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2025年08月12日 イイね!

トヨタ博物館企画展「クラウン70周年記念展」前編

トヨタ博物館企画展「クラウン70周年記念展」前編~公式紹介文~
「クラウン」に対してどのようなイメージがあるでしょうか?クラウンの原点には豊田喜一郎の「大衆乗用車をつくり、日本の暮らしを豊かにしたい」という想いがありました。 誕生から今年で70年。 国産最長寿の乗用車として16代にわたり続いています。

今回の企画展では1955年の販売開始から現在までを創業期・成熟期・変革期に分け、全16代の車両でご紹介いたします。
これまで決して平坦な道のりではありませんでした。なぜ70年生き続けているのか・・・時代によって変わっていく「日本の暮らし」に合わせて「クラウンらしさ」を追い求め、「継承」と「革新」を繰り返したクラウンの開発の歴史を知っていただければと思います。


クラウンという車名を聞いて「日本を代表するトヨタの高級車」と答える人は少なくないと思います。

同級生のご実家でクラウンを歴代愛用している家もありました。父が独立するまで働いていた写植屋の社長もクラウンに乗っていました。或いは、私の母の実家でも一時期クラウンに乗っていたらしいです。

輸入車が今より遙かに高級品だったころ、クラウン(やセドリック・グロリア)が実質的なハイエンドでした。あくまで日本人のために作られた純和風の高級乗用車として揺るぎない信頼を勝ち取り、ユーザーとの間の絆を深めてきたわけです。

この企画展ではクラウンの70年の歴史を実車を通じて振り返るというものです。
企画展で定義されたゾーニングに従いつつ、企画展で撮影した写真を紹介します。車両に対する詳しい紹介は他に譲り、見学メモ程度に軽くメモを残すつもりが時々たくさん書いてしまいましたので前編後編で二分割しました。
時々みん友さんのブログへのリンクも貼っておきます。

創業期(初代~4代目)
初 代 トヨペット クラウン RS-L型(1958年)
展示車は非常にレアな対米輸出仕様RS-L型です。トヨペットクラウンRS型は1955年に発売され、当初は販売が伸び悩んだものの、月産1000台のラインに乗り順調に実績を津に積み重ねていた1957年、2台のクラウンがサンプル輸出され、販売店へのデモンストレーションと試験走行を行いました。



現地のフリーウェイではE/G音が騒がしくなり、出力が低下するなど市場適合性が乏しかったにも関わらず、朝日新聞社によるロンドン-東京5万kmドライブの成功も後押ししてクラウンに対する過信と勢いでアメリカ進出を果たしています。

米国トヨタ自販が設立され、アメリカのヘッドライトの照度に適合するために
GE製シールドビームを現地で組み付けるため、ヘッドライト無しの状態で生産し、アメリカへ輸出していました。



国内での評判はさておき、アメリカ市場では惨敗を喫して撤退しました。情報網が限られていた当時ゆえ。日本市場のお客さんのニーズが掴めていたトヨタも海外市場のニーズや必要な要件に関しての知見は無かったようです。仕向地の要件を無視してエイヤで世に問うてしまう向こう見ずな姿勢はちょっと現代に通じていますね。展示車は開館当初には3Fで飾られていた個体であると朧気ながら記憶しています。

初代クラウンは、エポックメイキングなクルマですから映画に出たり、販売会社が保存していたり大切に残されています。

2代目 トヨペット クラウン RS41型(1963年)
初代に続き中村主査が開発を指揮した2代目クラウンは初代の7年後の1962年に発売されました。フラットデッキスタイルやX型フレーム、Rrコイル式サスペンション(デラックス)など意欲的な機構が採用され、モデルライフ途中で6気筒E/Gも選べるようになりました。



ラジエーターグリルは車幅一杯に拡がり、半円形状を追加してT字っぽく見せたラジエーターグリルは初代ヴィッツやファンカーゴを連想させますが、繊細な表情を持ったグリルパターンは高級車らしい風格を感じさせ、流石クラウンだと感心します。サイドビューのナイフでそぎ落としたようなフェンダーのキャラクターラインも実に魅力的です。

機構面でははしご形フレームはX字型フレームに改められ、低いスマートなエクステリアと居住性を実現しています。タイヤサイズが先代の15インチから13インチにダウン(!)しスマートなプロポーション作りに一役買っています。

さらにクラッチの押しつけには現代の標準となった皿ばね(ダイヤフラム)を使って、クラッチの切れを良くしただけで無く、断続時のペダル踏力を減らした点もMTが多かった当時なりのイージードライブヘの配慮が見られます。

「エレガントな高級車クラウン」のキャラクターは2代目で完成したような印象があります。

3代目 トヨペット クラウン ハードトップ MS51型(1968年)
1967年にデビューした3代目クラウンは高速道路網の発達に合わせて道路網が発達した北米の安全法規を先取り採用し、ボールナット式ステアリングやペリメーターフレームを採用してシャシー性能を向上させました。ペリメーターとは「外周」という意味の英語で、文字通り車体の周囲を枠で囲ったようなフレームワークになっています。X字型フレームよりもフロアを下げることができるというメリットがありました。

更に静粛性に対しては当時、ロールスロイスより静かだと豪語したフォードギャラクシーをベンチマークし、匹敵する性能を確保したとプレスリリースに書くほど、目に見えない快適性にも配慮するようになっています。

国情を考えつつ現実的かつ本格的な乗用車クラウンでありながら、社用車・公用車・タクシーなどのフォーマルなニーズだけでなく、オーナードライバーに向けて拡販を進めました。



デラックスより上位のスーパーデラックスが登場した一方で、装備を厳選したオーナーデラックス(6気筒)とを新設。6気筒E/Gや時計、ホワイトリボンタイヤなどの装備は残され、88万円という価格設定でした。当時、大卒初任給が2万円程度だった時代、同時期のカローラが47万円程度だったので2倍近い価格設定なのでデラックスの100万円より12万円安い価格というのは背伸びしたくなる魅力があったのでしょう。

2025年の大卒国家公務員の初任給は24万円なので現在の価値で言えば12倍と言うことになります。カローラデラックスが税抜きで564万円、クラウンデラックスが1200万円、オーナーデラックスなら1056万円!。メルセデスの上級車種を買う様なイメージでしょうか。

広告でも「白いクラウン」と銘打って大規模なキャンペーンを実施し、黒が多かったフォーマルユースに対してオーナードライバーによるパーソナルユース主体のハイライフセダンとして顧客層の拡大に成功しました。

展示車は「白いクラウン」オーナーデラックスかと思いきや、白いクラウンハードトップSL。ユーザー層の拡大を図って別ボディのスポーティな2ドアハードトップを設定しました。セダンの丸目に対して異形ヘッドライトを採用し、マイカー元年を迎えた本格普及期に早くも若年富裕層を意識した企画を開始していたのはさすが最先端の高級車だなと思わせます。センターピラーレスとサッシュレスドアを備えたハードトップは1965年にコロナハードトップで実用化され、3年後にはクラウンにも横展された形です。



後年、マークIIの2ドアハードトップと統合される形でソアラに発展していますが、高級セダンとしてある程度安定した地位でありながら攻めの姿勢を持っていた点は特徴的です。

4代目 トヨタ クラウン MS60型(1972年)
クラウンの攻めの姿勢が更に加速した結果が1971年にデビューした4代目の「クジラ・クラウン」です。機構面を先代から踏襲した分、70年代の最先端トレンドを取り入れて曲面的なスピンドルシェイプと自称する前衛的なデザインを採用しました。



余談ですが、私が小学校に入る前だった1986~1989年頃、自宅近くの月極駐車場にて廃車体となったハードトップが止まっていました。ファストバックで2ドアなので最初はセリカかなと思ったのですが、どうにも私が知るセリカとは違う。後にクジラ・クラウンだと判明するのですが、当時は全く信じられませんでした。あと、昔のクルマはあっという間に朽ちてしまうんですね。そのクラウンHTだって当時15年~18年落ちな訳ですから。

それくらいセンセーショナルな変身を遂げたクラウンは換気性能を向上させた上でAピラーを寝かせ、Rrドアフレームを立てて短めにすることで前後ドアの三角窓を廃止し、前後端を曲面的に絞り、ヘッドライトを囲むような面一の前後バンパーはカラード仕様で塊感と車重を大きく見せる錯視効果を持たせつつ、コーナーを大胆に抉ったクリアランスランプ造形と2段フードで軽快感を出していました。



更にカーエレクトロニクスへの対応として電子制御ATや後輪ESC(ABS)などの新装備も設定されて前衛的デザインに見合った機能面の先進性も付与されています。さらにスーパーデラックスを超える「スーパーサルーン」が登場。デラックスが充分デラックスだった?時代が終わりを告げ、以後、10年くらいかけて上級グレードのインフレが始まります。

ある意味、フォーマルユースの法人系ユーザーを見限った商品企画でありながら、肝心のオーナードライバー層からも支持を得られず、更に真夏の冷却性能不足や、2段グリルのせいで車両前端の死角が増えて取り回しの悪さが不評を買いました。バンパーがビルトインのため被害大だったことでしょう。肝心な内装も意外とフィニッシュが雑でクラウンが積み重ねてきた「しつらえの世界」から遠ざかった点は現代の目で見ても不可解です。ついに1955年の登場以来、守り続けてきたクラストップの栄誉を競合車に明け渡すという手痛い失敗を喫した初めてのクラウンとなりました。また、小型車枠が引き上げられて2600ccが上限になるという噂に対応してクラウンにも2600ccが追加され、3ナンバー車がでた初めてのクラウンにもなりました。

結果、少しずつ手直しされたものの、わずか3年半ほどで次期型が登場(担当者は大変だったでしょうね)し、さっさとモデルライフを終えることになりました。
公式の紹介文でも「お客様の先を行きすぎてはいけない」という教訓を残したと書かれていました。



当時の流行を強く意識したスタイル、特にファストバックに影響を受けたスタイルは時代が立つとより一層アクが強いものに見えてきます。オイルショック直前までのイケイケな時代の空気によって自動車業界でも、エグイ意匠が増えていましたがクラウンのような、和風の格式高い高級セダンらしさとは何かを見つめ直す必要があったのでしょう。

独善的にならずに、お客様が望むものを愚直に追求することがクラウンの成功に必要な方向性であり、そんなことはもう1971年に分かっていたのです。

クジラクラウンSLの話

成熟期(5代目~8代目)
5代目 トヨタ クラウン セダン MS85型(1975年)

1974年、恐らく1年前倒しでデビューした5代目クラウンは先代の反省がぎっしり詰まったフルモデルチェンジになりました。個人的には先代が受け入れられなかった原因を分析して求められていた方向性にしっかり軌道修正できたという素晴らしい経験をしたと思います。



スタイリングは格調高い「超」保守的なものになりました。ボディ断面も丸かったスピンドルシェイプから一転、角や長さが強調されるエクステリアデザインですが、意外とフェンダーからドア、ドアからラゲージまでの2本のキャラクターラインが尻下がりに見えていたり70年代的なアクを感じますが、ドア最大幅部から下は正しく水平基調で端正に感じますし、アーチモールやロッカーモールがキラキラ光って豪華さも感じます。さらにセミコンシールドワイパーが採用され、先代と比べてウインドシールドの見栄えがスッキリしたことも、クラウンの格調高さを示していました。



この保守的なエクステリアはセダンの主要顧客が求めるフォーマル性を最大限尊重していますが、元々拡大したかったオーナードライバー層の拡大を諦めてしまったのかというとそうではありません。

それが5代目でデビューしたピラードハードトップというボディ形式です。簡単に言えば、あたかも脱着式ルーフ(ハードトップ)を被っているような軽快なスタイリングでありながら、実際はセンターピラーがルーフまで結合している4ドアセダンという新しいスタイルです。センターピラーレスの2ドアハードトップと同じようなファッション性と4ドアセダンとしての実用性を兼ね備えた形式で、ハードトップかと言われると4ドアセダンにサッシュレスドアを設定しただけの亜種であるにもかかわらず、狙っていたオーナードライバー層の拡大に寄与しました。まさにネーミングの勝利です。

以後、クラウンはセダンがフォーマル寄り、ハードトップがオーナーカー寄りの性格付けが強まり、特にピラードハードトップ(4ドアハードトップ)が高級車の中心的なスタイルになりました。

またエンジンコンパートメントもより大きなスペースが確保されたのですが、実際には来るべき排ガス規制でどのような補機が付いても対応できるように大きめに場所取りされた結果でもあるといいます。この様な流れはマークIIやカローラでも見受けられましたし、熱気抜きのエアダクトが設けられていたのも、この時代の特徴です。

手元にあった古雑誌情報だと2.6ロイヤルサルーンの試乗時の燃費が5.3km/L、0-100KPH加速が13.3秒とのことでした。1470kgの車体を140ps/21kgmのE/G×3ATで引っ張るわけですからね。

修正すべきところは修正し、新しい挑戦を確実に行い成功を収めたこの5代目は個人的な好みというよりも市場が求めるものを正しく判断すれば失敗は取り返せるという一つの実例になったという意味で偉大な一台だと思います。

クラウン デラックス・カスタム・エディションの話
思い出のクルマをカタログで振り返る3(クラウン2600ロイヤルサルーン)

6代目 トヨタ クラウン セダン MS112型 (1980年)
1979年に登場したクラウンは、自動車業界にとって暗黒時代とも言えた70年代の集大成、かつ明るい80年代への期待を感じさせるモデルチェンジになりました。
オイルショックから、排ガス規制という右肩上がりの時代の終わりを突きつけられた自動車業界ですが、各社とも排ガス規制の対応によってE/Gのノウハウを身に付け、排ガス規制に対応できた時代でした。



ユニットやフレームはほぼキャリーオーバーでしたが、その分だけ装備品が充実し、カタログには「マイコン」の文字が並びました。マイコンと聞くと「ハイテクだ」と思うのは私の年代までで以降の方は「マイコンってなに???」でしょうね。当時はハイテクっぽいもんは何でもかんでもマイコンでした。

