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ワルめーら@Terryのブログ一覧

2021年09月21日 イイね!

【夢のコラボが茨城で実現!】セリカXX・205セリカGT-FOUR、そして31万キロのインプ

【夢のコラボが茨城で実現!】セリカXX・205セリカGT-FOUR、そして31万キロのインプSome people say,”why can you go to various places?”. Easy to reply. Just starting the engine and driving. The important thing is just now. Never use the power for the future.

先だって、(給油口の蓋以外も)黄色い205系セリカにお乗りのヤマシ¥太 さんが、関東鉄道竜ヶ崎線ワンマン化50周年記念切符を買ってきたそうです。


↑これですね


のっけからいってしまうと、私は鉄道車両には興味がなく、その鉄道が敷設されるに至った状況や経緯、そして、それによってどのような変移をもたらしたのかということに関心があるのです。
また、沿線の風景や街並み、沿線住民の気性を生の現場で感じることを好みとするわけです。

そういう理屈を前置きに挟みつつ、結局は天気も爽快だからという理由もあり、
「じゃあ、私もさっそく行ってみようかな❣️」と何気なく述べたところ、SSAWSさんを含めて、「それでは乗ってみますか」ということで、目立つクルマ三台で竜ヶ崎線に乗ることにしました。この辺りの行動は三人とも素早いですね。
インプの走行距離をちょっとだけ抑制しようと思って、二台目を買ったのですが(そのうちご紹介すると思います)、もはや単なる増車となりました(笑)
当初の目的と外れるからこそ面白いんですよ。計画通りに物事を進めることに面白みがありましょうや。牽強付会。

【竜ヶ崎探訪】
関東鉄道竜ケ崎線は途中駅が一つしかなく、短い路線です。
ですので、すでに、ヤマシ¥太さんのブログにもありますように、午前中のうちに、竜ケ崎線搭乗と街散策をしてきました。

関東鉄道 竜ヶ崎線乗車ツアー

それにしても目立つ三台ですね(笑)






















↑佐貫駅前(国鉄の駅が竜ケ崎市駅と改名されたので紛らわしい)のパン屋さんの佇まいやおばさんの挙措、味が良かったです。建物右手がパン屋さん。


竜ヶ崎の商店街を散策。古びた商店街なのですが、活況があります。
名物のコロッケを食して、商売っ気がゼロの喫茶店で憩う(笑)
なかなかいい散策でした。

昔から祖父母の家の関係で佐貫駅はよく通過していたんです、主に赤電で(古!)。しかし、そこから東へ数キロの街に行くことは長らくありませんでした。
竜ヶ崎ってどんな街なんなのだろうという想像を膨らましつつも(あたかも初体験を迎えていない〇貞の如く)、なかなかイケず、否、行けずに、立ち寄ったのがおそらく三年前のこと。チバラギオフの帰りでスマート(いろんなクルマに乗っているなあ)で立ち寄ったと記憶しています。
竜ヶ崎は伊達政宗の伊達藩の飛び地領土だったところで、おそらく地名からしても水と不可分の土地なのだなと思います。















↑みに●●さん用に「雨の龍ヶ崎」を買おうかと思いました👍

















ヤマシ¥太さん、企画立てありがとうございました。


ここからはセリカXXとの二台でのツーリングです。

【牛久大仏】


まずは、牛久大仏を訪問。牛久といえば、沼とワインシャトーというイメージでいたところ(昭和の人間ですので)、いつのまにか毘盧遮那仏が建立されていました。それにしてもかなり昔のことですが。
当初はB級感が漂っていた記憶がありますが、どうも近年は正統派観光スポット(?)として機能しているように思えました。
おそらく、家族全体が楽しめるように工夫されているからでしょう。
スカイツリーが見える展望などのエンタメ性も備わっていますし、仏道に励みたい人向けに写経の場が提供されていたりもします。また、小さな土産物横丁も備わっていたりもします。

