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ノイマイヤーのブログ一覧

2025年09月21日 イイね!

2023年式フレアワゴンXS/スペーシアHYBRID X感想文

2023年式フレアワゴンXS/スペーシアHYBRID X感想文●宿敵を超えようとする執念が育てた商品

スーパーハイト軽は名実ともに現代の大衆車である。「現代の最もポピュラーなファミリーカー」というタイトルを欲しいままにしているジャンルだ。かつての大衆車は1000ccクラスの2セダンだったが、日本国内ではいつしか軽規格にスライドドアを組み合わせた3列ミニバンの3列目を切り飛ばしたような商品が市場を席巻した。

この市場は2003年にダイハツがタントで切り拓き、ホンダがF1技術者をLPLに抜擢して追撃したN-BOXが大衆車としての地位を確固たるものにした。

アルトやワゴンRで軽自動車の新しい世界を切り拓いてきたスズキはどう戦ってきたのか。タントから遅れること5年、2008年にパレットを発売した。



スーパーハイトプロポーションに両側スライドドアを組み合わせてタントに挑んだのだが、前年にFMCを敢行した2代目タントはミラクルオープンドアを採用し商品性を高めており、まんまと陳腐化されてしまっていた。例えは2008年(1-12月)の販売台数はパレットが7.3万台だったのに対してタントは15.9万台売っていた。スペーシアは完敗だが、まだワゴンRが20.5万台と軽自動車のトップに君臨していた。

2013年に名称をスペーシアに改めて再度挑戦した。スズキがダイハツとの燃費競争で磨き上げた
低燃費技術エネチャージや、実質的なマイルドハイブリッドともいえるSエネチャージを採用したのだが、今度は彗星のように現われたN-BOXの前に敗北してしまった。



例えば2013年度の販売台数はスペーシアが13.8万台売れたのに対し、タントが18万台と勝り、N-BOXに至っては22.6万台を売って軽自動車トップに君臨していた。グリーンハウスが大きくて明るい健康的なハイトワゴンだったのだが、ユーザーからはこのことが不評だったと後に判明するのである。

2017年の2代目スペーシアはスーツケースをモチーフに内外装をトータルコーディネートし、先進安全技術と新P/Fによる軽量ボディとマイルドハイブリッドの組み合わせで燃費を磨き対抗した。



このスーツケースデザインには秘密がある。それは先代の不評点「開放感があるが、一方で不安感がある」という顧客からの声に応えてベルトラインを高くしているのである。スズキも悔しかっただろうが隣にN-BOXを並べてショルダーの位置を調整しながらデザインした事で、N-BOXが持っていた「立派さ」と「守られ感」を手に入れた。

競合を真似するだけではない。年々過酷さを増す酷暑への配慮としてスリムサーキュレーターを軽として初めて採用し、逆に冷房のスポット風が苦手な女性を意識して風を拡散させるエアコングリルを採用した事もニュースになった。ソフト・ハード共にライバルをベンチマークし、着実に距離を詰めていった。例えば2018年(1-12月)の販売ランキングはスペーシアが15.2万台と13.6万台の3代目タントに勝利する事ができた。確かにタントは2019年の全面改良を控えており、商品力が低下していたとは言え遂に悲願を達成する事ができた。しかしながら、N-BOXは相変わらず24.2万台を売ってトップを維持していた。時々トップをスペーシアがN-BOXから奪う事ができても年間ランキングではN-BOXが優位であり、2024年(1-12月)もスペーシアが16.6万台に対して、N-BOXは20.6万台を売っている。



ただし、N-BOXが昨年度累計比89%と人気を落としているのに対して、スペーシアは135.5%と追撃の勢いが強まっている。N-BOXが高いブランド力を以てトップを守り続けるのか、スペーシアがこのまま商品力強化を積み重ねて悲願を達成するのかこれからも目が離せない。



今回試乗したのは2023年12月にデビューした3代目スペーシアのマツダ版(フレアワゴンXS)だ。
「わくわく満載!自由に使える安心・快適スペーシア」が商品コンセプトである。フレアワゴンXSはノーマル系上級仕様で、子育て世代のセカンドカー、或いはメインカー需要にも応えうる便利装備が満載されている。

ターゲットユーザーは
①後席に家族や仲間、荷物を載せる事が多いユーザー
②軽ワゴン及び軽ハイトワゴンからの乗り換えユーザー
③室内の広さは欲しいが、経済的に維持しやすい軽自動車を求めるユーザー
特にノーマル系は日常の脚としての利便性・経済性に軸足を持ちつつ広さを求める人としている。

スペーシアは子育て世代だけではなく、子育て終了層もターゲットにしているが彼らは購入時に特に重視する機能として安全運転支援機能を挙げているというデータに基づき予防安全装備が強化されている。具体的には単眼カメラとミリ波レーダーに加えて超音波センサーも追加したことで衝突被害軽減ブレーキの機能のうち、交差点での衝突回避機能や対自転車事故への対応能力が上がっている。

成功した先代を引き継ぎ、今回は「コンテナ」をモチーフにしたエクステリアデザインだが、先代より少し大人しくなったと印象で先代は可愛く作りすぎたという反省があるようだ。リブをたくさん入れた箱っぽいデザインは実際に触ったときの剛性感もあり、触感による頼もしさも持っている点が面白い。



走らせてみると、スーパーハイト軽の進化を感じる。加速性能は緩慢でむず痒く苦しいものの、一旦速度が乗ってしまえば、扱いやすい。また、ブレーキの減速感は希薄なものの、コントロール性が高く同乗者の状態を揺らさないように停止できる点は、10km/hでE/Gを止めたときの挙動と合わせて同乗者への違和感を消す事が可能だ。

高速道路は絶対的な出力不足が効いてくるシーンであり、追い越し車線を元気に走るような勢いは無く、月に1回以上高速道路を走る機会があるならターボを選んだ方が良いと思う。NAではハッキリ動力不足と言い切れるレベルだ。

ファミリーがこれ一台で全てをこなす、と考えると動的性能の頼りなさの総合的レベルアップが必要だ。しかし、それ以外の運転席のホールド感とキャビンの広さ、後席の便利さや収納へのこだわりを見ているとP/F流用で手堅くまとめたスペーシア(フレアワゴン)が支持されるのも納得がいく完成度だと素直に感心した。ただし、仕様設定に関しては廉価グレードの左側だけでもパワースライド機構のオプション設定があると良い。



ライバルが存在し、販売で優位に立つために改良を重ねていくことの大切さを実感した。★をつけるなら3。例えば動力・操安・制動など絶対的レベルが低いものの、バランスが良く取れている点を評価したい。
Posted at 2025/09/21 22:50:18 | コメント(1) | クルマレビュー
2025年08月23日 イイね!

2024年式シビックRSミニ感想文

2024年式シビックRSミニ感想文2021年発売の現行シビックは個人的に好ましいモデルだと感じていた。若年層に売れている、という報道は売り手の願望が生み出したプロパガンダかと思いきや、確かに若いドライバーがシビックでドライブしているのを見る機会があった。

更に私が注目したのはMT比率が高いという事だ。初期受注の35.1%がMTだったという。決して安いとは言えない価格設定のシビックの、さらにオワコンと言われかねないMT車に対して意外なほどの受注をなぜ勝ち取れたのか不思議に感じる人も居るだろう。個人的な見解では、「それなりの車格」で「それなりのE/Gと組み合わせられているから」だと考えた。

かつてカローラ(セダン/ツーリング/スポーツ)にもMTがあったが1.2Lターボという非力なE/Gが組み合わせられただけでなくシフト配置も理想からは遠く、コレジャナイという感じが残っていた。マツダ3にもMTが設定されていたが、人気のあったディーゼルのMTは廃止され、自然吸気のガソリンE/GのみにMTが設定されたが、のちに追加されたスカイアクティブXにMTが設定された。残念ながら、当時は割高だとして忌避感を生み、MTのラインナップは縮小の一途をたどる。

シビックの場合1.5Lターボで182PS/24.5kgmという高性能を発揮し、決して引け目を感じさせないスペックを持っていて、「我慢の廉価仕様」という感じが小さいことも一因かもしれない。



そんなMTが珍しく好評なシビックの弱点の一つは回転落ちが悪く重たいフィーリングだった。アクセルオフで燃料がカットされて減速をはじめるレスポンスが悪く、例えばクラッチを切ってアクセルをふかしてシフトダウンをする「回転合わせ」を行おうとすると待てども暮らせど回転が落ちない(比喩表現)のである。

確かに現代のMTは厳しい環境にいる。例えば電子制御スロットルだ。本来、ドライバーの意志に沿った動作ができる技術だが、ペダル操作に依存せずにスロットルを開閉できることから、安全デバイスだけで無く動的性能の辻褄合わせに使われることも少なくない。そして自動変速車ファーストな適合によって、本来は右足でE/Gと会話できるはずのスロットルがON-OFFスイッチのような鈍感なものに変えられたり、不感帯域が設けられるなど拷問のような設定が当たり前になっているのだ。キャブレターの自動車に乗った人にはEFIのフィーリングが気に入らない人が居たが、同じようにワイヤー引きスロットルを知る者にとって電子制御スロットルの違和感は計り知れない。近年は、その最悪期を脱しておりドライバーが制御しやすいスロットル特性のMT車も増えている。何しろ、クラッチの接続にはE/Gとの対話が不可欠でありシビックのMTはその点で問題は無かったのに回転落ちへの指摘の声が私だけでは無く、自動車評論家からも相次いでいた。

2024年、ホンダはLX/EXのMT仕様を廃止すると同時にMT専用のRSグレードを追加した。初動のMT比率の高さや若年層の支持を背景にMTへの改良の投資も説得できたのだろう。



カーグラ誌のインタビューによれば「日本でシビックを立て直したいという思いが強かった」という。所詮グローバルの主戦場は5割が北米、4割が中国、残る1割をアジア(含む日本)と南米で分け合うシェア構成なので、日本市場など無視できる存在だと思われているのだと私は想像していたが、意外にそうでは無かった。

日本での発売後、開発現場からの「もっとよくしたいという声」が出たため、各部署にヒアリングしてアイデアを持ち寄り、外国仕向けの別スペックの部品をかき集めて作ったのがRSなのだという。RSという名前自体は営業部門の意見で決まったそうだが、確かに北米仕様に存在する200psのSiという程ガチでは無いのだが日本ではお馴染みのSiRグレードの復活というのも悪くなかったように思う。(私はGLとか復活して欲しいが・・・)