セダンは直線基調を更に強め、ピラードハードトップは更に洗練されてセンターピラーはドアガラスによって隠されるようになりました。

例によって古雑誌情報では2.8Lの燃費は6.99km/Lで0-100KPH加速12.7秒とのこと。当時の記者は「よくできたアメリカ車」と評していましたが、当時の輸入高級車(280E)と較べるとクラウンは半額であり、棲み分けもよくできていたんですね。



マイナーチェンジで新世代レーザーE/Gに置き換わります。初代ソアラに積まれた2.8Lの5M-GEUがクラウンにも積まれました。SOHC時代の145ps/23.5kgmから170ps/24kgmにパワーアップし、0-100KPH加速は8.5秒まで早まった上に
燃費は7.2km/Lに向上したのはロックアップ付4速ATの威力なのかも知れません。

110クラウン エクレールのカタログ
1980年のクラウンターボのリーフレット

7代目 トヨタ クラウン ハードトップ MS125型(1986年)
1983年、クラウンは7代目に切り替わりました。ソアラが好調なことから2ドアHTを廃止し、フォーマルユースのセダンとパーソナルユースのハードトップという、以後長く続く体制が完成したのです。



トピックは24バルブツインカムを採用した1G-GEUやスーパーチャージャー付の1G-GZEが出たことと、Rrサスがセミトレになって4輪独立懸架を実現したことです。そのほか、滑らかに回る10気筒可変容量コンプレッサや4輪ESC(今でいうABS)、パワーシートやマッサージ機能付のRrリフレッシングシートなど魅力的な高級アクセサリーも備えられました。

このモデルから最上級グレードとしてロイヤルサルーンGが登場、好景気という時代背景もあり上級グレードの更に上を求める声に応えました。

また、欧州仕向けの為の少し締まったシャシ仕様をSタイプパッケージとしてハードトップの一部仕様にOPT設定するなどラグジュアリー一辺倒ではないニーズも模索していました。



クラウンといういわゆる「ゆったりした高級車」でありながら、最上級のラグジュアリーグレードでも高回転型ツインカム+4独というスポーツカーのようなメカニズムを得て「ギラギラ・オラオラした感じ」を内包しているのは、ひょっとすると日本の高級車の特徴なのかも知れません。個人的にはCMが大好きで、特に進化した動的性能の結果、横Gで手袋が横に動くシーンが好きです。



思い出のクルマをカタログで振り返る25(120クラウン アスリート)

8代目 トヨタ クラウン ハードトップ MS137型(1988年)
クラウン史上最高傑作とも言われる8代目が登場したのは1987年のこと。先代のキープコンセプトながら、世界が認めるトップレベルの高級乗用車という狙いで開発されました。



ハードトップに初のワイドボデーを設定することでクラウンの世界観を保ったまま時代に合わせてアップデートされたエクステリアデザインは高級車ならではのアピールになります。さらに先進装備や入念な作り込みによって、顧客の要望を先取りするだけでなく「見えないところこそ大切に」することも忘れていません。

ワイドボデーと言っても車幅は1745mmで現行型カローラ/カローラツーリングと同じで、大ヒットした3代目プリウスとも同値なので2025年の目線だと普通の車幅?ということになります。日本の道路環境でストレスなく走らせうるサイズです。小型車枠の基本ボデーに対してフード・フェンダー・ドア・クオーターを専用設計していますが、これによりグラスエリア下が豊かになった一方で、セダンや小型車のハードトップ、カスタムはちょっと寸詰まりというか顔が大きく見えるのも、印象的でした。

クラウンにターボがあったり、スーパーチャージャーがあったのは排気量が2Lを超えると小型車枠を超えて贅沢品とされる普通乗用車になり自動車税の負担が大きくなりました。例えば2Lの小型車なら39500円だった自動車税が3ナンバーの3L以下はになっただけで81500円、当時のセンチュリーのように3L超6L以下なら88500円でした。年間4.2万円の税負担を許容しなければ3ナンバーのクラウンには乗れません。ところが1989年4月からは3Lのロイヤルサルーンでも51000円で良くなりました。さらにマイナーチェンジで2.5Lが追加され、こちらは45000円とほとんど2Lと変わらなくなったため、3ナンバー車がちょっとしたブームになりました。小型車枠が頭打ちだった高級車業界において大きな出来事でした。豪華になって重くなった高級車に再び大排気量によるパワーがもたらされたのでした。

この時代、大衆車カローラも販売記録を打ち立てるほどの好評を得ていたのに、それよりも遙かに高価なマークIIやクラウンも販売ランキング上位を争うようなヒットを飛ばしていたのは、バブル景気まっただ中で好景気に恵まれ、メインターゲットの富裕層の堅調な需要に加えて、今までなら上級小型車を買っていた層が背伸びをして高級車を買い求め、ハイソカーブームで若者も無理をして高級車を買うという環境の良さもありました。



もちろん、公用車・社用車などの業務用途に対しても取りこぼしなくガッチリニーズを掴んだ上で愚直にお客さんの求めるクラウン像に寄り添った商品性あってのものです。

130クラウン アスリートのカタログ他
古の設計者の想いとは(クラウン ステーションワゴン編)
ロイヤルサルーンE仕様から話を広げてみる

変革期(9代目~)
9代目 トヨタ クラウン ハードトップ JZS143型(1992年)

1991年10月のクラウンの全面改良はちょっとした事件でした。当初は実車を見ずに予約する固い絆で結ばれた顧客が買い求めたものの、その後は勢いがストップ・・・。久々にクラウンとしては失敗作になってしまいました。



開発中の景気は好調で小型車枠を残す必要も無く、背後に競合するシーマの好調や世界を見据えた高級車セルシオが社会に与えた影響もありました。先代ではワイドボデーが好評だった事から、ナローボデーとの共用による制約を取り払い、先代のワイドボデー→マジェスタ、先代のナローボデー→ロイヤルというセグメンテーションを行った上で、フォーマルユースのためのセダンはフレームから上のアッパーボデー改良(内装はキャリーオーバー)でお茶を濁してしまいました。トヨタとしては時流の追い風を受けた上級移行でより大きなビジネスをと考えたのでしょう。

当時の人々が思った印象は、トヨタが期待したものではなく
「ハードトップが全車ワイドボデーになっちゃって2Lがなくなっちゃったな」
「マジェスタはモノコックだし、V8メインのクラウン上位派生車だな」
というものだったのかも知れません。

そう考えると、ロイヤルを見る顧客の目は厳しくなり、クラウンらしさの象徴的な水平基調のキャビンやツートンカラー、クォーターピラーエンブレム、ラゲージドア付ライセンスプレートなどクラウンらしく見える要素をことごとく辞めてしまった事も長年のファンの期待を下回る結果になっています。



90年代のセダンとしてみれば空力的にも有利なハイデッキや丸みを帯びたエクステリアは時代のトレンドそのものには合致していたかも知れませんが、クラウンにそれが求められていたかどうかは別問題でした。また、デビュー当時はバブルも崩壊して景気がどんどん悪化していく様な世相に対して9代目クラウンの上級シフトの目論見は楽観的すぎたのでしょう。

トヨタが凄いのはこれからです。9代目クラウンの過ちを直ちに分析し、発売から1年10ヶ月後の93年8月にマイナーチェンジで大規模な修正を加えたのです。

格子状のラジエーターグリルに加え、好評だった8代目そっくりなリアコンビネーションランプに改め、ツートンカラー、クォーターピラーエンブレム、ラゲージドア付ライセンスプレートを復活させました。

Rrクオーターを新造するレベルの変更は相当な開発工数と型投資が必要になるはずですが、それをこの短期間で思い切って行ったことは英断と言えます。先代に似せると言ってもスタイリングの調整作業もあるでしょう。設計にも数ヶ月かかるでしょう。金型は少なくとも4ヶ月はかかるでしょう。初期モデルの原価償却もできていなかったのではないでしょうか。加えて拡販のために一旦は廃止した2Lを復活させ糊口を凌いだのです。

この判断をするためには、「モデルチェンジは失敗だった(顧客の期待に応えられなかった)」という事実を正しく受け止め、全社的な協力を受けて推進しないとあのタイミングでマイナーチェンジは不可能だったと思います。私は大企業トヨタの上層部が現実を直視し、失敗を認め、改めて顧客の求めるものを提供しようという真摯さが強く心に残りました。

どうしてもこの型のクラウンを振り返るとき、ロイヤルサルーンの不振・大改修に目が行きがちですがマジェスタは4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションや防振サブフレームを用いたモノコック構造という後のクラウンに活かされる技術が先行導入されていました。特に後者はクラウンにとっては重要な問題でした。長らくペリメーターフレームを採用してきた結果、世界的にも珍しいフルフレーム構造の乗用車というのがクラウンの特徴の一つになっていたからです。

かつてのようにフレーム全てがあらゆる荷重に耐えるよう設計され、その上に載せられるボデーは自らの質量に耐えれば良いという思想ではなく、この時代のクラウンはペリメーターフレームとボデーが合わさることで必要な強度を持つというモノコック構造に近い考えで作られていました。

販売上、「フレーム+直6のクラウン」と「モノコック+V6のセログロ」という対比は大切でしたし、長年の中心的ユーザーもクラウンのアイデンティティの一つだと考えていた部分があります。

マジェスタはその神髄にメスを入れ、モノコックで有りながら、サスペンションメンバー(サブフレーム)を液封ボデーマウントでボデーと締結するという配慮を加えました。サスペンションは強固なサブフレームで指示されることで操縦安定性を確保できますし、ボデーとの接続部が液封防振構造になっているのでサス入力によるノイズに効果があります。一般的にロードノイズの高周波側は防振構造によってよく取り除くことができると期待できますが、低周波側は振動を増幅させてしまう領域があり緻密な設定が必要です。操安を考えればサブフレームは剛付けの方が有利ですが、マジェスタはそこに目を瞑ってでもフレーム構造に負けないNV性能の確保に心を砕いたのでしょう。

モノコック構造を採用した結果、マジェスタAタイプとロイヤルサルーンGを比較すれば車重はマジェスタの方が40kg軽く、V8を積んだマジェスタCタイプと比較しても30kgも軽かったのです。この経験は次世代で活かされることになります。

フレーム仕様を残しながらモノコックも設定して少しずつ浸透を図るやり方はラックアンドピニオン式ステアリングやFF車導入と同じく実にトヨタらしい石橋を叩いて渡るやり方だと言われそうですが、ユーザーにとっても、変化を許容出来ない場合、それでも選択肢が残される優しさであるとも言えます。

クラウン350万台記念限定車のカタログ
思い出のクルマをカタログで振り返る14(130クラウンセダン・ワゴン)
思い出のクルマをカタログで振り返る14(130クラウン営業車)
クラウン(スタンダード)の軌跡

10代目 トヨタ クラウン ハードトップ JZS155型(1995年)
1995年8月、クラウンは初代から40年を経て記念すべき10世代目となりました。クラウンというブランドにとってこの世代の大きな特徴はモノコック構造の全面採用です。



先行してフルモデルチェンジしたロイヤル系とマジェスタ、そして遅れてセダンもモノコック構造でフルモデルチェンジされました。初代クラウンから続いてきたフレーム構造を捨てるという大きな変革を成し遂げたわけです。いままではフレーム構造のフラッグシップ高級車=クラウン、モノコック構造のフラッグシップ高級車=セルシオという区別がありました。或いはモノコック構造のカジュアルなマークII、フレーム構造のフォーマル寄りなクラウンというセグメンテーションもあったわけです。

構造的な差異があるのでキャラクターとして多少近づいても、それなりのアイデンティティーを保てていたところを、クラウンがモノコックになってP/Fが共通化されてしまうと「クラウンは大きなマークII」だと否定的になるファンが居ても不思議ではありません。

トヨタはクラウンのモノコックボディに「VIPSキャビン」なる愛称をつけました。「VIPのためのキャビン」を連想させる語感であり、「Various Impact Protection Safety:様々な衝撃から保護する安全性」「Vibration Isolated Progressively Silent:振動が遮断され革新的に静か」という2つの意味を持たせていますが、これこそがクラウンが持っていた「フレーム神話」であり、なんとしてでもフレーム構造と遜色ないNV性能や安全性能を確保するぞという気概を感じるネーミングでした。

また、環境問題への対応が求められていた時世を反映して省資源・低燃費を意識して軽量化のためにフレームを廃止しました、というエクスキューズも成立させやすいタイミングでした。素晴らしいロードノイズに寄与するフレームと言えども130kgという質量はクラウンと言えども看過できないオーダーでした。

そんな大きな変化があったクラウンゆえ、スタイリングや佇まいはできるだけ従来のイメージを崩さないように最大限配慮されました。すなわち格子グリルのFr、水平基調のキャビン、横基調のRr、クオーターのエンブレム、或いはスイングレジスターやシートバックグリップのようなクラウン要素はしっかりと織り込んであります。

バブル崩壊によるコスト削減のあおりを受けてぱっと見で少し質素に見えるのは
車両感覚に配慮して少し角が見易い硬質な面構成を特徴としていた当時のトヨタのトレンドも反映していました。豊かなボリューム感からシャープでフラットなイメージになるとややもすると、貧相で寂しいものになりがちですが、クラウンの持つ高級感は凜とした和風のテイストであり、以外と直線基調のスタイルともマッチしていると私は思います。銀は貼れなかったけど、シックな京都の銀閣寺のような印象です。

