またしても 「ヘタレのウンチク」 「いじめブログ」です、ネチネチと長いですよ~(笑)
解説は「眉にツバをつけたお話」 かもしれませんが
実践したものは事実であり、何かお役に立つものもあろうかと考えて挙げてみました。
・・・オタクな方は過呼吸にご注意ください(笑)
僕は車の整備などをDIYで楽しんでいる 自称 “プライベーター” であり
本業は設備開発、維持管理などを主とした機械屋でもあります。
本業、趣味を問わず、分解、部品交換、修正、調整は多く行っており
場所によっては、脱着だけでも少々の機材と知識、技術が必要になることがあります。
車について・・・例えばサスペンションのピロブッシュ交換を考えてみます。
ピロブッシュはサスアームにピッタリとはまり込んでおり、そう簡単に抜けないものです。
簡単に抜けるようではいけませんから強い力で圧入されているわけですが
この時に「はめあい(嵌め合い)」を考慮した適切な方法で脱着する必要があり
これをするか否かで、交換はおろか「けがをする、しない」「壊す、壊さない」にまで影響することもあります。
↓外したピロブッシュ
「はめあい」とは、軸と穴が互いにはまり合う関係のことで
はまり具合の度合い(許容範囲)を示したものを「はめあい公差」といい
そのきつさによって「すきまばめ」「中間ばめ」「しまりばめ」に分けられます。
「すきまばめ」
読んで字のごとく「ゆるい」はめあいのもので
穴より軸が細い、または軸より穴が広い状態でのはめあいになります。
「中間ばめ」
すきまばめよりややきつく、手での抜き挿しは困難ですが
銅ハンマーなどで軽く叩いたり、ハンドプレスなどで抜き挿しする軽圧入程度のはめあいになります。
「しまりばめ」
穴より軸が太い、または軸より穴が狭い状態でのはめあいになります。
ハブとハブベアリング、ハブベアリングとナックルなどや、前述ピロブッシュはこの関係になり
トン単位の圧力をかけた脱着が必要で、「グググ」「ギギ~ッ」という音を伴う強烈なものになります。
脱着難易度は最も高く危険度もあるので、知識、技術、機材が必要と言ってよいでしょう。
はめあいについてはJIS B 0401に規定されていますが、見るとウンザリしますので
「はめあい公差」で叩くとわかりやすく、使える資料が出てきます。
はめあいは、あらかじめ図面や資料による調査、測定で対応しますが
わからないものについては現物を外しながら測定をして把握していきます。
しかし手持ちの油圧プレスはたかだか5トン・・・
なかなか外せなくて途方に暮れ、泣きたくなるような事も多数あります(笑)
そんな時は諦めてプロにお願いすることが正しいと思います。
が・・・ノーテンキな僕は 「困難に直面した時こそチャンス」 とポジティブに考えて
ドMよろしく困難を楽しんで攻略していきます(笑)
先日は長男のS2000のハブナックル分解組立で少し困った事態になりました。
5トンの油圧プレスが少し厳しい感じでハブを何とか抜き
まずいな、と思いながらナックルからハブベア本体を抜こうとしましたが
油圧プレスが壊れる寸前まで攻めてもビクともしません・・・
寸法は全く測れませんが、明らかにはめあいが厳しく、感触からして恐らく10トンプレスでもギリギリと思われました。
これはしまりばめの常識なのですが、「入れる」力に対し「抜く」力は約1.5倍が必要であり
錆や焼付き固着も考慮すると約2倍の抜き力が要ると思われます。
仮に新品組付け時に5トンプレスで圧入できても、抜く時には10トン近い圧力が必要と考えられ
はめあいが厳しいことは間違いありません。
プレスは5トンしかありません。
手持ちのベアリングプーラーではハブに残ったインナーレースも抜けません。
どうすればよいのか?
