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ワルめーら@Terryのブログ一覧

2026年04月27日 イイね!

パワーの無いNAは愉しい

むしろ、経済力を蓄えた昔からのスポーツカー好きにお勧めしたいです。昔乗っていたクルマの感覚と同等とまではいかないまでも、それに近いフィールは些かでも感じれられると思います。
中古車の値段も下がらなくなってきたとはいえまだまだ格安の部類。だからこそ、長年、クルマに親しんでいる年配の方にむしろお乗りになって欲しいと思っています。
Posted at 2026/04/27 14:25:11 | コメント(0) | クルマレビュー
2026年04月27日 イイね!

リベラルとチバラギ

利根川東遷という言葉はてっきり社会科で習うものだと思っていたが、どうもそうではないらしい。著名な言葉であると早合点していた。

ゆえに、千葉県は茨城県と陸続きであった。なので、旧下総国は千葉と茨城両県に跨っている。現在でも利根川を境目とせずに千葉県と茨城県が混在していよう。
あの広大な関東を象徴するかのような利根川(関宿より下流)は徳川家康が関東に入部し、大土木工事を行なって完成した人工河川なのだ。

治水対策や舟運整備の関係もあるのだろう。家康は江戸を中心とした関東の地面をやや乾かし、ますます物資があつまるような土木政策を行なったのだ。
利根川東遷以前は鬼怒川や荒川水系の水はすべて隅田川(江戸の人間は大川と呼んだ)に流れていたのだが、莫大な水流は分散化された。暴れ川は静まり、江戸そして東京の発展へとつながるのだ。
また、行徳からは小名木川を作ったり等して、野菜や塩を江戸まで容易に運搬できるようにもしている。山本周五郎の「青べか物語」に描写される世界は江戸由来のものであるというわけだ。

ちなみに、浮間船渡付近から下流の荒川も人工河川で、昭和になってできたものである。浮間船渡はこのときに埼玉県から東京府へと編入。千住も分断され、北千住と南千住に分かれたというわけだ。地図表記をみれば、下流部は荒川放水路となっていることが確認されよう。

とはいっても、それ以前の江戸が寂れていたかというとそうでもないとは思う。
昔は舟運が主流なので、良港として殷賑をきわめていたものと思われる。
江戸時代のエタ頭の弾左衛門は代々矢野弾左衛門と称し、もともとは尼崎辺りに盤踞していたのを頼朝が呼び寄せたともいう。平家の秩父七党の江戸氏への抑えだったのだろう。太田道灌もそうだが、地元の勢力家は江戸に根拠を持っていた。決して鄙びた寒村ではなかったことの証左であろう。

チバラギオフ後に利根川沿いの河内町の一角にある喫茶店で、SSAWSさん・みつびんさん・ミヤーンズさんとの四者会談のさなかに、そんな話が出てきたので、筆の赴くままに記してみた次第である。今回の定食オフのメンバーもこの四人。
私以外は後ろにエンジンを搭載しているクルマをお持ちで、控えめにいえば、変態なのでありましょう。

河内町の辺りは田園がひたすら続き、信号のない一本道が続いていてまことにのどかなのだけれども、町役場前をぐるっと一周し、ふと閃いて、川(用水路?)沿いにあるお寺に入ってみた。本堂の前で住職が手招きするので入ってみた。県内からインスピレーションを得て、香取神宮からここ勝福寺に来たという女性二人を交えて、二体ある大日如来(確かに、二体あるのは珍しい。真言宗では大日如来は絶体神のようなものなので、せいぜい一体であることが普通であろう)を見せていただいたりした。それにしても、弘法大師はなぜかくもその像が全国に偏在しているのだろう。空海が偉大な人物であり、念仏にいきた親鸞や法然が偶像化されにくかったとしても、各地にあり過ぎるような気がする。小町伝説が各地にあるのはなんとなくわかるのだけれど、讃岐の豪族であった空海の像がなぜ全国にあるのかということが未だにわからない。学究肌とはいえ、最澄の像なんてまず見たことがないし、時宗の一遍の像も全国に遍くあるとは思えない。不思議だ。

水と田園を感じて、一気につくば市まで行くのだが、前述したとおり、チバラギオフに参加してきた。久しぶりの二か月連続である。

土曜日はスバル系のお店としての歴が長いリベラルさんの感謝祭にお邪魔。こじんまりとした規模が心地よい。家からも遠くはないので、ごくごく気軽に立ち寄れるのもありがたい。東京砂漠の大渋滞と第三京浜を使用して30分程度。