SSAWSさんも私も嗜好性が変わっていまして、中世の霞ヶ浦近辺の地図を眺めていたりしましたが(笑)、基本的にはこのような按配で巨大仏像を拝観してきました。浄土真宗なのになぜに毘盧遮那仏なんだろう、とか、きらきらしい仏像は不要ではという疑問は禁句で、なんでもありなのが、仏教の、そして日本的風土の自然の姿なのであります。























【江戸崎】

江戸崎という小さな街があり、今では稲敷市の一部になっています。
おそらく、江戸期には港運が盛んであったと思われます。
が、そういうところに行くのが好きな二人は、牛久大仏を過ぎて、江戸崎人が停める駐車場にクルマを置いて、街散策を試みてみました。
五百羅漢が圧巻なのですが、茨城って、こういう文化財をほったらかしにするんですよねえ(笑)
将門ゆかりのお寺のある坂東市もそう。予算が出ないのだそうです。
若しくは、土地が豊か過ぎて、眼前の豊かさを意識していないのかもしれないですね。納豆だけではない土地だと思うのですが。
ともあれ、五百羅漢のあるお寺の高台で、八木アンテナの指向性の説明をしていた私(笑)

余談ながら、江戸崎は二年前の師走の寒い時期に行ったことがあり、そのときは定食屋さんでメシを食べて、地元の人とお話をして、五百羅漢その他を眺めていた記憶があります。とんぼ返りで練馬の馴染みのお店に向かった記憶がよみがえってきています。お店の閉店が決まっていました。今、考えればよかったのかもしれません。



























【印旛沼近接】

利根川を越えて印旛沼に程近い料理屋(昔は眼前に印旛沼の水面があったものと思われます)で夕食。
SSAWSさんのお店選びの趣味は私と似ています。ということを感じながら、あれこれとしゃべりました。引き出し方の名人だなといつも思います。
ともあれ、長い道中、お付き合いくださり、ありがとうございました。








【その後】

私はといえば、例の謎の爆安スーパーに立ち寄って、謎の四階に思いをはせたりしていたのですが、錯覚のため、マゼラティを買うようなCDを買うこともなく(笑)、早々に千葉北ICから高速に乗って家路につきました。




【のはずが、、】

とはならずに、首都高芝浦PAでウダウダとしてしまったのでした。汝業深き者よ!ナローの32スカイラインマニア(?)の方をお見掛けし、こちらまで来てくださったのですが、すみません、電話中でした。
それにしても、まだまだあちこちで見かけるインプにすぐ気づくということは、やはり、給油口のラッピング効果があったのでしょうか(笑)
私の方はすぐにわかりましたが。でも、ナローは少ないとはいえ、32スカイラインも見掛けなくはないですよね。やはり、オーラみたいなものがあるのでしょうか。
間違えなく、彼の32ってわかったもんな。32の細かい形等、詳しくないのにも関わらず。







Posted at 2021/09/21 10:02:26 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日帰り旅 | クルマ
2021年08月28日 イイね!

【千葉自虐史観からの脱出を願い】千葉への慰霊の旅 ユーカリが丘線・プチオフ・平和島

【千葉自虐史観からの脱出を願い】千葉への慰霊の旅 ユーカリが丘線・プチオフ・平和島千葉県の由来は、江戸、すなわち、東京をも版図に入れていた
豪族千葉氏が発祥なのだろう。桓武平氏の末裔とされる名族である。

鎌倉幕府の創始者である源頼朝の挙兵(石橋山の戦い・夏になると激混みするところ)失敗後の手助けをしたのは千葉氏中興の千葉常胤(つねたね)であったし、もっと評価されるべきだと思う。