ここで仮説を立てて実行することにしました。
①ハブを冷凍して収縮させインナーレースを抜く
ハブ径はφ45で、20℃から-10℃まで冷やすことで計算上0.016mm収縮します。
ベアリングメーカーサイトのはめあい公差から逆算して圧力減少を計算すると -1.6トンと出ました。
約6時間ハブを冷凍し、インナーレースを温めながらトライすると・・・程々の抵抗感と音を伴って無事に抜けました。
②ナックルを熱して膨張させハブベア本体を抜く
ハウジング径はφ84ですから100℃に熱することで計算上約0.1mmの膨張が見込まれます。
同時にベアリングも温まって膨張するのでこれを冷却して50℃と仮定・・・圧力減少を計算すると -9トンと出ました。
非接触温度計で測りながらヒートガンで加熱し、ベアリングをパーツクリーナー冷却しながら油圧にかけると
無事に抜くことが出来ました。
次に新品ベアリングやハブをどう圧入するか・・・?
ここでナックルハウジングや新品ベアリング、強化したハブを精密計測して考えます。
計測してわかった事は、スバルよりもホンダの方がはめあいが厳しいということでした。
スバルは「中間ばめ」の最上位または「しまりばめ」の最下位あたりのはめあいでしたが
ホンダは・・・「しまりばめ 強圧入」というものでした。
これを自身に置き換えると、スバルは手持ちの5トンプレスで何とか脱着できますが
ホンダはできない、ということです。
特にナックルハウジングにベアリング圧入は強敵になります。
どうする?
まずは実測値を元にした圧入圧力を把握したうえで
ヒートガンと冷蔵庫を駆使して5トンプレスで出来る事を模索しました。
つまり温度を使って部品寸法を操作し、きつい「しまりばめ」をゆるくしてやろうという魂胆で
「冷やしばめ」「焼きばめ」の考え方を使います。
(本当の「冷やしばめ」は、液体窒素で-150℃程度まで冷却収縮させるものになります)
パソコンに計算式を放り込み、様々な温度パターンで圧入圧力を計算し
これなら大丈夫と思える方法を導きました。
↓-10℃に冷やしたハブベアリング
③ では、強敵の「ナックルハウジングにベアリング圧入攻略」について
実測値に基づき、実際行った計算で圧入圧力を予測してみましょう。
③-1 熱による径の変化量を算出します
ΔD=D×α×(T2-T1)
変化量:ΔD
内径:D
線膨張係数:α 12.1×10-6
温度:T2
温度:T1
(1)ハブベア外径が20℃で83.996mmのものを-10℃に冷却した時の収縮量とハブベア外径変化
ΔD=D(83.996)×α(0.0000121)×(T2-T1)(20-(-10)) =0.0304mm
収縮量は0.030mm
ハブベア外径は 83.996-0.030=83.966mm となります
(2)ナックルハウジング径が20℃で83.923mmのものを50℃に熱した時の膨張量とハウジング径変化
ΔD=83.923×0.0000121×(50-20) =0.0304mm
膨張量は0.030mm
ハウジング径は 83.923+0.030=83.953mm となります
③-2 圧入圧力を算出します
K=12000×μ×△d×B
K:圧入力(kgf)
μ:0.12(圧入) 0.18(引抜)
△d:有効締代
B:呼び径
(1)ハウジング、ハブベアともに常温の20℃の場合の圧入圧力
K=12000×μ×△d×B
K:圧入力(kgf)
μ:0.12(圧入)
△d:83.996(ハブベア外径)-83.923(ハウジング径)=0.073mm
B:呼び径=84mm
これを式に入れてやります
K=12000×0.12×0.073×84=8830kg=約8.8トン
・・・予測通り常温のままでは、僕のプレスでは絶対不可能な圧入圧力になってしまいました。
実際にはできないこともないのですが、その方法は恐ろしくて公開できません。
(2)ハウジングは20℃のまま、ハブベアは-10℃まで冷却した圧入圧力
上記③-1(1)より冷やしたハブベア外径は83.966mm
上記③-1(2)より20℃のハウジング径は83.923mm
K=12000×μ×△d×B
K:圧入力(kgf)
μ:0.12(圧入)
△d:83.966-83.923=0.043mm
B:呼び径=84
これを式に入れてやります
K=12000×0.12×0.043×84=5201kg=約5.2トン
・・・ハブベアだけ収縮させても5トンを超えますから厳しいですね。
(3)ハウジングを50℃まで加熱、ハブベアは20℃のままの圧入圧力
上記③-1(1)より20℃のハブベア外径は83.996mm
上記③-1(2)より熱したハウジング径は83.953mm
K=12000×μ×△d×B
K:圧入力(kgf)
μ:0.12(圧入)
△d:83.996-83.953=0.043mm
B:呼び径=84
これを式に入れてやります
K=12000×0.12×0.043×84=5201kg=約5.2トン
・・・ハウジングだけ膨張させても5トンを超えますから、これも厳しいですね。
(4)ハウジングを50℃まで加熱、ハブベアは-10℃まで冷却した圧入圧力
上記③-1(1)より冷やしたハブベア外径は83.966mm
上記③-1(2)より熱したハウジング径は83.953mm
K=12000×μ×△d×B
K:圧入力(kgf)
μ:0.12(圧入)
△d:83.966-83.953=0.013mm
B:呼び径=84
これを式に入れてやります
K=12000×0.12×0.013×84=1572kg=約1.6トン
ハブベアを20℃から-10℃に冷やすことで外径を0.03mm収縮(軸径収縮)させ
ハウジングを20℃から50℃に加熱することで径が0.03mm膨張(穴径拡大)させると
圧入圧力は約8.8トンから約1.6トンにまで減少しました。
たかが0.03mm・・・しかしなんと大事な0.03mmなのでしょう?