ここで、私と同じく、スバル車とスズキ車の双方を持っている若い人たちに、適度な下ネタを提供したり、ユーチューバーの方とお話をしたり、界隈では著名らしいいちがめさんとお話をさせていただいた。クラッチのスプリングかあ。
翌日、お会いしたミヤーンズさんにお話をしたところ、クラッチに違和感があるようなので、そうなんだなと感じた次第だけれども、そのときに腰を痛めてしまったので、シートヒーターもあり、いまどきの集団移動でも便利なカーナビもあり(スマホナビは利用しない派。スマホになるべく情報を一元化しないように留意はしている)、結局、チバラギ方面の集まりに行くときは33スイスポのファイナルエディションが多くなる。
なお、リベラルを辞してからは保土ヶ谷PAで休憩し、玉縄(我ながらマニアすぎる。。)を回り、大船や戸塚経由で帰宅。

時間軸にどんどん揺さぶりをかけていくが、つくば市のノスタルヂアに来店。やはり覚えていてくださり、小説の一次選考通過の報など、吉報をお聞きした。
決して常連ではないのだけれど、いっとき話すことの一つ一つが店主のMさんの人文的感性に共鳴したようで、カタログや書籍を探そうとしても、饒舌になられる。
それはそれで大変にありがたいことであるけれども。

その後、若いスイスポ乗りの方々と待ち合わせをして守谷でラーメンとチャーハン。ついで場所を移動して、数時間談笑して、谷和原からワープ走行して江戸に帰洛。
またまた茨城への縁が増えてきたような気がする。来月に愛知に行くことになったし、この両県というのは、身内もいないのに、やたらと縁があり、両県来訪の折は親戚回りをする如く、様々な立ち寄る場所がある。僥倖とみるべきであろう。






















































































みつびんさんのブログ
https://minkara.carview.co.jp/userid/3125893/blog/49058546/




















↓保土ヶ谷PA











↓後北条氏、家康の謀臣本多正信が居とした相模玉縄。いまは大船近くの高台住宅街となっているが、城址は残されているようだ。












Posted at 2026/04/27 13:44:35 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月31日 イイね!

こういうときは

こういうときは
今日は雨だし予定も無いので、これを見て思い出にふけよう(笑)
前期70スープラ乗りさんと知り合ったのもこのイベントを通じてですよね。

https://minkara.carview.co.jp/userid/730895/blog/42194487/
Posted at 2026/03/31 15:26:38 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年03月31日 イイね!

行徳のヤンキーの話をしていますがメインはチバラギオフのオフレポのつもりの巻

行徳のヤンキーの話をしていますがメインはチバラギオフのオフレポのつもりの巻江戸という街は水だけではなく塩も不足していたので、家康入府の折に、大川(隅田川)と中川との間に小名木川を、中川と江戸川との間に新川を設けて、千葉の行徳から塩を江戸の街に大量に運んだという経緯がある。中間地点の葛西は肥溜めから出る人糞肥料の産地で、葛西には独特の異臭がしたというが、人糞肥料は当時の農業においては極めて付加価値の高いものであったから、江戸の人間には千葉に感謝せねばならぬ。むろん、葛西は東京都の所属ではあるが、実は大川の東側は下総国であった。ゆえに、両国(武蔵国と下総国に跨る地という意味)という地名があったりするのである。

思い出話を一つ。
30年くらい前にマックスコーヒーを買うために江戸川を越えて行徳の街に入った瞬間、異様なオーラを感じたものだ。ぶっといボンタンを履いたヤンキーにガンを付けられたことがある。私がいた東京下町も随分と品の無いところではあったが、なんだかんだいっても都市資本の恩恵を受けていたのだろう。ボンタンの太さも既に抑制的になっていた。が、行徳のヤンキーはすごかった。漫画カメレオンの世界そのものであった。「お、てめえ、東京から渡ってきたんけ?」
グローバル化が進み過ぎて、そういう世界が無くなってしまったことが、今となれば寂しくもある。

