスタンドでアルバイトしていたのだが、お客さんからカチカチすぐ止まる苦情をよく受けた。

オートストップはノズル先端にガソリンを検知すると停止するがインレットホースの形状が悪くガソリンがすぐに跳ね返ってくるので満タンになるずいぶん前からオートストップしてしまう事が多かった。7~8割の開度で入れてやるとマシになる。

●価格

下記は2.0Z発売当時(2003年4月)の価格表である。



1.8Xを中心として廉価仕様のEパッケージ、スポーティ仕様のSパッケージ、上級の2.0Gとフラッグシップの2.0Zというラインナップである。

当時の月刊自家用車誌に拠れば、1.8Xの場合、本体168.8万+諸費用(税金保険等)30.5万-値引き15万=184.3万円、2.0Zの場合、本体219.8万円+諸費用(税金保険等)35.3万円-値引き15万円=240.1万円と紹介されていた。

1.8Xであればマットとバイザーを付けても200万円で買えるし、2.0Zは社外2DINナビをカー用品店で取付ければ270万円位で充分満足できる仕様になりそうだ。ちなみに2003年1月のデビュー直後は7-8万円引きのワンプライス販売と言っていたようだが、参考資料が出た2004年2月段階の情報ではワンプライス販売は崩壊し、15万円以上が目標、20万円以上で特上クラスとされていた。

2023年の価格相場ではBセグメントHEV車の価格帯であるから少し羨ましくもある。1.8Xに至っては現行の軽自動車に相当する価格帯なのである。貨幣価値は今とほぼ同じなの羨ましい時代である。

ところで、車両そのものだけではなく価格もストリームを意識した設定になっている点に着目したい。

例えば最廉価の1.8X_Eパッケージとストリーム1.7Gは同価格の158.8万円。1.8Lのミニバンとしては破格のプライスである。旧世代の初代イプサムEセレクションは2Lで192万円だったから、割安感は大きい。1L100万円の相場で行けば1.6Lクラスの価格で7人乗りに手が届く計算になる。ただ、ボディカラーが少ないのと、装備的には黒いドアハンドルや2SPラジオレス、デッキボードレスなどからも分かるとおり剥ぎ取り系廉価グレードなのだが、とにかく価格競争力が高い。ストリームと比べればプライバシーガラスとオートエアコンが備わる点で勝っている。

中心的な1.8Xはストリーム1.7Gより1万円安い168.8万円であるが、これも意志を感じる1万円である。装備内容は目立つ装備だけ抜粋すると上級シート生地、D席アームレスト、シートバックポケット、シートアンダートレイ、買い物フック、デッキボード、センターコンソールトレイ、デッキフック、メッキインサイドハンドル、CD+AM/FMチューナー4SP、カラードドアハンドル、ワイヤレスドアロック、カラードドアミラー、空力スパッツなど、ドレスアップ要素はないが実用的な装備が追加されている。ストリーム比だとほとんど装備内容は同じだ。

メイングレードとして最も人気があった1.8X_Sパッケージは189.8万円で、エアロや専用内装が選べる点が若向きなキャラクターとマッチしていた。

排気量が格上のストリーム2.0iLと同価格だったが、排気量の差はあれど、アクセサリーが非常に充実しており、同等の1.7X_Sパッケージよりも10万円高い設定になっていた。

その分ストリーム1.7X_Sパッケージでは装備できない助手席アームレストや15インチアルミホイール、Rrディスクブレーキ、革巻きステアリング+シフトノブ、ディスチャージヘッドランプが装着されており、価格差10万円でもお買い得に見える設定だった。

4ヶ月遅れでデビューした2.0Gは、対応するストリーム2.0iLの1万円安の188.8万円、基本装備はXに準じながら専用メータや15インチアルミホイールがMOPで選べる当りもストリームを忠実にトレースしている。

そして、今回試乗した2.0Zはストリームのフラッグシップの2.0iSの10万円高に設定されている。比較すれば、2インチ大きな17インチホイール、マニュアルモード付きCVT、TRC+VSC、助手席アームレスト、オーバーフェンダー、サッコプレート、キャプテンシートが備わるので購入検討者がちょっと比較すればお買い得であることが一目瞭然であった。



グレード体系も同じで価格もほぼ同じに揃えてあるので消費者である私達にもカタログを見て比較しやすい。比較されれば価格はほぼ同じなのに、差があるところは秀でているし価格差があったとしても、実質的にはお買い得な設定に合わせ込んであるので、これはもうガチ喧嘩である。

普通の消費者ならストリームみたいな7人乗りでありながらパーソナル感も兼ね備えた車が欲しいと思ってもデビュー後2年が経った車種と、トップメーカーのトヨタが開発したストリームの弱点が対策済の新型車ウィッシュを比べれば、余程ホンダのファンだとか家からディーラーが近いとかそういう事情が無い限りは新鮮でTVCMをバンバン流している後者(しかも見た目が醜悪だとか決定的な弱点がない)が選ばれるのは自然な成り行きだと思う。その際に商品性で優れる分、価格設定も新しい分ちょっと高く設定する事が普通だ。

実際に1960年代のマイカー元年付近の大衆車の価格を比較してみよう。空冷E/Gを積んだパブリカ800はスタンダード38.9万円、デラックスが42.9万円。パブリカ対抗のダットサンサニー1000はヒーターがよく利く水冷4気筒E/Gを搭載し、スタンダードが41万円でデラックスは46万円。更に、サニーに対して+100ccの余裕を謳ったカローラ1100の場合は、徹底した高級感の演出を行い、販売のために排気量まで変更した上でスタンダード43.2万円、デラックス49.5万円であった。
(当時の物価はおよそ現在の10倍相当)



こういう事例を目にすると、ぴったり同額とか+1万円とかいう価格設定のウィッシュは綿密な原価計算の元算出された価格ではなく、ストリームを見て決められた価格と言えよう。この様に意志を持った値付けの事例を挙げれば「アルト47万円」に対抗した各社の軽ボンバンの様に特定のグレードのみ価格を揃えてくる/近づけてくる事はあった。

それと同じくらいウィッシュの値段の付け方は恐ろしいほどストリームありきである。(結果的に排気量1.8Lなのに1.7Lのストリームと同等になっている)

この様なメンヘラストーカー的価格設定をされてホンダもさぞかしドン引きしたことだろう。ところが2009年にこの事態が再現されてしまうのである。

ホンダが低価格ハイブリッド(税込み189万円~)のハイブリッド専用車インサイト(2代目)を2009年2月に発売したとき、商品として粗さ(余りにも狭い)が目立つものの市場では好評を博し順調に売り上げを伸ばしていた。その事に腹を立てたトヨタは2009年5月に発売した3代目プリウスでとんでもない価格設定にしたことを覚えているだろうか?

せっかくなので3代目プリウスとインサイトの価格を比較したい。



お分かりいただけただろうか?