しかしながら、千葉市内の千葉神社近くに千葉常胤の像の中途半端というか、
誰も見向きもしないような立地に経っているし、扱いが粗雑であり、悲哀が漂う。

そもそも、頼朝に鎌倉を本拠にするように進言したのは常胤であるし、古都鎌倉の礎を作ったのは千葉にいた千葉氏である。
鎌倉といえば、今では風雅であり住宅地としても一等である。対する千葉といえば、まあ数十年前までは、ヤンキー天国だった印象がある(元東京東部民の主観的視点)。鎌倉ではなく木更津(江戸期など特に栄えた。現在は寂れてしまっている)を本拠にすべきと進言しても良かったかと思うけれども。

というわけで、ダサイタマチバラギという言い方こそされなくなったけれども、千葉の皆様には、もっと自信を持てといいたい。
自虐が転じて自暴自棄になったら、「バイオレンスジャック」の世界が
現実化されてしまいます。


千葉六党(ちばりくとう)って知ってますか?
千葉氏は北は青森、南は佐賀まで所領を持っていたのです。千葉県は他県流入人口が多いとはいえ、いわばその末裔が住まう土地ともいえ、武蔵の国の田舎に過ぎなかった江戸や、単なる海辺の村であった横浜方面に対する自虐が甚だしい状況はいかにも勿体ない。

東京〇流通センターではなく、千葉〇流通センターでよくないですか?
国際化拠点をアピールしましょう。千葉国際空港でよし。
ディズニーランドは不断の経営努力を重ねてきた京成電鉄でさえ、千葉という名前を忌み嫌った結果として、東京という名を付けてしまいました。
海外の人たちへの欺瞞です。
東京〇イツ村?いやいや、海外にまで忖度しなくていいです。
千葉ウガンダ村とかでいいじゃないですか。


私はこうした数々の悲しみが伏在している千葉という土地への慰霊を毎年行っています。その一つがユーカリが丘というニュータウンに行くことです。
東京のニュータウンと異なり、堅実にその時代の要請に合わせて発展しているニュータウンです。
教育レベルも高いそうで、地元の人たちはニュータウンにある中高に憧れるそうです(SSAWSさんより)。
ただ、不動産会社の本社は東京だったような気がしますが。。






ニュータウン内に九の字を描くように運行している電車があり、一日乗車券(スイカ等は使えません)を利用して、ニュータウンや古き良き千葉の残像を実地踏査してくることで、千葉の底力みたいなものを感じてくるわけです。

ユーカリが丘線 不動産会社が経営するミニ路線

冷房もない車両ですが、うちわやおしぼりが置いてあったり、貸与されていたりします。それと高い場所を走っていることと、換気を行なっているためか、東京の電車よりも涼しいくらいです。
いわば、エアコンレスのインプレッサスペックCに乗ってみたけれど、標準のSTiモデルよりも暑くなく快適に乗れた、とでも比喩できましょうか。




ニュータウンは9字上の外側に広がっているように展開されており、内側北半分はこち亀の大原部長の昔の家の周囲の風景のようで、マジで猪に注意です。

この辺りを井野というのですが、千葉氏の勢力下にあった原氏が印旛沼に面した臼井城を治めていました(桜の季節がお勧め)。その支城があったとされています。「中学校」駅下車二分ほど。













八社大神はその守護神として創建された可能性のある神社で、当初降りる予定であった「女子大」駅を乗り越してしまったので、貯水池にもなる公園を歩いたあとに参拝しました。















さらに雛の雰囲気が漂う道を歩くと、千手院という気分のいいお寺があります。
真言宗のお寺で、少なくとも南北朝時代には当地にあったとされています。1392年の話なので、李氏朝鮮滅亡の年ですね(←社会科が得意)。

ここで、昭和17年の生まれだと言われる褐色で気色のいい肌色をした男性に話しかけられたのですが、挙措動作が若々しく、40から50代くらいにしか見えません。毎日、参拝して、密かに境内の椅子を掃除したりしているらしいので、その功徳かもしれません。ウチの旦那寺と同じく真言宗で智山派だそうで、この手の歴史や宗教に詳しい方に出会うと、喜ばれます(そこそこ詳しいので)。

