時世への対応という意味では、シートベルトの効果を高めるプリテンショナや衝撃感知ドアロック解除システムの採用や、3Lには連続可変バルブタイミング機構VVT-iを初めて採用した点が大きな進化です。VVT-iは今では当たり前装備かも知れませんが、当時としては画期的な連続可変制御をしており、アイドリングから中低速、高速域まで最適なバルブタイミングで運転することでスペック的には10psダウンしたものの、「4リッターの加速性能と2リッターの燃費性能」を両立すると豪語していました。実際に0-100KPH加速は先代の9.5秒から8.2秒にまで短縮し、燃費は2.0の9.6km/Lを凌ぐ9.8km/Lを達成しました。VVT-iのために油圧駆動でカムシャフトを最大60度回転させるヘリカルスプライン機構を開発しカムシャフト先端に組み込んでいます。これにより、高速域も低速域も犠牲にせず連続的に思い切りトルクを太らせることが可能になりました。二段可変式の「切り替わる感じ」を楽しむスポーツカーのそれも楽しいものですが、切り替わりが分からないほど自然な連続可変によりあくまでも黒子に徹しているという点もクラウンらしいではありませんか。後にVVT-iは2.5Lや他のE/Gにも採用拡大され、世界初のベーン式可変機構によるコストダウンを武器に4気筒以下の大衆E/Gにも採用されました。

V8が搭載されるマジェスタは、縦型テールランプやロングテールのリアビューが特徴的だが一番のトピックは4輪駆動車に横滑り防止装置VSCを目玉として採用したことです。いずれ世界標準化される技術ですが新しいものはいつもクラウンから、という不文律はここでも活かされていました。

しつこいようですがフレームを捨てるという決断をした10代目は、クラウンのヘリテージを失うという商品としての危機を、クラウンらしさを技術によって維持し、省資源・低燃費という社会の要請に応えるという大義名分を使って乗り越えました。大きな決断をしながらも、先代の不評からお客さんの指示を取り返さねばなりませんでした。その甲斐あって販売状況は回復し、先代の37万台と比べて50万台と一息つく事ができて9代目から続いて担当したチーフエンジニアもホッとされたことでしょう。負けられない戦いをしながら、挑戦も行った10代目はもっと評価されても良いのになと私は思いました。

ハードトップの話題
最後の純クラウンセダン営業車

11代目トヨタ クラウンJZS175型 (1999年)
21世紀が目前に迫る1999年、クラウンは予定通り全面改良されました。直6を積んでいたり後輪駆動の高級セダンとV8を積んだ上級派生があって、という枠組みは変化しなかったものの、その裏で様々なチャレンジを盛り込んでいました。先代がクラウンらしさをしっかり表現できたことで、変革ができたという成功体験から11代目でもまずクラウンらしいことは非常に大切にされました。この時代のトヨタテクニカルレビューでは、デザイン部門でクラウンらしい内外装とは何かを歴代に亘って研究した結果が遺憾なく発揮されています。だからこそ、中心的なロイヤルサルーンを見ると相当にクラウンらしいと感じます。硬質なデザインは少し角が丸められながらも、ベルトラインから流れる様なロングテールの水平基調やクオーターのエンブレムなど間違いなくクラウンらしい安定した高級感がありました。



一方で大きく攻めたのはパッケージングでした。1998年にデビューした実験的高級車プログレの研究成果が惜しみなく活かされました。プログレと同じホイールベースを持ち、E/G搭載位置を40mm後退させ、燃料タンクをシートバック後ろから後席下に移して運動性能を改善し、ラゲージスペース拡大(530L)や全を先代より30mm高めており居住性の改善を実施。また、サッシュレスドアを採用したピラードハードトップを改めて細幅ドアフレームを採用してフレームドアを採用したセダンに戻しました。これによりNV性能は相当向上しているはずです。

よく見るとクラウンらしからぬビッグキャビンや短いFrオーバーハングなど随所にプログレのエッセンスが盛り込まれています。先代クラウン級の室内空間を持ちながら小型車枠を厳守したプログレと違い、既にワイドボデーを持っていたクラウンはその分だけ、居住性を維持したままデザインのために寸法を使うことができました。ディテールやフェンダーから奥まったタイヤ位置などによって一見、少しクラシックに見せているのに中身は最新の技術が織り込まれているその手腕は相当なものだと私は思います。



乗ってみても水平基調のインパネやラゲージオープナーがドアトリムに配置されるなどの不文律はしっかり守ってあり、トヨタの高級セダンではなく「1999年のクラウン」であろうとする努力だと感じました。

E/Gはついに3Lが直噴リーンバーンE/Gになりました。直噴リーンバーンは煤の問題やトルクが細いリーン燃焼と通常のストイキ燃焼の繋ぎが難しいなど課題も多かったものの省資源の要請には抗えなかったのでしょう。(マジェスタにも同種のE/Gが乗せられましたが、直噴を経年する人が意外と居たそうでV8を選ぶ方が多かったと聞きます。)9代目からコツコツ育てられてきた5速ATが3L全車に拡大採用され、燃費が11.4km/Lにまで進化しました。

先進技術へのアプローチとしては2001年のクラウン・マイルドハイブリッドはクラウン初の電動化モデルとなりました。プリウスのTHSではなく、42V電源を設定して快適なアイドルストップを実現し、発進時の一瞬だけ電動走行を行うというギリギリハイブリッドと名乗れるものながら、リッター13.0km/Lを達成しました。

THS-Mを名乗るマイルドハイブリッドシステムはベースの15万円高とクラウンを買える層なら手が出しやすい価格設定だったものの、あまり街中で見かけることが無かったのは「ハイブリッドとしての有り難みがほとんど無い」事を見抜いていたのでしょうか。この技術の本丸は恐らく官公庁向けのクラウンセダンであり、こちらは1G-FEとの組み合わせがありました。

このロイヤル系の革新を内包した正常進化に加え、280psを誇る2.5LターボE/Gの設定もあるアスリート系という新たなグレード体系が追加されました。少し下品で悪そうにモディファイされた内外装を纏ってスポーティに走るアスリートは、単にセド/グロのグランツーリスモ系やスカイラインへの刺客と言うわけではありませんでした。これはクラウンユーザーの固定化や高齢化に対して手を打つ必要があると判断され、ヤングエグゼクティブの支持が集められそうな企画としてスポーティな走りを持ったアスリートが企画されたのです。

更に、90年代のRVブームに対して、8代目のワゴンの継続販売で凌いできたが新たなワゴンボディを開発し新しく「エステート」を名乗りました。当時ワゴンブームもピークを過ぎていたが、2.5Lターボをイメージリーダーにして若さをアピールすると共に、クラウンらしくデッキには分厚いカーペットが敷き詰められて高級ワゴンとしての品位を保ちました。さらに往年のステーションワゴンを彷彿とさせるロイヤルサルーンも残されてヘリテージも感じさせてくれました。



11代目は「21世紀へ。このクラウンで行く。」を広告コピーに据えてアイデンティティを大切にしながら新しい技術が数多く盛り込まれ、時代の要請にも応え、ユーザー層拡大の布石も打ったのです。しかし、結果的に国内の販売台数は先代どころか失敗と言われた9代目より2万台少ない35万台に留まりました。50代以上の高齢ユーザーの比率は74%。つまりこのまま行けば人口ピラミッドの頂点までクラウンが上り詰めた途端に命脈が尽きてもおかしくは無いという事実が突きつけられました。黄金レシピを以てしても販売が下降してしまい、トヨタの焦りと迷いが顕在化し始めます。

後編へ続く
Posted at 2025/08/12 16:10:21 | コメント(4) | トラックバック(0) | イベント | クルマ
2025年06月26日 イイね!

2006年式三菱i(アイ)感想文

2006年式三菱i(アイ)感想文






満足している点
1.空前絶後の存在感
2.レトロフューチャーなエクステリア
3.安定したブレーキング時の姿勢
4.「軽」を忘れるターボ×4ATのレスポンス
5.ロングホイールベースを活かした乗り心地

不満な点
1.プレミアムを名乗るには分かりにくい質感表現
2.「軽」のコストに縛られた装備水準
3.高速域で顕著な横風安定性
4.熱環境の厳しさ
5.50km/h以上で気になり始める風切り音

●軽自動車におけるプレミアム性とは何だったのか
1998年10月、軽自動車規格は衝突安全性能拡充のため全長を拡大し「新規格」となった。衝突安全性能確保のために重くなった車重による走行性能悪化を補うために可変バルタイや4速ATの採用が進んだ。それだけに留まらずMターボ(スズキ)、マイルドチャージ(スバル)など過給技術で実用トルクの増強に対応しようとした動きがあった。

ターボをはじめとする各種技術は旧規格の時代から存在していたが、主に若年男性をターゲットとした軽スポーツモデル用の技術であり、実用性を補填するための低圧ターボはこの頃に現れ始めた。

軽自動車は従来から衝突安全性に対する不安や走りの物足りなさを理由にリッターカー(登録車)との間に川が流れていた。

「この軽カワイイ♪」という娘に対して
「軽は危ないから普通車にしなさい」と反対する親・・・
こんな会話を私も身近で複数回聞いてきた。

「軽は所詮軽、ひっくり返ってもファーストカーにはなり得ない」という意見も根強くあった。しかし、軽自動車とリッターカーの性能的な差が埋まってくると「自分はメンツこだわらない」「維持費も安いのだから」と小さな登録車を買う感覚で軽自動車をファーストカーにする人が増えてきた。

そもそも、車庫が狭いなど特殊なニーズによって軽自動車のハイエンドモデルを購入する層は一定数存在したが、ワゴンRに代表される軽ハイトワゴンの台頭により、徐々に「軽自動車だから」と我慢する領域が減ってきた。新規格軽の安全性と走行性能の向上によって登録車からハイエンド軽に流入する消費者の動きを感じ取ったメーカーがあった。

2006年、三菱自動車はダイムラークライスラーとも袂を分かち経営再建中だった。この年の国内市場では初めて200万台を超えた。新車販売台数の1/3が軽自動車であり、そこできちんと収益を出す軽自動車が必要だった。

既に三菱は生活者に寄り添った必要充分な道具感覚の軽自動車「ekワゴン」をヒットさせていた。ekワゴンは安価で実用的でありながらも惨めに感じさせない「ユニクロ」の様な軽自動車として一目置かれていたが、三菱はもう一本の軽の柱が必要である考えたのだ。そこで「プレミアムな軽」として企画・開発したのが「i(以下、アイと記載する)」である。



軽自動車という枠組みでありながら「持つ喜び、使う喜び」をプレミアムとして定義し全く新しいデザインと全く新しいメカニズムをゼロから開発した。普通車には無い「プレミアム軽」の世界を構築しようとう試みたのである。

ベーシックな魅力を持ったekワゴンではどうしても利益を出しにくい。尖った特徴を打ち出してエクストラコストを払って貰えるような魅力的な軽自動車があればファーストカーとしても、輸入車を保有するような富裕層のセカンドカーとしても
振り向いて貰えると考えた。

アイの大きな特徴は①スペアタイヤを持たないリアE/Gパッケージ②繭型の超個性的なエクステリアデザインが挙げられる。つまり、見た目も中身も「フツー」じゃない攻めに攻めた個性がアイに与えられた。



2002年の段階で既に①の企画はあったそうだが、紆余曲折を経て2004年から正式PJTとして開発された。たった2年で開発できたのは恐らく、2002年の段階からの先行試作車などを使った基礎研究のお陰だろう。なぜアイがリアエンジンなのかを理解するために、少し横道に逸れてリアE/Gについて振り返ってみたい。

●リアE/Gに可能性を見いだした2000年代
リアE/Gリア駆動(=RR、MR)というのは1930年代からオイルショックが訪れる1970年代までの大衆車の基本的なレイアウトの一つだった。複雑なE/GとT/Mを後輪付近に集中的に配置し、プロペラシャフトが不要なため広い室内空間が手に入るからだ。



経済的理由から車体を小さくして節約することが求められた大衆車の多くはリアE/Gを採用した。当時はメリットも多く採用例の多い技術だった。

第二次世界大戦後、世界的な経済発展によってある程度の大型化が許容され、モノコックボディの普及も手伝って1960年代にはオペルカデットやカローラ1100のような小型FR車が主流になった。RR車は限界域でシビアな操縦安定性やシフトフィーリングの悪さ、冷却性能確保やラゲージスペースの狭さなどの弱点が目立つようになり始めた。さらにRRと親和性が高い簡素な空冷エンジンでは排ガス規制もクリアが難しくなり雲行きが怪しくなってきた。



RRの雄であったVWは偉大なるビートルの後継車作りに悩んでいた。1966年、ポルシェに依頼して設計されたEA266というスタディモデルは2BOXスタイルでありながらリアE/Gのレイアウトを踏襲している。1.6L水冷E/Gを横倒しして後輪の直前に搭載しミッドシップ(MR)とした。E/G上部はラゲージとしつつも、フランクも設定してビートルの弱点に対応している。スポーツカー顔負けの操縦性を誇っていたが結局、整備性の悪さなど経営判断によりFFのゴルフが開発されている。

等速ジョイントの進化やシャシチューニングのノウハウの蓄積などの背景はあれども、代表的RR車のVWビートルからVWゴルフへの世襲が成功したことは決定的だった。技術の進歩が遅れた共産圏を除き大衆車のリアE/G車の技術は、軽商用車でリアE/Gを堅持して独自の世界観を持っていたスバルサンバーの存在以外はピタリと進歩が止まってしまった。



その後、約30年を経てこのEA266のレイアウトに可能性を見いだしたのはホンダだった。1998年の新規格シリーズの一つとして「ホンダZ」を発売し、EA266に類似したアンダーフロアミッドシップなるレイアウトを採用した。E/Gを縦置きにし、4WDを基本とするなどの機構的独自性をもったホンダZは、RRエンジンでありながらRrシートと積載性を両立させただけで無く、E/Gが無い車体前部のクラッシャブルゾーンを活用して高い衝突安全性を実現するという現代的なメリットも手に入れた。つまり、フロントE/Gの場合衝突時にE/Gが硬くて潰れないため、実際に使えるクラッシュストロークが短く、E/Gが無いホンダZのクラッシュストロークの方が長いため、衝突安全性を高められるという。そんなホンダZは4年間のモデルライフで4万台生産され、残念ながらヒットしなかった。しかし、ekの次を模索していた三菱にとって大いになるヒントを与えたのでは無いだろうか。