さて、私は恩恵を忘れない人間である。江戸の街まで、塩や野菜という生活必需品を送ってくれた縁がある。ゆえに、森高千里とは似ても似つかない自称森高がいたとしても一発殴る程度で許してあげようというくらいの包容の心持ちで、千葉県が東京ドイツ村やら東京ディズニーランドやら新東京国際空港という具合に思い切り東京に阿る名称が乱立していることを許容している。既に八柱霊園のように東京の飛び地の植民地の如きものがあるし、東京は所詮は薩長の明治藩閥政府が勝手に名付けたものだし、江戸の者としては頼朝が江戸氏を実質的に駆逐するのを受容したとおり、これを許容したい。

ともあれ、千葉とはかくも異界であり、実にいろいろな想いが交錯する土地なのである。例えば、行徳のヤンキーなどは、永井豪のバイオレンスジャックの舞台が房総半島なのもここに着想を得たのかとも思うし、山本周五郎の「青べか物語」の舞台となった浦安の昔ながらの舟運の名残りをみたりすると、往年の姿を偲ぶことができて、心地よかったりもする。

そんな千葉県を今回はあっさりすっとばして(幕張PAでトイレ休憩をした)、霞ヶ浦近傍のチバラギオフに参加してきた。何年ぶりだろう。
最近、包皮が長くなったのか、包茎になりかけている。かなり悩んでいるのだが、
初参加したときはもはや童貞では無かったし、包皮の長さ問題を抱えていなかったので、あかはた祭りが狭山湖辺りで開催されていた頃よりは時代を下るものと思われる。

相変わらず普通に文章が書けなくて悩むのだけれども、意気込んで昭和のパスポートを当日の朝に用意してしまったし、馴染みの方々や初めてお会いする方々ともお話ができて非常によかった、と書くと小学生の読書感想文みたいになるのだけれど。

昭和的な定食屋巡りをすることを見込んで、今回は最新のナビを搭載した33スイスポで向かった。単身であれば、多少、道に迷いながら行くのも悪くはないのだけれども、効率と速度が是とされる近代社会においては、かような営みは、少なくとも正統的ではない。せっかく、ECUの書き換えで推定170馬力(車体重量970キロ)もあるし、それはそれでよかろう。
で、雰囲気は上品な感じ。しかし、大衆食堂としての矜持ももっていそうなお洒落な空間で顔を赤らめた酔っ払いは入店してこない印象である。

やはり、普通に文章が書けない。
房総の異能人であるクロモリさんが「これからどこかにいくなら付き合うよ」と仰ってくださったので、イナフォルニアなるいかにも茨城という場所に行くことに。ところが、イナフォルニアができる前、台風の時に廃墟マニア連中と行ったことがあるだけで、どこにあるのかもよくわからないなか、ザウスさんとみにいかさんにもお付き合いいただくことになった。
なるほど、素晴らしい。旧海軍の建物をうまく再利用している。錆と朽ち果てた姿は茨城によく似合う。ヤシの木もかっこを付けないのが丁度いい。
スウェーデンの女優クリスチーナが猪鹿蝶シリーズに登場している場面を思い出した。山口百恵が京急の駅名を歌の中で口ずさむ様も思い出した。つまり、豪奢で世界経済を席巻する80年代より一世代前の日本を彷彿させるのだ。

クロモリさんの電話はホットラインじゃないかというくらいにいろいろなところと連絡可能なようだ。なんと、チバラギオフの開催者で、先ほどお会いしたばかりの中2さんのお宅にお邪魔することになった。なるべく普通の文章を書くぞ。

信号のほとんどない道路を走行すること一時間ほど。
プロヴァンス地方を彷彿させるような風致であり、そこに愛車が佇んでいる。マクロンというよりはドゴールという感じである。すなわち、フランスがNATOの軍事機構から脱退した頃のような、腕白で誰にも阿らないような世界線を感じるのである。それはまた、岡本太郎のようでもある。
ここで、サルトルの実存主義やデカルトの方法論的懐疑といったフランスの哲学者の話などをして、高尚なサロンのような雰囲気が醸成されていたのである。
ありがとうございました。

さて、久し振りに丸昇オフに行きたくなったのだけれど、一応は都会の人間なので暗いとよく方向がわからないので、適当に行ったら、逆方向のようだったので、成田線の水郷駅に行ってみた。いやあ、一日に何本走っているんだというくらいに空白の多い時刻表であった。丸昇にも到着したのだけれど、今は24時間営業ではないようで、ゲームセンターでたむろしていた人たちも見当たらなかった。行徳のヤンキー同様、時代の流れでいつも間にか消えていってしまったのだろうか。。