低価格ニーズに対しては2代目プリウスの装備を厳選してプリウスEXと改名し189万円ぴったり同額とした。その上で排気量アップした新型プリウスの最廉価をLは205万円としてインサイトと不可解な一致。そしてSは220万円とインサイトの最上級より1万円低いという怖い感じの価格設定を敢行。

1.5L、1.8Lのプリウスが1.3Lのインサイトと同額。結果的にインサイトの勢いは完全に失速して叩きのめされて二度と浮上することはなかった。

閑話休題、横道に逸れすぎたので話題をウィッシュに戻したい。

クルマの値段は最後の最後で理屈無くエイヤと決められている。それでも開発してる人たちは雁字搦めの原価管理の制約の中で工程数を減らせないか?バリエーション減らせないか?目標性能落とせないか?など爪に火を灯す開発をしているんじゃないかと思う。最終的に幾らで売ることになっても原価を徹底的に叩いておかないとウィッシュやプリウスのような芸当は出来なくなるからである。商品としての力量や宣伝と同じくらいウィッシュの価格設定はストリーム検討層の吸引に寄与しただろう。



お買い得な価格設定のクルマは顧客側にも「いい買い物をした」という喜びを与えてくれるなと感じた。近年の新車の価格設定・グレード設定の異常さ(≒最上級しか買わせない)に警鐘を鳴らし続けている当方だが、ウィッシュは痒いところに手が届く往年のトヨタらしい手慣れた仕事ぶりを楽しめた。

●まとめ―6days 6seater

免許取得後に出た新車でありながら、当時は全く気にしていなかったウィッシュを貸して頂き、ファミリーカーとして使用してみた。

確かにカルディナやカローラフィールダーのようなステーションワゴンの感覚で扱えるのに、7人乗車を可能とするキャラクターは確かに便利だった。大多数の人が気にしただろうミニバンの「空気を運ぶ勿体ない感覚」が緩和する事に成功している。

普段はステーションワゴン的に使えるのは当時のファミリー層にジャストフィットするだけでなく、独身者のグループ移動やパーソナルユースに使える幅広さを持っている。特に若向きのデザインテイストを採ったことで、一人で乗ってもおかしくないところが魅力だった。



特に2.0Zはあたかも6人乗りの初代ヴィッツRSの様なキャラクターで、ホットハッチ的な乗り味を再現した。ミニバン的な普段使いよりもワインディングで楽しめるという意外な特技を楽しむ事が出来た。

一方で、あらゆる諸元がストリームと酷似していることや開発期間を考えても(少なくとも途中から)ストリームを徹底的にベンチマークして開発されたことは明白だ。パクっただのパクってないだのという意味では、偽ブランド品の様にストリームを模倣したわけでは無く、某「カレンス」ほどデザインでオリジナルに似せたわけでもない。無辜の消費者達がストリームとウィッシュを間違えて買うことはないはずだ。

しかし、競合のエッセンスをほぼすべて吸収して販売されたのだから、ウィッシュがクリエイティブな作品だったかと言われると明確にノーだと私は判断する。

「ミニバンに見えない3列シート」が欲しいと思っていた消費者にとって、若干荒削りな「6人乗りボブスレー」から生まれたストリームは希望に添う車だった。

ストリームが掘り当てた潜在的なニーズに気づいたトヨタはストリームのエッセンスを残したまま、普及品を作ったに過ぎない。ちょうど、スナックサンドの後から発売されたのに販売数で勝るランチパックのようなものである。消費者の目から見ればどちらもその商品性は一緒だ。後はメーカーのネームバリューや売られている棚が目立つ位置かどうか、値引きシールが貼ってあるか位でどちらかが選ばれるだけだ。



今までストリームしか選べなかったこのジャンルにウィッシュが参入し、たくさん売れたことで楽しいカーライフを過ごした人がたくさん居た事は事実だろう。

今回のオーナーも、若き日に父が購入したウィッシュが忘れられずに2023年に注文していた別の新車をキャンセルしてまで手に入れてしまったほどだ。

この手の大量消費されるファミリーカーというのは、プロダクトそのものが持つ希少性やスペックは弱くとも、オーナーと歩んだ思い出という無形の魅力が所有へとかき立てるのであり、希少価値の高い特別な車を見た時の感動とは違う温かい感情が生じるのである。

我が家でも6日間お借りして6人乗り(6 Days 6 Seater)のウィッシュで生活を共にした結果、イプサムから簡素化するだけでなく進化した面も少なくないことに気づいた。もし、アイドル振動とCVTベルトノイズを許容できるならウィッシュ2.0Zは私の中で意外なほど良い評価をつけてしまいそうだ。それくらい2.0Zはキャラが立っていて長所がハッキリしている。この長所が魅力的に感じる人にとってはウィッシュ2.0Zは「これ以外に無い」と言わしめるだろう。

一方で「ミニバンとは7人全員を平等かつ快適に運ぶものだ」とか「ミニバンはパーソナル感や走りを諦めるべきで自分が運転を楽しみたいなら、他のボディタイプを選べば良い」的な正論かつ白黒ハッキリさせた意見をお持ちの方にはウィッシュ2.0Zはアンマッチである。「ホンダストリームが気の毒だ!トヨタはけしからん」という判官贔屓な方にもウィッシュは向いていない。

実は私自身、ウィッシュがデビュー当時は上記の様な考えを持っていた。元々ワンボックス派生ミニバン育ちだった事に加え、自分用にTE71を所有していたので
ウィッシュのようなどっち付かずの曖昧な車に対する心の広さを持っていなかったのだ。2006年に両親がライトエースノア代替でウィッシュを薦められたときは本気で反対してステップWGNを推した程だ。(この判断は当時の我が家にとっては正解だったが)

それからの20年で自分のライフステージが変わったり、周囲の人たちのカーライフを垣間見たりする。更に小さな疑問やわだかまりを、心の片隅に仮置きして生きていくこと、全てを意固地になって白黒ハッキリさせなくても良いことも学んで歳を重ねてくると、段々境界線が曖昧なウィッシュが魅力的に感じてくる。

最大公約数的に多くの人の願いに応えることだって時には必要なのだ。そうやってボリュームを稼ぐことで局所的に突出したキャラクターを与えることも可能になる。そうすれば、ちょっと「変わった人」の願いを叶えることも出来る。例えば今回試乗したウィッシュ2.0Zのようにである。大多数の願い、メーカーに都合の良いニーズだけをくみ取ってクルマ作りをするのでは無く、表だって現われない隠された願いを上手に叶えてやることは、自動車メーカーにとって大切な社会奉仕であり、ホットハッチ的性格を持った7人乗れるステーションワゴンというウィッシュ2.0Zは(偶然かも知れないが)そのうちの一つだったのだろう。

今後、貴重なネオヒストリックになるであろう初代ウィッシュ2.0Zを納車直後に貸してくださったオーナーのばりけろさんに感謝申し上げる。



最後にストリーム開発総責任者の藤原LPLが「ストリームのすべて」内で語ったストリームの魅力のポイントをここに引用する。


このクルマは今までのミニバンにない3つの新価値の融合を実施したつもりです。

まず先進スタイル、革新的なミニバン空間、そしてスポーティな走りです。




あれっ?ウィッシュのことを言ってるみたい!? ―Fin―
Posted at 2023/12/15 01:02:38 | コメント(2) | トラックバック(0) | 感想文_トヨタ・レクサス | クルマ
2023年12月14日 イイね!