上記に前後して、スイスの時計メーカースウォッチとメルセデスベンツが協業でコンパクトカーを開発することが大きな話題となっていた。ホンダZと同じ1998年、「スマートシティクーペ(のちのフォーツー)」として全長が2500mmという2名乗りのマイクロカーを世に問うた。このスマートが国際的にリアE/Gを採用した久々の乗用車となっている。600ccの3気筒ターボ、もしくは800cc3気筒ディーゼルターボが選べた。都市型コミューターとしての注目度が高く、欧州ではスマート専用の駐車区画が設けられたほどである。この区画に駐車できる4人乗りを開発したトヨタiQについても機会があれば取上げたいが、スマートの存在は自動車業界に大きなインパクトを与えている。後に協業関係にあった三菱コルトをベースに「フォーフォー」が発売され、2007年の2代目では三菱との協業によりE/Gが供給されるなど三菱自動車との関係も深いのがスマートである。昨年までは3代目スマートがルノーとの共同開発で作られ、2014年デビューの3代目トゥインゴと共にRRレイアウトを残していた。



他にも経済発展が著しいインドのタタ自動車が2008年、ワンラックカー(10万ルピーで買える車)を目指してナノという超小型車を開発した。簡素なメカニズムを実現するため、リアに2気筒E/Gを積み、ドアミラーなし、バックドア無しという事例もある。この様にリアE/Gというレイアウトには不思議な魅力があるらしく、FFが極めて高い進化を経た現代でも思い出したかのようにリアE/Gの乗用車が現われる。

●エクステリアデザイン
アイは遠くから見てもアイだと分かる特徴的な形状をしている。軽自動車の限界とも思えるロングホイールベースの中に卵がちょこんとくっ付いているようなプロポーションだが、デザイナーは繭をイメージしているという。諸元を見てみると、衝突時に補機が潰れて縮むE/Gを開発して一般的なFF車よりもホイールベースを伸ばしているが、アイの場合は更に30mm長いことからFF軽自動車の限界を超えたリアE/Gにしかできない諸元を実現している。



アイはスポーティブ・キュート(SC)というコンセプトで、スポーツグッズ的なテイストを意識した。他にもリミックス・ボックス(RB)という案があったがモーターショーのショーカー「SERO」になった。量産プロジェクトに移行できたのはSCだけだ。



初期は2003年にモーターショーに出品された「i」に似たブラックアウトされたフロントマスクと湾曲したバックドアガラスが特徴だった。ところが2004年に開発が一旦凍結され、再開された際にもう少し自動車らしさを付加する方向性になり前後のキャラクターラインやヘッドライト形状を変えてシャープな方向性に改めた。



フロントマスクはワンモーションフォルムの極致だ。リアE/Gらしくグリルレススタイルだが、当時のブーレイ顔に見えるようにバンパー形状を工夫して光が当たる斜面を作っているのが面白い。実際はナンバー下部にインタークーラーなど冷却部品が配置されている。さすがにブラックアウト塗装したかっただろうが、コストがかかる上に冷却効率が落ちるため採用できなかったと思われる。三次元曲面の大型ウインドシールドガラスは楕円形に見えるが下部はフードやカウルの一部で上部は別部品でグラスエリアを表現している。普通なら黒塗装あたりで誤魔化すところを別部品を用意するとはとんでもなくデザインが重要視されている。



アイは特徴的なフロントマスクを実現するため、面積が大きく曲率の強いウインドシールドガラスを採用している。ワイパーは特徴なリンク式の一本ワイパーである。吹き払い面積は大きいがブレードが長くなるため拭払面厚の確保が苦しくならないように押しつけ圧力には配慮され、ガッチリとしたアームが付いている。



更に素晴らしいのはウォッシャー液がワイパーアームに取付けられたウエットアーム方式であることだ。当時、同じくワンモーションフォルムだったエスティマも採用していたが無粋なノズルで意匠性が損なわれることが無い点と作動時にワイパーアームや拭払エリア外がウォッシャー液で汚れにくい点もメリットがある。アイの場合、運転席前と外側3方向の合計4カ所からウォッシャー液が出るという軽にしては豪華な構成だが効果は抜群だ。



サイドビューも一筆でエイヤと引いた力強いラインが感じられる。AピラーからCピラーまで引いた円弧がそのままドア開口線になりFrタイヤまで貫くのはシトロエン2CVチャールストンの様でカワイイ。このラインはドア側と車体側で段差があり、後者の方が張り出している。この構造は防錆の観点でドアエッジが飛び石に対して守られる位置関係なので好ましいだけで無く、空力的にもロッカー部が張り出した方が有利という意味もあるだろうが、ドア断面下部を絞ることで繭デザインをスポイルしていない点はうまく処理している。



フロント周りはぎゅっと凝縮感があり、リア周りは少し大味というかボリューミーなのも特徴的だ。縦型Rrコンビランプと曲率の強いバックドアガラスは室内容積より塊感を大切にしている。曲率が強くてもRrワイパーはきちんと窓を拭いてくれる点は実用性が犠牲になっていない。Rrの比較的高いところに目立つ部位があったとしてもアンバランスに見えにくいのは四隅に配置された15インチ大径タイヤのお陰だろう。

アイのエクステリアデザインはかなりお金のかかる構造や部品を多用しているが、デザイン命のプレミアム軽だからと三菱も相当頑張ったのだろう。個人的に惜しいのは全高が1600mmと機械式駐車場に駐車できないことだ。室内の広々感や繭型フォルムを実現するためにはやむを得ない部分とはいえ、ここまでデザインを重視した意匠はむしろ尊い存在と言えよう。

●インテリアデザイン
内装もエクステエリアと同じ丸い感覚を大切にしている。キーワードは「胎内感覚」。やわらかい空間に包まれる安心感を言葉にしているが、丸い断面に薄いシルバーのセンタークラスターがメカメカしくも有機的な世界観を表現。インパネも豪華な緑味がかったグレーとアイボリーの上下分割によってインパネを浮いた感じに見せているが、助手席側トレイに赤い差し色が入る。シートも赤く、なんと3色+シルバーという豪華な塗り分けのインパネになった。(他にグレー仕様もあり)



この赤内装はダイハツがソニカで挑戦しているが、いずれも過去の全面赤内装と違い、力強いアクセントとして使っている点に新しさがあった。願わくばインパネが無塗装で少々グロスが高い(テカっている)のがウインドシールドガラスへの映り込みという点で惜しい。尤も偏光グラスをかけていれば問題ないのだが。



メーターはデジタルとアナログを融合させた専用品でデジタル表示の速度計の周囲にタコメーターが配置されている。ホンダの集中ターゲットメーター的だが非常に読み取りやすい。燃費性能についてまだうるさくない時代ゆえ、燃費計などの機能は無いがツイントリップが備わる点は好ましい。特にメーターのステアリング被りが無い点は高評価。ホンダとスズキの某車に爪の垢を煎じて飲ませたい。



シルバーのセンタークラスターは当時のトレンドである専用オーディオと軽としては珍しいオートエアコンが配置されている。専用オーディオの他に2DINオーディオがつけられる別デザインもあるが、圧倒的に専用オーディオの方が美しい。メーター色と同じく赤いイルミネーションで光るところが特徴だ。内外気切り替えボタンのテルテール(絵文字)がアイのシルエットになっている点もこだわりを感じた。シフトレバーは浮いたように見せてあり、ベゼルはシルバー塗装されてお金がかかっている。

一方、ドアトリムはその割を食った。インサイドグリップとPWスイッチのベゼルはシルバー塗装されているものの、大きな面積がアイボリー一色でシボを変えて頑張っているが広い面積が退屈に見えてしまうのが気になる。妄想でシートと同じ表皮でアクセントを入れたくなるが、せっかくの差し色を多用することでビジーかも知れない。

アイの内外装デザインは昔の人が21世紀の未来を想像したレトロフューチャー的な味わいがある。とても未来的なのに何処か懐かしい、というレトロを指向したパイクカーとは違う独自の世界観を持つ。外装は個性があり、エグ味がない。斜め後ろからのビューで腰高なイメージがあるものの、それを補って余りある凝縮感。カワイイ車が好きな私にとっては文句なしの★5だ。

内装も外装のイメージ通りの丸くてモダンな意匠に赤色の差し色が良い。ドアトリムで力尽きてしまった感があり★4。

●市街地走行



モルカーのキーホルダーが付いたスマートキーで解錠し、運転席に座る。ドラポジはシートスライド、リクライニングに加えバーチカルアジャスターが付いている。ステアリングは固定式でテレスコどころかチルトすら付いていないという漢仕様。自分の場合、ペダル基準だとステアリングが遠くなりがちなのでシートバックを普段より立てて対応した。

前輪との位置関係上、ギリギリまで前出しされたポジションだが、ペダルレイアウトやステアリング中心軸とのズレは気にならないレベルにまとめられている。E/Gがないのでカウル下端が低くワンボックスカーのように見晴らしが良い。囲まれ感を求めて窓を狭めにデザインする車がある中でアイは開放感が売り物だ。



E/Gをかけると新開発3B20型4気筒ターボが背後で目を覚ます。リアE/Gだから音が後から聞こえてくるのだ。変速機はMTの設定が無く全車4速ATのみである。三菱初のゲート式シフトレバーは短い操作量でDレンジに入った。当時は当たり前だった手引きのPKBレバーを降ろし走り出した印象は「静かだ」ということだ。一般的な軽自動車の場合、アクセルペダルのすぐ裏にE/Gがあるがアイは1m後にある。mm単位のせめぎ合いが続く自動車の中で1000mmも離れていれば、それはもう世界が違う。

発進するとトルコンがルーズなのか加速度の割に思いのほか回転が吹け上がる感覚がある。比較的高い回転数を許しているのはE/Gノイズに対してある程度寛容なレイアウトで扱いがイージーだ。

狭い渋滞地でもアイは軽自動車らしい。2550mmという超ロングホイールベースだが、タイヤ切れ角が取れるので最小回転半径は4.5mと小さくぐるぐるとステアリングをたくさん回すと小回りが利いてありがたい。



ただし、ステアリングギア比は17弱、ロックtoロックが3.5回転という設定で確かに小回りは利くが、市街地の右左折や駐車時に操作が忙しいのが気になる点だ。

朝、子供を乗せて保育園へ向かう。乗降性は軽自動車の中でも悪い部類にあるがこれはRrドア下端の開口ラインが気持ちよく円弧を描いているからだ。一旦乗せてしまえば、アイポイントが高いアイは子供から好かれていた。前方視界が良いので集団登校する小学生がよく見えるし、比較的高回転で走るため外ではよく聞こえるE/G音のお陰で子供達にも気づいて貰いやすい。



保育園に到着し、子供が車から降りた。レッグスペースが広いことを活かして運転席からベルトを外してあげれば、自力でチャイルドシートが降りることができる。私がドアを開けるとドアトリムに捕まりながら何とか車から降りられた。乗降のために脚をかけるところが少ない点がアイの子供による乗降のし難さにつながっている。アスレチックのような普段のRAV4と比べれば全然マシだが、ドア開口はデザインのために譲らなかった大事な部分なので理解はしている。



大人の乗降でも身長が高く脚が長い人は問題ないが、小柄な人は足がドア開口ラインに触れて衣服が汚れてしまうなど好ましくない事象が起こりうる。普通ならドア開口はフラットに作るものだ。しつこいようだがアイはデザインコンシャスなので不便は百も承知で押し通したのだろう。

ちょっと順番が逆だが、Frドアはヒンジ配置を工夫して少し開けただけでベルトラインより上が大きく開くように工夫されている。狭いところでの乗り降りをしやすくなるためのちょっとした配慮なのだが、三菱は決して全てにおいて無策なわけではない。やれることはやったのだ。



子供を送ったあと、朝の混雑した道路をひた走り職場へ向かう。青信号で加速させると14km/h2000rpmで2速へ、30km/h2800rpmで3速へ、46km/h2500rpmで4速へ変速する。3速・4速の場合は1600rpm以上でロックアップが作動する。機械式ながらスリップ制御が入っているのでアクセルオフ時に1100rpmを下回るまではロックアップを作動させることでドライバビリティが良いだけで無くエンジンブレーキ時のフューエルカットが効いて燃費にも効果がある。



市街地走行だと前方の交通状況の変化に応じてアクセルオフするようなシーンは少なくないが、あたかもMT車の様に直前の回転数を維持しながらゆっくり減速していく挙動は想像しやすく心地よい。市街地でよく使う40km/h近傍の定常走行も速度管理がし易い。このあたりもギア比とE/G回転が1:1で決まるATの美点が活きている。フル加速をさせれば7000rpm近くまで使った加速も可能だがアイのセッティングは速さに主眼を置いたものでは無く、リニアなフィーリングを大切にしているらしい。



900kgという決して軽くは無いボディの割には、重さを感じさせずに滑らかに加速できる。具体的には4000rpm±500rpmの領域でシフトアップさせるような走り方をすると鋭くもシフトショックを感じさせない電気自動車のような加速感覚だったのは病みつきになる気持ちよさだ。変速前後で駆動力が段付に変化しないのは電子制御スロットルをうまく開け閉めして調整しているのだろうか。回転数が高く過給も効いているからレスポンスも良く、リニアな特性と相まってICEながらBEV感がある。

周囲の流れに沿った加速なら3000rpm程度を行ったり来たりするような加速で充分だ。キツめの上り坂は後輪に高いトラクションがかかるアイが得意とするシーンで、発進からルーズなトルコンをうまく使って適度な回転数を維持したまま登っていく。