ようやく、女子大駅に到着しましたが、肝心の女子大に行く気力が無くなり、今度は9字路線の分岐点である公園駅のホームで、お誘いしていたSSAWSさんからの連絡を受け、駐車場所に戻ることにします。

印旛沼沿いの風車近くで待ち合わせをして、酒々井亭というお店を目指すことにします。
いい感じの田舎道を通ります。
店の前にある駐車場は非常に混雑していましたが、いつも混雑しているようで、
なかなか入れないそうですが、功徳を積んでいるせいか、入ることができました。










クリームコロッケの定食を注文したのですが、これがすごくおいしい。
まさにクリームの名にふさわしいとろみがあり、同じくお誘いしていたみにいかさんがいらっしゃらないのが残念ではありましたが、退店したら、駐車場にいらっしゃいました(笑)

なお、今回はSSAWSさんにごちそうになりました。ありがとうございました。










その後、ダイエーだったというトライアル(ジュースが30円程度で売っている激安FCスーパー)に向かいます。いやあ、しかし、ダイエー時代の内装をそのまま残していますね(笑)
補修跡もくっきりしていますし、この辺りが激安価格の秘密なのかなと思います。
補修箇所はヤンキーによって破壊されたとの噂もあるとかないとか(笑)



イメージ写真

にしても、エンジンオイルとはあの値段で大丈夫なのかな(笑)
自動車用品売り場も充実していました。
ちなみに、NGKプラグの適合表を見ると、ネオクラなクルマばかりで、やたらレックスとレックスコンビが目立ちました(笑)
北関東ではよくみかけますが、はやく東京や神奈川にも進出してほしいです。








しばらく駐車場でだべだべして解散。本当にありがとうございました。
みにいかさん、今年は梨の獲れがいまいちなんでしょうか?(笑)

ここからは下道を適当に走ります。市川から高速道路に乗り、辰巳・箱崎・芝浦の御三家の閉鎖を確認し、大黒を目指します。パーキングの情報がそのパーキングの近くにならないとわからないので、川崎や横浜の海を片手に杏里を聴きます(笑)

結局、閉鎖していたようなので(再開放もなかったみたいです)、平和島で休憩。ウチと同じ世代のインプが目立ちました。
すると白い涙目リアテールのカップルが乗っている鷹目のクルマ(リアのテールだけ変えるというのはGD系インプでは定番)が隣に停車。鷹目なのでルーフベンが付いていました。19歳の勝ち組神奈川県在住の方でした。






千葉のことは一つも喋らず(「語りえぬものには沈黙せよ」ヴィトゲンシュタイン)、談笑し、先方が大黒に一応行ってみますということで解散と相成りました。案内表示が欲しいですよね。
しばらく一人でたそがれていましたが、仕事等のことを考え、深夜四時くらいに自宅に到着。
その後、平和島に戻られたようでしたが。

千葉への慰霊の旅はかくして終わりました。
千葉神社だけは東京神社という名前にしないでください。
東京湾アクアラインも、千葉湾アクアラインでいいんじゃないですか?

韓国が日本海のことを東海と呼んでいるような気軽な感覚で。

マックスコーヒーも買いました。甘ったるくておいしかったです。
都内では見かけなくなりましたが、千葉県の皆様におかれましては、どうぞ愛郷心を持ち、東京という名前を付けるのはやめましょう。チーバ君が東京君になったらどうします?



Posted at 2021/08/28 16:05:56 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日帰り旅 | クルマ
2021年07月06日 イイね!

