先日の300SEのブログでトランクを開けてバックパネルの縁にある
青ステッカーと赤ステッカーのリプロに付いて書きましたが、
発掘してきましたのでご覧に入れませう。
因みにこれらには
『荷物を積むときは、表に従ってタイヤ空気圧を調整してください』
と、何か国語かで書かれているようです。
んで、上のは220君用にシールセットを買った時にセットの中にあった物なのですが、
下のはどういう経緯で入手した物かを完全に忘れてしまいました。
そのシールセットを買う際に1963年以降用とあったのですが、
それ以前と何が違うんだべなァ?と思いつつ買って、
1つはブレーキブースターに貼るステッカーがAteのT51用なのがそれだとすぐに気付いたのですが、
この青ステッカーは到着後220君に貼られている物と違う事が判って、
当時ざっくりと調べてみた所、1963年の何処かの時点から違うのが判ったのですよね。
因みに1962年以前の銀枠付き青ステッカーというのはこんなのですね。
昨日車庫に行った時に撮って来れば良かったのですが、
その時にはこの画像を載せる事を考えておらず、そうしなかったものですから
なかなかこのサイズの画像が無くて探すのに苦労しちゃいました(苦笑)。
一方、赤い方は後からW111/112やW108/109に貼られた例があるようですが、
メーカー出荷時としてはどうやら1973年頃から貼り出された物らしいという事が判っていました。
んで、この時期をもう少しハッキリさせてみようという事で調べてみました。
先ずは銀枠付きの時期が何時までかを220SEb2枚扉で調べてみたのですが、
サンプルが限られているので結構間は空いてしまっていますけれども
045113と050463の間に変更時期の境があるようです。
恐らく045113が1963年の5月頃、050463が9月頃だと思われるので、
ざっくりですが、私の言う220SEbの前期後期辺りが変更時期と考えれば好さそうな気がしますね。
お次は青ステッカーから赤ステッカーへの変更時期なのですが、
先ずは116で調べてみました。
アメリカの某サイトの画像データから調べているので、
サンプルとして使えるのが450SEしかなかったのですが、
005538と007124が境目となっていました。
これは1973年の恐らくそれぞれ5月頃と7月頃だと思われます。
続いて114と115に付いて調べてみたのですが、
先ずは220D。
これは336216と349341が境目でした。
恐らくこれらは1973年の6月頃と9月頃に相当すると思われます。
続いて280。
これは016984と017039が境目でした。
恐らくこれらは共に1973年の7月頃だと思われます。
最後に280C。
これは003351と004426が境目でした。
恐らくこれらは1973年の4月頃と7月頃に相当すると思われます。
この結果からすると114/115に関しては変更時期が7月頃と断定してしまっても
良さそうな気がしますよね。
116も一緒に考えても良さそうだなと思ったのですが、問題は107。
450SLを調べたのですが、
生産時期が長いのとアメリカに入った台数及び生き残っている台数が多いのか、
107のSL自体の資料の数がとてつもなく膨大な様子で、
その中から1973年の450SLだけを抽出するのが大変だったので、途中で止めてしまいました(苦笑)。
しかし、その範囲で調べた結果では012214と013002が境目になっていました。
恐らく012214が1973年の4月頃、013002が5月頃と思われるのですよねぇ(苦笑)。
底無し沼のようなデータを深掘りしていけば、
更にどちらの月なのかまで突き詰められそうな気もするので、
気が向いたらやってみようかとも思ってはいますが、
114/115の7月と言う結論との違いをどう考えるべきなのかなぁと思う所なのですよねぇ。
出荷工場の違いで時期が違うと考えれば楽なのてすが、
当時、ジンデルフィンゲン工場以外に
完成車の出荷工場があったかどうかを知らないので、
これが何とも言えない所なのですよねぇ。
しかし少なくとも、赤ステッカーが1973年の春以降から、
という事だけは間違いなかろうと言う所ではありますよね。
青から赤にしたのは何故なのでしょうかね?
MBの実際の事故現場での調査が確か1970年頃から始まっていますから、
その調査の結果からより強い警告を発する必要があると判断されたとかなのでしょうかね?