2003年式ウィッシュ2.0Z感想文 前編

2003年式ウィッシュ2.0Z感想文 前編









長所
1.致命的な欠点のないパッケージ
2.他グレードと2.0Zとの差別化
3.笑みがこぼれるクイックな油圧パワステ
4.ドラビリが良いCVTの制御
5.ブレーキの剛性感
6.大願成就のための弛まぬ努力

短所
1.目立ちすぎるCVTベルトノイズ
2.キャプテンシートの恐ろしいアイドル振動
3.ハザードスイッチの使いにくさ
4.Rrドアの節度感がスカスカ
5.内装の質感がプラスチッキー
6.考える事を放棄して商品性をストリーム任せにした事


本日12月15日からウォルト・ディズニー・カンパニー創立100周年を記念した映画が公開される。これまでディズニー作品の主人公たちは強く願う力で道を切り開いてきたが、本作はそんなどの作品の世界より前から存在するファンタジーの世界、どんな“願い”も叶うと言われている王国を舞台にした物語だという。
―その物語の名前は「ウィッシュ」

2003年、あるお父さんは息子と一緒に富士スピードウェイで車中泊をしたい、そんな願いを叶えるためにやって来たクルマがあった。その息子は多感な時期をそのクルマと共に過ごした。2023年、その息子の強い「願い」は成就し、彼の元に一台のスポーティな3列シート車がやってきたのだった。

ウォルト・ディズニー・カンパニー創立100周年を飾る2023年、
―20年ぶりに彼の前に姿を現したそのクルマの名前は「ウィッシュ」。

友人から大切なクルマを6日間お借りして共に暮らした。

●小型セダンライクミニバンの仁義なき戦い

ディズニー創立80年を迎える年、2003年1月。
トヨタは「WISH COME TRUE(多くの人の願いに応えること)」を開発テーマにして7人乗りコンパクト乗用車「ウィッシュ」を発売した。

開発総責任者の吉田チーフエンジニアが三栄書房「ウィッシュのすべて」内で語ったウィッシュの魅力のポイントをここに引用する。



私の解釈だとプレミオ/アリオンをベースに扱いやすい小型車枠のボディサイズと
「いざというときに7人乗れる座席」をスポーティな意匠で包んだ車。普段はステーションワゴンで時々ミニバンになるという利便性を追求した車がウィッシュである。

ウィッシュを語る上で外せないのが当時の苛烈なセダンベースミニバンの主導権争いなので、当時の事情に是非触れておきたい。

元々小型車枠のセダン感覚を持った3列ミニバンといえば、1996年発売のイプサムがあった。トヨタ版オデッセイと言われながらも、5ナンバーサイズとしたことでセダン的な扱いやすさを維持しつつ、ミニバンの価値観が体験できるステーションワゴンだった。オデッセイとの競争のなかで更に上位車種のガイアと2モデルで対抗したが、遂にオデッセイの牙城を切り崩すことは出来なかった。

オデッセイは1999年、キープコンセプトで2代目に移行して市場を引き継いでいたが、トヨタは2001年にボディサイズを拡大し、2.4L_E/Gを搭載したイプサム240シリーズを発売。歴史的に珍しいケースだがトヨタが5ナンバー市場に見切りをつけてホンダの土俵で相撲を取ろうとしたのである。

当のホンダはその1年前の2000年に5ナンバーの「コデッセイ」ことストリームを発売。オデッセイでは取り切れないライトな小型車枠ミニバン需要に応える商品を送り出した。つまり、ライバル関係同士がお互いを羨んで、相手を向いた新商品を開発していたのである。



ストリームは発売後10ヶ月で登録台数10万台を達成し、ホンダとしてはステップWGNを抜く記録を樹立した。センスの良いストリームの「ライオンは寝ている」を使ったCMの効果もあってかモデルライフ69ヶ月では28万5741台を生産(約4141台/月)した。

一方でオデッセイの領域に踏み込んだ2代目イプサムは販売が低迷し、モデルライフ104ヶ月で18万9241台の生産に留まった。(104ヶ月平均で約1820台/月)

このヒットが許せなかったのはトヨタである。イプサム240シリーズは私の目で見ても力作であったが、市場では評価されなかった。そんなトヨタが次に行ったことはストリーム対策だった。

ストリームが売りにしたミニバンに見えないスポーティな感覚と小型車枠の使い勝手を踏襲し、手持ちのコンポーネントをうまく使って手早くトヨタ版ストリームを企画開発することで、商品としては圧倒的勝利をせずとも決して圧倒的敗北を喫さない絶妙なスリップストリームに入ったのだ。

大ヒット商品に限りなく近づけた暁には、今度は圧倒的な販売力・アフターサービス力を以てすれば競合をオーバーテイクできるとトヨタは考えた。

ボディサイズ、室内空間、グレード数、価格などなど・・・数多くの諸元は比較すればするほど類似している。仮にストリームが存在しなったとして、ウィッシュはこの世に生まれていたのだろうか。とにかくライバルに勝ちたい、というトヨタ陣営関係者の「願い」はウィッシュというプロダクトに結実したのだ。

●♪UTADA HIKARU

念には念をということだろうか。TV-CMには宇多田ヒカルの新曲を持ってきた。クルマの車名より先に大きく「♪UTADA HIKARU」という
テロップが映されたTV-CFなんて空前絶後である。(TOP画像参照)



絶対に負けたくないのだから、絶対に負けない商品を作り、絶対に負けないマーケティングを行った。結果、ウィッシュは6年3ヶ月で累計55万台(7333台/月)を売り大成功を収めたのである。特に発売後10ヶ月の平均はウィッシュが13790台/月だったのに対してストリームはたった2998台/月に留まる。

元々ストリームはデビュー後3年で23万台以上の実績があったので単純計算で月販6388台のポテンシャルを持っていたことになる。ところがウィッシュの発売によって少なくとも半分の顧客を奪われた。

確かにトヨタの「願い」は叶ったが、宇多田ヒカルは、ウィッシュVSストリームの結果がはっきりし始めた2004年に発表された曲の中で「誰かの願いが叶うころ、あの子は泣いてるよ」と歌っていたが、あの子とは誰のことなのか。

13790台/月も売れたウィッシュ目線ならばストリームから3000台奪ったところで、残り1万台は自分の実力(含む販売力)で勝ち取ったと主張するだろう。パーソナルユースでもサマになるスポーティなステーションワゴン風3列シート車はこの時代に求められていた潜在的な需要だったと言えそうだ。

ウィッシュは、コアな自動車ファンやメディアから必ずしも賞賛はされなかった(私が調べた限り、硬派なメディアでは酷評する記事が多かった)が、ビジネスでは計画通りの勝利を収めたのである。

事実、ウィッシュは2003年最もヒットした乗用車だった。顧客が求めていた領域に先行するストリームの不満点を解消した上、スペックは同等かそれ以上で価格はほぼ同じで販売店も多い。トヨタという信頼のブランドに安心感を持つ人も居ただろう。

一般的にクルマの開発は企画段階から4年、デザイン決定からは2年はかかるものである。それが90年代終わり頃には20ヶ月くらいになっていたとされているから、恐らくウィッシュは1999年頃には本格的な企画が始まっていただろう。ウィッシュのすべて本によれば2002年1月にデザインが確定したという。

「コデッセイ」の記事が各種自動車メディアで噂されていた時期に企画を始め、ストリームが発売された後に徹底的に研究を重ねて最終デザインを決定し、ストリームの好評な売れ行きを見ながら商品としての仕様を決めていったとしてもおかしくないタイミングなのである。