雨天時に走らせてみると、アンダーカバーのお陰で水跳ね音がかなり静かな長所を感じたが、それよりもトラクションの良さが際立っていた。強めの発進加速でも挙動が乱れない。ステアリングが取られたり空転するような様子が無く安心感がある。更に、踏切からの発進は誰でもアイの凄さが分かるシチュエーションだ。発進後、凹凸がありレールを跨ぐため、明らかにバタつく挙動が無い。

70年代から80年代の技術開発で「FFのクセを克服した」というコピーが当時のカタログを彩った時代があるようにFFの乗り味は改善されたが、原理的な強みがあるリアE/Gは今でも明確な強みがあると再確認できた。

市街地におけるアイはキビキビと軽快に走る。気持ちよい発進加速も交差点を曲がる際の鼻先の軽さもアクセルオフからの再加速も軽快で赤信号でブレーキを強めに踏んだ際もノーズダイブが小さく、つんのめる感じがなく停止できる点も美しい。また、E/Gが遠いことから振動や騒音が小さいだけで無く、こもり音にも有利である。



また、A/Cがよく効くことにも触れておきたい。アイは全グレードにオートA/Cが標準装備されるが温度設定が1℃刻みで少々大雑把なので暑がりの私は、晴れた日中に24~23℃に設定してA/Cを利用していた。

コルトと共通品らしいとの噂でコンプレッサー能力に余裕があるのかも知れないが、燃費戦争が繰り広げられていた2010年代以降の軽は空調性能を落として燃費悪化を抑えるとか、信号待ちでアイドルストップしてぬるい風で我慢させられるような時代に突入していく事を考えるとアイの時代はまだ快適性のために燃料を噴射できた時代なのだろう。家族4人乗車でA/Cを使っても特に走りが悪くなるような事も無かった。試乗したのが初夏だったのでヒーターを使うことは無かったが、リアE/GのアイはLLCの搭載量が多く暖房が効き始めるまでに多少ラグが懸念されるが、寒冷地仕様にはシートヒーターとPTCヒーター(初期型のみ)が設定されており快適性に配慮されている。



ヒートマネジメントの観点ではリアE/Gの泣き所は冷却問題だ。フロントE/Gは走行風がラジエーターグリルという一等地から導入でき、床下の速い流れに引かれて熱気が逃げていくのだが、リアE/Gになると、冷却風の導入に課題がある。歴史的なリアE/G車は後部に大きな排熱フィンを設けたり、そもそもシンプルな空冷式を選択していた。水冷式のように複雑な冷却系を持たず、トラブルの原因になる冷却水路を持たないというのはリアE/Gにとって合理的だったが、排ガス規制への対応や暖房性能を考えると水冷式が主流となった。

現代のリアE/G車であるアイは当然水冷式だ。ナンバープレートの下にコンデンサーとラジエータを配置。そこから車体後部まで長い水路を設けて冷却水を循環させている。コンベンショナルなFF車である現行型ekワゴンのLLCは4Lで済むところ、アイは7Lも要求する。また、フロアアンダーカバーを設定して床下の気流を整え、E/G付近に風が当たる用に形状を工夫している。このカバーがくせ者で床下のメンバーにクリップで付いているのだが、経年劣化でクリップが徐々に抜けて試乗車のカバーが脱落しかかっていた。完全な脱落に至らぬよう、ボルト等の機械締結を一点くらいは残すのが基本だが、残念だがアイのフロアカバーは基本ができていない。落下物を生まぬよう、オーナーは慎重に点検すべきだ。



借用期間中、A/Cガンかけで真夏のストップアンドゴーの渋滞区間を1時間以上走行したがオーバーヒートするようなトラブルは無かった。ただ、熱的に過酷な状況下で駐車するとOFFでも自動的にE/G付近の電動ファンが作動して強制的に換気するロジックがある。右RRタイヤ付近からモワッと熱気が伝わってきているのでその過酷さが垣間見られる。

三菱らしいハイテク装備もちゃんと準備されている。例えばパワーウィンドウは前席AUTOで挟み込み防止機能まで着いている。あるいはワイパー使用時に、信号待ちから発進するときにワイパーが作動する、或いはRに入れると自動で作動するなどの親切装備が着いている。車速感応ドアロックやPレンジに入れると自動解除なども三菱ディーラーに行けば設定してくれるらしい。

面白いのは電動格納ミラーを畳んだまま発進しても、30km/h以上で自動で起き上がる設定だ。そもそもミラーを畳んだまま発進できる神経の人が自動で起き上がってくださったミラーを確認する感性を持っているのだろか。当時の三菱はそんな優しさも見せてくれた。



お洒落なデザインは都市の中でもひときわ目を引くだけで無く、余裕のある動力性能や路地にどんどん入っていける機動性もある。前席優先のお洒落な生活のお供とするならアイはとても魅力的だ。

軽快な実用車として見れば下手なリッターカーより数段上の運転体験ができる。★4。

●ワインディング路走行
ミッドシップレイアウトは重たいE/Gを車軸間のできるだけ前に置き、ドライバーも前に追いやられるものの圧倒的な旋回性能とトラクションはレーシングカーの技術であり、腕に自信のある玄人系スポーツカーのための技術だった。

アイは速さのためのミッドシップでは無いが、それでもミッドシップレイアウトと聞くと心が躍ってしまうのは、幼い頃に父から与えられたサーキットの狼の古本で薫陶を受けたからなのかも知れない。市街地でもアイの良さは楽しめるが、敢えてアイを近所のテストコースへ連れ出した。



3レンジに入れて発進。変に全開加速させず、4500rpmあたりでシフトアップさせるような加速の方がアイは気持ちいい。上り坂でもするすると加速する。アクセルを少し緩めながら緩い右コーナー。スッとノーズが向きを変えてくれる。もうこれだけでハッキリとFFの軽とは違う坂を登り切って2速へ落とし左コーナーへ。深いコーナーを安定して曲がってゆくが全高1600mmゆえにロールは大きい。直線に戻り3速にシフトアップし下り坂でアイはぐんぐん加速していく。



乗っているとさほど不安に感じないのはシャシーセッティングの良さかも知れないが、外から見ていると結構傾いているはずだ。コーナーをハイペースで抜けると、そこだけ洗濯板のような荒れた路面になっていた。コーナーを終えて直進していたが左右逆位相の凹凸でRrサスが動いて瞬間的に進路が横飛びし、再び直進状態に戻った。Rrの3リンク式サスペンションのアクスルステアが顕著に表れた瞬間だ。私はもちろん分かった上でそこに飛び込んだのだが、サスストロークの小さいスポーツカーではここで強烈な突き上げを食らいうんざりしてしまうところ、アイはアクスルステアがあるものの、突き上げが小さい点が好ましかった。



しばらく先までDレンジにシフトアップし、頭を冷やしつつ緩いコーナーをクリアするが、本当に涼しい顔で上り坂を登っていくのは気持ちが良い。再び深いコーナー区間が近づいてきた。3速にシフトダウンしブレーキを添えながら更に2速に落とした。エンブレを使いながらジワッとステアリングを切って再び左コーナーへ。コーナー出口でステアリングを戻しながら深くアクセルを踏み込んだ。高回転までE/Gを回して右コーナーへ。強めのブレーキをかけても姿勢が安定している。深い右コーナーは上り坂になっていて2速のままアクセルを深く踏み増しながら次のコーナーへ向かう。ちょっとアクセルを抜いて左コーナーへ進入。舵が決まるとアクセルを踏み増してインからアウトへ抜ける。下り坂を一気に駆け抜けて右コーナーを抜けて一連のコースを走りきった。



前輪:145/65R15、後輪:175/55R15という太いタイヤサイズゆえに、絶対的にRrが安定する様に設計されている。後輪駆動ゆえ、後輪が先に滑り出すと私達のようなアマチュアドライバーの手には危険である。そのため、強制的にアンダー傾向になるようにしてあるのだ。ただ、よっぽど酷い運転をしない限り前輪がズルズルと外に逃げ出すような感覚を与えず、じわじわとアンダーが出るようにセッティングされている。もう少し、レベルアップしたいのはシートのホールド性で肩の支持がほとんど無いためコーナリングで上体が動かされやすい場面があった。

私は過去に幾つかのミッドシップスポーツカーに乗ったことがあるが、彼らと較べるとアイの操縦性は死の薫りがせずマイルドだ。だが幅広い層が運転するフレンドリーな軽自動車としてはそんな薫りは好まれないだろう。あまり目を三角にして走るのでは無く、日常域+αで程よく楽しく走るくらいがアイには似合っている。その領域なら快適性やスペース重視のFFのターボモデルと比べものにならない上質な操縦体験が楽しめることは間違いない。



余談だが別日に強い雨の中でも同じコースをそれなりに走らせてみたが、むしろトラクションの良さが輝いて気持ちよく走ることができたのは大きな収穫だった。

ワインディングの印象は★3である。コペンのようにスポーツカーでも無いのに運転が楽しめるのは貴重な存在。ゲート式の4-3間をストレートにしてくれていたら、或いはシートのホールド性が良くなれば★4をつけても良いとさえ思えた。

●高速道路走行
ただでさえ排気量が小さい軽自動車で、全高1600mmと背が高く、直進安定性に劣ると言われている後輪駆動を採用しているアイの高速道路での振る舞いは誰もが気になるところであろう。

合流加速は市街地で確認したとおり4000rpm付近を使えば充分に車速が上がっていく。全開加速を計測すると0-100km/h 12.6秒程度だろうか。(NA車は26.9秒という雑誌データあり)



100km/h時のE/G回転数は3700rpm。私のカローラGTが3500rpmだと考えれば普通に見えるが父のN-WGNターボが2500rpmであることを考えればE/Gが回りすぎる印象を持つのだが、リアE/Gゆえに音源が遠く目立たない点でアイは得をしている。むしろ高回転だからこそ微小なアクセル操作に対するレスポンスが良好で速度管理がし易かった。風切り音は目立ち始めるが「ザー」と連続で気で「バサバサバサ」という変動が無い点は官能に有利だ。だから、意外なほど助手席の人との会話は容易い。

横風が強い伊勢湾岸道ではこれまで色んな軽自動車で走らせてきたのだがアイは確かにFF車と比べて横風で進路を乱されがちだ。アイもそれを知ってか知らずか80km/h付近を閾値にしてパワステの制御が変わって操舵力が重くなるロジックが入れてあるが、それがあるから安心とも感じられず対応が不足気味だ。これだったら、普段から手応えをしっかりさせて必要に応じてEPSが軽くなるFIAT500のTOWNボタンの方が親切だと思う。

横風が強くなくても、例えば速度差のあるトラックを追い越すだけでその気流の乱れを拾ってしまうこともある。同じ後輪駆動のセミキャブーオーバー車で感じた恐怖を思えば、ちょっとステアリングを強めに握っておけば100km/h巡航を続けられる分だけ優位ではある。また、EPSのチューニングの問題なのか中立付近の摩擦感が大きいことも少々気になった。高速域のふらつきなどは後年EPS+として改良型が開発され、ECU交換で改善するそうなのでその真価も確かめてみたいところだ。



動力性能的には充分追い越し車線にも出られる。カッ飛んでくる普通車には敵わないが常識的な速度で走る分には普通車と変わらないペースで走れる。ホイールベースが長いことでピッチングは小さく、ブレーキング時の姿勢も安定している。だから高速域のコーナーも怖くないし、ジャンクションでも活き活きと走ることができる。

せっかくなので新東名高速道路で120km/h区間を試した。静岡県に入り合法的に全開加速させながら120km/hに到達させた。4400rpmはかなり余裕を食い潰している感じがした。追い越しをかける場面では相当流れが速くなる場面もあったが加速が鈍くて後続車が怖い、というシーンは全くなかったので燃費の悪化さえ許せば、新東名で快適なハイスピードドライブが楽しめる。

御殿場で東名と合流し、長い上り坂を一気に駆け上ると足柄SAに辿り着く。私はここの湧き水が子供の頃から大好きだ。久々に顔を洗ったり飲んで楽しんだ。アイはというとE/Gを切ってもE/Gルーム内の冷却ファンが3分程度作動していた。デッキ下の蝶ねじを外してE/Gを点検しようと試みたがねじが熱すぎて触ることができなかった。



帰路は旧道でもある東名高速道路を選択した。より厳しいシチュエーションとして下り線の大井松田から御殿場までの難所も走らせたがRの小さいカーブや延々と続く上り坂をアイは健気に登っていった。車線変更禁止区間をトラックの後について登坂してもロックアップを外さずに静々とE/Gがトルクを出してくれる。もっとイジワルに登坂車線で速度を落としてから、じわじわぐーっとアクセルを踏み増した際もアイはシフトダウンで逃げずに制限速度を超えるかのようなところまで加速する。勿論、アクセル開度を一気に大きくするとシフトダウンするのは当然だし、燃費を考えるならハイギアで粘るよりシフトダウンした方が速く車速が上がるだけでなく、燃費にも有利でもある。だからと言って悪しきCVTマッピングの様に定常で低回転固定、加速のためのスロットル操作でロー側へ変速するとアクセル操作の次に起こることがE/G回転の急上昇なので加速にタイムラグが発生し、その後トルクが出てようやく加速度が上がる。アイのように出せるのならスッとトルクを出してくれた方が絶対的な加速度が小さくても気持ちいい。こうした振る舞いは、いにしえの大排気量車(例えばプログレやマークII)でよく味わえる。無論、キックダウン操作のように深く踏み込めばアイもロックアップを外し、シフトダウンしE/G回転を上昇させて高い加速性能を発揮する。



BEVはこういう瞬発力が必要なシーンでスッとトルクが立ち上がるので気持ちが良い。HEVもE/Gを加速させる傍ら瞬間的にモーターを動かすので音はともかくレスポンス自体は悪くない。かくしてアイは頼もしく標高にして300mの高低差を一気に登り切った。そのまま、私は御殿場JCTを直進して裾野IC方面へ向かった。というのも、アイが発売されていた時期は高速道路の制限速度100km/hだったので100km/h基準の道路で帰ってみたくなったのだが、これは正解だった。