・ショートストローク化
・軽量フライホイール

これによって前述の不満は解消され、変速することを楽しみに変えた。軽量フライホイールは質量が23%軽くなり、慣性モーメントは-30%低減したという。結果、回転落ちは50%向上したとされる。

さらに「レブマッチシステム」がタイプRから流用された。これはシフト操作をすると、アクセルを踏まなくても自動的に適切な回転数に合わせてくれてクラッチを繋いだときのショックをほとんど消すことができる。

カタログには書いていないが、シフトノブもドライバー側に寄せて曲げてあるそうだ。スッと手を置いた位置にシフトノブが来るように一筆入れてあるのはすばらしい。

このほか、大型ブレーキをはじめとしてシャシーもRS専用に再セッティングされ、ドライブモードスイッチに自分好みに設定できる「INDIVIDUAL」モードが追加されていて活用するしないに関わらず意オーナーの意志に少しでも寄り添おうという意志は感じる。ヒエラルキー上、タイプRがあるので、差別化をやり過ぎること無く、ウェルバランスを狙ったシビックRSは大変好ましい。

MTの改良と走りに関係するところは細かく手が入っているものの、内外装の差別化が慎ましい。具体的には上級のEXに対してハニカムグリルやグロスブラックの加飾、Rrバンパーのエキパイフィニッシャーも専用デザインだ。ホイールも切削加工が廃止されて(!)黒一色に。内装は赤ステッチや赤アクセント加飾とに留まり、ド派手なエアロとかインチアップだとかそういった差別化のための差別化にお金を使っていない点が好ましい。

しかし、ネガティブな印象を持ったのはグリル開口の空力上抜きたくない部分の穴埋め部の処理が下手な事だ。ただ埋めただけという感じで、実際の穴あき部との見栄え上の差が激しいのは高額な車としては残念である。例えば欧州ブランドの車はこういうところにも桟の立ちを高くしたり、シボのかけ方や部品分割を工夫している。これは他のホンダ車でも共通した不満点であり、コストを最優先にした結果だと思われるが、車の顔に関わる部分なので意識を高めて欲しい。



シビックRSは貴重なMT派のために真剣に考えられたMT車だ。トヨタもカローラにMTを設定していたが、非力な走りとシフト位置の悪さなど適当に作ったMTを引っ込めてしまった。マツダはマツダ3にMTを設定しているが、昨今のマツダはディーゼルやMTに対して冷淡で従来よりも強く効率を気にしているようにも映る。

そんな中でMTの基本機能に改良を加えて、普通に乗れるシビックRSの存在感は大きい。弁護のしようが無い価格設定を一旦脇に置いておくと我が家の有力な買換え候補の一つとして気になる存在になった。(だからといってポンと541万円も払う余裕が我が家には無い)

最近の私は毎朝の通勤経路で颯爽と右折してくるシビックRSとすれ違う。30代くらいの若い人が通勤に使っているようだ。毎朝「良いクルマに乗ってますね」と心の中で声をかけている。そして「頑張りましたね」と彼の決断を労ってしまう。

クルマの内容だけなら4~4.5★でも良いと思うが、足元を見た価格設定があんまりだ。RSの最終評価は★3だ。惚れ込んだ人は買って後悔はしないだろう。
Posted at 2025/08/24 00:58:33 | コメント(1) | クルマレビュー
2025年08月19日 イイね!

愛車と出会って9年!

愛車と出会って9年!8月19日で愛車と出会って9年になります!
この1年の愛車との思い出を振り返ります!

■この1年でこんなパーツを付けました!
中古スタッドレスつき純正ホイール

■この1年でこんな整備をしました!
ワイパーブレード交換
ドア水没対応
E/Gオイル+フィルタ交換
助手席レジスター交換


■愛車のイイね!数(2025年08月18日時点)
350イイね!

■これからいじりたいところは・・・
現在、主治医の工場にお泊まり保育中。

■愛車に一言
お疲れ様です。あっという間の9年です。兼ねてからやりたかったことが、実現しようとしています。今は見守るだけですが、また楽しく走らせたいです。

少しでも気持ちよく、長く乗れますように。

>>愛車プロフィールはこちら
Posted at 2025/08/19 00:45:49 | コメント(2) | トラックバック(0) | RAV4
2025年08月12日 イイね!

トヨタ博物館企画展「クラウン70周年記念展」後編

トヨタ博物館企画展「クラウン70周年記念展」後編~公式紹介文~
「クラウン」に対してどのようなイメージがあるでしょうか?

クラウンの原点には豊田喜一郎の「大衆乗用車をつくり、日本の暮らしを豊かにしたい」という想いがありました。 誕生から今年で70年。 国産最長寿の乗用車として16代にわたり続いています。

今回の企画展では1955年の販売開始から現在までを創業期・成熟期・変革期に分け、全16代の車両でご紹介いたします。
これまで決して平坦な道のりではありませんでした。なぜ70年生き続けているのか・・・時代によって変わっていく「日本の暮らし」に合わせて「クラウンらしさ」を追い求め、「継承」と「革新」を繰り返したクラウンの開発の歴史を知っていただければと思います。


前編はこちら

12代目トヨタ クラウン GRS182型(2004年)

2003年末、クラウンは12代目に進化しました。先代を引きずらず今度は「革新」の濃度を高めました。「伝統とは形骸を継ぐものにあらず。その精神を継ぐものである」というロダンの言葉に感銘を受けたチーフエンジニアは「ZERO CROWN」という旗を掲げ、ゼロからのスタートという気概でクラウンを一新させます。



P/Fから一新され、コンパクトで搭載性に優れるV6に切り替え、「静から動への変革」を体現するかの如く従来のクラウンから跳んだスタイリングになりました。従来のクラシカルなセダンスタイルからビッグキャビンを隠さずに凝縮感のあるスタイルへと変貌を遂げたのです。

そしてアスリートとロイヤルの2本立てで遅れてマジェスタがデビューしています。いずれも運動性能レベルを引き上げたのは「装備への不満はないが、スタイルと走りが不満」という顧客アンケートに基づいたものでした。

イメージリーダーは遂にアスリートになり、ロイヤルはその標準車としての立ち位置になりましたが、ロイヤルサルーンGの豪華な後席アメニティ装備やクオーターのエンブレム、シートバックグリップなどクラウンらしさを残す事も忘れていませんでした。

全てV6となったE/Gは全てストイキ直噴となり6速AT/5速ATが組み合わせられました。シャシもトレッドを外に出すとともにRrサスはマルチリンクが採用されたうえ、モノチューブダンパーやラックドライブEPSを採用するなど進化を果たしました。冷たく言えば、ゼロ・クラウンは、マークII改めマークXとコンポーネントを共通化した構成ですがそれでもクラウンらしく見せる技術はなかなかのものでした。



私が丁度免許を取得して数年の頃のクラウンでしたが、たしかに20代の若者にとってこのクラウンは現代的でカッコ良く見えました。カタログに初代が出てきたりしても「伝統を維持しながら革新を求めたんだな」と比較的好意的に受け取れたのです。当時の私は両親のライトエースノアに乗っていたので全く縁がありませんでしたが、同級生で代々クラウンを乗り継いでいた家がありました。同級生は「僕も免許とって父さんの車に乗るから、意見も聞いて!」と主張し、ちゃっかり白いロイヤルサルーンから白い2.5アスリートへの代替を果たしています。

この若い人が乗っても「借りてきた感」が無いスタイリングと従来のロイヤルサルーン的な味わいを残す事は大変難しい仕事だと思いましたが、比較的うまくやったと思います。競合のセドリック/グロリアも2004年から光景のフーガに社名変更されました。スカイラインのお兄さん的な立ち位置はまさしくマークXとクラウンの関係そのものでしたが、名前を変えなかったスカイラインとクラウンが2025年現在も残されたあたり、高級車にはそれなりのネームバリューが必要というエビデンスの一つになっているのかも知れません。

さて、ゼロクラウンの試みは成功したのでしょうか。調べてみるとゼロクラの国内販売台数は33万台でした。つまり先代を2万台下回っているのです。調べてみるとクラウンは2004年に12万台をピークに下降の一途を辿り、2007年には5.8万台程度までほぼ一直線で下降していきます。長年のユーザーでゼロクラウンについて行けないと判断した人や、従来クラウンを買っていたような層がミニバンやSUV、輸入セダンを買っているのかも知れません。



しかしトヨタはちゃんと手を打っていたのです。それは中国での現地生産と販売でした。2005年から中国で生産され、初年度3万台、以降4.2万台、5.4万台としっかりクラウン全体の販売量を支えました。それまでのクラウンも細々と輸出されてきましたが、中国は1964年まで輸出されていたので再び自動車先進国日本(当時の印象)の象徴的な高級セダンが再発売されるとなればセダンがメインの中国で受け入れてもらえたということなのでしょうね。かくして必要だったP/Fの統合もブランドの維持も果たすことができました。

13代目トヨタ クラウン GRS200型(2012年)
2008年、セダン市場が縮小する中で一応は成功作となったゼロクラウンのキャラクターを継承する形で13代目クラウンがデビューしました。私の周囲ではゼロクラの次だからイチクラだよね?という人が居て私もイチクラと呼んでいるがなかなか浸透してません(笑)。

全高を維持しながら全長を全幅を拡大。機械式駐車場の要件ギリギリに迫るサイズ感ですが、それでも超えてはいけない一線はギリギリ超えていません。先代を継承しながら、各部が高級車らしくブラッシュアップされています。個人的にはAピラー前端のドアベルトラインモールとぶつかる角部があるのですが、ドアミラーをドア付けにすることで気流を整えて空力性能と風切性能を向上させています。ドアフレームのSUSモールとドアベルトラインモールのSUSの繋ぎは意匠上処理が悩ましいのですが、13代目クラウンはドアミラーが無くなったことでドアガラス昇降のために必要な三角パッチを設定し、そこにSUSモールを仕込んで繋げるというとてもお金のかかった処理を行いました。



走行性能も更に引き上げられていますが、安全性能も一気にレベルアップしました。加速時のスリップを制御するTRC、制動時のスリップ(ロック)を防ぐABS、旋回時のスリップ(スピン)を制御するVSCによって備えは万全に感じますが、これらは限界を迎え、事故に繋がると車両側で判断した場合にシステムが作動する仕組みです。

