2010年05月05日
乗り鉄といふものしてみんとす
往時、各大都市には路面電車が縦横に走っていたという。
東京も例外ではなく、今から見ると恐ろしいくらいに縦横くまなく路面電車が走っていたことがわかる。
東京は路面電車を要とする交通体系を選択しなかった。昭和40年代だろうか。
各地の路面電車が続々と廃止され、東京の路面電車はまさに風前の灯火だった。
モータリゼーション華やかりし頃ゆえ、東京から路面電車が全廃されるという可能性もあったわけだが、一路線だけ奇跡的に廃止を免れた路線がある。都電荒川線という。
荒川線が存続したのは、専用軌道が多いため、自動車交通とバッティングすることが少ないからといわれている。しかし、自動車と併走している区間はあるわけだし、荒川線が今に至るまで存続しているのは天佑といってよいかもしれない。
路面電車は運賃が安価(大人160円)で、手軽に乗り降りできるのが魅力的だ。最近では路面電車のコストパフォーマンスが見直されているらしいが、荒川線は路面電車受難の時代から、現在に至るまでしっかりと東京唯一の路面電車として、地域住民の足となっていた。最近では、観光客や都電に乗ることそのものが目的で荒川線のレールの上を疾走する一両編成の路面電車に揺られている人々も多い。
私どもも、そんな都電そのものに乗ることが目的とする一人であった。
乗り鉄ツアーに中途ながら参加してきた。
実際には、リンク先にあるように路面電車だけではなく、実に様々な電車路線やバスを乗り継いだわけだが、冒頭部にやや叙情的な文章を書く場合、路面電車というのは題材としては非常に書きやすい。
私は鉄道やバスそのものにさほど詳しくないので、電車・バスという個体そのものよりも、そこから醸し出される空気みたいなものに興味を持つ。
乗客の格好・会話だとか、車内に貼られている広告だとか、路線を彩る風景といったものに焦点がゆく。
原子核の周囲に電子がまわって分子構造が成立するように、鉄道やバスも個体という原子核とともに、それを縁取る電子の部分というのがあってはじめて分子構造としての鉄道やバスの魅力が出てくると思う。
たとえば、最新式の新幹線が永遠に実験線を走っているだけでは、これはちょっと味気ないし無機質だし、親しみが持てないであろう。実際に運用し、そこに乗客が搭乗し、レールの上を颯爽と走るからこそ、最新式の個体もより魅力を増す。
山梨のリニアモーターカー実験線のように、新幹線以上の速度でもって運用することを目的とする技術開発ならば、それは実験線であろうと魅力的だと思う。
bullet train(弾丸列車)としてのリニアモーターカーは今のところ、営業路線として実現していないわけだから、これは未来への想像が大きく湧き上がる。或いは、リニアモーターカーが日の目を見なかったとしても、昔のレールを使用した駅馬車のようなものだと思えば、それはそれでかわいらしいではないか。
可能性はあったけれども、普及しなかったものにも人間の技術の結晶がつまっていることに変わりはない。いい面をみよう。
さて、私は東急世田谷線の下高井戸駅で皆さんをお待ちすることにした。
ところが、結局は牛丼を食べている後ろ姿をがっちりと見られていたわけで(皆さんが駅に到着するのが思いのほか早かった)、私にとっての乗り鉄スタート地点は京王線下高井戸駅すぐの吉野家ということになろうか。
京王線で新宿駅に向かう。
この京王線というのは新宿から八王子を結ぶ路線(他にもいくつか路線はあるが)でいわばJR中央線と競合する関係にある。そして、路線幅がJRなどが使用している狭軌でもなく、関西の私鉄に多い標準機でもなく、馬車軌道と呼ばれる独特のレール幅を持っている。そんな知識を持って、レールを眺めているとJRの線路よりは幅広のような気もするし、京急(標準軌)のレール幅よりは狭いような気もする。
また、地下鉄と乗り入れするときに新宿にもう一つ新宿駅を作った。新線新宿駅と呼んでいるが、JRを中心に考えれば南口にある駅で、もとからある新宿駅とは異なりターミナル駅ではないのだから、京王新宿南口駅とでも改称すればいいのではとも思う。阪急列車の西宮北口駅みたいな。
という具合に考えてしまうほど、新宿の路線は込み合っていて、明治時代に駅にキツネが出るほどの閑散とした駅だったとはとても思えない。
新宿で京王電車を降りた一行は、西口のバスターミナルに向かい、都営バス(いわゆる都バス)に乗る。都電始発の早稲田に向かうためだ。
この都バスはやや旧式のバスのような気がする。一番後ろの座席に座っていたので、シフトレバーの長さなどは見なかったが、車内全体がどこか十年以上まえくらいに都内各地であったような、そんな古風な佇まいを持っているように思えた。冷房噴出し口が角型で、ルーバーというよりは、冷房吹き出し口と呼ぶのがふさわしいような硬骨な構えをしていた。
早稲田行きの都バスは新宿歌舞伎町に面した靖国通りを抜け、左折して明治通りに入る。そして右折して早稲田大学の正門そばを経由して、車庫近くの終点に着く路線なのだが、初夏の陽気の歌舞伎町前の靖国通りは、いつもどおり(?)自動車も整然としているよりは雑然としているようであり、なんだか東南アジアにでも来たような気分だった。人の波はうねり、自動車もつられて小さく波に揺られているかのようだ。