横風があまり吹いていなかったという気象条件もあるが、100km/h近傍で淡々と走らせるとCVTの様にE/G回転が勝手に変動することも無く、一定で回り続ける。あまり騒がしく感じないままラジオを楽しみながら運転を楽しめるのだ。一般に新東名と較べてしまえば昭和40年代に開通した区間ゆえ、カーブもアップダウンも多い。しかしアイが持つ軽快な操縦性やアップダウンに強い動力ドライバビリティ性能が遺憾なく発揮できる舞台としては東名高速道路の方が向いていた。飛ばしすぎないで済むので燃費的にも有利だった。

高速での評価は★3 動力性能の良さは素晴らしいが、ふらつきが出るので1減じる。飛ばさなければ4つけられる。

●居住性
アイの魅力はスタイリングでありパッケージングだ。E/Gをリア床下に置いたことで前輪を前出しし、運転席も前出しできる。その結果、Rr席が広くなるという仕組みである。



前席を前に出して虐めるほど後席が(≒室内が)広くなる理屈だがあんまりやり過ぎると、パーソナルカーとして不適当なものになる。アイの場合、ペダルを基準にシートポジションを決めるとステアリングが遠い。チルト・テレスコが未装着なので背もたれはいつもより起こし気味にするとドラポジが無事採れた。本当はステアリングをもっと手前に引きたかったが、室内長のためにそれはできなかったのだろう。



改めて、確認するとステアリングとペダルレイアウトのズレは許容レベルで見晴らしがいい割にヘッドクリアランスがこぶし2個分もあり開放感としては申し分ない。助手席との感覚は軽自動車なら大きく変わらない相場観だが、キャビン断面が丸いので足元も狭い。このデメリットは積載性の項で触れる。後席はヒップポイント高いもののがヘッドクリアランスはこぶし1個分。膝前こぶし3個は軽としては広い方だと思うが、較べれば(現行型のN BOXは8個分)キリが無い。アップライトに座れてRrリクライニング機構が着いているのは素晴らしい。特にRrリクライニング機構は軽自動車だとすぐ後がバックドアガラスである事も多く、リクライニングの意味が無いものも多いがアイはE/Gがあるため逆説的にシートバックから後の空間が残っている。



後席が広いことはとても魅力的だが一方で、その広い空間でどうやって過ごすかという配慮に乏しいのが後席の欠点だ。具体的には姿勢を保持するアシストグリップが未装備(後の改良で追加)で、シートバックポケットなどモノを置く場所が無い。カップホルダーをセンターコンソール後端に一個分くらいは設定してあげて欲しかったし、携帯はドアのえさ箱に入れておくしかない。後席が広くできるパッケージです!と言いながら意外なほど後席が冷遇されており、せっかくの室内空間をもう少し活用できるようなおもてなしの心が欲しかった。我が家の場合は後席は子供のチャイルドシートが取り付くので、前後の寸法が採れていればアメニティ機能は不要だが大人を乗せた時のことも考えるべきだったのでは無いか。そうでなければもう少し前席のドラポジ改善のために前席を後に置かせてあげても良かった。結果的に後席の余裕を生かし切れていないのが少々残念だ。居住性の評価は★3。

●積載性
軽自動車は定められた3.4mという全長の中で室内空間を優先して場所取りをするので、荷室はベビーカー1台が積めるかどうか程度の容量しかない事が多い。アイは荷室の床面積が奥行き540mm×幅930mmと広いことが特徴だ。



勿論荷室デッキ下にE/Gが積まれているからであり、ローディングハイトの高さも誰もが指摘するところで760mmだという。これでもE/Gを45°傾斜して搭載してデッキ高さを下げる努力をしているが、絶対値として高いことは確かだ。この高さになるとスーツケースのように重いものを持ち上げるのに筋力が必要になる。一方、肩にかけるようなボストンバッグやエコバッグであればそのままヒョイとデッキ床面に置けるのでローディングハイトの高さは一長一短という感じである。さらに後席は5:5分割可倒なので後席に人を乗せながら1250mmまでの長尺物を積むこともできる。後席を前に倒すとシンプルなアクションでデッキ面と面一になるのも便利だ。



我が家は後席に子供を載せて週末の買い出しにアイを使用したが、一週間分の食料品やミネラルウォーターを積んで、さらに子供の習い事の手荷物を載せても問題なかった。このデッキの広さはBセグハッチバックに迫る。ちなみに、デッキ下のE/Gは走行によって高温になり、黒色カチオン塗装のサービスホールカバーは手で触れないほど熱くなる一方、その上に敷かれたウレタン製のインシュレーターは厚く、空気層を含んでいるのでカーペットが熱くなって冷凍食品が溶ける、と言うような事は起こらなかったのでご安心を。



一方で、ポケッテリアという意味では引き出し式のカップホルダーや、インパネトレイ、箱ティッシュが格納できるシークレットボックス、大容量グローブボックスやドアポケットが装備されている。他にシフトレバー前にトレイがあるが、実際にアイを使ってみるともう少し収納が欲しいと感じた。せめて運転席シートバックポケットくらいあっても良いし、キャビン断面が丸いことからドアトリム付近のドア断面が薄く、開口部はあれども収納力不足を呈している。更に良くない事に引き出し式のカップホルダーからは絶えず異音が聞こえてくる。樹脂同士の相性が悪いのか分からないが格納時も異音があまりにうるさいので少しだけ引き出しておくとピタリと異音が止んだ。



後の改良でシートアンダートレーが追加されたようだが、せめてそれくらいは着いていないとグローブボックスに車検証で占拠されるとサングラスや清掃用品、CDケースが入らなかった。ラゲージ下収納が望めないのは承知しているが、人よりどっかでカッコつける軽プレミアムなので、収納性能(=実用性)はやるだけやるけど良いでしょ?的な感覚で仕様選択が行われたのであろう。せめて助手席シートバックにコンビニフックとポケットくらいは欲しいなと思うのは私だけでは無いだろう。ekワゴンのプチゴミ箱があるんだから、アイ専用にメタリック塗装した「スタイリッシュゴミ箱」を用品設定するくらいの勢いが欲しい。

評価は★2。私はラゲージスペースに不満は無かったが、ポケッテリアは改善の余地あり。後年、改良されているあたり市場からの指摘が相当多かったのだろう。それに真摯に答えている点は好感が持てる。

●燃費
カタログ値は後に不正とされる値だが18.4km/L。N兄さんから一ヶ月半お借りして走らせた距離は合計4045kmで14.5km/L。その中でATF交換やE/Gオイル交換を行ってみたり、高速道路を様々なペースで走らせるなどした。

最低燃費は新東名経由で東京へ出張した際の12.5km/L、最高燃費は100km/h巡航を忠実に守った際の17.5km/Lであった。市街地走行を普通に行っていると13km/L程度、高速道路を交えて遠出すると15kmL程度という感覚だ。アイは燃費よりも走りの質感を重視した感覚があり、この値は良いとは思わないが納得できるレベルだと思う。



燃費不正で11%程度の乖離があるとされるので、アイの実際のカタログ値は16.4km/L。市場トータルで見てもカタログ燃費達成率88%となるがハイブリッドカーやアイドルストップ機構付のエコカーと呼ばれるモデルは達成率が6割程度の車もある。アイは燃費のために無理をしていないと考えられる。

アイのデジタルメーターは残量警告が出ると残り7Lとされる。実際に点灯して給油すると30L弱入る。燃料タンク容量は35Lであるから警告灯は比較的正確で、30L使ったときの航続距離は435kmとなる。セグメント表示が完全消灯するまで走らせて給油すると32.6L入ったので多少は余裕を持っている。このとき、トリップは480.8kmも走れたが本当のガス欠までに500kmは走れたようだ。



ちなみにiMiEVは新車当時航続距離は160kmと言われてきた。実際の航続距離は言わずもがなだが、私のように東京まで一気に車で出かける機会がある人にとっては435km一気に走れるガソリン車と較べれば、理想的な条件であっても30分の急速充電を4回実施して肩を並べるという事になる。まぁ、iMiEVは純シティコミュータなので比較すること自体がナンセンスではあるが燃料のエネルギー密度が高いガソリンE/G車の意義はまだある。

話を戻すと、アイの燃費は現代の水準で決して良くない。しかし贅沢のためにそれを使っていることが実感できるし以降の燃費に縛られて走る歓びもが減らされた現代の軽ターボよりもその値に納得感がある。

燃費を評価すると★3。燃費の絶対値は決して良くないが、動力性能のバランスを考えれば充分リーズナブルで燃費が悪いという評価は厳しすぎる。

●価格
軽プレミアムを指向したアイは軽のハイエンドモデルであろうとした。専用P/Fによる唯一無二の存在感や全車ターボ付というキャラクターは親しみやすいポジショニングのekワゴンとは全く違う層を狙っている。下記に価格を示す。



エントリーグレードのS(128.1万円)のスタート価格は軽ターボとしてみれば安いが、後述するとおり敷居の低さをアピールするアリバイのようなグレードである。

メイングレードとなるM(138.6万円)はアイの世界を楽しむにはこれで充分という三菱の思いが伝わってくる。印象を引き締めるドアサッシュブラックアウト塗装や運転席ハイトアジャスター、キーレスオペレーション、UVカットガラス(Rrはプライバシー)、AM/FMチューナー+CDプレーヤー(4SP)が追加され、必要充分な装備内容である。

SにMOPをつけて装備をMに近づけると11万円にもなるので、だったらM買うわ!と言いたくなる価格差になっている。

フラッグシップのG(149.1万円)はMに本革巻きステアリング、本革巻きシフトノブ、アルミホイールやディスチャージヘッドライトなど上級車向けの装備が与えられる。Mにホイールとヘッドライトをグレードアップした差額が9.98万円なのでそこまでつけるなら、+0.6万円で本革ステアリングとシフトノブに加え、マップランプが追加されるので決して割高に感じさせない点が良い。

メーカー発表のデータでは1月末から7月末までの半年間で2.7万台販売され、グレード比率は、G:40% M:50% S:10%という想像通りの結果だ。カラーは1位:シルバー 2位:黒 3位:レッド ということで試乗車のシルバーのGは多数派の仕様と言うことになる。ユーザー層は50代男性が多いことからもセカンドカー需要、独特のメカニズムに惹かれる玄人層に人気が出たことが窺える。



三菱としては更なる拡販を目指して、若年層の女性に向けたプロモーションも実施したが、既に若年層の車離れが叫ばれ始めた時期とも重なっており廉価なNAの発売もあったが、アイが欲しい人に行き渡ったあと目標販売台数のクリアは困難だった模様だ。

当時は軽自動車はこだわらなければ総額100万円前後で買える時代で、ゲタ代わりで良いというならダイハツミラが55.5万円で買えた時代だ。そんな時代にアイは開始価格が128.1万円もしている。後に軽の中心車種になったダイハツタントは相場を意識して99.8万円だった。

後に追加されたNA仕様はオートA/C付で105万円スタートだったが、同時期に発売されたダイハツムーヴは97万円、タントは108.2万円だったことを考えるとプレミアムな軽なら妥当な価格帯に設定してあったものの、当初の高いという印象が拭えなかったのと、メーカーが考えるほどプレミアムな価値を消費者に認めさせられなかったと推測される。

上級仕様で149.1万円というのも、各社が何となく設定している150万円というガラスの天井がそこにあった。ソニカカスタムRSは141.8万円、セルボSRも141.8万円、スバルR2タイプSSは142.3万円、趣味性の高いダイハツコペンも149.8万円、スバルR1_Sは153.7万円であることを考えると、実用性としてはスバルR2やセルボに近いアイが149.1万円というのは少々高いと思われるのが自然だ。



個人的にはアイの最上級仕様は165万円程度に設定して軽を超えるような装備水準にすべきだったと思う。軽だからという言い訳を排してアジャスタブルアンカー、防眩インナーミラーは当然標準装備すべきで、チルト・テレスコピックステアリングも質の高い運転には必要だ。その上で、オーディオの音質向上や専用シートを備えた「EXCEED」があっても良かった。変にガラスの天井近傍で燻っていたのでは他社製品と比較されやすいが、むしろ軽を超えた存在として君臨しておいた方が比較的裕福な輸入車オーナー達へのセカンドカーとしてアピールにもなって収益性も上がったかも知れない。(この場合でも数を売るのはMグレードだろう)

後年になるとスライドドアというキラーコンテンツがあるとは言え、2011年のN BOXカスタムターボは166万円でもちゃんと一定数売れていた。

●プレミアム市場はあったが、コレじゃなかった
アイはリアE/Gを採用することで衝突安全性能を有利にしながらロングホイールベースによってゆとりある室内空間を得た。またスペアタイヤを法規緩和を活かして小さなパンク修理キットに置き換えてスペースを確保し、優れた重量配分(45:55)によって高い操縦性も得ていた。そして、実用性や手軽さを考えて5ドアと2輪駆動を用意した点はホンダZや当時のスマートに対する大きなアドバンテージだった。

当時の流行でもある美しいワンモーションフォルムを描きながらも、四隅に置かれたタイヤの上に繭がちょこんと乗ったようなスタイルは、軽自動車以外を見渡しても誰にも似ておらず、魅力的だった。インテリアも赤いシートがアクセントになって、懐かしくも新しいレトロフューチャー感覚のデザインが楽しめた。



確かに走らせてみると、軽であることを言い訳にしない非凡なる走りが楽しめる。
リアE/Gゆえの静粛性や加速感、普段使いで分かるブレーキング時の姿勢の良さや、操舵時に鼻先がスッと内側を向く操縦性はアイならではの味と言えた。開発車がテーマとして掲げたプレミアム性は確かに実車にも反映されており、アイに乗った多くの人にもアイが力作であったと実感できただろう。