東京という名称を付けなくとも充分に魅力的だった千葉

東京という名称を付けなくとも充分に魅力的だった千葉ここのところ雨ばかりで、晴れ男である私の身上も如何と思うのですが、先週は案に相違して台風の影響はほぼ皆無。
この間の土日は甚大な被害が出た箇所もありますが、気候に関しては、私は古代的な考えを持っています。
すなわち、王に徳が無いからこそ、このような天災が発生するのだと考えています。
別に今の科学の見解を受け入れる筋合いはありません。
近代合理主義というものの限界がみえている今、例えば、裁判ではなく湯起請でやるというのもアリだと思います。
熱湯に手を入れるのはゴメンこうむりたいので、やっぱり無理っす。

家にいることも考えていたのですが、そろそろ交通規制で行きにくくなる場所には行っておきたいと思っています。
そこで、やたらと「東京」という名をやたら流用する地域で開かれている旧車交流会に初参加しようと思いました(笑)
数年前から交流会については知っていたものの、旧車乗りでもないし、なんてことを考えているうちに時が経ちました。

朝方、ウチの近くでは雨が降っていませんでしたが、雨雲レーダーなるモダンなものを見る限りでは雨は依然として
関八州を覆っている模様。まあ、誰も来ないだろうと思ってはいたものの、てつ師匠が取り敢えず行ってみるということなので、こちらも
出発(笑)

何台かのクルマがいました。おなじみの鏑木モータースさんやみにいかさんやヤマシーさんやSSAWSさんのお姿も(笑)
いつもお会いしているような気がします。そして、私は千葉県民なのではないかと錯覚しました。東京という記号を使う県民であり、キムタク
と同郷であるあの千葉です(笑)
地の利の不利さのため、到着が遅れましたが、アルシオーネと車高比べできたことはよかったのかなと思います(笑)
車高調整できるとはいえ、ローモードでもあちらはなおも低いですね。さすがはクーペだなと思いました。
あの頃のスバルはシトロエンみたいなものだと思うんです。ちょっと変わった方しか買わないといいますか(笑)
まあ、トヨタや日産を買いますよね(笑)
アルシオーネはスタイリッシュだと思いますし、車高調整は非常に便利だと思いますが、果たしてマスマーケットでそこまで必要かな
いわれると辛いものがあります。が、あの当時の未来観を反映したデザインは今見ても、いや、今だからこそ光芒を放っているように思えました。
今、販売しても、、まあ、微妙なところではありますが(笑)
SVXも売れませんでしたし。。まあ、クーペは台数を見込むカテゴリーではないとは思いますが。

















スバルといっとき一心同体であったいすゞ車も拝見させていただきました。藤沢工場の近くに住んでいたので、とても懐かしいです(笑)
ハンドリングバイロータスですね。ロータスの足回りを採用し、デザインも秀逸。自動車製造・販売事業からの撤退が惜しまれます。
そのために、両者で作ったアメリカの工場がいっとき大変なことになったことは、まだスバルが日産株の4パーセントほどを受け入れていた時代のことです(笑)








ようやく、ヤマシーさんの黄色い205セリカと並べることができました(隣のクルマはてっきり〇本さんだと思っていました・笑)。
GCインプレッサならば、時代考証的にもばっちり同時代です。すなわち、グループAの時代です。
新車当時から憧れのクルマでした。もしも、トヨタがWRCから一時撤退していなかったら、スバルと三菱の黄金時代も無かったかもしれず、
私もGD型のインプを買うことも無かったかもしれません。
FFに比べて15ミリだけ短い全長というのも、この時代らしい、細かな仕様で好ましいですね。
205のゲタは適合すればつけたいですし、なんならインタークーラーを水冷式にしてしまおうか?(笑)

















解散後はサンバー二台とスマートブラバスとの四台でJ大御用達であるホワイトハウスという佇まいの快いお店で談笑。
昭和の雰囲気が洗練された感じで残っているような気がしました。なんとなく学食っぽい気もしなくもないですね。
SSAWSさんのスマートはフランスの小型車かとまごうような三穴ですが、おそらく二代目のスマートを借りて茨城まで走った身からすると、相当に安定しているのだ
と思われます。前方のグリル部の開閉が極めて大変であることは私もよく理解できます(笑)
内装はブラバスらしく上品且つ高級な感がしました。ケーニッヒが似合うことでしょう(笑)

















