クラウンではVDIM統合電子制御システム)を採用しました。VDIMにより走行限界になる手前からブレーキ・E/G・ステアリングを制御する事で限界に近づかない、あるいは安全デバイスの制御をシームレスに動かすことで制御を加えつつ自然にドライバーが狙ったラインをトレースできるといいます。この様な黒子に徹した高度な装備は他にもNAVI AIシフトに加えて地図と連動したサス制御を追加するという機能もありました。

高齢化したドライバーのための運転補助として安全装備充実はめまぐるしく、LKAやACC、道路線形に合わせた照射を行うAFSやドライバー監視型プリクラッシュセーフティなど2025年の目線でも高度だと思える装備が採用されました。その上で先代で不評だった突き上げを減らすため乗り心地改善が図られています。

そして最大のトピックは全面液晶メーターを採用したハイブリッドです。先々代で3Lのマイルドハイブリッドがありましたが、今回は3.5LのTHSでレクサスGS450hと同じシステムです。モーターで走行出来る範囲を拡大するためFR専用の2段変速機を備え、15.8km/L(10・15モード)という驚異の2Lクラスの燃費性能とシステム主力345psという4.5Lクラスの加速性能を両立しています。電動車らしい静粛さを求めてこもり音を逆位相の音を流して無効化するANCが採用されているあたり、元NV技術者だったチーフエンジニアのコダワリが生きているかも知れません。

ちなみにこのシステムの泣き所は実用燃費で雑誌市場などでは10km/Lを切るという有様でした。もっとも当時はプリウスであってもカタログ燃費との乖離が大きい時代でした。特にクラウンは方便のためのハイブリッドであり、暴力的な加速を楽しむV8の様な存在でした。

またマジェスタは4.7LのV8を積みラジエーターグリルの中央には王冠マークではなくトヨタマークが着いていました。レクサス店発足に伴い、セルシオのポジションが丸っと空いてしまった事から将来的にはクラウンの名前が取れてマジェスタがクラウンの上級車種として独立するのでは無いかという噂も出たほどです。

とにかくコストが掛かっているという感じでは流石クラウンという感がありましたが、実はその分車両価格は高額化していました。

例えば過去3世代の発売直後の開始価格(消費税無)を比較しました。
1995年ロイヤルエクストラ2.0:275万円
1999年ロイヤルエクストラ2.5:310万円
2003年ロイヤルエクストラ2.5:315万円
2008年ロイヤルサルーン2.5 :350.5万円

なんと85.5万円(11.3%)も高くなっていました。確かに13代目からはロイヤルエクストラが無くなっているのでロイヤルサルーンで比較するなら、2003年ロイヤルサルーン2.5:338万円ですから、12.5万円(3.7%)の値上げです。

試しに厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると2003年の大卒初任給の平均は20.13万円、2008年は同額の20.13万円なので内容が充実しているとは言えども購入価格は確実に高くなった訳です。



ハイブリッドは税込619万円という高価格には驚きを与えました。廉価版のスタンダードパッケージですら税込595万円なのですからもうV8マジェスタの領域に踏み込んでいます。

この頃はなんと言っても「団塊マーケティング」全盛の時代だったのです。これはマークX Zio感想文で取上げましたが、当時流行った消費トレンド予測の一つです。日本の消費社会を支えた団塊の世代の定年退職時期を迎え、豊富な退職金によって高額品の消費が進展するというトレンド予測です。当時はまともにこう言った願望がメディアで語られており、自動車業界もそれに乗っかろうという企画が散見されのです。

「退職金でひとつクラウンでも買ってみるか!」という消費を期待してイチクラが企画されたと私は推測しています。結果、内容が充実していると自負したとしても、ターゲット層は過度な贅沢をせず、「背伸び層」もついて来づらい価格設定だったことから販売的に苦戦します。

クラウンのイメージリーダーは3LのロイヤルサルーンGかも知れませんが、実際は2Lの最廉価仕様も販売に貢献していました。というのも、マークX(マークII)から背伸びをしてクラウン・ロイヤル系の安いヤツを買おうという人が一定数存在したのだと思います。マークXは若向き、クラウンは比較的フォーマルだったので棲み分けができ、ある意味でマークIIのお客さんを社内で奪うことでクラウンの台数を確保していた面もあったはずですが、今度の13代目は少し上級を意識しすぎた感じがあります。

特に慌てたのはハイブリッドにで特別仕様で装備を落として価格を下げにかかります。そもそもの開始価格が595万円。スタンダードパッケージと言いつつ、大まかに外装加飾が減ってファブリックシートに変わった程度でしたが、1年後に低周波ノイズを逆位相の音で打ち消すANCを廃止、あるいは先進安全装備を常識的なレベルに控えるなどしたスペシャルパッケージ(540万円)を発売しました。

マイナーチェンジでハイブリッドはアスリート風の外装をロイヤル系に戻したのは少しでも法人需要に応えるため。個人ユーザーを意識したアスリート風で躓いたために、再びフォーマル需要に救いを求めたのです。後期型では540万円の標準からPKGオプションで上級・オーナー向け中級仕様を設定しました。

こんな調子で比較的楽観的だった13代目クラウンは、初動こそゼロクラウンを上回ったのですが、以降の落ち込みが激しく明確に苦戦します。国内販売台数は約21万台。セロクラウンの36%減という販売台数は販売価格アップで収益性を上げたとしても苦しい状況だったでしょう。

先代から始めた中国市場が販売を後押しします。2010年には日本の販売を抜く程の成績を収め、2008~2012までで日中合わせて39万台を確保しました。経済成長著しく、伝統的なセダンに対するステータスがあった当時の中国は日本のクラウンを大いに助けたと言えます。現地生産するなら日本にメリットがないのでは?という指摘もあろうかと思いますが、開発行為自体は日中共通要素が多いのでグローバル(=日中合計)での生産台数が多いという事は存続させる意味では重要だと思われます。

良いものを作り、安く売るという姿勢だけでは企業活動に限界が来るのですが、
ブランド力を傘に「商品力を上げて高く売る」というやり方はクラウンでは通用しなかったようです。日本国内で相当のブランド力を持ったクラウンであっても市場が持つ相場観というものがあるようでそこから逸脱するような企画は目論見通りいかないという事なのでしょうね。

商品として盛りだくさんの力作だったのでトラブルの心配がない年式の浅い中古車を買った人は結構楽しめたのではないでしょうか。

14代目 トヨタ クラウン AWS210型(2013年)
2012年、クラウンはついに14代目へ進化しましたがその発表会は驚きに包まれました。さかのぼること3年前の2009年に豊田章男氏が社長に就任しました。リーマンショック直後という厳しい環境の中、「もっといい車づくり」をキーワードに掲げていました。

クラウンは先代の背伸びし過ぎた?企画から現実路線に揺り戻しがあり、特にハイブリッドを従来の3Lに代わる主軸に2.5Lハイブリッドを据えてニーズに対応しました。先代の540万円というスタート価格を税込410万円にまで下げることに成功しました。大きなトピックはこのTHSに組み合わせられるE/Gが4気筒になったことです。上級グレードに4気筒E/Gが搭載されるのは2代目以来と言えます。新開発された2AR-FSEはE/G単体では178psを発揮しますが、モータを合わせたシステム出力は従来の3Lと同等の220psを確保しつつ、JC08モードで23.2km/Lという低燃費を誇りました。従来のハイブリッドは高出力でしたが日本の条件下ではE/G出力が過剰なため、燃費を出すためにはせっかくのパフォーマンスを封印しながら修行の様に走ることになりますが、新型では排気量ダウンとそれに伴う燃費最良点多用による燃費向上という実利を得ることができます。ただし、4気筒になったという事実に対しては慎重に対策され、バランスシャフトをはじめとする対策が織り込まれています。理屈上の話にはなりますが、発進時はEV走行ができるため、起動時にNVで不利になる低回転域(トルク変動大きい)を使わず、二次成分はバランスシャフトで相当に良化させることが可能になります。

一方、エントリーモデルとして2.5LのV6は残され、最廉価のロイヤルで税込353万円となりました。このロイヤルグレードではオーディオレスやマニュアル式チルテレやサイドエアバッグ未装着などなかなかの漢仕様っぷりに驚きましたが、意外と街中で見かける仕様でもありました。



ユニットの話を先行させてしまいましたが、私にとってのクラウンの驚きはとにかくフロントマスクにありました。ロイヤルは凸型、アスリートはピカチュウのしっぽの様な稲妻マークの様なグリルのカットラインでした。これはアッパーグリルとロアグリルを一体化させたデザインなのですが、とにかく異質に見えました。確かにアウディのシングルフレームやVWのワッペングリル(ブラックアウト仕様)の様な類似例はありますが、とにかくえぐいなと私は思いました。美しいだけのデザインは埋没してしまうと考えたのかもしれませんが、比較的常識的なリアビューや、ウエッジシェイプながらも太いCピラーが安心感をもたらすサイドビューと比べると、かなり強烈な印象を残しました。ロイヤルは高級車らしくフードセンター付近が持ち上がりグリル自体の高さが目立ちます。一方でアスリートはピカチュウグリルが目立つもののフード自体は低く抑えて代わりにレリーフが入っていました。このフロントマスク(特にロイヤル)は私自身は最後まで好きになれませんでしたが、話題にはなりました。

ゼロクラウンを保有していた友人宅ではこのクラウンに買い換えました。当時、息子である私の友人は新車でCR-Vに乗っておりクラウンにはほとんど乗らなくなったのですが、意外とアスリートが良かったらしく2.5HEVのアスリートSを選びました。私も一度乗せて貰ったことがありますがまとまった時間運転できたので燃費グラフがノコギリ波形になると言うことを学びました。

忘れてはならないのが発表会に展示したピンク色のクラウンです。これは大きな反響がありました。当時の企業CMは有名タレント達がドラえもんの世界を演じており、クラウンのピンク色は「どこでもドア」をイメージしたカラーリングでした。後に限定販売されただけでなく、場末の中古車ショップでは適当な中古のクラウンをピンクに塗って売ったりもしていました。トミカにもなったことから「ピンクのクラウン」はプロモーションとしては成功したのだと思います。



これも高貴で上品なクラウンというイメージを打ち壊すことはできたのかもしれませんが、同時に何か大切なものも壊してしまったような気がしないでもありませんでした。それを第三者が責めることは簡単でしょうが溺れる者は藁をも掴むというように開発陣は必至で答えを模索していたのでしょう。

