●染みついたイメージからの脱却
ファンクロスは2022年にデビューしたタントベースのSUVルック仕様だ。実は今のタントは販売競争の中では
N-BOXやスペーシアの後塵を拝している。それは、現行型でオラついた意匠から脱却しようと試みた結果、N-BOXみたいじゃなくなってしまい、見事なコバンザメ作戦のスペーシアにも競り負けてしまって「二位じゃダメなんですか?」どころか三位に甘んじているのだ。
タントのユーザー層をグラフにしても「祝 子育て満開」だけではお客様のニーズが取り切れない時代になったのである。個人的にはタントの不振は「育児用品色」が強くなったことで、シングル・カップル層やダウンサイザー層が手を出しにくくなってしまった事も一因ではないかと考えている。
ダイハツは百も承知でタントの乗降性の良さを要介護1・2の高齢者ユーザーに向けて訴求し始めた。乗降しやすいステップやグリップを開発し、オプションとして設定するなどして生活の道具としての側面を追求しているのが特徴である。今後高齢化社会は加速し、本格的な介護に行かないまでも足腰の悪い高齢者を乗せる機会が増えることを見越した商品展開をしている。
ただ、タント自体は特にカスタムを中心に迫力不足と思われてしまい、マイナーチェンジでカスタムのフード、ヘッドライト、バンパーを新設する大がかりな改良を施した。(内装トリムもキルティング風パターンが不評だったのか金型新設?して修正している)
ヘルメットをモチーフにしたツルンとした標準系のテック感のある顔つきは決して悪くないのに「N-BOXみたいじゃないから」という理由で市場から受け入れられていないのが残念だった。
2022年にテコ入れのために投入されたファンクロスはカスタム用のフードやヘッドライトを拝借し、ルーフレールを始め、専用のホイールやSUVチックなモール、ツートン塗色を与えた。更に防水内装やタフトのシート生地を拝借し、インパネにオレンジ色を挿してスペーシアギアやekクロスを手本にした、・・・いや、かつてのウェイクのようなキャラクターを手に入れることになった。
これなら、育児用品にも介護用品にも見えない。(実用一直線のフリートではなく、粗利の取れる一般ユーザーに売りたい)
スライドドアで悪路走ったらボディが歪む!なんて指摘もあるが、あくまで雰囲気を楽しむモデルだからターボや4WD以外にも価格の安いFF自然吸気モデルもある。
今回試乗したのはFFのNA(172.2万円)。両側電動スライドドアやEPBが標準で備わっている。一人、ないし家族を乗せて走ったが、スライドドアを開ければ充分乗降できて、わざわざミラクルオープンドアを活用するようなシーンは余り見られなかった。ここまでは2代目タントと変わりない。そもそも、センターピラーがなくても、同時に自分の手でFrドアを開けなければ大開口のメリットがないなんて七面倒くさい。そのために世界初?センサーで側面のクリアランスを図りながらヒットせずに開く自動ドアを搭載するのも何だか馬鹿らしい。
どうせならもっとシンプルに日産クルーに学んで助手席側のセンターピラーを前出しした方が素直じゃないだろうか。助手席の乗降性が少し犠牲になるが、衝突安全だけならボディ構造で克服できる。或いはスライドドア側に骨格構造を残して助手席ドアをもっと簡素化できないだろうか。どうしてもセンターピラーレスでなければいけないのだろうか。(もしかすると、今のスライドドアの開口を保ったままセンターピラーを前出しすると乗降できないレベルまで前に動かさないといけない可能性もある)
結局
ポルテ方式(助手席スライドドア一枚化)に行き着くが、あれは助手席が本当に気の毒なので避けたい。
●まとめ
軽スーパーハイトのパイオニアであるタントは20年以上の歴史の中で子育てツールとしての立ち位置を確立して一時期は競合の挑戦をはねのけてきた。
デビューから5年が経過しようとしている現行タントはALL NEWのコンポーネント群により基礎的な性能を鍛えてきた感は確かにある。
ただし、絶対的な実力はよくできた昔の軽自動車より悪い箇所も残る。例えば着座姿勢の気持ちよさ、ドライバビリティ、ブレーキ性能などである。
私が「発泡酒を目指したビール」と称している登録車群と比べればタントは肩を並べるレベルだろうが、実際に妻子を乗せて運転しても、私にとっては歪(イビツ)なバランスに映ってしまった。これでは少なくとも運転体験の差でN-BOXには勝てない。
また、参考試乗した前期型カスタムRSでは後席座面前端を持ち上げて大腿部のサポートを強化することで座り心地改善を図るなど好ましい挑戦も見受けられたが、マイナーチェンジ後には座面をフラットに改悪した。
競合とのmm単位の競争の末、せっかく呪縛から逃れたのかと思いきや、エクステリアデザインが市場から評価されず(恐らく)想定外のフェイスリフトに追い込まれた。投資を回収するかのようにしれっと前述の後席シートのリンク機構が廃止された。更に二番煎じと言われようがSUVライクなバリエーションを持つに至ったタントファンクロスは市場創出のパイオニアとしてはあまりにも辛い現状であると実感した。
タントは初代から子育て層のセカンドカー需要を狙って「子育てツール」を訴求してきた。初代の背高パッケージ、2代目でピラーレス構造のスライドドア、そして3代目で両側スライドドアなど己の世界観を磨いてきたのだ。
諸般の事情でまだ世に出ないムーヴがスライドドアを纏うと噂されているのはタントの「子育てツール」イメージの底堅さをダイハツも自覚しているかも知れない。今後の高齢者に向けたアプローチとアウトドア指向によるイメージの刷新が図れるか?が20年後にタントのブランドが生き残れるかを決定する。
本来は子育て人口が多く、健全な出生率を維持している国なら今のタントのイメージを守り続けていても長きに亘って新しい顧客を取り込み続けて新陳代謝が進んだかも知れないが、さすがにダイハツだけの責任でもあるまい。
モデルライフ後半に差し掛かり、新しいタントの準備が進められているはずだ。「ライフパートナー」としてもっと人に優しいスーパーハイトになるためには、自動運転技術を磨くとか電動化も大事だが基礎的な動力性能の底上げも必要だ。
或いはお年寄りや子供を乗せたときの身体の揺れが少なくなるような動力の与え方や酷暑化する環境に対応した車内空調や豪雨への対処などスペックではなく人を中心に性能開発やり切って新しいタント像を見せて欲しい。もっと全高を上げれば良い訳ではないことはウェイクで既に分かっているはずだ。
ここ1ヶ月ほどで
初代・
2代目・4代目ファンクロス(と前期カスタムRS)に乗ってみて「挑戦」と「挫折」「切迫」「迎合」などキーワードが思い浮かんだが、次期モデルでは創造性を発揮してくれることに期待したい。