皆さまと解散したあとは適当にクルマを走らせます。2011年最新のカーナビに「宗吾」という地名があり、もしやと思っていたら、やはりそうでした。
佐倉惣五郎ってご存じでしょうか。江戸時代に藩の過酷な年貢取り立て要求に対し、四代将軍家綱にまで直訴したとされる義民で、なんと神として祀られています。
義民が神に変貌した例は世界中に類例がなく、前々から興味がありました。
どどーんっと「宗吾霊堂」の建物が正面に見えてきました。
千葉県では成田山新勝寺に行くものとともに、初めての電車が運行されたと云われていますし(記憶があいまい)、往時の殷賑ぶりが偲ばれます。
この日は雨ふりということもあり、境内はまばらでしたが、紫陽花の花が折々に咲き誇り、それだけでも行って良かったなと思いました。

ちなみに、佐倉惣五郎は木内惣五郎と呼ばれた実在の名主です。しかし、実際に語り伝えられているような事績については、不明な点も多いのです。
基本的には「地蔵堂通夜物語」という書物に基づいているとされています。
しかし、未だに慕われているようですし、彼の死後から百年経ってから、藩が彼を顕彰したということは、きっと何かがあるはずです。
惣五郎が有名になったきっかけでもある歌舞伎の上演も幕末期ですし、地元のために尽くした人物であることは間違えないでしょう。
明治期になってからは福沢諭吉なども称賛しています。権力に屈しない姿勢が評価されたのでしょう。自由民権運動の人たちからの評価も高いとされています。
謎なのは大正期に焼失してしまった口之宮神社(平成13年再建)ではなく、宗吾(伝え忘れましたが、惣五郎のことです)霊堂が、宗吾霊堂の拠点として唯一生き残った点です。
前者は平将門の居館であったとも伝えられていますが、誰もグーグルで口コミしてないじゃん(笑)

惣五郎が住んでいたという屋敷が近くにあり、庇をお借りして、しばらく雨宿りしていました。この辺りはまだまだ鬱蒼とした森と広大な田地に覆われて、往時を僅かばかり
ながら偲ぶことができるのかなと思います。

さらに印旛沼沿いに進むと、甚兵衛の渡し跡というものが湖畔から若干離れたところに残っています。惣五郎が江戸に行くときに甚兵衛なる人物が禁制を破って惣五郎を
舟に乗せたとされています。渡し舟自体は昭和40年代前半まであったようですが、その後は橋に交通の役割を受け継いでいます。
同時に干拓工事により、渡船場跡もやや内陸部となりました。雨天のせいかまことにさみしい風情でした。




















というわけで、佐倉惣五郎ツアーをしたのち、成田市域に属する千葉トヨタ(中古車のみ)と高倉町珈琲が合併している不思議な場所で、まずトヨタの中古車をざっと見てみました。
「ああ、こんなにあれが安いのか」とか「あんなのがあんな値段するんかい」などと一人突っ込みをして(笑)、高倉町珈琲で、かき氷とスイーツを食べました。
その後はSSAWSさんがお勧めしてくださった温泉に浸かり、錦糸町まで下道を辿り、そこから箱崎・芝浦に立ち寄り、帰宅しました。
お勧めされる前に上から俯瞰するようにして施設を見て、よさげだなと思っていたんです。

ちょっと長くなりましたが、筆に勢いが付きました。佐倉惣五郎については千葉県では有名なのかもしれませんが、東庄町の天保水滸伝同様に知られていないかもしれないので、
ご紹介しておきます。昔はこの辺り(下総)の方が東京(武蔵)よりもよほど都会だったので、都民としては東京タワーを千葉タワーに改称するくらいの矜持をもって、千葉県をリスペクトする
必要があろうかと思います(笑)
東京五輪も千葉五輪という名称でいいと思います(笑)
東●ドイツ村は千葉ドイツ村に改称ってことで。ある意味正しい(笑)
Posted at 2021/07/06 00:33:54 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日帰り旅
2019年03月04日 イイね!