また、高齢者が多いクラウンのユーザーのために踏み間違い事故を防ぐための安全装置「インテリジェントクリアランスソナー」や「ドライブスタートコントロール」をいち早く採用した点は流石だと感じます。運転支援機能は特に高齢ドライバーには有効になるでしょうし、こうした機能を地道に開発していることもトヨタの強さではないでしょうか。

その甲斐あって国内販売は23.6万台と先代を上回ることができたものの、今度は中国市場の下支えに頼れなくなってきます。それでも2017年までは右肩上がりで年間平均3万台弱の販売をしましたが、この世代を最後に2020年に生産を中止ししてしまいました。遂に中国でもSUVやミニバンが台頭してきてしまったのです。



ちなみに従来のV6と組み合わせた3.5LのTHSは、実質的にロイヤルのストレッチ版になったマジェスタに搭載されて有効活用されています。

「日本生まれ、日本育ち。」の話

15代目トヨタ クラウン ARS220 型(2018年)
2018年、ついに歴史的な15代目クラウンがお披露目されました。プレスリリースに「新たなモビリティライフを提案する、初代コネクティッドカー」と書かれている通り、コネクテッド機能が強化され、車載通信機を標準搭載し、コネクテッド機能を充実させた事がアピールされました。

唐突に出てくるコネクテッドというのは、通信機能を持たせることで利便性を向上させ、よりパーソナルな存在に近づくという表向きのメリットも語られていますが、メーカー側にとってもメリットが大きいのではないかと考えられます。例えばDCMを通じてすべての車両の状態を把握することができ、それによって故障が出たときの使用状況が追跡できたり、ユーザーの実際の使い方が調査できたり、品質向上のデータ収集に大いに寄与するはずです。こうした使い方はテスラがすでに活用しており、品質向上だけでなく通信を使って性能向上をさせるなどの新しい可能性を見出していました。

自動車業界の競争が苛烈になっていく中、新興メーカーに対してアドバンテージを持つためにトヨタもコネクテッドカーを最大限広めて情報を収集しておく必要がありました。

新しいクラウンはレクサスLSが使うようなTNGA-Lという大きなP/Fを採用し、サイズも全幅を変えず全長を伸ばしました。これは大きくしたかったというより、そうせざるを得なかったことが理由だと思われます。FR車が減っていく中で国際サイズのフラッグシップとなるLSとP/Fを共用化せざるを得なかったのです。こうした動きは他社(例えばBMWの3/5/7シリーズ共通化)でも見られました。

従来のロイヤル・アスリート・マジェスタという3シリーズをマジェスタ級のサイズでもっとも販売的に有利だったアスリート的なニュアンスで統一してしまったのです。この結果、2.0ターボ・2.5THS・3.5マルチステージTHSという性格の異なる3種類のユニットが同時にラインナップされました。

しかしながら最も大きく変わったのは、純日本的な価値観を持った端正な高級セダンであることを捨てて日本の高級セダン市場でクラウンの座を脅かしづづけるジャーマン3を主とした欧州プレミアムブランドを「追いかけること」に活路を見出してしまったという精神面が大きいです。



例えば従来の太いCピラーを改めてクーペ風の6ライトに改められましたが、これは欧米ブランドセダンのトレンドを意識した様です。それ以外にもあらゆる面で「クラウンネス(らしさ)」に対して否定したかのように映りますが、雑誌にて行ったチーフエンジニアへのインタビューによれば「私個人の思いは“最初から全部変えてやろう”でした」とのことで、どうにも「変えてやることが目的化」しているようにも感じられました。

当時のトヨタ内のトレンドもLSを6ライトにするなど確かにセダンをクーペ化する流行があったのだろうと思います。例えば北米市場でもセダン市場は縮退傾向にあり、マリブやアコードがCピラーを傾斜させ6ライトにしています。

後席を重視するフォーマルな用途では太いCピラーでゲストの顔が隠れるようにすることで車外の情報を適度に遮断する狙いがあり、それがクラウンのアイデンティティーになっていましたが、15代目では簡単にそれを捨てました。それはもっとパーソナルな、ドライバーズカーにしたかったという狙いがあったようなのですが、そのためにパトカーとかタクシーとか社長さんの車というイメージを捨てるべきだと結論づけました。パトカー需要に対して新型はトランクスペースが要件に足りないため、先代をパトカー専用に残した他、タクシーイメージから離れたくて後席ドア開口のタクシールールを敢えて逸脱したという噂もあるほどです。(パトカーは要件を改定して後にパトカー化されました)

ドライバーズカーであるためには、優れた動的性能が必要です。それは会社の方針に沿っていました。だからこそTNGA-Lという本来クラウンマジェスタ級のオーバーサイズなP/Fを適用することで体幹を鍛えたのでしょう。(LS以外にこのP/Fを使う車種が少なく、減価償却を考えると選択肢が無かったのかも)

しかし、そのしわ寄せはボディサイズに向かいます。全長4910mm、軸距2920mmと先代ロイヤル系よりそれぞれ15mm、70mm大きく、マジェスタと較べれば-60mm、-5mmと大型化しています。その諸元でドライバーズカーらしく全体的にキャビンを後ろ寄りに設定して運転席を中心に後退させたのは良いのですが、後席を完全に切り捨てることができずにそのままキャビンが後ろにずれています。しかも、車幅はクラウンの縛りを遵守したために妙に細長く、余計に間延びして見えてしまいます。

そもそも、欧州ブランドに対抗したかったのになぜ北米方面のトレンドに乗っかったのでしょうか。ターゲットのジャーマン3も6ライトもあれど、どれも明確にラゲージを残すことで「セダンが好きな人」のためにスタイリングされています。ドライバーズカーにするなら、もっとキャビンをタイトなイメージの方がより良かったかも知れません。例えばBMWはF10系の5シリーズと全長や軸距が近しいですが、マイスターキンクのお陰もあり決して間延びして見えません。

このスタイルは更に実用性が優れるわけでもなくラゲージスペースそのものの容量はセダン並に確保できていても開口部が狭く、横穴式住居のような使い勝手なのです。セダンの良さはラゲージドアを開ければ真上からスーツケースなどの荷物を載せられることでしょう。狭いところに慎重に入れて、屈んで押し込んだり引き出したりという姿勢は美しくないばかりか人間工学的にもよろしくないのでは無いでしょうか。

確かにクラウン像をぶち壊して変わったと言えますが、それがドライバーズセダンらしくなったのかと聞かれると私は首をかしげます。太いCピラーに王冠マークが付いたゼロクラのアスリートの方がよっぽどドライバーズセダンに見えます。

興味深いことに15代目クラウンはニュルブルクリンクで走行試験を行い、そこで走りを鍛えたそうです。欧州への輸出予定は無くとも、目指しているジャーマン3のテイストに近づけるために動的性能を徹底的に鍛えたかったのでしょう。

最新の地図情報が入手でき、LINEと連携しればクラウン(AI)と楽しくチャットができる、などと嬉しさが何ら伝わらないコネクテッドカーを売りにしつつ、会社の都合でボディサイズを拡大し、ニュルで鍛えたシャシーを誇り、デザインは海外のトレンドを輸入した15代目クラウン。

随分な力作と見えて販売価格は2.0LターボのBで税込み460万円。先代より100万円以上値上げをしました。販売の中心となりそうな2.5HEVおよそ520万円~580万円。先々代モデルなら3.5LのTHSが買える価格帯ですが、サイズアップやコネクテッドなどに加え、レクサスLSと同じ新開発P/Fを採用したという点が販売価格に相当効いているように思います。

一体誰のためにこのクラウンを作ったのでしょうか。潔く従来のエンブレムを金色に変えてレースの半カバーを愛するような高齢者に別れを告げました。だからこそ「クラウンマスト」は要らなくなったのでしょう。変えるために変えたクラウンと名乗るDセグのクーペセダンは新しい顧客層を開拓し、輸入高級車に奪われたシェアを取り返すことができたのでしょうか。

どうやらそこにお客さんは居ませんでした。

この世代では中国の助けも無く、国内市場だけで勝負をしたのですが、日本のお客さんのために行ったことは車幅を1800mmに抑えただけ。その他は「とにかく変えてやろう」が先走り、日本のクラウンファン或いはジャーマン3を検討する若年富裕層の琴線に触れる要素は無かったということになります。

失敗が明確になっても以前のトヨタと違いクラウンに治療を施すこと無く、不評だったダブルスクリーンを物理スイッチに変え、液晶ディスプレイを大きくし、指を挟みそうなカップホルダーを一般的な凹形状に改め、各種装備を削ぎ落とした以外に何もしませんでした。

9代目クラウンの1年10ヶ月のマイナーチェンジや、3年8ヶ月で全面改良した5代目クラウンのことを考えると、15代目の処置が明らかに過去と違うのです。自分たちでも何故ダメだったのか自己分析が難しかったのでしょうか。クラウン像を変化させるにしても、従来だと慎重かつ緻密に行われていたと思います。

端正なセダンに見える「セダン」を出しながら、ファストバックスタイルを別ラインで出して丁寧に様子を伺うべきでした。そして、本当に左ハンドル車を輸出し、欧州車に殴り込みをかけるべきだったでしょう。欧州で一定の評価を勝ち取ってこそクラウンがニュルを走る意味も生きるし、そこで売るなら欧州のトレンドを追いかける理由も納得されやすいのでは無いでしょうか。

いずれにせよ、かつてのトヨタは失敗を失敗と認識し、負けを認め正しく処置する事が過去には出来ていたのに、それができていない。この点だけはどうしても腑に落ちません。何が真のカイゼンを阻害したのか。

クラウンには元々日本で長く信用を勝ち取ってきた老舗としての価値がありました。古くさいと言われようとも、急に神社仏閣がステンドグラスやレンガ積みのシックな建築にはならないわけで、ちゃんとした伝統はリスペクトされるはずなのに、作り手が全くその価値を理解していないとしか思えません。

彼らが意識するアウディもセダンのラインナップを守りながらスポーツバックなど応用車種はチャレンジをしていると思います。それはBMWのグランツーリスモなどでも同じでしょう。老舗和菓子屋が別ブランドを掲げて洋菓子に挑戦する事例もあるわけですが、和風の高級セダンであることが支持されていたはずのクラウンをいきなり輸入車コンプレックス丸出しのクーペセダンに変えたのです。

トヨタは元々競合を自分の土俵に誘い込んで倒すのが勝ちパターンでしたが、なぜ誘殺灯に吸い寄せられる虫のように相手の土俵に丸腰で歩いて行ったのか。自動車開発の頭脳が集まっているはずのチームが行った仕事にしてはピュアでイノセントに過ぎました。