県道44号という道がなかなか快適で、加速力の良さを活かして愉しく走行。33のスイスポは高回転型ではないので、中折れするくらいにパワーが萎んでいくのが
難点ではあるものの、低速トルクが凄まじく、ポルシェにも勝てると思う。オーナーさんに目隠ししてもらえば。
スイスポはもう一台持っていて、こっちはそこまでパワーが無い代わりに、上まで回る。さて、どちらを選ぶというのは不毛であり、西武池袋線の発車ベルが「DESIRE」であっても、「セカンド・ラブ」であっても、どちらも魅力的なのと同じことである。ちなみに、中森明菜は清瀬出身。清瀬市は東京都で共産党系の強かった場所(都民でも知らない方が多いと思うので念のため)。

成田市内に入った。新東京国際空港近くを走っていると美しい桜並木があるので、試しに近づいてみたら、公園の駐車場のようだった。思い出した。ここは以前、茨城の富豪八木羊さん企画のツーリングで赴いたところであった。果たして、秀吉の醍醐の花見もかくやと思えるほどに染まった桜に囲まれながら、ごく低空を飛んでいくジェット機の威容は感動的であった。

もう少しいたかったのだけれど、富里から高速バビューン。京葉道市川PAの松屋で牛丼を食べようと思ったのだけれど、市川PAは下り線だけだったのか。
開放されていた箱崎PAの自販機でパンを食べ、マナカで洗車(お元気ですか?)。スイスポのガレージを清掃して帰宅。
それでも温かく迎えてくれる妻がいるというのは幸せなことだと思う。

















































































Posted at 2026/03/31 13:02:51 | コメント(1) | トラックバック(0) | オフ会 | クルマ
2026年03月29日 イイね!

魔王号の喫茶、八潮の田中四一郎翁、煎餅屋でしょんべん、流山電鉄

魔王号の喫茶、八潮の田中四一郎翁、煎餅屋でしょんべん、流山電鉄
千鳥ヶ淵、日銀、隅田川の桜を文字通り、首都高の高みから見物して、八潮にあるG-Baseに初来訪。
八潮といえば妹夫妻が住んでいるはず。が、長らく付き合いがないので、消息不明(笑)

さて、ここで、ドリキンのAE86の魔王号等を鑑賞しながらスイーツタイム。スイーツも飲み物も普通に美味しいですね。本格的と言ってもいいです。屈託のない笑顔の若いお姉さんにそのことをお伝えしたところ、毎日仕込んでいますからとの言を賜りました。

AE86のことは詳しくないのですが、当然に92と似ている箇所もありますし、昔、ビデオで魔王号を見ていたので、なんだか感動しましたね。92後期のエンジンが流用された件はさておき、素直にAE86って素敵だなと思います。それのFFバージョンが31スイスポなのだと思います。かなり弄っていますが、まあ、速くはないですし、運転の基本を習得しやすいような気がしています。33のスイスポが入門編としてレコメンドされていますが、33は下からトルクがあるので乗りやすく、レスポンスが非常に鋭いので、あれがスポーツタイプのクルマの基本だと思われてしまうことについては複雑な気持ちを抱いています。まあ、そんな私も所有していますし楽しいクルマです。

どういうきっかけなのか、若いお姉さんと昔の峠の話になり、次いで、八潮の治安の話になりました。笑顔に屈託がないだけに、不気味ではあります。外国人が増えて強盗事件が増えているそうで、ウチの方ではあまり意識しないので(大黒などは別)、外国人全員が悪いわけではないとは思いつつ、これ以上、受け入れるのはいかがなものかと思います。

ともあれ楽しかった。
魔王号を鑑賞したのち、
八潮の枯れ果てた街並みを見学。なんというか昭和の頃の川崎区みたいな雰囲気にアラブ系の人たちが混じっている印象。城南地区で敢えて似たような場所を挙げるとすれば狛江かなあ?が、
さて、八潮といえば、潮止地区の田中四一郎翁を忘れてはなりません。地元の人も知らなそうですが(笑)
八潮潮止地区の水利を改善させ、水害リスクを低めた偉人です。大東亜戦争中に銅像が供出されたものの、戦後すぐに復興。威望のほどが窺い知れます。