都電に久しぶりに乗る。住宅街に挟まれた中を専用軌道で走破する区間が多いように思える。東急世田谷線にも似ているし、江ノ電にも似た部分があるように思える。
幹線道路を悠々と走破するのは、明治通り飛鳥山(エスカルゴのような形をしたモノレール?ができていた)から王子駅前までの区間であろう。この辺りは高低差もあるので荒川線の軌道は大いに湾曲しつつ、滝が流れ落ちるように飛鳥山から王子駅に向かう。
ちなみに、飛鳥山といえば、暴れん坊将軍のモデルの江戸幕府八大将軍徳川吉宗が山を削って桜を植え、以後こんにちに至るまで、桜の名所として庶民に親しまれている。江戸時代の画などを見ると、はるかに筑波山まで見えるのだが、飛鳥山の北側は広漠な関東平野があるのみなので、当時は見えたんだろうなと思う。
梶原という駅で降り、皆さましばし写真撮影。都電モナカなるものが売っている和菓子家さん(?)が駅前すぐの商店街にあり、なかなかに繁盛していた。都電モナカを買った友人が食べようとするさまを観察していると、形が都電を模しているようで、すっかり荒川線は観光路線として定着したんだなという感慨を深めた。
私は一人旅も好きなので、このお店は後日、一人で来ることにして、まずタバコを吸うことを優先させた。店頭に置かれていた。
話を脱線させる。鉄道は脱線させちゃまずいので鉄道ではないお話をば。
いまのように、タバコ云々といわれている世相ゆえに、タバコがよりありがたく感じられる。今は携帯灰皿は持参しているし、灰皿のあるところでしか基本的には吸わない。昔は灰皿にありがたみを感じなかったが、いまは意識が変化した。
そういう意味ではタバコに関する諸々の問題意識が社会化したというのはよかったのではないかと思う。そのうちタバコが骨董品のごとくなるかもしれない。
貴重な文化遺産になるかもしれない。なので私はタバコを吸うことに決めている。
いわば文化と伝統の保護者を自認しているのだ。Do u understand?(笑)
もっとも、吸わなければ吸わないでまったく平気な体質なのだが、文化遺産は大切にせねばいけないからね。まあ、それは冗談として、筒井康隆の「最後の喫煙者」を思い出した。筒井氏の作品は時代を先取りしていたんだな。興味のある方は文庫本で出ているのでお読みあれ。
閑話休題。
梶原からいくらも歩かない距離に荒川車庫前という駅がある。名のごとく車庫があるのだが、本線から斜めにレールが近所の裏道のようなところを横切って車庫に入るようになっている。こういうときにたまらなくのどかでいいなと思ってしまうのはなぜだろうか。往年使用されていた車両も保存されており、ちょっとした観光地になっているようだ。だが、車庫の雰囲気は都バスの車庫を少しばかり拡張して、レールを敷設しただけという感じで、まことにこじんまりとしている。そしてそれが荒川区の小さな家並みと実によく調和しているなと思った。
ここでも皆さま写真撮影。
終点の三ノ輪橋まで来ると早稲田とは空気が異なるように思える。三ノ輪橋辺りは狭い路地や古い建物・看板がかなりたくさん残っているように思えた。郷愁を誘うには絶好の終着駅のように思える。
先般、吾妻線の終着駅の大前駅に行ってきた。
無人駅で単線レールが駅の100メートルほど先でぶちきれている典型的な盲腸線である。よくぞここまで駅を作ったなというくらい閑散としている。たしか一日六本しか運行していなかった。
比べて三ノ輪橋付近は同じ終着駅でも賑わいの気配が濃厚で、大前が大自然の中の静謐とすれば、三ノ輪橋は人間の生活の営みを再認識させるような場所のようにも思える。
その後は、乗り鉄らしく地下鉄日比谷線・京成線を利用して、日暮里駅前で串焼きを食した。チーズの串焼きが特においしかったかな。無論、ジョッキになみなみとつがれたビールはうまい。
乗り鉄の仲間は、さすがに鉄道に見識が深いだけではなく、独自の価値観を持って、いわばあるべき鉄道の姿というものを見出しているように思えた。単に、膨大な知識がストックしてあるだけではなく、そのストックを自身の嗜好性に合わせて組み合わせて、自分らしい鉄道趣味というものを構築しているようにお話から伺えた。
そういう意味では鉄道というのは実に奥行きの深いものだと思う。
通勤で使用することもあれば、旅で使用するときもある。
そして、今回のように同好の士が集う、鉄道という対象自体を目的とした行為も編み出す。この鉄道というものが持つ無限の包容力というのは本当にすごいなと感心した次第である。
さて、二次会は御徒町でラーメン。豚骨ベースなのだが、麺は縮れていてスープにもまろやかなコクがあり、大変おいしかった。皆さまと解散したのちは、せっかくなので京浜東北線(通称だが)沿いの道をずっと下り、神田川を超え、家路に着いた。
皆さま、ありがとうございました。いい経験をさせていただきました。
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Posted at
2010/05/05 11:22:29
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