この15代目を決定的にぶち壊したのは2020年11月11日、中日新聞の「クラウンセダン生産終了で調整 トヨタ、22年に新型投入」という記事でした。誰がリークしたのか分かりませんが、決定的でした。この新型というのがスポーツタイプ多目的車(SUV)に似た車形の新型車として2022年に投入すると言うことでトヨタがセダンに匙を投げたという印象が広まってしまいました。

実際に日産はスカイラインをいつまでも全面改良できず、マツダもマツダ6を放置してモデル廃止してしまいましたので日本ブランドのセダンというのは大変苦しい状況に居たことは確かです。身内でもレクサスISも細々と命を燃やし、LSはクーペスタイルになったことに加え、高価になりすぎてコケてしまい、ESが一手にセダンを背負う事態になっています。苦しいのはクラウンだけではないのですが、多少勝算があったクラウンだけは妙な逆張りをせずに真っ向勝負をして欲しかったと思います。

15代目クラウンの国内販売台数は2022年8月までの4年2ヶ月で約12.6万台余り。Wikipediaによれば初代クラウンの生産終了までの7年間の販売台数は15.3万台余りなので、15代目クラウンは歴代でもっとも生産台数が少ない世代のクラウンでした。

こうして現代のカンブリア爆発的「クラウン群戦略」なる現代へ繋がっていきます。クラウンはトヨタブランドのEセグメント、という捉え方で車を作ってはいけないと思います。グローバルな企業ゆえに日本だけを見るのは難しいと思いますが、例えばクラウンをFFベースで作るとしても、フォーマル用途に使える上品さと、国情に合わせたボディサイズを持つべきだと思います。

モノコックになっても、V6になってもクラウンと思わせるクルマ作りをしてきたのだから、本当は横置きベースでもそういうクラウンが作れたはずですし、それこそプロポーションの良いSAIやFCHVのクラウンコンフォートみたいなクルマを実現すべきだったと思います。もっと安易にカムリをベースに「マークIIクオリス」的魔改造でクラウンのようなものを作っても良かったと思います。

パトカーや個人タクシー、公用車などに使ってもらえて純和風セダンの世界を盆栽的に追求してくれても良かったと思います。そんなセダンが8代目クラウンのように売れるとは誰も思わないですが、間違ってもニュルでもないし、リフトアップでも無いでしょう。

16代目 トヨタ クラウン
2022年以降、先代までのクラウンの15代に亘る歴史を徳川幕府になぞらえて16代目を明治維新だと表現しました。もはや現代の進行中の事象であり、断定的な言及を避けるが日本的な価値を持った日本人のための高級乗用車クラウンという存在に目を瞑り、とにかく名前を残そうしているのだと私は感じてしまいます。

メディアも最大限に使って一生懸命ブランドを盛り上げようと最大限の努力をし、慌てて集めてきたレンタル家族のような派生車(雇われ外国人?)をまとめて群戦略と呼んでいます。販売チャネルを統一したのにクラウン専用の販売拠点(鹿鳴館?)をゼロから立ち上げるに至りました。文字に残ってしまうみんカラのブログゆえ、様々な趣向の方が居ることを尊重してこれ以上「彼らの明治維新」に関してあまり何も言いたくもありませんが、先代の不評点を正しく直さないといつまで経ってもこの混乱から抜け出せないのではないでしょうか。

今の私は本当のクラウンがいつ出るのかという一点に興味があります。クラウンの精神を正しく理解し日本人のために作られた高級車。決してセダン・後輪駆動・ドライバーズカーで無くても良いから必ず日本で使う上でもっとも便利に使える機能・性能を備えた高級車であって欲しいですね。

少し古い映画ですが「ジュラシックパーク」のように、この企画展に展示されているクラウンたちのDNAを正しく分析し、いつの日か技術の力でクラウンの精神を持った新型車を復活させてくれたらそれは素晴らしいだろうなと期待してしまいます。

既にマークII営業車のシャシーをベースにクラウン的なものを再現した最後のクラウンセダンで一度それをやっているのだから決して不可能では無いはずです。名前を残す事もやれば良いですが、その精神を残した自動車の開発も日本のために実施してほしいというのが内情も何も知らない素人の意見です。

企画展まとめ

企画展で歴代のクラウンを一気に見せていただきました。海外メーカーとの提携に頼らず、日本人の力で日本人のための乗用車を作ったという点がクラウンの原点であり、以後は日本らしいフォーマルな使い方もできるセダンとして世代を重ねましたが、日本の国力が上がるとオーナードライバーが増えて生産規模が上がり、いつしかフォーマルとパーソナルの対立に悩む事になりますが徐々にパーソナル思考を強めて欧州ブランドに近づいていった事が、並べてあるからこそ良く分かります。

会場に全ての車種が入りきらないということで模型を置いたり1階にもクラウンを置いた点も良かったですが、全体的に照明が暗いのと歴代クラウンの内装やリアビューもじっくり見たいなという点が数少ない要改善点でした。また、3代目クラウンは是非白いオーナーデラックスを置いて欲しかったですね。

このほか、年間パスポート保有者向けので初代クラウン同乗試乗会が開催され、抽選に当たった私は子供と初代クラウンに乗せていただいてきました。私は娘と後席に座りました。小振りな車体の室内は充分に広く、寛げますし足元も広いです。フロアに段差が無く乗降性は相当に高いです。室内はデラックスではないので決して豪華絢爛ではありませんが、乗用車自体が特別な存在であった当時の高揚感はひとしおでしょうね。



20km/h程度で走行していただきましたが、シートは平板で掴まるところもなく、意外にロールするため腹筋が鍛えられました。また、発進から定常走行でギアのうなり音が聞こえます。このあたりは悪路主体でNVや操縦安定性どころでは無かったでしょうから、当時はそれで良かったのでしょう。



それでもドライバーの腕も良かったのでしょうが不快なショックも無く乗り心地性能には気を使っていたという感じがします。

また、クラウンの他にマスターの走行披露もありました。独立懸架を持つクラウンのバックアップとして生まれ、たった一年でセダンは姿を消しましたが、欧州調のデザインは私はむしろクラウンより好感を抱きました。






やっぱり車というものは静的に置いてあるより、太陽の下で走っているときの方が美しいですね。

1Fエントランスに期間限定でマスターや4代目クジラのカスタムが置かれるなど少しでもクラウンの世界を楽しめました。




駐車場にも好きで乗っている感じのクラシックなクラウンも多数来館しており、
クラウンというブランドはまだ死んでいないと感じました。






・・・という訳で前後編にわたってお送りしてきましたが、後半の方が私がリアルタイムで見てきた記憶や体験が付加されることでクラウンが抱える苦悩と15代目の失敗から立ち直れない焦りを感じました。その方が人間臭いとも言えますし、これが起承転結の点だとすれば素晴らしい結に相当する次期型をじっくり時間をかけて開発してほしいと思います。

Posted at 2025/08/12 16:50:02 | コメント(3) | トラックバック(0) | イベント | クルマ
2025年08月12日 イイね!

トヨタ博物館企画展「クラウン70周年記念展」前編

トヨタ博物館企画展「クラウン70周年記念展」前編~公式紹介文~
「クラウン」に対してどのようなイメージがあるでしょうか?クラウンの原点には豊田喜一郎の「大衆乗用車をつくり、日本の暮らしを豊かにしたい」という想いがありました。 誕生から今年で70年。 国産最長寿の乗用車として16代にわたり続いています。

今回の企画展では1955年の販売開始から現在までを創業期・成熟期・変革期に分け、全16代の車両でご紹介いたします。
これまで決して平坦な道のりではありませんでした。なぜ70年生き続けているのか・・・時代によって変わっていく「日本の暮らし」に合わせて「クラウンらしさ」を追い求め、「継承」と「革新」を繰り返したクラウンの開発の歴史を知っていただければと思います。


クラウンという車名を聞いて「日本を代表するトヨタの高級車」と答える人は少なくないと思います。

同級生のご実家でクラウンを歴代愛用している家もありました。父が独立するまで働いていた写植屋の社長もクラウンに乗っていました。或いは、私の母の実家でも一時期クラウンに乗っていたらしいです。

輸入車が今より遙かに高級品だったころ、クラウン(やセドリック・グロリア)が実質的なハイエンドでした。あくまで日本人のために作られた純和風の高級乗用車として揺るぎない信頼を勝ち取り、ユーザーとの間の絆を深めてきたわけです。

この企画展ではクラウンの70年の歴史を実車を通じて振り返るというものです。
企画展で定義されたゾーニングに従いつつ、企画展で撮影した写真を紹介します。車両に対する詳しい紹介は他に譲り、見学メモ程度に軽くメモを残すつもりが時々たくさん書いてしまいましたので前編後編で二分割しました。
時々みん友さんのブログへのリンクも貼っておきます。

創業期(初代~4代目)
初 代 トヨペット クラウン RS-L型(1958年)
展示車は非常にレアな対米輸出仕様RS-L型です。トヨペットクラウンRS型は1955年に発売され、当初は販売が伸び悩んだものの、月産1000台のラインに乗り順調に実績を津に積み重ねていた1957年、2台のクラウンがサンプル輸出され、販売店へのデモンストレーションと試験走行を行いました。



現地のフリーウェイではE/G音が騒がしくなり、出力が低下するなど市場適合性が乏しかったにも関わらず、朝日新聞社によるロンドン-東京5万kmドライブの成功も後押ししてクラウンに対する過信と勢いでアメリカ進出を果たしています。

米国トヨタ自販が設立され、アメリカのヘッドライトの照度に適合するために
GE製シールドビームを現地で組み付けるため、ヘッドライト無しの状態で生産し、アメリカへ輸出していました。



国内での評判はさておき、アメリカ市場では惨敗を喫して撤退しました。情報網が限られていた当時ゆえ。日本市場のお客さんのニーズが掴めていたトヨタも海外市場のニーズや必要な要件に関しての知見は無かったようです。仕向地の要件を無視してエイヤで世に問うてしまう向こう見ずな姿勢はちょっと現代に通じていますね。展示車は開館当初には3Fで飾られていた個体であると朧気ながら記憶しています。

初代クラウンは、エポックメイキングなクルマですから映画に出たり、販売会社が保存していたり大切に残されています。

2代目 トヨペット クラウン RS41型(1963年)
初代に続き中村主査が開発を指揮した2代目クラウンは初代の7年後の1962年に発売されました。フラットデッキスタイルやX型フレーム、Rrコイル式サスペンション(デラックス)など意欲的な機構が採用され、モデルライフ途中で6気筒E/Gも選べるようになりました。