これで安全に、楽に圧入ができます。
計算を元に事前調査しました。
ハブベアリングは冷凍庫でまる1日冷却して測定すると、ほぼ計算値通りに収縮し
ハブも同じく計算値通り収縮していることがわかりました。
「ほぼ」と表現したのは、0.001mm(千分の1mm)単位の誤差があったためです。
実際に計測しませんでしたが、ハウジングを熱しての膨張も期待できます。
全ての準備と作業手順をシミュレートして翌日に実施・・・
圧入は予測通り軽やかで、30秒程度で終了
ハブも同様に軽々と圧入することに成功しました。
↓ハブベアリング圧入
↓ハブ圧入・・・ハブは凍って真っ白
↓安全に、楽にナックルが完成
残念ながら僕の油圧プレスは圧力計や荷重計を装備していませんから
実圧力は把握できませんでしたが、フレームのたわみ感から2~3トン程度であったと思います。
・・・ダイヤルゲージを当ててたわみ測定すれば荷重が算出でき
圧入圧力は計算値と実測でどの程度の差異があるのか?を確認できたのだと後悔しています。
この圧入を実施するにあたり・・・
「冷やし」については、本来液体窒素やドライアイスで極低温にしてやるものですが
これらを使うにはコストがかかるうえに凍傷という危険性があり
ハブベアリングに至っては転動体保持器やシールを破損する恐れもあるため
最初から考えないで取り組んでいます。
また 「-10℃」の根拠ですが・・・冷凍庫は-15~-18℃と言われていますが
取り出した瞬間から温度が上がり、圧入時には相手物と密着して温度は急上昇するはずですから
予想として-10℃位であろうというものです。
はめあいを意識したところ解決した事例は他にもあります。
ある方がサスのゴムブッシュをピロブッシュに交換していました。
抜きはゴムなので問題なかったのですが
ピロを圧入しはじめると、えらく苦戦して圧入工具は今にも壊れそうな状態です。
つい先日同じ所の交換を行った記憶では、緩いしまりばめ程度で苦戦する箇所ではありません。
実際に測定をして、はめあい度合いを確認したので間違いないのですが・・・
しかし大事なことを思い出しました。
ブッシュが嵌るハウジングの錆を丁寧に落とさないと、そこの圧入は非常に厳しくなります。
錆汚れがあることで、はめあいがきつくなり、圧入圧力が跳ね上がってしまう、ということです。
早速苦戦しているハウジングを覗いてみると・・・
あるある! 見逃してしまいそうな赤黒い錆がハウジングの端全周に付いています。
それだけで0.01mm単位ハウジング径は狭くなっているはずであり
間違いなくコイツが「しまりばめ 強圧入」にしてしまう原因です。
車両組付状態のため完全に錆を除去できませんでしたが
それでも圧入はかなり楽になり、無事に作業は完了しました。
ほんの一部ですが、厳しいはめあい部品の分解圧入について
僕が実践したことと、その考え方をざっと挙げてみました。
これは!と思った方は今一度「はめあい」と向き合い、是非ともトライしてみてください。
また、皆様の建設的なご意見をお待ちしております。
「車の整備は 安全に!確実に!楽しく!」 を願って・・・