女五人でグルメ・廃墟探検ドライブ(茨城・千葉)

女五人でグルメ・廃墟探検ドライブ(茨城・千葉)(*'▽'*)💕






表題の女五人という言葉につられた方々、まことにご愁傷さまでございます。
私一名・女五人というパターンはたしかにございますが、今回はいささか様相が異なります。

たまさんのブログからも推測できるように、
たけしツアー茨城編(2回目)、今回のドライブは、おなごとは無縁なばかりか、男五人でドライブするというまことに汗臭いものでございます。
加えて、この雨天の中、廃墟だのなんだのを散策するために、ミニバン一台に乗って、茨城・千葉に向かうという、かなり変態、否、ガリバーばりの好奇心と知的気概に溢れた、悪名高い白メガネ軍団による企画でございます。
プランナーは、自らをさざれ石の化身であるとおっしゃっているサンイチさん。いつもの通りまったく意味がわかりませんが、項を進めましょう。




都内のすっとさんのご自宅に集合ということだったので、都心一等地の拙宅から40分くらいであっさり到着。同行の執事にクルマを預け、日産セレナの二列目に乗り込みます。






運転はさざれ石さん。助手席でナビ役を務められたのが白メガネ団長。予想通り、ボケとツッコミの不条理な応酬が繰り広げられました。ああ、またかよという感じですね。致し方ありません。

第一目的地は善光寺です(石岡市 昔の八郷町です)。長野の善光寺でも、山梨の善光寺でもなく、茨城の善光寺です。
ここは、室町期創建の由緒ある寺院であるのにも関わらず、本殿が倒壊されたままになっており、そこにある種のデカダンスを感じてしまう人たちが、コンビニもなにもない筑波山麓の丘陵を縫って、来訪し、滅びゆくことの美を感じるのであります。




































余談ながら、有名な長野の善光寺のおこりを、私の記憶のなかで曖昧に述べます。関心のある向きはウィキでも見てください。
奈良朝の頃、本田善光という人物が大阪の川で金色の美しい仏像を見つけました。阿弥陀如来の仏像らしいのですが、しきりに声を掛けてきたそうです。彼がそれを拾い上げるところから始まります。そこで、善光に今の善光寺の場所に自分を安置せよと述べたそうで、これが由来なのだとか。
ちなみに、牛に惹かれて善光寺という言葉があります。ケチなクソバ●アが川で洗濯をしていたところ、牛が現れ、洗濯物を角に引っ掛けて去ってしまったとか。おばあさまは牛の後をついていき、ようやく立ち止まったところで(それが善光寺)、牛のよだれがありがたき言葉に思えて改悛。やがて自宅に戻ると洗濯物元に戻っていたそうです。小諸の布引観音の仕業とされているそうです。ばあさんは小諸から善光寺のある長野市まで洗濯物を追いかけたんか。どんだけや。高速を使っても一時間以上かかりまっせ。
ともあれ、かなり曖昧なので、関心のある向きは調べてみてください。
まあ、だいたいこのような事情もあり、宗派を超越した長野善光寺は大いに繁盛しました。今でも繁盛しています。
特に近隣ではいよいよ善光寺信仰のようなものが起こり、各地にミニ善光寺が作られました。
山梨の場合は事情が少し異なり、戦国時代に武田信玄が長野の善光寺の戦禍を防ぐために甲府に持ってきたことから始まっています。ここもまた、長野ほどではありませんが、賑わいをみせています。
翻って、茨城の善光寺はまことに閑散としており、オフ会なのでしょう、ずらっと軽トラが停車しているくらいで、あとは朽ち果ててやがては滅びゆく建物があるだけなのです。
茨城の人は長年、こうした放置プレイをしてきたという言い方もあるいはできるやもしれません。