ラジエーターグリルは車幅一杯に拡がり、半円形状を追加してT字っぽく見せたラジエーターグリルは初代ヴィッツやファンカーゴを連想させますが、繊細な表情を持ったグリルパターンは高級車らしい風格を感じさせ、流石クラウンだと感心します。サイドビューのナイフでそぎ落としたようなフェンダーのキャラクターラインも実に魅力的です。

機構面でははしご形フレームはX字型フレームに改められ、低いスマートなエクステリアと居住性を実現しています。タイヤサイズが先代の15インチから13インチにダウン(!)しスマートなプロポーション作りに一役買っています。

さらにクラッチの押しつけには現代の標準となった皿ばね(ダイヤフラム)を使って、クラッチの切れを良くしただけで無く、断続時のペダル踏力を減らした点もMTが多かった当時なりのイージードライブヘの配慮が見られます。

「エレガントな高級車クラウン」のキャラクターは2代目で完成したような印象があります。

3代目 トヨペット クラウン ハードトップ MS51型(1968年)
1967年にデビューした3代目クラウンは高速道路網の発達に合わせて道路網が発達した北米の安全法規を先取り採用し、ボールナット式ステアリングやペリメーターフレームを採用してシャシー性能を向上させました。ペリメーターとは「外周」という意味の英語で、文字通り車体の周囲を枠で囲ったようなフレームワークになっています。X字型フレームよりもフロアを下げることができるというメリットがありました。

更に静粛性に対しては当時、ロールスロイスより静かだと豪語したフォードギャラクシーをベンチマークし、匹敵する性能を確保したとプレスリリースに書くほど、目に見えない快適性にも配慮するようになっています。

国情を考えつつ現実的かつ本格的な乗用車クラウンでありながら、社用車・公用車・タクシーなどのフォーマルなニーズだけでなく、オーナードライバーに向けて拡販を進めました。



デラックスより上位のスーパーデラックスが登場した一方で、装備を厳選したオーナーデラックス(6気筒)とを新設。6気筒E/Gや時計、ホワイトリボンタイヤなどの装備は残され、88万円という価格設定でした。当時、大卒初任給が2万円程度だった時代、同時期のカローラが47万円程度だったので2倍近い価格設定なのでデラックスの100万円より12万円安い価格というのは背伸びしたくなる魅力があったのでしょう。

2025年の大卒国家公務員の初任給は24万円なので現在の価値で言えば12倍と言うことになります。カローラデラックスが税抜きで564万円、クラウンデラックスが1200万円、オーナーデラックスなら1056万円!。メルセデスの上級車種を買う様なイメージでしょうか。

広告でも「白いクラウン」と銘打って大規模なキャンペーンを実施し、黒が多かったフォーマルユースに対してオーナードライバーによるパーソナルユース主体のハイライフセダンとして顧客層の拡大に成功しました。

展示車は「白いクラウン」オーナーデラックスかと思いきや、白いクラウンハードトップSL。ユーザー層の拡大を図って別ボディのスポーティな2ドアハードトップを設定しました。セダンの丸目に対して異形ヘッドライトを採用し、マイカー元年を迎えた本格普及期に早くも若年富裕層を意識した企画を開始していたのはさすが最先端の高級車だなと思わせます。センターピラーレスとサッシュレスドアを備えたハードトップは1965年にコロナハードトップで実用化され、3年後にはクラウンにも横展された形です。



後年、マークIIの2ドアハードトップと統合される形でソアラに発展していますが、高級セダンとしてある程度安定した地位でありながら攻めの姿勢を持っていた点は特徴的です。

4代目 トヨタ クラウン MS60型(1972年)
クラウンの攻めの姿勢が更に加速した結果が1971年にデビューした4代目の「クジラ・クラウン」です。機構面を先代から踏襲した分、70年代の最先端トレンドを取り入れて曲面的なスピンドルシェイプと自称する前衛的なデザインを採用しました。



余談ですが、私が小学校に入る前だった1986~1989年頃、自宅近くの月極駐車場にて廃車体となったハードトップが止まっていました。ファストバックで2ドアなので最初はセリカかなと思ったのですが、どうにも私が知るセリカとは違う。後にクジラ・クラウンだと判明するのですが、当時は全く信じられませんでした。あと、昔のクルマはあっという間に朽ちてしまうんですね。そのクラウンHTだって当時15年~18年落ちな訳ですから。

それくらいセンセーショナルな変身を遂げたクラウンは換気性能を向上させた上でAピラーを寝かせ、Rrドアフレームを立てて短めにすることで前後ドアの三角窓を廃止し、前後端を曲面的に絞り、ヘッドライトを囲むような面一の前後バンパーはカラード仕様で塊感と車重を大きく見せる錯視効果を持たせつつ、コーナーを大胆に抉ったクリアランスランプ造形と2段フードで軽快感を出していました。



更にカーエレクトロニクスへの対応として電子制御ATや後輪ESC(ABS)などの新装備も設定されて前衛的デザインに見合った機能面の先進性も付与されています。さらにスーパーデラックスを超える「スーパーサルーン」が登場。デラックスが充分デラックスだった?時代が終わりを告げ、以後、10年くらいかけて上級グレードのインフレが始まります。

ある意味、フォーマルユースの法人系ユーザーを見限った商品企画でありながら、肝心のオーナードライバー層からも支持を得られず、更に真夏の冷却性能不足や、2段グリルのせいで車両前端の死角が増えて取り回しの悪さが不評を買いました。バンパーがビルトインのため被害大だったことでしょう。肝心な内装も意外とフィニッシュが雑でクラウンが積み重ねてきた「しつらえの世界」から遠ざかった点は現代の目で見ても不可解です。ついに1955年の登場以来、守り続けてきたクラストップの栄誉を競合車に明け渡すという手痛い失敗を喫した初めてのクラウンとなりました。また、小型車枠が引き上げられて2600ccが上限になるという噂に対応してクラウンにも2600ccが追加され、3ナンバー車がでた初めてのクラウンにもなりました。

結果、少しずつ手直しされたものの、わずか3年半ほどで次期型が登場(担当者は大変だったでしょうね)し、さっさとモデルライフを終えることになりました。
公式の紹介文でも「お客様の先を行きすぎてはいけない」という教訓を残したと書かれていました。



当時の流行を強く意識したスタイル、特にファストバックに影響を受けたスタイルは時代が立つとより一層アクが強いものに見えてきます。オイルショック直前までのイケイケな時代の空気によって自動車業界でも、エグイ意匠が増えていましたがクラウンのような、和風の格式高い高級セダンらしさとは何かを見つめ直す必要があったのでしょう。

独善的にならずに、お客様が望むものを愚直に追求することがクラウンの成功に必要な方向性であり、そんなことはもう1971年に分かっていたのです。

クジラクラウンSLの話

成熟期(5代目~8代目)
5代目 トヨタ クラウン セダン MS85型(1975年)

1974年、恐らく1年前倒しでデビューした5代目クラウンは先代の反省がぎっしり詰まったフルモデルチェンジになりました。個人的には先代が受け入れられなかった原因を分析して求められていた方向性にしっかり軌道修正できたという素晴らしい経験をしたと思います。



スタイリングは格調高い「超」保守的なものになりました。ボディ断面も丸かったスピンドルシェイプから一転、角や長さが強調されるエクステリアデザインですが、意外とフェンダーからドア、ドアからラゲージまでの2本のキャラクターラインが尻下がりに見えていたり70年代的なアクを感じますが、ドア最大幅部から下は正しく水平基調で端正に感じますし、アーチモールやロッカーモールがキラキラ光って豪華さも感じます。さらにセミコンシールドワイパーが採用され、先代と比べてウインドシールドの見栄えがスッキリしたことも、クラウンの格調高さを示していました。



この保守的なエクステリアはセダンの主要顧客が求めるフォーマル性を最大限尊重していますが、元々拡大したかったオーナードライバー層の拡大を諦めてしまったのかというとそうではありません。

それが5代目でデビューしたピラードハードトップというボディ形式です。簡単に言えば、あたかも脱着式ルーフ(ハードトップ)を被っているような軽快なスタイリングでありながら、実際はセンターピラーがルーフまで結合している4ドアセダンという新しいスタイルです。センターピラーレスの2ドアハードトップと同じようなファッション性と4ドアセダンとしての実用性を兼ね備えた形式で、ハードトップかと言われると4ドアセダンにサッシュレスドアを設定しただけの亜種であるにもかかわらず、狙っていたオーナードライバー層の拡大に寄与しました。まさにネーミングの勝利です。

以後、クラウンはセダンがフォーマル寄り、ハードトップがオーナーカー寄りの性格付けが強まり、特にピラードハードトップ(4ドアハードトップ)が高級車の中心的なスタイルになりました。

またエンジンコンパートメントもより大きなスペースが確保されたのですが、実際には来るべき排ガス規制でどのような補機が付いても対応できるように大きめに場所取りされた結果でもあるといいます。この様な流れはマークIIやカローラでも見受けられましたし、熱気抜きのエアダクトが設けられていたのも、この時代の特徴です。

手元にあった古雑誌情報だと2.6ロイヤルサルーンの試乗時の燃費が5.3km/L、0-100KPH加速が13.3秒とのことでした。1470kgの車体を140ps/21kgmのE/G×3ATで引っ張るわけですからね。

修正すべきところは修正し、新しい挑戦を確実に行い成功を収めたこの5代目は個人的な好みというよりも市場が求めるものを正しく判断すれば失敗は取り返せるという一つの実例になったという意味で偉大な一台だと思います。

クラウン デラックス・カスタム・エディションの話
思い出のクルマをカタログで振り返る3(クラウン2600ロイヤルサルーン)

6代目 トヨタ クラウン セダン MS112型 (1980年)
1979年に登場したクラウンは、自動車業界にとって暗黒時代とも言えた70年代の集大成、かつ明るい80年代への期待を感じさせるモデルチェンジになりました。
オイルショックから、排ガス規制という右肩上がりの時代の終わりを突きつけられた自動車業界ですが、各社とも排ガス規制の対応によってE/Gのノウハウを身に付け、排ガス規制に対応できた時代でした。