しかもこの時期、ミニバン主力のイプサムの上級移行が失敗し、更にステップワゴンの上位となるホンダ版エルグランドが開発されていることも既に知られていた時期である。

ホンダはウチが手薄になった小型枠にコデッセイで切り込んでくるらしい…このままでは殺られる…。

トヨタは危機感から来る生存本能によってウィッシュを開発したのだと私は思う。
死ぬ気で作ったからからこそ、ストリームを徹底的に研究しストリームと“並ぶ”商品性をウィッシュに与えたのだ。もしもに世の中にストリームが存在していなければウィッシュは存在しただろうか。単にイプサム3ナンバー化の穴を埋める為に小型ミニバンを作ったとしたら、全長4550mm/全高1590mmだっただろうか。





ほとんどの諸元値がストリームと揃っているか僅かに上回っている事が分かる。きっとウィッシュの開発に携わった全ての人たちがストリームの仕様・諸元値を徹底的に調べ、それを上回る開発をやり遂げたのである。

これがカローラの開発であったなら、ゴルフや307、フォーカスやシビックもベンチマークしてカローラとしての諸元・仕様を決めていただろうが、ウィッシュは恐らくストリームしか見ていない。トラヴィックもリバティもプレマシーもディオンも見ていないと思われる。

こんなクルマはウィッシュ以外に思い浮かばないほど、ここ20年くらいの自動車業界のなかでは特殊な事例である。本来、基本諸元や仕様設定というものは企画部署があらゆる調査レポートや市場動向を基に脳みそフル回転で決めていると考えて間違いないだろう。

ちょっとした寸法の差で売れ行きに影響しかねないものだし、普通は同じ全長、全高にはならないものだ。今でも過酷な販売競争を繰り広げている現行のノアヴォク・セレナ・ステップWGNの諸元を比べれば分かるはずだ。

ウィッシュの場合、企画が進むなかで先行して発売され、市場で好評を博しているストリームがあるのだから、ストリームを研究して、並んでいるか、勝てたかを考えるだけで車が出来上がる。



ストリーム開発チームが諸元を決めるために悩んで決断した経緯をすっ飛ばしてストリームに酷似した数値にしておけば一定の成功が約束された諸元になる。結果として開発時の意志決定が後戻りすることなく早まり、その分開発期間の短縮が大幅に図られたはずだ。

この効果は決して小さくないと私は思う。

●エクステリアデザイン

ウィッシュのデザインはストリームを意識したミニバンに見えないスポーティさを保ちながら、ストリームとは違う見た目になるようにスタイリスト達の腕が振るわれている。だからボディサイズがほぼ同じでも隣に並べて全く一緒に見えないのがその証拠である。



そのデザインテーマは「メタル・カプセル」だという。ウィッシュは実用性や空間容積優先だった従来のミニバンと比べて多人数乗車可能なミニバンであることを意識させないパーソナルなイメージを与えた。「カプセル」から連想するゼリービーンズのような柔らいイメージではなくインゴットのようなカッチリしたメタル感をスポーティな味として表現しているのだ。



開口が小さくアンダープライオリティなグリル開口、縦型風のヘッドライトによって低重心な精悍さを与え、フードからルーフまではワンモーションにすることでストリームとの違いを出している。(ストリームはフードから折ってピラーが出ている)

ヘッドライトはアウトラインだけ見ればストリームそっくりな台形形状をしている。ストリームはマルチリフレクターやターンシグナルを三階建てに積み上げたが、ウィッシュは内部に円筒状のランプが連なった様に見せることでストリームとは全く違った表情に仕上げている点も面白い。



サイドビューは水平基調のベルトラインを引きながらBピラーをボディ同色としつつ、リアドアからRrエンドまでプライバシーガラスでブラックアウトすることでルーフの長さを強調してスポーティに見せた。

(ストリームは911風?スワンボート風のQTRウィンドゥによってクーペ感を演出)

特にDピラーを少しだけ寝かせることでコーダトロンカ的なのストリームとの差別化が図られている。

ウィッシュは初代イプサムのような奇策(斜めピラー)を採らずにスッキリした見た目になっている一方でRrドアガラスと繋がったイメージのQTRガラスが大きいこともあって少しRrが重たく感じる嫌いもある。それを緩和しているのが前述のDピラーの傾斜とストリームより大きめのタイヤ径である。標準グレードでも15インチ、試乗車の2.0Zには17インチという大径タイヤが奢られている。これによりミニバン感を軽減し、見た目の安定感は優位に立っている。

当時の5ナンバークラスの3列シート車はどれも居住性最優先の大きなウィンドゥグラフィックでスライドドア採用者の場合サイドビューに分割線が多く入っておりストリームやウィッシュの「普通車感」はスポーティな魅力になっていた。



リアはシンプルなバックドア面を見せながら両サイドに当時はまだ珍しかったテールとストップランプにLEDを使ったコンビネーションランプが特徴的である。ストリームは縦型コンビランプを上部で繋いだ逆U字テールなどクーペルックだったサイドビューとの辻褄をうまく取っていたが、ウィッシュもLEDによって個性が与えられている。このLEDは豊田合成による新製品で内部に反射鏡を持つので明るく光るのだという。見た目が美しいだけではなく、消費電力が21Wから3.3Wに減ったとインタビューで語られていた。



エクステアリアデザインでストリームとの違いをしっかり打ち出せたことがウィッシュにとって重要であった。諸元が同じで見た目まで似ていたら大陸的模倣品の烙印を押されてしまうところだった。これは「激安コピー」ではなく、「徹底的ベンチマークによって開発された対抗商品」であることが最後の最後の場面では大きな救いになった。

●インテリアデザイン

ウィッシュのインテリアは黒一色のスポーティなイメージでまとめられている。黒一色ではありながら幾何学シボでモダンな印象とクラスター部などの塗装処理によってクールなアクセントが入っているのが特徴だ。(スポーティグレードはカーボン調、その他がチタン調というのは恐ろしいことにストリームと一緒の配色)



インパネシフトによってウォークスルー性能を維持し、センタークラスターは専用のシフトノブ周辺に空調スイッチやハザードスイッチを配しメーターを中心に左右に広がる意匠で包まれ感を演出。ミニバンとして求められるスペックを持ちながら、パーソナル感を手に入れている。

ステアリングはカルディナと共通の3本スポークで奥のコンビネーションメーターは、タコ・速度・燃料の3針式で見易い配列になっている。ちなみにストリームは4本スポークで3眼4針式(水温計がある)だ。

基本的にコストに厳しいクラスゆえ、ハッとするようなソフトな触感やステッチなどは望めないが、新開発のシボやレーザー加工を用いた助手席エアバッグの展開線(展開時に突き破るため肉厚の薄いスリット形状)が見えない面一感のある処理などで質感を保とうとしている。

例えばI/Pアッパーを全面ソフトパッドにしたカローラやプレミオと比べるとハッキリと安っぽい樹脂感丸出しのインパネだが、クラスターの塗装処理によって随分と華やかさを回復しているのは面白い。(ただし、日光の反射によるウインドシールドガラスへの映り込みは最悪レベルだが)



また、トリム類も基本的に硬質プラスチックで覆われており日常使用で傷だらけになってしまうのは気になる。イプサムの時は上面に布張りで華やかでありながら耐傷付き性にも優れていたがウィッシュは布の面積も小さく明らかなコストダウン部位となっている。

イプサムも決して高い質感をアピールする車では無かったが、触感へのこだわりはモケット生地のシートやドアトリムで感じることができた。ウィッシュはこの部分をストリーム相当までグレードダウンしてしまったことは残念だ。

加えて内装色が黒一色というのは少々つまらない部分だ。内装色が選べたりエクセーヌ生地のシートが選べたストリームよりも選択肢が少ないのだが、その辺りはスポーティというキーワードを部品種類削減に対して有効に使ったなという印象だ。