二年ぶりくらいに馬橋の煎餅屋さん千福堂に来訪。お手洗いに行きたかったので挨拶もそこそこにその旨をお伝えしたところ、わざわざお貸しくださいました。
煎餅を作る工程がよくわかる通路を抜けて用足し。
こことも長い付き合いです。きっかけを覚えていないのですが、ご主人が歴史好きで私と話が合ったことから、時には夜遅くまで歴史談義をすることもありました。
ご主人は88歳にして健常。ただ、老いた奥様のことも考え、そろそろ店仕舞いすることも検討されているようです。物悲しいですが、仕方ないですよね。
今日はそんな奥様と娘さんもいらっしゃいました。
店の前の道路が昔ながらの水戸街道で、ほぼ向かいに王貞治のお父さんが経営していたラーメン屋から暖簾分けされたお店があったのですが、かつての馬橋宿も廃れてしまいました。狭い道なのですが、昭和の頃まではフルサイズの路線バスも走っていたそうです。
私は小さい頃、母方の祖父母が暮らしていた我孫子に行くときに常磐線で馬橋を通過しただけだったので、昔の馬橋のことがわからないのですが、ここに限らず、狭い路地を縫って駅前まで乗り入れるバスを近頃は見なくなりました。馬橋のバスターミナルもだいぶ離れた場所に移動してしまっています。

煎餅屋さんの近所にスイフト乗り仲間の若者が数名住んでいるのですが、一人はウチの近くで仕事。ウチの近くに住んでいるスイフト乗りの若者は流鉄平和台駅近くが実家ですし、面白いですね。
ちなみに、後者の彼に、件のマダムとの集い(笑)を見られていました。顔出せばいいのにと伝えたところ、彼女がいたからと言われました(笑)
森高千里と付き合っていることはこっそり伝えましたが、既婚者だって伝えているのになあ(笑)
だいたい三台でいたはずだし(笑)、なんならヨンピー、、(ピー)

そんなわけで、水戸街道をヒルクライム走行して北小金の手前辺りで引き返して、駐車場にクルマを停めて、久し振りに馬橋から流山電鉄に乗車してみました。
ああ、発車音がベル!!昔はうるさいと思っていたのに、こんなにも心地いい音だとは!
しかも、さくら号が入線。
「おい、さくら!おめえはオイラみたいに流山くんだりに流されちゃおしめーよ」なんていう寅さんの台詞が思い浮かびました(笑)

いろいろと行きたいところがあったのですが、流山駅を降りて、醤油工場への引き込み線を経由して、新撰組の近藤と土方が逃れていた陣屋やでかい模擬富士(富士講の一種で関東には多いですが、ここは割合と高さがあります)を少し見学して、再び流山駅へ。
まだ、西武車輌を運用しているようですが、JR東海からの車輌も待機しているようでした。流鉄なら西武線車輌の方がいいと思うけどなあ。
列車の揺れ具合は昔の国電のようで懐かしかったです。小田急に比べて横浜線は明らかに揺れていました。そんなことも思い出しました。

一日乗車券を購入したので、新松戸駅との接続駅である幸谷駅下車。流鉄の駅はこれでフルコンプ!ローカル風情にはかけますが、
ピンと来て入った油そばのお店が大当たり。今度また来てみよう。帰路は四ツ木まで水戸街道を走り、首都高経由で帰宅。一時間弱でした。
馬橋の仲間の一人も知っていたので、評判のいいお店だったんでしょうか。G-Baseもすごく良かったですけれど。

さて、できれば、久し振りにチバラギオフに行きたいなあ。やはり都心通過がネックなんです。それを過ぎてしまえば、交通量も少ないので、余裕をもたせて行けるのですが。。まあ、起きてから考えよう。

















































































Posted at 2026/03/29 02:59:40 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ

プロフィール

「瑞穂町でオフ会の打ち合わせをしたのち、久しぶりに東村山駅前の志村けんの銅像を拝してきた。東村山〜🎵」
何シテル?   05/08 00:52
帝都東京の地を根城とし、四方八方と旅する行動力の塊がワタクシ、ワルめーらでございます。 東京から大阪くらいまで(往復で1000キロ程度)なら日帰りで行き帰りす...

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令和のクルマも手に入れたので、時計の針を戻して、今度は久し振りに昭和を偲ぼうかとも思って ...
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