
日産の10年振りの新型車キックス。日産はBセグSUVのパイオニアとしてジュークを擁していたが、せっかくの金の卵をろくに改良せず放置。欧州向けはFMCしたが、日本には導入せず、新興国向けのキックスをタイから輸入する判断をした。
キックスの完成度がどうであれ今の日産にとっては日本市場の売れ筋ど真ん中であるBセグSUVに新鮮な商品を得たことは大きな意味がある。軽自動車頼みの販売で疲弊しつつある現状を変えうる存在だからだ。調べてみると日産は2017年のリーフ以来、普通車のFMCを行っていない。報道によると新ブランド車は実に10年ぶりだったらしい。
キックスはスライドドアに固執しないファミリー層なら十分実用的な内容であり安心できた。アクティブシニアのセダン、エンプティネスター層のミニバンからの乗り換え、若年層のノートやマーチからの乗り換え、或いは軽自動車からの上級移行にも適したオールマイティなキャラクターは本当に販売現場から求められてきた車だっただろう。
先代とも言える初代ジュークは他に類を見ないスタイリングを武器にする反面、後席やラゲージの小ささはオールマイティさに欠けてしまう。新興国向けと言われると、何やらネガティブな印象を抱く人が居るかもしれないが、新興国向けゆえに実用的で奇を衒う車になりにくい点は今の日産に求められ性格だと思う。
エクステリアも新興国特有の短い全長で無理をしたスタイリングではなく、オトナっぽさと日産らしさが上手にまとめられているし、内装もクラスの王者ヴェゼルをよく研究したインパネオーナメントに見所を与えた点もまあまあ及第点だろう。
前席は十分なスペースがあり、後席も決して感動する広さではないがアップライトに座る恩恵でレッグスペースは必要十分でヘッドクリアランスも採れている。特にドアとリムの幅が軽自動車並みに薄く、腕置きとしては優秀とは言えないがその分室内幅が取れていて広さを一層感じる。
ラゲージも十分あり、変なサブトランクなどのギミックに走らずに実用的なフラットな床の確保が出来ており、これならベビーカーを積んでボストンバッグ数個を積み込んでも問題無さそうだ。SUVと名乗りながら素性は好ましい実用車だと感じられた。
グレード構成は標準のX(税抜き251万円)と内装が強化されるXツートーンインテリアエディション(税抜き261万円)の二種類。
Xでも17インチアルミ(切削塗装)、LEDヘッドライト、LEDフォグライト、本革ステアリング、EPB、オートエアコン、シルバールーフレールに加え、プロパイロット、カーテンエアバッグ、ニーエアバッグなどが備わっているので装備は充実しているし、変にグレードマネジメントした痕跡も無く十分な内容だが、価格設定はなかなか強気だと感じる。
Xツートーンインテリアエディションは、XではMOPの前席シートヒーター+ステアリングヒーター、寒冷地仕様が標準で備わり、内装はオレンジタンカラーに合皮シートとなる。MOP価格が税抜き5万円のため、残り5万円が内装代だ。シートに関しては標準のXも合皮とクロスのコンビシートであり、下手するとシート原価はXの方が高いかも知れず、5万円は殆どがオレンジタンという色そのものに支払うコストである。
輸入車のキックスはMOPの選択肢が非常に小さく、上記MOP以外にはアラウンドビューモニターと電子インナーミラーがセットで税抜き6.3万円で選べるのみである。このアラウンドビューモニターは、カメラで写した映像を処理して車両上空から見ているような感覚で周辺の確認が出来る利便性の高い装備だが、なんと電子インナーミラーに画像が映される。車両感覚を補いたいから画像を見るのにその画像がルームミラーのように小さな画面に写されるというのに驚いた。(普通、ディスプレイに表示される)
キックスは6スピーカーのオーディオレスのため、用品でカーナビを選ぶ事になる。ナビは標準7インチ(税込み13.2万円)と上級9インチ(税込み24.9万円)が選べるのだが、驚くべき事にアラウンドビューモニターに対応しているのは上級のみなのだ。つまり、アラウンドビューモニターを他車並に活用する為には、6.3万円+24.9万円が必要なのだ。標準ナビだと7インチの液晶画面があるのにルームミラーの小さな画面で周辺の障害物を確認しなければならなくなる。これは明らかに9インチナビへの誘導を目的とした悪意を感じる。
しかも、カタログには「売れ筋」と書かれているが、発売間もないキックスのカタログに売れ筋と書いてしまうのはいかがなものか。(いつまでも新発売のケンちゃんラーメンと大差ないモラルなのだろう)
私だったらXにMOP(前席シートヒーター+ステアリングヒーター、寒冷地仕様)を選択し標準ナビ(税込み13.2万円)にバックモニター(税込み4.4万円)で我慢するだろう。
キックスは標準状態でも競合のヴェゼルやC-HRの最上級に匹敵するような価格帯となっているのだが、自分がもしこの車を買うとしたら内装のクオリティに対して注文をつけたくなる。
例えばI/Pアッパーは硬質樹脂なのは競合ともに同じだが、塗装していないのかテカテカとグロス値が大きい。合皮のオーナメントとのメリハリが付き過ぎている。
また、リアドアの固定ガラス付近は、ドアトリムが水平なベルトラインでトリムが終わっており、鉄板が剥き出しで部分的に「セミトリム状態」になっている。さすがに忍びないと思ったのか、ドアサッシュに貼るのと同じ黒テープで目隠ししているがあまりにも目立つ。
これは、固定ガラス付近の三角面がドアトリムの金型のサイズを決定する部位になっており、ここをトリムで覆うと金型代がかかるとか、成型機のトン数が上がるとかそういうショボい理由が浮かんでくる。
おまけに天井の素材が新車なのに何故か毛羽立っていたのも割高なプライスのモデルとしては興ざめしてしまう。
実用性もまずまずで意欲作である事は間違いない。日産車に乗る常連さんの買い替え用と言うポジショニングならこれでも充分かも知れないが、王者ヴェゼルの完成度には及んでおらず、競合して勝てる内容には感じられなかった。
最初から廉価版を出さずe-Powerに絞ったラインナップで高級感を出そうと考えたのかもしれないが、このままではスカイD専用で高価格となって顧客の選択の幅を狭めたマツダCX-3のようになってしまう恐れも十分にある。拡販のために後から220万円くらいで1.2スーパーチャージャー(ノート流用)仕様を準備するのはどうだろうか。1.2NAだと確実にパワー不足を指摘されるだろう。
現状では立派な価格と質感・商品力のバランスの悪さで★2つ。もし、廉価ナビでもアラウンドビューモニターが使えるように改良され、廉価(ズバリ税込み210万円)な1.2Lのスーパーチャージャーが追加されれば★3つ。本来、税込み190万円のエントリーグレードが欲しい。どうか放置せず新モデルを育てて欲しい。