ただ、センターピラーガーニッシュでは現代では決してやらないようなこだわりを見せている。普通のガーニッシュは金型から一発で抜けるように抜き方向に対して抜き角度をつけているが、ウィッシュのガーニッシュはドア開口側に向けて負角になっている。(断面がくの字になっている)



わざわざこんな事をするのはそれはドアを閉めたときに見栄えが良いからだ。下の写真を見て貰えばドアトリムとピラーガーニッシュの間の隙間が見えないことが分かって貰えるはずだ。ドアトリムにも型抜き方向があり、ピラーガーニッシュとの間は大きく開いてしまうのが普通だが、ウィッシュは金型の合わせ位置を工夫してスライド型を追加するなどお金を使ってこの形状を実現している。PLが目に触れやすい位置に来るので、バリが出やすくなるなど量産品質の作り込みは難しくなるのだが、スッキリとした見た目になるのである。



一世代前のプログレですらやっていない高度な見栄え改善技術であり、この時期のトヨタ車はこういうところにこだわってコストをかけていたのだが、世間一般に分かりにくい部位ゆえに今はもうやめてしまった様だ。全面プラスチック感満載だが、魂は細部に宿っているのかも知れない。

他にも細部への拘りがある。下の写真の四角いエリアは当時の車検ステッカーを貼付けるためのスペースでドライバーの視界を邪魔しない場所の黒色セラミックをくり抜いていたのだ。現在は貼付け場所が運転者が自ら車検満了日を確認できるように運転側に貼るように法規が変わってしまったのでこのスペースは使えないのだが、こういう利用者目線の配慮も当時は素晴らしかった。
(いまはあの空間が目立つのでセラミック柄ステッカーがあるらしい)



●積載性・居住性

ラゲージスペースはミニバンとしては小さめなので3列目シートを使用すると、荷室容量は144リッターでミニマムだ。



メーカーが推奨する5名乗車時なら470リッターという広大なラゲージが手に入る。家族旅行や年末年始の帰省の荷物くらいなら余裕で飲み込むだろう。しかもラゲージフックが着いているのでベビーカーも写真の通りしっかり固定できる。
(この後ワインディングへ行ったが固定はバッチリ)



更に2列目と3列目を畳んで自慢の「ビッグキャビンモード」にすると、床面が高い荷室が登場する。ホームセンターで収納用品を買ったり、前輪を外したロードバイクを搭載することが出来る。



さらにX_SパッケージとZは助手席をテーブルモードに倒せばRrデッキからI/Pまで広大なスペースが出現する。IKEAで買った本棚や、カーペット、DIY用の材木などセダンでは諦めざるを得ない荷物を運ぶことが出来る。

元々ステーションワゴン的な意匠にするためにRrバンパー上端が高めに設定してあり、ローディングハイトは650mmと高めである。(ストリームは670mm)そのバックドアは高さ1780mmであり、逆に手が届きやすい高さで止まる。(ストリームは1850mm)

ウィッシュもストリームも3列目はオマケ扱いで普段は畳んで使うのが基本。更に必要に応じて2列目も畳めるように、と言うところまで同じなのだがストリームは畳んだときに高さがバラバラで2列目と3列目の間に段差が残ったり、3列目を畳んだときに小物落ちるような隙間が空いたり端末が浮き上がって目立つような部分に粗さを感じる。ウィッシュは後発らしくこの辺りはしっかり対策されている。

特にウィッシュは3列目シートを5:5分割に改良したことが大きな改良点である。初代オデッセイは一体式ベンチシートで、初代イプサムも一体式だったので、ストリームは一体式を採用するのが当然とも言えた。基本的に畳んで使うシートなので金をかける必要が無いという合理的な理由だったのかも知れない。

ウィッシュの5:5分割シートは2列目ベンチシート使用の場合、片側だけスペースアップして6人乗車できたり、長尺物を積みながら4人乗車が可能になるなど実際の使い勝手が大きく向上する点が大きい。実際、イプサムの不評を受けてガイアでは5:5分割になっていたのでトヨタ目線だと採用はマストだっただろう。

荷室スペースはローディングハイトがステーションワゴンとしては高いが、ハッチバックだと思えば常識的な範囲にある。我が家の様な利用シーンだと必要充分な荷物を積むことが出来る。大多数には丁度良い容量とデザイン性を両立している。

キャビンの居住性は、セダン/ステーションワゴン代替の層に取ってみれば不満の出なさそうな実用的な広さがある。全高がセダン系の1400mm~1500mmよりも高い1590mmなのでヘッドリアランスもあるし、ホイールベースは長いので2列目のレッグスペースも申し分ない。

3列目シートは初代イプサム比で簡素化されており、もっちりした座面厚さは無い。ただ、これは方便のための3列目であり、ストリームと並ぶかほんの少し勝つこと以上の性能は求めていない。

2003年当時の私は「否!7人乗りと書くのであれば、7人の乗員全員に満足いく居住性を提供すべきでウィッシュはけしからん!」とプンスカだったのだが、後に実際に家族を持ち「あと1人だけでも乗せられたら・・・・」というシーンに遭遇する度に考えが柔軟になったのが2023年の私だ。(柔軟になったのか純度が下がったというか劣化したというか・・・)

運転席に座りドラポジを調整したが、チルト機構は備わるがテレスコは未装備でステアリングが遠く低い。シート位置を最下端まで下げても少々気になるのはセダン系のP/F流用の辛いところだろう。



ヒップポイントはイプサムよりも低い600mmであるが、ストリームは560mmである。アルファードの様に競合車を見下ろすようにヒップポイントを設定することで優越感を与えるという思想があるのかは不明だがミニバン的視点を大切にした視点である。この状態でヘッドクリアランスはこぶし2個半。個人的にはステアリングと位置が合わないのでもう少し下まで下げたかった。

とはいえ、小径ステアリングながらメーター被りがほとんど無いのが優秀である。Zグレード以外の3針式のメーターもメーター被りが無い。この辺りは近年の「HUDあるからええやん」的な割り切りとは逆方向で素晴らしい。



2列目は2.0Z専用のキャプテンシートである。現代のミニバンの何でもありのキャプテンシートと比べると寂しい感じもあるが、シートスライドとリクライニング機能の外はアームレストが装備されており機能面は充分だ。若干小振りながら、この手の2列目としては意外なほどまともなキャプテンシートである。

シートスライドが備わるが、最後端に引くとフロアの段差があり余り快適では無い。ただ、シート形状の良さもありヒールヒップ段差が適切なので現代のスーパーハイト軽よりもまともな着座空間である。広さを追い求めてシートをRrモーストまで引くと踵が段差に引っかかってしまう。これを嫌うと、2ndシートにロンスラ機構が着いたミニバンの如くスロープ状の高床フロアになってしまうのでつくづくミニバンのフロアは難しいものだ。



リアモースト位置だと膝前こぶし5個分で頭上は2個分。ヒールヒップ段差が適切で気持ちよく座れる。WISHは基本的に5人乗りメインと思われるが、この室内空間ならステーションワゴンやセダンに乗っていた人からは不満は出ないだろう。