ユニットやフレームはほぼキャリーオーバーでしたが、その分だけ装備品が充実し、カタログには「マイコン」の文字が並びました。マイコンと聞くと「ハイテクだ」と思うのは私の年代までで以降の方は「マイコンってなに???」でしょうね。当時はハイテクっぽいもんは何でもかんでもマイコンでした。

セダンは直線基調を更に強め、ピラードハードトップは更に洗練されてセンターピラーはドアガラスによって隠されるようになりました。

例によって古雑誌情報では2.8Lの燃費は6.99km/Lで0-100KPH加速12.7秒とのこと。当時の記者は「よくできたアメリカ車」と評していましたが、当時の輸入高級車(280E)と較べるとクラウンは半額であり、棲み分けもよくできていたんですね。



マイナーチェンジで新世代レーザーE/Gに置き換わります。初代ソアラに積まれた2.8Lの5M-GEUがクラウンにも積まれました。SOHC時代の145ps/23.5kgmから170ps/24kgmにパワーアップし、0-100KPH加速は8.5秒まで早まった上に
燃費は7.2km/Lに向上したのはロックアップ付4速ATの威力なのかも知れません。

110クラウン エクレールのカタログ
1980年のクラウンターボのリーフレット

7代目 トヨタ クラウン ハードトップ MS125型(1986年)
1983年、クラウンは7代目に切り替わりました。ソアラが好調なことから2ドアHTを廃止し、フォーマルユースのセダンとパーソナルユースのハードトップという、以後長く続く体制が完成したのです。



トピックは24バルブツインカムを採用した1G-GEUやスーパーチャージャー付の1G-GZEが出たことと、Rrサスがセミトレになって4輪独立懸架を実現したことです。そのほか、滑らかに回る10気筒可変容量コンプレッサや4輪ESC(今でいうABS)、パワーシートやマッサージ機能付のRrリフレッシングシートなど魅力的な高級アクセサリーも備えられました。

このモデルから最上級グレードとしてロイヤルサルーンGが登場、好景気という時代背景もあり上級グレードの更に上を求める声に応えました。

また、欧州仕向けの為の少し締まったシャシ仕様をSタイプパッケージとしてハードトップの一部仕様にOPT設定するなどラグジュアリー一辺倒ではないニーズも模索していました。



クラウンといういわゆる「ゆったりした高級車」でありながら、最上級のラグジュアリーグレードでも高回転型ツインカム+4独というスポーツカーのようなメカニズムを得て「ギラギラ・オラオラした感じ」を内包しているのは、ひょっとすると日本の高級車の特徴なのかも知れません。個人的にはCMが大好きで、特に進化した動的性能の結果、横Gで手袋が横に動くシーンが好きです。



思い出のクルマをカタログで振り返る25(120クラウン アスリート)

8代目 トヨタ クラウン ハードトップ MS137型(1988年)
クラウン史上最高傑作とも言われる8代目が登場したのは1987年のこと。先代のキープコンセプトながら、世界が認めるトップレベルの高級乗用車という狙いで開発されました。



ハードトップに初のワイドボデーを設定することでクラウンの世界観を保ったまま時代に合わせてアップデートされたエクステリアデザインは高級車ならではのアピールになります。さらに先進装備や入念な作り込みによって、顧客の要望を先取りするだけでなく「見えないところこそ大切に」することも忘れていません。

ワイドボデーと言っても車幅は1745mmで現行型カローラ/カローラツーリングと同じで、大ヒットした3代目プリウスとも同値なので2025年の目線だと普通の車幅?ということになります。日本の道路環境でストレスなく走らせうるサイズです。小型車枠の基本ボデーに対してフード・フェンダー・ドア・クオーターを専用設計していますが、これによりグラスエリア下が豊かになった一方で、セダンや小型車のハードトップ、カスタムはちょっと寸詰まりというか顔が大きく見えるのも、印象的でした。

クラウンにターボがあったり、スーパーチャージャーがあったのは排気量が2Lを超えると小型車枠を超えて贅沢品とされる普通乗用車になり自動車税の負担が大きくなりました。例えば2Lの小型車なら39500円だった自動車税が3ナンバーの3L以下はになっただけで81500円、当時のセンチュリーのように3L超6L以下なら88500円でした。年間4.2万円の税負担を許容しなければ3ナンバーのクラウンには乗れません。ところが1989年4月からは3Lのロイヤルサルーンでも51000円で良くなりました。さらにマイナーチェンジで2.5Lが追加され、こちらは45000円とほとんど2Lと変わらなくなったため、3ナンバー車がちょっとしたブームになりました。小型車枠が頭打ちだった高級車業界において大きな出来事でした。豪華になって重くなった高級車に再び大排気量によるパワーがもたらされたのでした。

この時代、大衆車カローラも販売記録を打ち立てるほどの好評を得ていたのに、それよりも遙かに高価なマークIIやクラウンも販売ランキング上位を争うようなヒットを飛ばしていたのは、バブル景気まっただ中で好景気に恵まれ、メインターゲットの富裕層の堅調な需要に加えて、今までなら上級小型車を買っていた層が背伸びをして高級車を買い求め、ハイソカーブームで若者も無理をして高級車を買うという環境の良さもありました。



もちろん、公用車・社用車などの業務用途に対しても取りこぼしなくガッチリニーズを掴んだ上で愚直にお客さんの求めるクラウン像に寄り添った商品性あってのものです。

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変革期(9代目~)
9代目 トヨタ クラウン ハードトップ JZS143型(1992年)

1991年10月のクラウンの全面改良はちょっとした事件でした。当初は実車を見ずに予約する固い絆で結ばれた顧客が買い求めたものの、その後は勢いがストップ・・・。久々にクラウンとしては失敗作になってしまいました。



開発中の景気は好調で小型車枠を残す必要も無く、背後に競合するシーマの好調や世界を見据えた高級車セルシオが社会に与えた影響もありました。先代ではワイドボデーが好評だった事から、ナローボデーとの共用による制約を取り払い、先代のワイドボデー→マジェスタ、先代のナローボデー→ロイヤルというセグメンテーションを行った上で、フォーマルユースのためのセダンはフレームから上のアッパーボデー改良(内装はキャリーオーバー)でお茶を濁してしまいました。トヨタとしては時流の追い風を受けた上級移行でより大きなビジネスをと考えたのでしょう。

当時の人々が思った印象は、トヨタが期待したものではなく
「ハードトップが全車ワイドボデーになっちゃって2Lがなくなっちゃったな」
「マジェスタはモノコックだし、V8メインのクラウン上位派生車だな」
というものだったのかも知れません。

そう考えると、ロイヤルを見る顧客の目は厳しくなり、クラウンらしさの象徴的な水平基調のキャビンやツートンカラー、クォーターピラーエンブレム、ラゲージドア付ライセンスプレートなどクラウンらしく見える要素をことごとく辞めてしまった事も長年のファンの期待を下回る結果になっています。



90年代のセダンとしてみれば空力的にも有利なハイデッキや丸みを帯びたエクステリアは時代のトレンドそのものには合致していたかも知れませんが、クラウンにそれが求められていたかどうかは別問題でした。また、デビュー当時はバブルも崩壊して景気がどんどん悪化していく様な世相に対して9代目クラウンの上級シフトの目論見は楽観的すぎたのでしょう。

トヨタが凄いのはこれからです。9代目クラウンの過ちを直ちに分析し、発売から1年10ヶ月後の93年8月にマイナーチェンジで大規模な修正を加えたのです。

格子状のラジエーターグリルに加え、好評だった8代目そっくりなリアコンビネーションランプに改め、ツートンカラー、クォーターピラーエンブレム、ラゲージドア付ライセンスプレートを復活させました。

Rrクオーターを新造するレベルの変更は相当な開発工数と型投資が必要になるはずですが、それをこの短期間で思い切って行ったことは英断と言えます。先代に似せると言ってもスタイリングの調整作業もあるでしょう。設計にも数ヶ月かかるでしょう。金型は少なくとも4ヶ月はかかるでしょう。初期モデルの原価償却もできていなかったのではないでしょうか。加えて拡販のために一旦は廃止した2Lを復活させ糊口を凌いだのです。

この判断をするためには、「モデルチェンジは失敗だった(顧客の期待に応えられなかった)」という事実を正しく受け止め、全社的な協力を受けて推進しないとあのタイミングでマイナーチェンジは不可能だったと思います。私は大企業トヨタの上層部が現実を直視し、失敗を認め、改めて顧客の求めるものを提供しようという真摯さが強く心に残りました。

どうしてもこの型のクラウンを振り返るとき、ロイヤルサルーンの不振・大改修に目が行きがちですがマジェスタは4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションや防振サブフレームを用いたモノコック構造という後のクラウンに活かされる技術が先行導入されていました。特に後者はクラウンにとっては重要な問題でした。長らくペリメーターフレームを採用してきた結果、世界的にも珍しいフルフレーム構造の乗用車というのがクラウンの特徴の一つになっていたからです。

かつてのようにフレーム全てがあらゆる荷重に耐えるよう設計され、その上に載せられるボデーは自らの質量に耐えれば良いという思想ではなく、この時代のクラウンはペリメーターフレームとボデーが合わさることで必要な強度を持つというモノコック構造に近い考えで作られていました。

販売上、「フレーム+直6のクラウン」と「モノコック+V6のセログロ」という対比は大切でしたし、長年の中心的ユーザーもクラウンのアイデンティティの一つだと考えていた部分があります。

マジェスタはその神髄にメスを入れ、モノコックで有りながら、サスペンションメンバー(サブフレーム)を液封ボデーマウントでボデーと締結するという配慮を加えました。サスペンションは強固なサブフレームで指示されることで操縦安定性を確保できますし、ボデーとの接続部が液封防振構造になっているのでサス入力によるノイズに効果があります。一般的にロードノイズの高周波側は防振構造によってよく取り除くことができると期待できますが、低周波側は振動を増幅させてしまう領域があり緻密な設定が必要です。操安を考えればサブフレームは剛付けの方が有利ですが、マジェスタはそこに目を瞑ってでもフレーム構造に負けないNV性能の確保に心を砕いたのでしょう。

モノコック構造を採用した結果、マジェスタAタイプとロイヤルサルーンGを比較すれば車重はマジェスタの方が40kg軽く、V8を積んだマジェスタCタイプと比較しても30kgも軽かったのです。この経験は次世代で活かされることになります。

