2007年11月09日

←。
昭和41年。大発フェローL37だそうです。
…そこ漢字か?
この辺の車はほとんど知りません。
すばる360などと違って、今見ないですからね。
つか、平仮名で書くなや(苦笑)。
360は90年代半ば頃でも、登録台数が1万台以上あったらしいですからね。
ナンバー切ったレストアストックや部品取り車まで入れた残存総数は、更に多くなるはず。
フェローが凡庸だったというわけじゃありません。
スバル360とはそれだけ特殊な車なんでしょう。

Posted at 2007/11/09 22:51:12 | |
トラックバック(0) |
車諸々 | 日記
2007年11月09日
教科書検定の話が毎日のように流されています。
これは、左右両派の感情論がぶつかってしまっている上、当事者の多くが戦死していますから、本当の所は解らないんじゃないでしょうか。
しかしひとつ、間違いない事実はあるわけで。
「軍は沖縄を守るために行った」
…大嘘ですよ。
昭和20年4月の時点で、日本陸海軍には日本本土はおろか、沖縄・先島諸島すら防衛する能力は無かった。
瀬戸内の呉周辺に滞泊していた艦船も、燃料不足や航空支援戦力の喪失により次々撃沈されてしまう。
果ては、戦況悪化により急遽建造したなけなしの空母群まで沈められる有様。
主要な軍需工業地域や鉄道網も、猛烈な空爆に見舞われる惨状。
要は、本土決戦用の竹槍が揃うまでの間、沖縄に放り込んだ玉砕部隊が半日でも持ってくれればいい。その程度の動機ですよ。
とにかく、本土と北海道を結ぶ青函連絡船も満足に運航出来ないほどの状況で、
更にいえば、不沈艦大和までが数時間の航空攻撃で沈む状況で、
離れ小島の沖縄をどうやって守れたのか。
守れる訳がない。
つまりは、飛行機だけで巨大戦艦大和さえも沈める米軍相手に、投げて届く場所まで行くはるか手前で蜂の巣にされてしまう。
手榴弾なんかあったって、クソの役にも立たないわけです。
だから自決用に住民に配って回ったって事なんじゃないかと。
左派がどうの、戦後27年間のアメリカ施政下における反・旧軍教育がどうのは関係ない。
日本旧軍は自分の兵隊も守れないほどダメダメで、残念ながらそのダメ集団にウチの爺様もいたと。
それだけの事なんですよ。
陸軍兵長だぞ。なんで海に沈んでもいないのに、遺骨還ってこないんだよ厚生労働省。
なんとかしろ。

Posted at 2007/11/09 13:16:28 | |
トラックバック(0) | ニュース