そして3列目は想像通り狭い。荷室のストラップを引いて出現する3列目は平板でホールド性も無いが、とりあえず座ることは出来る。膝前こぶし1個、頭上は0といった限界の着座姿勢である。少し身体を起こせば頭上は空間が出る。近所の駅まで、とかレストランまでとかそういうシーンで充分に活躍するだろうが、飲み会の後、「少し飲み過ぎたかな」状態で友達が駅まで迎えに来てくれたとしたらヤバいなという感じだ。(伝わるだろうか…)

休日にフル7シーターとして友人6人乗せて日帰り200kmドライブ、みたいな使い方が出来るのは大学生までだろう。

このあたりは初代イプサムから企画的に割切られた部分だ。このジャンルに初挑戦した初代イプサムはセダンとミニバンとステーションワゴンの綱引きの中で悩みながら3列とも平等にしない選択をとった。それでもRrシートのクッション性が良かったり、Rrクーラを設定し、アームレストに布を巻くなどの「おもてなし」を織り込んでいた。ウィッシュは更にステーションワゴン色を強めたと感じる。

ストリームの場合、3列目を割切る思想は同じだが、Rrクーラー設定は迷いがあったようで、標準装備では無いがMOPで追加することが出来た。恐らくトヨタは初代イプサムのRrクーラー利用率やストリームのOPT選択率を調査した上で省く判断をしたのだろう。せめてもの罪滅ぼしにインパネから専用の吹出し口を使って冷風を飛ばしている。

試乗したのが真夏では無かったので効果の程は分からないが、当時のミニバンユーザーの一人だった私は実家のライトエースノアと比べて「Rr別体エアコンが無いなんてけしからん!」と思っていた。しかし、3列目を重視しない人達はこれで良かったのだろう。

最後にストリームとのBMC結果を示す。大きくは勝たないが、決して負けない諸元値をじっくり見て欲しい。
較べたし。



<後編へ続く>
Posted at 2023/12/15 00:15:24 | コメント(1) | トラックバック(0) | 感想文_トヨタ・レクサス | クルマ
2023年12月11日 イイね!

2022年式アリアB6感想文

2022年式アリアB6感想文●量産BEVのパイオニアが放つ世界戦略車第二弾
世界で初めてのBEV量産車の栄光を日産がリーフで勝ち取ったのが2010年の事だ。リーフの他に三菱i_MiEVも発売されてにわかにBEV普及の空気感が出た。世界的に原油価格も高くなり、1バレル100$を超えるなど、エネルギー価格の高騰がリーフに対して追い風になると思われていたが、実際は2016年頃までに40ドル/バレル辺りまで落ち込むことでICE(内燃機関)車の息の根は止まらず、電動車はトヨタホンダを中心とするHEVが中心的な役割を果たしていた。



BEV目線だと、2015年のディーゼルゲートでEVに光が射したかに思えた2017年。日産は2代目リーフを発売し、航続距離の延長が行われたものの、ボディ系に投資されずビッグマイナーチェンジレベルの変更しか加えられなかった。

以後の6年ほどで目新しく勢いのあるテスラや中国の国策によって手厚く保護されて急成長し、競争力を持ったBEV群、自らの不正によってEVシフトを余儀なくされた欧州勢のブランド力を使った新型車攻勢にシェアを奪われてしまっていた。

日産はリーフだけでは戦えないと判断し、2019年の東京モーターショーに2台の市販車に繋がるコンセプトカーを出品。日本で普及の可能性が高いBEVコミューター+αの「サクラ」と2020年代のトレンドに沿った上質なSUV「アリア」の2台である。

世界的なトレンドを意識すれば、クロスオーバーSUV事は当然の事である。アリアはBEVが航続距離の問題を解決するためにバッテリ容量を増やすことにしたので、大型の車体とコスト転嫁を考えて更に高価格帯の高級SUVとしているが、世界の競合メーカーを考えても高価格帯のラインナップが充実している。

ボディサイズは下記の通り。



VW ID4とよく似た諸元で「大きい電池積みたい」「側突から電池守りたい」「どうしたって電池のせいでフロアが高くなるからSUVルックでバランス取りたい」という思惑が伝わってくるが、現在の世界中のBEVは、ガソリン車とのバリエーション違いでない場合はこういう諸元に収斂(しゅうれん)してくるのは面白い。

デザインは最近の日産のトレンドの中でも一層モダンでスタイリッシュになった。特に内装はスッキリした横一文字インパネや広々とした左右連続フロアなど見た目に従来の車と異なる価値が分かる様になっている。デザイン重視の弊害もあるが、ショールームアピールは抜群であろう。

着座するとやはり大きなバッテリーを床下に積むBEVらしく高床式である。ペダルポジション付近は寸法が確保され、以降スロープ上に駆け上がり、Rrシート足元付近ではバッテリーの存在を感じずには居られないほどフロアが高い。確かにセンタートンネルがないのでフラットなフロアだが、その売り文句に騙されてはいけない。

この点、各車考え方がバラバラで、初代リーフの時は電池が分厚いことは仕方ないので、一部をへこませつつ絶対的には高床とし、ヒップポイントは通常の2BOXカー相当なのに踵から着座点までの段差が不適切なほど小さかった。

近年の新型車を見ているとBEVシフトを睨んで予めフロアを高くしている車も散見される。ICEもラインナップされているのにBEV優先で最善では無い着座姿勢に統一されるのは残念だ。

さて、アリアのように航続距離も確保したいBEV専用車としてはあくまでも電池優先で線を引きたいところだ。その意味でアリアのクロスオーバーSUVというエクステリアデザインはBEVの弱点をカバーするには向いている。腰高でも「当たり前」だと思って貰えるのは大きい。

写真は日産ギャラリーの写真集から入手した。




アウトランダーと較べるとロッカー正面からフロア正面の段差が小さいことが分かる。乗降性だけなら、足さばきに有利で低い方が良いのだが、着座姿勢の不利さはこの写真からも分かる。後席に座って見ると太腿裏がシート座面から離れて浮き上がるので、大人を乗せた長距離ツーリングだと疲労しやすいだろう。ID4だと、シート座面角度が立っているのでもっと踵から着差点の段差が小さく、だらんと座らせる割に着座姿勢が乱れないのが抜かりない。更にbZ4Xは類似したパッケージングだがシートはアリアのように角度が寝ており太腿裏が浮く。この様にBEVとしての横並びの中に入るがICE含めたあらゆる車との比較をすると決してアリアは全方位で優れた乗用車では無い。

かつてはしご形フレームにボディを架装して成立していた乗用車が、ペリメータフレームなどを採用して低床化に努めてきた。モノコック化、その後のFF化によってこれらの模索は決着がついたようであるが、再びBEVシフトによって自動車の基本的な課題が再登場するというのは、歴史は繰り返すとでも言えば良いのか。駆動用バッテリーの薄型化の為の研究開発は自動車の各機器レイアウトのためには重要である。

走らせると、BEV高級SUVらしく速くて静かな運転体験が可能だ。ハイテク感のある内装から見る景色が加速によってスーッと流れていくのは中々快感である。

操縦性や乗り心地に特筆すべき点は無いがこの加速と静粛性があればディーラーで試乗したお客さんは1ブロック走っただけで「これはすごい、感動した」となるだろう。最近は試乗して買う人も随分減ったそうだが、納車後も所用でお客さんを乗せれば「この車スゴイですね」とお世辞抜きにほめられて鼻高々かも知れない。