それでは実際にアイはヒットしたのか?というと商業的には失敗ということになっている。奇抜なデザインとマニアックなメカニズムは軽の代表的なユーザーの指向から外れているだけでなく、最初のターボのみという高価格設定や4速ATのみの設定、Rrアシストグリップがない、助手席バニティミラーがない、アジャスタブルベルトアンカーが無い、など装備面の貧弱さも目立っていた。軽を超えるプレミアム軽であろうとしながら、ちゃっかり軽の常識に染まっているのは少々残念である。当時の目線で150万円を超える軽規格というものは本当に割高に見えた。



これはアイを中心とした販売台数のグラフである。デビュー直後はよく売れていたがすぐに失速し低空飛行になってしまった。アイが三菱最量販だったekワゴンを超えることはなく、グラフでは省略したがワゴンRは常に1.4万台以上販売しており、それらメインストリームと較べればアイは失敗に見えるかも知れない。

しかし、アイと同時期に各社から産まれたプレミアム指向の軽乗用車は軒並み「どんぐりの背比べ」である。ソニカも軽自動車でありながらターボ×CVTのみの設定で、空力性能を意識した低い車体とレーダークルコンに代表する上級装備が楽しめたが、販売状況はアイを下回る燦々たる状況であった。競合車と目される車で最もよく売れたのはセルボだ。男性をターゲットにして上質な内外装を与えられている。さすがスズキの販売力と企画力ゆえ、デビュー直後以降は三菱の主力のであるekワゴンに迫る勢いで売れていたが、それすら軽市場の中ではヒットと呼べるものでは無かったのだ。



軽自動車の内外装をレベルアップし、登録車に代わる存在としてエクストラコストを支払って貰える存在だったかというとそうでは無かった。グラフを見る限りアイは期待より売れていなかったものの、自然吸気仕様や廉価な特別仕様車を追加して善戦していたと気づいた。販売目標を満足にクリアできなかったとしても、あれだけ個性的な車が発売後2年で5万台売れていたのだ。メーカー不祥事によるイメージダウンを考えてもアイが純然たる失敗作だったと断罪することは厳しすぎるかなと私は感じた。2006年前後の「プレミアム軽」は内外装や走行性能の質感を引き上げるという付加価値にエクストラコストを支払って貰おうとしていたと思われる。例えば都市部在住の高級輸入ブランド保有層が面白がって買って貰うセカンドカー需要にもアイはある程度食い込むことができたが、彼らが皆アイを買うわけでも無く、発売後しばらくの後に欲しい人には行き渡った感があった。

2025年現在、登録車よりも高額でも売れている「プレミアム軽」はしっかり売れており、いわばトップカテゴリーとも言える存在になっている。ただしそのプレミアム軽はミニバン顔負けのスーパーハイト軽だ。電動スライドドアやサーキュレータ、オットマンやロールシェードを持ち、広大な室内空間を誇りつつも軽自動車らしい扱いやすさは残されている。一方で走行性能や個性的なスタイリングに対しては「それなりのレベル」でお茶を濁している。つまり、軽ユーザーが求めるプレミアムは「実用性」であったということだ。総額200万円を超えていても実用性を飛躍的に高めたプレミアム軽自動車が飛ぶように売れている。

アイに限らず、ソニカ、セルボなどの販売が振るわなかったのは、従来の軽ユーザーにとって過剰だっただけでなく、狙っていたダウンサイザー達も軽には「軽らしさ」や「実用性」を求めていたのではないか。アイと共に暮らしてみてその良さが好ましいものだっただけに、「市場性が無かった」「ビジネスだから仕方ない」からと言って「プレミアム軽」を消し去ってしまうのは非常に勿体なかった。セルボが先行二車種より売れていたのは、プレミアム感が希薄な代わりに機構やコンベンショナルで実用性とのバランスが取れていたのだろう。車好きの一人としてアイの面白さやソニカの方向性が支持されず、途絶えてしまったことは寂しさが残る。

5ドアハッチバックが急にヒットしたり、セダンが斜陽化するなどユーザーのニーズはいつまでも一緒では無い。少子高齢化やxEV化の台頭など市場の背景の変化によってアイやソニカのようなプレミアム性が求められる日が来るかも知れないし、海外でも軽自動車のニーズが認められて
国際商品として市場規模が大きくなることもないとは言えない。



それらのプレミアム軽にはどうか登録車では当たり前になりつつあるアジャスタブルアンカーや防眩ミラー、チルテレなどの基本的な安全装備は省かずに、世界に輸出できる軽を目指すべきだと個人的には思う。800ccを積んだ低所得者向けマイクロカーでは無くグローバルに戦える「日本発のハイテクプレミアム盆栽Kカー」が出てきて欲しいと願わずには居られない。せめてiベースのムルティプラのようなキャブオーバーコンセプト「SERO」も見てみたかった、とか車幅を軽規格を飛び越えればとんでもない可能性を秘めたリッターカーになったんじゃ無いか?など
私の想像力を刺激する存在だった。

●アイは既に2000年代のネオ・クラシックカー予備軍
アイは長いモデルライフの中で、一部改良でサスやEPSの再適合を図り、燃費を向上し、細かい装備類の改訂を行っているが、特に忘れてはならないのは2009年に発売された「i-MiEV」のベースとなったことである。床下に電池を吊り、E/Gの代わりにモーターを積み、一般販売を行った歴史的な軽自動車だ。内容的な先進性と乗り味がマッチしており、初めて運転したときの感動は忘れられない。高速道路を爆走していると「快速急行」に乗っているような感覚があったのが面白い。独特のメカニズムを持ったアイだからこそEVコンバージョンも容易になったのだと思うとアイは充分投資の価値があったと思う。

三菱にとってアイは攻めすぎた失敗事例の一つと捉えることは少し厳しすぎる見方なのかも知れない、と私は同情的になるほどアイは乗れば乗るほど魅力が伝わってくるプロダクトだった。気づけば、異音を修理し、ガタついたロッカーモールをインチキ修理し、脱落したクリップ穴に新品クリップをあてがい、勢い余ってATFとE/Gオイルを交換してしまった。



アイと共に暮らすようになった一時期、街でまだ生き残っているアイを見かけた。マニアが保護していると思われる個体、おじちゃんおばちゃんの生活の足、格安MiEVでEVライフを楽しむ個体、など不人気と言われながらも意外と残存している気がする。息子が通学路にアイがあるというので見に行ってみるとピンク色の後期型が止まっていた。

三菱自動車はパジェロ亡き後もSUVイメージで少しずつイメージの回復を図っている。この流れに水を差すつもりは無いが、例えばアイに向けたリフレッシュプログラムやアップデートキットがあると面白い。ディスプレイオーディオやフル液晶メーターなどである。発売から20年近く経過し、ネオクラシックカー的な立ち位置に差し掛かるとき、少しでもアイが残され、愛される存在に留まれることは三菱自動車にとってもメリットがあると思う。SUV群もエボシリーズも三菱らしいが、アイだって充分イノベーティブな三菱固有のヘリテージなのだ。日産サクラの技術的下敷きになっているだけなのは勿体ない。

2000年代のネオクラシック車をアイして止まないマニアの皆様方におかれましては、そろそろ底値の個体を保護する時期がやって来たと思われる。あっという間に部品がなくなる前に程度の良い中古を確保し、育て始めた方が良い。行動せよ!部品が無くなり、25年ルールで輸出解禁されるなどして日本から中古車が消える日は時々刻々と迫っている。(経験者談)



最後に貴重な初期モデルのシルバー赤内装のGを一ヶ月以上貸して下さったオーナーのN兄さんに感謝申し上げる。有り難うございました。
Posted at 2025/06/27 00:13:14 | コメント(4) | トラックバック(0) | 感想文_三菱 | クルマ
2025年06月13日 イイね!

2023年式GR86 Cup Car Basic感想文

2023年式GR86 Cup Car Basic感想文●排気量アップは誰の判断?
2021年、86はフルモデルチェンジを受け、GRガレージ専売車種として「GR86」となった。初代モデルは2012年、AE86を現代に蘇らせることを目的にFRスポーツカーの走りを身近なものにするために発売された。

念のために1983年に発売されたAE86について触れておきたい。もはや語り尽くされた感があるが、もう40年以上前のモデルであり全く知らない、或いは産まれたときからイニDのイメージ強いという人も増えてきているかも知れない。

AE86はカローラレビン/スプリンタートレノのフルモデルチェンジ版であり、一世代前のTE71系のP/Fを流用して後輪駆動を堅持したことが最大の特徴である。さらに80年代的なハンサムさを持ったスタイルと、新開発だった16バルブDOHCを採用した4A-GEUやラックアンドピニオン式ステアリングを採用していた。一足早くFFを採用したものの、進みすぎたと評されて不振に苦しんだカローラセダンを販売面で助け、当時は根強かったFRファンの期待にも応えた。

1987年にAE92系にフルモデルチェンジし、レビン/トレノもFF化された。ミニソアラ的な雰囲気をデザインで漂わせ、スーパーチャージャーによるハイパワー化やテールハッピーなシャシーなど市場が求めるものを上手に形にすることで販売台数自体はAE86を上回った。

旧型となったAE86の中古車はタマ数が多く、相場も安くなり手に入りやすい。保有母体が多いモデルならではのチューニング・ドレスアップパーツが豊富さは「好みに合わせて作り上げる楽しみ」が深まっていった。決して速さで最新モデルを凌ぐわけではないが、持ち前の敷居の低さ、パーツの豊富さ、さらに単純なメカニズムを持った後輪駆動車として独特の地位を築き上げた。

2012年の初代86は、AE86のスタイルや諸元など形あるものをリメイクしたのでは無く、AE86が持つ手に入れやすく、初心者にも扱い易い「親しみやすさ」と「カスタマイズ性」という形のない、そしてAE86が奇跡的に醸成した周辺環境の再現を重視して作られている。

新規開発の後輪駆動P/Fを持ち、スバルとの共同開発によって水平対向E/Gによって低重心化を果たし、物理的な諸元には拘りつつも、フルノーマル状態の86は過度に速さを追い求めていない。速さのためにハイテクな四駆も過給も求めず、ハイグリップタイヤすら開発せず、プリウス用のタイヤを流用してまでスポーツカーの裾野を広げる身近な入門車として開発されていた。

さらにトヨタ販売店の中でカスタマイズ拠点としてAREA86を開設し、ビギナーの背中を押す体制も整えた。

「スポーツカーは、カルチャーです。」

というコピーは86のコンセプトをシンプルに表現していた。デビュー直後は積極的な宣伝も相まって1年間で2.6万台を販売し、4.7万台を輸出した。

実際に前期は私もよく運転した。ちょっとしたクローズドコースで限界付近で走らせて(しくじって)スピンさせたり、定常円旋回し過ぎて燃料が偏ってエンストしてカブって再始動できなくなり散々な目に遭ったこともあった。徐々に慣れて来ると、高級感は皆無だけど動力性能が丁度良く、正円ステアリングは正しく回しやすく、6速MTは適切に決まり、ブレーキもコントロールしやすく作られていることが分かった。路面が濡れていれば、コーナー出口でわざとアクセルを開けてリアを滑らせながらカウンターを当てる気持ちよさも楽しんだ。

欲しい人に行き渡ったのか販売的には徐々に落ち着いていったが、トヨタが偉大だったのは86を最初の話題性だけで売って放置せず、最後まで育て続けたことだ。

前期に乗ったあと、後期に乗ればその違いがちゃんと分かるくらいレベルアップして商品性の維持に努めていたし、廉価な中古車のタマが増えるに連れて若年層オーナーが保有する86も多く見かけるようになった。初代86がやりたいことはほぼ実現したと言えるのでは無いか。私の趣味の違いから86の全てを肯定しないが、それでも偉大な存在である事に異存は無い。

2021年、86がモデルチェンジしGR86となった。GRは言わずと知れたガズーレーシングの頭文字でガズーというのが今の会長である豊田章男氏がトヨタ自動車で立ち上げたEコマースサイトの名前である。



G'zなどと呼ばれていたスポーツコンバージョンモデルはGRスポーツと名称変更されるなど商品の整理を行った上でAREA86を発展的解消し、GRガレージという専門の販売店も準備した。(ただし、従来の店舗でも購入可能)

新型はGR86を名乗るため、本格スポーツモデルとして明確に定義されたが、ボディサイズは殆ど変わっていない。



年々肥大化する自動車業界において「大きくしなかった」というのは相当な努力を要するが、デザイン部署や衝突安全評価部署などに対して「ダメだこの諸元で成立するように」と企画側でギリギリの説得(圧力?)を重ねた結果だろう。

エクステリアは正常進化かつスーパーカー的にスッキリまとめたが、その分没個性になっているのが少々惜しい。だからといって加飾ギラギラのエモーショナルに振らなかったことは大変ありがたいし、カスタムする人からすればスッキリしている方が腕の振るい甲斐があるだろう。

走行に関する部分で最も大きく変わったのは搭載E/Gが2Lから2.4Lにスープアップされたことだ。スバル・アセントと同じE/Gだが、NA化され圧縮比が12.5に高められている。低速トルクが増強され、高回転での伸びもたくましく、みんなを幸せにするエントリースポーツカーというより本格スポーツカーと呼ぶに相応しいパフォーマンスを得た。

運転してみると、パワフルなのは事実だが特にアクセル操作に対するレスポンスが私の感覚と合わず、ギクシャクしてしまう点が気になるレベルだった。全開加速だけなら別に大したことは無いが繊細な運転操作が必要な市街地走行では、かなり神経質な印象だった。



残念だがフレンドリーな初代、特に後期型の方が数段マシという結論である。ただし、GR86は年次改良が繰り返し行われてスロットル特性は既に改善されたという情報もある。スポーツカー文化醸成のために必要なことは一過性の話題になることではなく、絶え間ない改善と法規対応による継続が必要だ。

旧い話だが1989年にSW20系MR2がデビューしたときも、個性派セクレタリーカーだった初代から一転して本格スーパーカールックの2Lターボとなった際、パワーがシャシーに勝ちすぎていて危険な車という評価が下された事があった。箱根で行われたシャーナリスト試乗会でクラッシュがあったとか無かったとか。当時のトヨタが立派だったのは以後、1998年までの9年間で4回の改良を継続的に行った点である。初動の躓きから見放さずにコツコツと対策して熟成させることでMR2を常にブラッシュアップし、商品性を維持し続け、1999年にMR-Sにその座を譲るまで日本の貴重なミッドシップスポーツの地位を守り続けた。



こうしてみると、トヨタは意外とスポーツカーをじっくり育てる良い伝統があると言えるかも知れない。GR86も同じように2021年のデビューから、いずれ来るモデル末期に至るまで改善を積み重ねて欲しい。そうであるならば、GR86によって日本のスポーツカーカルチャーは今後も維持されるだろう。

こうした初代から続くGR86の功績を大いに認めている私であるが、それでも排気量の拡大は不要だったと私は思う。もはや我が国の交通環境で使い切れる範囲を超えている。海外向けは2.4Lで国内向けは2.0L継続でも良かったんじゃ無いかと思える程だ。また、そのパワフルなE/Gを手なずけるのに電子制御スロットルは不幸なほど役立っていない。せっかくのドラポジ、せっかくのシャシ性能を生かし切る事ができず、変速で車を揺らさないことで精一杯になる感覚だ。

Posted at 2025/06/13 00:40:52 | コメント(1) | クルマレビュー
2025年05月24日 イイね!