フレーム仕様を残しながらモノコックも設定して少しずつ浸透を図るやり方はラックアンドピニオン式ステアリングやFF車導入と同じく実にトヨタらしい石橋を叩いて渡るやり方だと言われそうですが、ユーザーにとっても、変化を許容出来ない場合、それでも選択肢が残される優しさであるとも言えます。

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10代目 トヨタ クラウン ハードトップ JZS155型(1995年)
1995年8月、クラウンは初代から40年を経て記念すべき10世代目となりました。クラウンというブランドにとってこの世代の大きな特徴はモノコック構造の全面採用です。



先行してフルモデルチェンジしたロイヤル系とマジェスタ、そして遅れてセダンもモノコック構造でフルモデルチェンジされました。初代クラウンから続いてきたフレーム構造を捨てるという大きな変革を成し遂げたわけです。いままではフレーム構造のフラッグシップ高級車=クラウン、モノコック構造のフラッグシップ高級車=セルシオという区別がありました。或いはモノコック構造のカジュアルなマークII、フレーム構造のフォーマル寄りなクラウンというセグメンテーションもあったわけです。

構造的な差異があるのでキャラクターとして多少近づいても、それなりのアイデンティティーを保てていたところを、クラウンがモノコックになってP/Fが共通化されてしまうと「クラウンは大きなマークII」だと否定的になるファンが居ても不思議ではありません。

トヨタはクラウンのモノコックボディに「VIPSキャビン」なる愛称をつけました。「VIPのためのキャビン」を連想させる語感であり、「Various Impact Protection Safety:様々な衝撃から保護する安全性」「Vibration Isolated Progressively Silent:振動が遮断され革新的に静か」という2つの意味を持たせていますが、これこそがクラウンが持っていた「フレーム神話」であり、なんとしてでもフレーム構造と遜色ないNV性能や安全性能を確保するぞという気概を感じるネーミングでした。

また、環境問題への対応が求められていた時世を反映して省資源・低燃費を意識して軽量化のためにフレームを廃止しました、というエクスキューズも成立させやすいタイミングでした。素晴らしいロードノイズに寄与するフレームと言えども130kgという質量はクラウンと言えども看過できないオーダーでした。

そんな大きな変化があったクラウンゆえ、スタイリングや佇まいはできるだけ従来のイメージを崩さないように最大限配慮されました。すなわち格子グリルのFr、水平基調のキャビン、横基調のRr、クオーターのエンブレム、或いはスイングレジスターやシートバックグリップのようなクラウン要素はしっかりと織り込んであります。

バブル崩壊によるコスト削減のあおりを受けてぱっと見で少し質素に見えるのは
車両感覚に配慮して少し角が見易い硬質な面構成を特徴としていた当時のトヨタのトレンドも反映していました。豊かなボリューム感からシャープでフラットなイメージになるとややもすると、貧相で寂しいものになりがちですが、クラウンの持つ高級感は凜とした和風のテイストであり、以外と直線基調のスタイルともマッチしていると私は思います。銀は貼れなかったけど、シックな京都の銀閣寺のような印象です。

時世への対応という意味では、シートベルトの効果を高めるプリテンショナや衝撃感知ドアロック解除システムの採用や、3Lには連続可変バルブタイミング機構VVT-iを初めて採用した点が大きな進化です。VVT-iは今では当たり前装備かも知れませんが、当時としては画期的な連続可変制御をしており、アイドリングから中低速、高速域まで最適なバルブタイミングで運転することでスペック的には10psダウンしたものの、「4リッターの加速性能と2リッターの燃費性能」を両立すると豪語していました。実際に0-100KPH加速は先代の9.5秒から8.2秒にまで短縮し、燃費は2.0の9.6km/Lを凌ぐ9.8km/Lを達成しました。VVT-iのために油圧駆動でカムシャフトを最大60度回転させるヘリカルスプライン機構を開発しカムシャフト先端に組み込んでいます。これにより、高速域も低速域も犠牲にせず連続的に思い切りトルクを太らせることが可能になりました。二段可変式の「切り替わる感じ」を楽しむスポーツカーのそれも楽しいものですが、切り替わりが分からないほど自然な連続可変によりあくまでも黒子に徹しているという点もクラウンらしいではありませんか。後にVVT-iは2.5Lや他のE/Gにも採用拡大され、世界初のベーン式可変機構によるコストダウンを武器に4気筒以下の大衆E/Gにも採用されました。

V8が搭載されるマジェスタは、縦型テールランプやロングテールのリアビューが特徴的だが一番のトピックは4輪駆動車に横滑り防止装置VSCを目玉として採用したことです。いずれ世界標準化される技術ですが新しいものはいつもクラウンから、という不文律はここでも活かされていました。

しつこいようですがフレームを捨てるという決断をした10代目は、クラウンのヘリテージを失うという商品としての危機を、クラウンらしさを技術によって維持し、省資源・低燃費という社会の要請に応えるという大義名分を使って乗り越えました。大きな決断をしながらも、先代の不評からお客さんの指示を取り返さねばなりませんでした。その甲斐あって販売状況は回復し、先代の37万台と比べて50万台と一息つく事ができて9代目から続いて担当したチーフエンジニアもホッとされたことでしょう。負けられない戦いをしながら、挑戦も行った10代目はもっと評価されても良いのになと私は思いました。

ハードトップの話題
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11代目トヨタ クラウンJZS175型 (1999年)
21世紀が目前に迫る1999年、クラウンは予定通り全面改良されました。直6を積んでいたり後輪駆動の高級セダンとV8を積んだ上級派生があって、という枠組みは変化しなかったものの、その裏で様々なチャレンジを盛り込んでいました。先代がクラウンらしさをしっかり表現できたことで、変革ができたという成功体験から11代目でもまずクラウンらしいことは非常に大切にされました。この時代のトヨタテクニカルレビューでは、デザイン部門でクラウンらしい内外装とは何かを歴代に亘って研究した結果が遺憾なく発揮されています。だからこそ、中心的なロイヤルサルーンを見ると相当にクラウンらしいと感じます。硬質なデザインは少し角が丸められながらも、ベルトラインから流れる様なロングテールの水平基調やクオーターのエンブレムなど間違いなくクラウンらしい安定した高級感がありました。



一方で大きく攻めたのはパッケージングでした。1998年にデビューした実験的高級車プログレの研究成果が惜しみなく活かされました。プログレと同じホイールベースを持ち、E/G搭載位置を40mm後退させ、燃料タンクをシートバック後ろから後席下に移して運動性能を改善し、ラゲージスペース拡大(530L)や全を先代より30mm高めており居住性の改善を実施。また、サッシュレスドアを採用したピラードハードトップを改めて細幅ドアフレームを採用してフレームドアを採用したセダンに戻しました。これによりNV性能は相当向上しているはずです。

よく見るとクラウンらしからぬビッグキャビンや短いFrオーバーハングなど随所にプログレのエッセンスが盛り込まれています。先代クラウン級の室内空間を持ちながら小型車枠を厳守したプログレと違い、既にワイドボデーを持っていたクラウンはその分だけ、居住性を維持したままデザインのために寸法を使うことができました。ディテールやフェンダーから奥まったタイヤ位置などによって一見、少しクラシックに見せているのに中身は最新の技術が織り込まれているその手腕は相当なものだと私は思います。



乗ってみても水平基調のインパネやラゲージオープナーがドアトリムに配置されるなどの不文律はしっかり守ってあり、トヨタの高級セダンではなく「1999年のクラウン」であろうとする努力だと感じました。

E/Gはついに3Lが直噴リーンバーンE/Gになりました。直噴リーンバーンは煤の問題やトルクが細いリーン燃焼と通常のストイキ燃焼の繋ぎが難しいなど課題も多かったものの省資源の要請には抗えなかったのでしょう。(マジェスタにも同種のE/Gが乗せられましたが、直噴を経年する人が意外と居たそうでV8を選ぶ方が多かったと聞きます。)9代目からコツコツ育てられてきた5速ATが3L全車に拡大採用され、燃費が11.4km/Lにまで進化しました。

先進技術へのアプローチとしては2001年のクラウン・マイルドハイブリッドはクラウン初の電動化モデルとなりました。プリウスのTHSではなく、42V電源を設定して快適なアイドルストップを実現し、発進時の一瞬だけ電動走行を行うというギリギリハイブリッドと名乗れるものながら、リッター13.0km/Lを達成しました。

THS-Mを名乗るマイルドハイブリッドシステムはベースの15万円高とクラウンを買える層なら手が出しやすい価格設定だったものの、あまり街中で見かけることが無かったのは「ハイブリッドとしての有り難みがほとんど無い」事を見抜いていたのでしょうか。この技術の本丸は恐らく官公庁向けのクラウンセダンであり、こちらは1G-FEとの組み合わせがありました。

このロイヤル系の革新を内包した正常進化に加え、280psを誇る2.5LターボE/Gの設定もあるアスリート系という新たなグレード体系が追加されました。少し下品で悪そうにモディファイされた内外装を纏ってスポーティに走るアスリートは、単にセド/グロのグランツーリスモ系やスカイラインへの刺客と言うわけではありませんでした。これはクラウンユーザーの固定化や高齢化に対して手を打つ必要があると判断され、ヤングエグゼクティブの支持が集められそうな企画としてスポーティな走りを持ったアスリートが企画されたのです。

更に、90年代のRVブームに対して、8代目のワゴンの継続販売で凌いできたが新たなワゴンボディを開発し新しく「エステート」を名乗りました。当時ワゴンブームもピークを過ぎていたが、2.5Lターボをイメージリーダーにして若さをアピールすると共に、クラウンらしくデッキには分厚いカーペットが敷き詰められて高級ワゴンとしての品位を保ちました。さらに往年のステーションワゴンを彷彿とさせるロイヤルサルーンも残されてヘリテージも感じさせてくれました。



11代目は「21世紀へ。このクラウンで行く。」を広告コピーに据えてアイデンティティを大切にしながら新しい技術が数多く盛り込まれ、時代の要請にも応え、ユーザー層拡大の布石も打ったのです。しかし、結果的に国内の販売台数は先代どころか失敗と言われた9代目より2万台少ない35万台に留まりました。50代以上の高齢ユーザーの比率は74%。つまりこのまま行けば人口ピラミッドの頂点までクラウンが上り詰めた途端に命脈が尽きてもおかしくは無いという事実が突きつけられました。黄金レシピを以てしても販売が下降してしまい、トヨタの焦りと迷いが顕在化し始めます。

後編へ続く
Posted at 2025/08/12 16:10:21 | コメント(4) | トラックバック(0) | イベント | クルマ

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