商品力は高いと私は思っているが、問題はアリアが「買えない」と言うことである。現在ラインナップされてるのはB6という航続距離が短い方のFFのみである。



挙げ句の果てにB6のFFですら受注停止に追い込まれている。

サプライチェーンの脆弱性は日産に限ったことでは無いが、かつてケイレツを解体してグローバルサプライヤーから大量一括取引をすることでコスト削減を図った手法によって海外のトラブルや外交上の問題などが日本での自動車生産に影響を及ぼすようになっている。

価格はリーフ60kW仕様と近接している。プレミアム感あふれる内外装と天秤にかければ個人的にはアリアを選びたい。

ID4とは価格帯が被っているが、装備が見合う上級を選ぶと648.8万円と高額になる。bZ4Xは最近になって一般向け販売を開始した。こちら大きな駆動用バッテリを積み航続距離も567km(先日追加されたFF_Gグレード)を誇り、は3-4ヶ月で納車可能とされている。しかし550万円スタートという価格はアリアより高く、乗ってみると走り出した瞬間から騒がしく。パッケージングも甘く、更に内装もコストは掛かっていない。つまりバリューフォーマネーでは明らかにアリアの方が良いので競合性がない。普通に買える車だったら国内の販売や利益に対してかなり貢献しそうな車であった。(既に過去形)

●まとめ

日産がリーフの経験を活かして開発したアリアはBEVに求められる要素を備えながら、高級車らしい内外装も与えることでリーフと較べて価格は高いが手を出しやすい商品だった。

しつこいが、BEVで欲しい走りの質感はクリアしているので、日産ファンでこの価格帯の車が買える人なら候補に加えて頂いても良いかなと思える。



BEV故のフロアの高さは競合横並び上許したとしても、自動車として守りたいドラポジや加速時のマナーはもう少し改善を望みたい。問題はそれ以上に受注を停止しており販売拡大が見込めないことだ。発表から3年後の2022年に販売開始した時点で鮮度が落ちている。そこに納期1年以上となると待っているのが馬鹿らしくなる人も居るのでは無いか。
Posted at 2023/12/11 16:11:59 | コメント(5) | クルマレビュー
2023年11月13日 イイね!

2023年式BYD ATTO3感想文

2023年式BYD ATTO3感想文●三度目の元寇
2023年1月、中国最大のBEVメーカーBYDが日本に上陸し、CセグSUV「ATTO3」を発売した。先日、ATTO3に試乗する機会を得た。

BYDは日本では知名度が低いが、テスラに次ぐ2位のBEVメーカーである。1995年に二次電池メーカーとして創業し、携帯電話の純正バッテリーに採用されるなど着実に実績を積んだ。2003年に国有企業を買収する形で自動車製造業に参入し、スズキアルトをルーツに持つ「フライヤー」を販売。2008年にはトヨタカローラのデッドコピーを基にした初のPHEV「F3DM」車を発売している。2010年には日本の金型メーカー・オギハラの館林工場を買収し、2011年には早くも初のBEV車「e6」を発売している。



中国政府の電動車優遇政策の波に乗る形で着実にBEVのノウハウを蓄積した。元々電池メーカーとしてBEVの核心部分に強いので欧米に100年遅れたガソリンエンジン車よりも発展途上のBEVに勝算があると見てハイブリッド技術でエコカーの覇権を握りたい日本勢、ディーゼルで対抗したい欧州を横目にせっせとBEVの技術を磨いていった。国家の優遇政策も後押ししてあっという間に自動車事業に参入した2003年から初のEV車発売(2011年)の時点で売上高は10倍に、昨年の2022年には8.68倍にも成長しているのだ。

気づけば世界50カ国以上に進出し、欧州・南ア・豪州など自動車に厳しい目を持つ国々でも販売されている。この急成長の歴史のなかで自動車そのものの開発力も身に付けていった。

多くの自動車メーカーが、有力な複数サプライヤからコンポーネントの供給を受けて生産をしているのだが、BYDはタイヤとガラス以外は全て手がけていると言われるほどの自前主義を貫いている。つまり、電動アクスル(駆動用BATT・モーター・減速機)、シャシー系部品・ヘッドランプ、空調、半導体などなどを自前で開発しているのだ。「餅は餅屋」ではなく、自分の手の内にする事で開発スピードを上げ、自社製品の進化に繋げてきた。内製部品なら摺り合わせの手間が省け、自社の企画に沿ったコンポーネントを低コストで手に入れられる。このため、世界的な半導体不足の中で自前のパワー半導体を確保して中国国内市場の需要に応えて見せた。

開発力の速さの一例として、金型設計から調整後の完成までの日程が半年でBYDに納入させられるそうだ。通常は一年半かかるとされているので1/3の納期である。

2016年には欧州ブランド社のチーフデザイナーを務めた外国人を招聘し、モノマネありきのカーデザインからの脱却を図ろうとした。既に高度なデザイン意図を実現するために日本の金型技術を手の内にしており、2010年代後半のBYD社はオリジナリティーを急速に身に付けた。

特に祖業でもある電池に関してはブレードバッテリーと呼ばれる独自の駆動用バッテリーを2020年から採用。先行する日米欧はエネルギー密度を重視してニッケル・マンガン・コバルトを用いる三元系を積極的に採用してきた。エネルギー密度は高くとも、熱安定性が低く取り扱いを誤ると発火する危険性がある。BYDは電池に串を突き刺すような動画を作成し、三元系バッテリーがすぐに発火する様子を示している。事実、携帯電話の電池が発火、EVの発火事例が報道されている。このため、三元系を採用するメーカーは電池に余計な負荷がかからない様に丈夫なケースに電池を収め、充分な衝突ストロークを確保して対応している。高性能なバッテリーを最低限積み、しっかり守る、というのがこれまでの常識であった。



BYDのブレードバッテリーはエネルギー密度は劣るものの、発火の危険性がないリン酸鉄リチウムを使っている。発火の危険が無いので過保護なまでにバッテリーを守る必要が無い。その分だけ電池そのものをたくさん積んで航続距離を稼ぐことが出来る。電池の性能を良くするには、ついついエネルギー密度を上げる思考に陥りがちだが、BYDは逆張りとも言える独自技術でブレークスルーがあった。

また、BEVで問題になるのは大きなバッテリー以外に車載充電器、DC-DCコンバータ、配電ユニットなどなどの補機が嵩張ることだ。それらを繋ぐワイヤーハーネスが多くそのレイアウトによってコストや質量・スペースを喰う。ICE(内燃機関)車もエンジンや変速機、排気管、燃料タンクなどたくさんのデバイスを積んでいるが形状的自由度が大きくキャビンを圧迫しないようなノウハウもある。BEVはこの辺りが不十分なため、意外とパッケージング的に苦しい車が少なくない。

ジャパンモビリティショーでアイシン精機が展示していた「Xin1」というのは駆動用モータ・インバータ・ギアボックスを一体化し(ここまでで3in1)、さらにDC-DCコンバータ・車載充電器・電池管理システムなどの補機を一体化させる技術を言う。BYDは自前主義で数多くの部品を内製化しているので摺り合わせが上手に各部品の交通整理を容易に実施できることが功を奏したのだろう。

今回取り上げるATTO3は本国では王朝シリーズという系列の元(Yuan) Plusという車名で売られている。王朝の名前なので、外にも秦とか宋などがある。



そしてATTO3は「元」である。日本人には「元寇」で耳馴染みのある元だ。(てつはう、覚えてるだろうか?)
さすがにBYDも日本人に売るモデル名に「元」はまずいと思ったのだろう。ATTO3という海外名を用意した。