2017年式BMW M240iクーペ ミニ感想文

2017年式BMW M240iクーペ ミニ感想文●隠しメニュー的な逸品
みん友のKoheiさんのニューカーに乗せていただいた。私にとってちょっとだけ運転したX1 18d以来の久々のBMWだが、今回はマニアックな2017年式のM240iである。

私がぼーっとしている間にBMWの命名則が変わり、基本シリーズが奇数で応用車型が+1の数字になった。すなわち2シリーズは1シリーズの応用車型であり、2ドアクーペやカブリオレ、ミニバンや4ドアクーペが存在する。

今回の試乗車はBMWの中ではコンパクトなボディに対して貴重な6気筒3.0LターボE/Gを後輪駆動で楽しむという古典的な楽しみを現代に残すべく作られたM240iだ。



2シリーズクーペの基となる1シリーズクーペは2007年に登場し、1シリーズと同じ顔にAピラー以降は専用のボディが載せられた。エンジンバリエーションは直列4気筒2.0Lと直列6気筒3.0LターボでMTが設定されていた。後継モデルの初代2シリーズクーペは2013年にデビューした。2011年にデビューした2代目の1シリーズがベースとなったが、意匠はよりBMWらしい精悍なものに改められ、5ドアハッチのM140iでは選べないMTが選べることも特徴だった。エンジンラインナップは幅広く、直列3気筒1.5Lターボの218iから直列4気筒2Lターボの230iまでが選択可能だが、試乗車はMパフォーマンスモデルであるM240iである。

BMWは通常モデル(甘口)をベースにスポーティな内外装を取り入れたMスポーツ(中辛)、E/G性能を向上させるなどM社による味付けが施されたMパフォーマンスモデル(辛口)、M社製のE/Gを積んだMハイパフォーマンスモデル(激辛)という4種類のレベルが存在するという。



通常モデルでも充分スポーティなBMWなので内外装をスポーティにしたMスポでも充分楽しめる。しかし、試乗車のM240iはMパフォーマンスモデルであり日常使いと高い趣味性の両立を目指したモデルであり、M2に代表されるMハイパフォーマンスモデルはサーキット走行を念頭に置いてM社が開発した車両という棲み分けがある。

若干、レクサスの「F」の考え方に似ているがBMWが凄いのはMパフォーマンスモデルのために専用の直6ターボE/Gを用意し、それを多くのモデルに設定しているところだ。

ダウンサイジングやらレスシリンダーで低炭素社会への適合を図るという欧州自動車ブランド達の戦略の中でかつてのように大排気量マルチシリンダーE/Gを残せなくなりつつあるところ、M社はスペシャルなMパフォーマンス用に伝統の3.0L直6を残しているのは素晴らしい。今はMパフォーマンスモデルでも直4があるようで、今後レスシリンダー化が避けられないのか気になるところだ。

実際に試乗してみると、私のような低いスキルでは馬脚を現すことのない上品なスポーツクーペだった。BMWの後輪駆動3Lの2ドアクーペとくれば、スポーツ一直線のハードな味付けを志向してしまいそうになるが、M240iは肩透かしを食らうほど普段使い可能なサイズ感で実用性とスポーティネスを高い次元で両立していた。



車を普段使いにも使うが、趣味性も我慢したくないという方にフォーカスした味付けは、サーキットスペックに特化したM2や、更なるムード派のためのMスポがあるからこそ存在可能なキャラ設定である。しかも、BMWらしい駆け抜ける歓びという意味で上位のM2へ意識が行きがちだし、収入が充分ある方は「一番ええヤツもってこい」とM2を選んでも不思議は無い。そこを敢えてM240iを選ぶという人が世界にどれ位居るのか分からないが、そこに向けた商品を抜け目なく準備しているBMWは懐が深いなと感じる。

ビジネス的にはこの様な狭いニーズを満たさず、快適なMスポと本格派のM2があれば、エントリーとフラッグシップの点と点は結べる。しかし、ここにM240iがある事が重要なのだ。

これも、平素から1-3-5-7という絶対的な基幹シリーズでブランドイメージを堅持し、X系で粗利を稼ぎ、共通使用できる直6E/Gを準備しているからこそ、手持ちコンポーネントの組み合わせでユーザーのワガママに応えることができる。

高級車とは実用性や性能を超えてオーナーのワガママに応える存在であると私は考えている。M240iは、まさにボディサイズを含んだ実用性・ラグジュアリー性と過剰とも言えるスペックのE/Gを搭載した本格スポーツカーの世界を両立するという容易に叶えられないワガママを叶えた貴重な高級車の一つであると結論づけたい。



これは★4だ。最新モデル群のエグ味が無く相当良かった。いつかMTにも乗ってみたい。この素晴らしい性能を隠しながらジェントルに走れる「能ある鷹」タイプの方ならっ★5が付いてもおかしくないが、能なしノイマイヤーはこの高性能を発揮したくてウズウズして青い免許すら維持するのが困難になりそうな恐れゆえ★4である。使い切れる高性能という範囲を超えた超高性能車である。

大切な車を運転させてくださったオーナー様に感謝。
Posted at 2025/05/24 00:38:27 | コメント(3) | クルマレビュー
2025年04月25日 イイね!

2008年式ヴィッツ1.0Fリミテッド感想文

2008年式ヴィッツ1.0Fリミテッド感想文●終わりの始まり

代車で距離浅の2008年式ヴィッツを借りたので記録に残したい。

「21世紀My car」のヴィッツは1999年にNBC-I(ニューベーシックカー)として世に出た新世代Bセグメントハッチバックである。



それまで陳腐化してしまっていたスターレット・ターセル・コルサ・カローラIIを一気に統合して二回り新しい思想を取り入れた渾身の傑作だとティーンエイジャーだった私は心酔した。

ディーラーで展示車を見たり乗ったりしているうちに気に入ってしまい、「いつか2ndカーとしてUユーロスポーツエディション・ペールローズバージョン(長い)に乗りたい!」とまで思うようになっていた。

実際に2010年~2011年まで色違いながらUユーロスポーツエディションを所有した。既に旧型のヴィッツだったが、私は大いに気に入って過走行ペースで共に暮らした。

当時は1992年デビューで既に旧くなりつつあったものの完成度の高いマーチと、質実剛健過ぎて華がないとされたロゴが競合であり、デミオは少しステーションワゴン寄りのキャラクターで廉売を続けていた。

欧州人スタイリストの手による凝縮感のあるフォルムやアップライトな新世代パッケージとVVT-iやイータビームサスに見られる新技術の大衆化によって当時は頭一つ抜けた新しい車に感じられた。

1Lでスタートしたヴィッツは1.3Lを追加し、バリエーションを拡大した。ファンカーゴやプラッツのようなボディバリエーション違いも追加して
世界的にもトヨタのプレゼンス向上に寄与した。

一方で国内では2000年に「思い立ったが吉日生活」のホンダフィットが登場。低価格なBセグハッチバックでありながらツインスパークによって燃焼を改善し、CVTのワイドレンジで23km/Lという低燃費と助手席に燃料タンクを配置することでRrにフラットな低床フロアを実現したことで空前のヒットを記録した。

当初トヨタは「フィットの競合はファンカーゴであり、荷室容積で勝る」などと意味の分からないことを言っていた。ヴィッツは正統な欧風リッターカーだったが、フィットの持つ高性能とユーティリティという飛び道具の面白さに負けてしまった。

結局、高級車からのダウンサイザー向けのイストの最廉価仕様の価格をフィットと揃えるという奇策にでたりして複数の派生車で包囲したが、ヴィッツも2002年のマイナーチェンジで新開発E/Gに変更し、更にCVTを採用するなどして10・15モードで23.5km/Lを達成、のちに追加されたアイドルストップ仕様は25.5km/Lとして対抗した。

今回試乗したヴィッツは2005年にデビューした2世代目のマイナーチェンジ版である。「水と、空気と、ヴィッツ。」の広告コピーからはヴィッツが人々の生活に無くてはならないものだ!という自負が感じられる。



ボディサイズはBセグサイズながら全面的に拡大され車幅は小型車枠いっぱいになった。革新的だった初代のP/Fを流用するかと思いきや、新開発のP/Fを採用してきたことには驚いた。それだけ当時のBセグメントは各社がしのぎを削っていたことが想像される。

ホイールベースが90mm延長されつつ前席ヒップポイントを590mm(先代比+15mm)としてアップライトに座らせて後席との感覚を880mm(先代比+45mm)とカローラ並を確保。

少し齧歯類を思わせる丸っこいスタイリングは恐らく歩行者保護性能やチッピング性能、或いは欧州で厳格化されたダメージャー(修理費用低減)など初代ヴィッツでは未対応だった性能への配慮から産まれたものだった。



メカニズム面の大きなニュースはベーシックな1.0L仕様が新開発の3気筒になったことである。シリンダー数を削減するメリットは大きい。例えば摩擦損失が小さく、冷却損失が減って熱効率も有利だ。さらに部品点数を減らしてコスト的に有利なだけでなく、E/G幅が狭くなることでタイヤ切れ角を確保できて小回り性能が上がり市街地での取り回しにも有利となる。開発陣も「燃費とトルクで3気筒に決めた」と発言していた。

他にも先代で追加された直4 1.3Lと直4 1.5Lも含め、3つのE/Gと2つの駆動方式、3種類の変速機というワイドバリエーションとなった。(更に海外向けにはディーゼル車もあった)

商品としての立ち位置は基本的に初代を引き継いだ。先代では6~7割が女性ユーザーだったため、ターゲットした女性ウケは良かったものの男性ユーザー、特にダウンサイザーにとっては少々丸過ぎると受け止められたようで、トヨタが期待したほど人気が得られなかったとみてマイナーチェンジでは少々シャープさを取り戻し、改良の度に燃費性能を磨いていった。

運転してみると、1.0Lとは思えない力強い出足や常用域のトルクフルな走りに満足出来た一方で、直3E/G由来の強烈な振動は、明らかに精彩を欠いていた。フロアもステアリングも揺れて揺れて今心が何も信じられないまま・・・という状況だった。

基本的には先代よりクオリティアップし、先代のネガに対する声に応えた点も多数見受けられ、どちらかというと攻めのFMCだったようにも思う。特に途中でカーテンエアバッグ標準化という英断を下した事は特にコンパクトカーにとっては正しい選択だったと信じている。きっとこの判断で何人かの命が救われただろう。

一方、モデルライフ後半になると分かり易いカタログ燃費争いが始まり、地味なコストダウンが始まった。LEDストップランプをバルブに戻し、カーテンシールドエアバッグを再びOPT化して見せた。

2010年には最後のヴィッツとなる3代目がデビューし、2代目はモデルライフを終えた。



こうしてヴィッツの3世代を見ていると、ベースの無い初代が一番跳んでいて、2代目以降は段々と大きくなり、競合に対するアドバンテージが無くなり、凡庸な車になっていく歴史だった。この感覚は、「面白4WD」だったスプリンターカリブが3世代で牙が抜かれていった歴史を追体験したかのようだ。現行型のネガをどんどん洗練させていき、共通化を進めて、お客さんが買換えを渋らない程度に原価を下げて本来の濃い魅力を水で薄め続けた・・・。

ヴィッツは初代の志を持ち続けて、帰国子女であり続けるべきだったのではないか!なんて正論は簡単に言えるが、激戦Bセグメントの主役とも言える存在であり、時代に翻弄された向きもあろう。実際に国内のネッツ店の最量販車種であり、パッソとの厳しい社内競合もあった。



初代に感銘を受けて所有していた私が2代目ヴィッツと共に暮らすと、その確実な進化と、致命的とも言える欠点、そしてその後の歴史を暗示するような「終わりの始まり」を感じざるを得なかった。

1.0L車は新車時から振動が酷く★2つとせざるを得ない。直4なら★3つ。
Posted at 2025/04/25 23:38:34 | コメント(3) | クルマレビュー

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「@シケイカ★フェンダーミラー将軍・発動篇 さん 一番早いのはトヨタの90333で始まるペッタンシールで埋めますか?ゴム製のグロメットあるといいですね。」
何シテル?   10/14 12:52
ノイマイヤーと申します。 車に乗せると機嫌が良いと言われる赤ちゃんでした。 親と買い物に行く度にゲーセンでSEGAのアウトランをやらせろと駄々をこねる幼...
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