ボディサイズは下記の通り国際的なCセグSUVとして丁度良いボディサイズであり、世界初の量販BEVである日産リーフにも前項以外はよく似た諸元である。



実際に乗ってみると、BEVに求められる個性は充分満たしつつ、平凡なICE車の様なパッケージングを実現しているのは実に非凡な才能である。既存の車メーカー各社がBEVの開発に力を入れているが、BEVにも100年以上の歴史がありながら未だその技術は発展途上であり、技術的なアプローチの差が製品に大きく現われてる面白さがある。

BYDのブレードバッテリーは現時点で大きな独自性がありメリットを活かしてデメリットを最小化したような感がある。その上で中国市場では当たり前のデジタル技術活用も我が国のユーザーの多くには目新しいと感じるだろう。

一方で私はステアリングフィールの違和感や細かい感性的な造り込みに対して、まだ改善の余地があると思う。

BYDが日本市場で受け入れられるかどうかは不透明だ。我が国と中国との間に政治的体制や価値観や安全保障上の立場で対立的関係があることも事実だが、最も大きいのは我が国ではBYDの知名度やイメージの醸成が出来ていないからである。

今のBYDは知名度がない中国の新興メーカーに過ぎず、日本人が憧れを持つ欧州ブランドのBEVよりも不利だと言える。日本市場と欧州ブランドは長い歴史を経て顧客との絆がある。その牙城を崩すのは簡単ではない。期待した販売台数が出なくとも、少数売った中で貴重な技術的な情報を手に入れて改良のネタに出来ればBYDにとってはメリットがあるだろう。10年持ちこたえればもしかするとBYD車が驚異的に改良されて、諸元だけで無く、質的な性能で顧客に選ばれる日が来るのかも知れない。

BYDは全国にディーラー網を構築し、日本市場の特有の仕様にも適合した上で意外と真面目に日本市場でビジネスを展開しようとしている。個人的に侮れないなと思うのはBYDのこう言う真面目なところである。

インターネット専売とか他業種コラボとかやろう思えばそういう目新しい売り方はいくらでもある。それでもキチンとディーラーシップを構築しようとするのはそれだけ日本市場に根を下ろしたいという強い意志を感じる。

BYDは電池に関して真面目に下積み期間とも言える実績を積みつつ、自動車事業は買収で一気に参入。他社の2倍以上と言われる開発スピードで急成長を仕掛けつつ中でも部品を内製してノウハウは蓄積する。勢いだけで車を乱造しているように見せて日本の金型メーカー買収、海外デザイナーやエンジニアの招聘など準備は怠らない。そして唐突とも言えるICE車終売をしながら電池技術でブレークスルーを見せる。そうして日本に参入した1号車は突出した性能が無いもののICEから乗り換えても大きな違和感を感じさせずに、BEVらしい魅力も一応は兼ね備え、総合的にバランスが取れている。真面目さと大胆さを兼ね備えている性格は我が国の自動車メーカーにとっては中長期的には脅威になるだろう。

過去二度の元寇は神風が吹いて助かったが、三度目の神風があるとは限らない。
Posted at 2023/11/13 23:55:00 | コメント(1) | クルマレビュー
2023年10月28日 イイね!

1975年式フォルクスワーゲン1200L ミニ感想文

1975年式フォルクスワーゲン1200L ミニ感想文●1930年代の技術が21世紀まで通用する凄み

世界に名だたる自動車エンジニアであるフェルディナント・ポルシェ博士(1875-1951)の数ある傑作の一つで西ドイツだけでなく世界中のモータリゼーションに貢献した大衆車「フォルクスワーゲン」に短時間ながら試乗する機会に恵まれた。

フェルディナント・ポルシェ博士は数々の自動車メーカーを転々としながら小型大衆車の必要性を説いてきた。



独立した後も、大衆車の依頼に基づいて試作を続けてきたが、マスプロダクションに繋がらずにいたところ、時の権力者による民衆に夢を与える政策の一つとして大衆車の開発の協力を取付けることに成功した。

権力者が提示した開発条件は下記の通り。

頑丈で長期間大きな修繕を必要とせず、維持費が低廉であること
標準的な家族である大人2人と子供3人が乗車可能なこと
(すなわち、成人であれば4人乗車可能な仕様である)
アウトバーンにおける連続巡航速度100 km/h以上
7 Lの燃料で100 kmの走行が可能である
(=1 Lあたりの燃費が14.3 km以上である)こと
空冷エンジンの採用
流線型ボディの採用

「この条件を満たしながら、1,000マルク以下で販売できる自動車を作ること」

であった。大変厳しい内容ではあったが、ポルシェ博士はそれまでに開発済の要素技術や日の目を見なかった大衆車プロジェクトで築いた財産を最大限に活用して開発されている。

1934年の契約から1935年の最初の試作車の完成を経て量産体制を整えていた1939年、第二次世界大戦が勃発して大衆車量産の夢はまたしても頓挫した。

―敗戦後、フランスにて独裁者に協力した罪で収監され、健康を害したポルシェ博士は1947年に釈放されて西ドイツに帰国した。ポルシェ博士は西ドイツの街中を走るフォルクスワーゲン達にさぞかし胸がいっぱいになったことだろう。

そして本国では1978年まで生産が続けられ、海外生産分ではは2003年までメキシコで生産された。フルモデルチェンジ無しで作り続けられた自動車としては今も燦然と輝く2152万9464台という記録を持っている。

改良を続けながらとは言え、1930年代の技術から生まれた乗用車が21世紀まで生き延びたことだけでもポルシェ博士の偉大さが伝わってくる。ポルシェ博士は独創的な技術を0から生み出すと言うより、既存の技術をうまく組み合わせて商品にする事が上手だったと伝えられている。フォルクスワーゲンもまさにその成果であり、当時の技術の中から使える者を上手に選択して普遍的な価値を持った大衆車にまとめ上げた。

●まとめ
試乗させていただいて、やはり1930年代に企画・開発された乗用車がこれほどまで普通に扱える事実に驚いた。最初の試作車が出来た1935年は2023年の88年前である。紆余曲折を経て量産された1945年は78年前、そして試乗車が生産された1975年ですら48年前なのであるが、これは本当に凄いことではないだろうか。

1930年代という自動車が富裕層の玩具から大衆の道具へ移行する重要な役割を果たした時代から不幸な戦争を経て、戦後復興の外貨を稼ぐ産業となり、開発途上国のモータリゼーションにも寄与し、1960年代以降は北米市場で優れたマーケティングによって小型車の可能性を拡げ、最後はファッションアイテムとしても認められていった。長い時代を経て受け取られ方や存在意義が変わるのはまるで長く歌い継がれる名曲のようでもある。

私は小学生の頃にフェルディナント・ポルシェ博士の伝記を読み、勝手に尊敬していたのだが、その伝記の主人公の最高傑作の一つと言って良いこの小さな大衆車に乗ることが出来たと言うことは本当に幸運だった。オーナーに感謝申し上げたい。
Posted at 2023/10/29 00:30:34 | コメント(2) | クルマレビュー

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「梅雨だけど晴れてたんで乗ってしまいました。速くなくてもこのクルマは私にとってのスポーツカー。」
何シテル?   06/19 22:52
ノイマイヤーと申します。 車に乗せると機嫌が良いと言われる赤ちゃんでした。 親と買い物に行く度にゲーセンでSEGAのアウトランをやらせろと駄々をこねる幼...
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