創建は室町期で、現在地に移転したのが元禄年間、江戸時代のこと
建物が崩れたはいつだったっけ?
忘れてしまいましたが、往時を偲ぶ建物の設計図もなく、俗世から忘れられているのが、茨城の善光寺の姿でございます。
国の重要文化財に指定された楼門も本来は二階建てになるはずが、なぜかそうなっていないらしく、その理由を記した資料等は見つかっていないそうです。筆不精ですな。

人間とは煩悩の生きもの。というか、腹が減ったらうまいものをたらふく食いたい。
ということで、続いては大洗を目指します。












欲にまみれし衆生たちが寿司を食しております。
皆、仲良しなので肩を寄せ合っております。
それにしても、さすがに繁盛しているお店だけあり、ネタは大ぶりなだけでなく、噛み応えもとろりとした舌感も絶妙です。
味皇ならいかなる反応を示したでしょうか。気になります。そのあまりの旨さゆえに、お得意の空中浮遊は無論のこと、銀河系から飛び出してしまうのではないでしょうか。














太平洋を一望できる磯前神社の絵馬に、ダイハツアプロウズが復活できるようにという願文が掲げられていたそうです。これはクルマ変態に陥った白メガネ軍団には興をそそるエピソードだったようです。

ガルパンでも一躍有名になった大洗ですが、私は仕事上、ある程度のことは知っているものの、あとはまったくわかりません。二年ほど前に大洗タワーの一角にガルパンファンのための喫茶店(?)に紛れ込んだことがあるのですが、飲み物を頼んで10分ほどして、ここは聖地なのだなということに気付いたくらいですから。

白メガネ軍団の日本発掘の大仕事はまだまだ続きますが、面倒になったので続きは今度。
ちなみに、大洗のアウトレットのお店でたまさんとすっとさんが靴を購入されました。
特にサンダル履きの多いすっとさんにとっては未曾有の大事件だったかもしれません。

Five enthusiastic guys were driving around with mate's minivan. We mainly visited rooted temains,enjoyed eating watering and tasty food like Sushi and others.
Imagine what we did throughout the above pics;)
I might post others and add pics because our adventure hadn't done at that time.



















Posted at 2019/03/04 01:16:23 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日帰り旅
2019年02月12日 イイね!

予定は未定 ティッシュをもらったら、あら流山

予定は未定  ティッシュをもらったら、あら流山おやつ時くらいまで家でぼけーっとしていたのだが、私は特別な顧客なので、近所のガソリンスタンドからティッシュをあげるから色々なことに使ってねとの連絡があり、これは有難き幸せに候ということで、さっそくエンジン始動。



給油中に流山交通公園という単語が浮かんできた。私は神がかった人間である。ときおり、こうした啓示を受ける。大天使ガブリエルこそ見たことがないが。

そんな公園あるのかなと思ってスマホのカーナビをいじってみると、案内ルートが表示されたので、さっそくバビューン。
ここのところエンジンの吹け上がりがすこぶるよく、気付いたら常磐道いわきまで来てしてしまったので、Uターンして千葉県の流山へ。

流山はかつて利根川や江戸川水系の水運で栄えた街であった。ということを平成の司馬遼太郎の私なぞは感慨深く思いに耽る。右手にその名も運河駅という東武野田線の小さな駅(野田線の名前が無くなったのは知っているが覚えにくいのでここでは使用しない)を右手に左折すると、河川敷のある広々とした運河沿いに出た。

カーナビはここで案内終了。え?交通公園ってどこ?まさかここじゃねえべ。と、思いつつも、せっかく来たので、しばし水門(?)を眺める。
流山交通公園って言葉が浮かんだのは先週行った博物館で玉電が野田あたりの交通公園に残されているといったことを知り、それと混同したのかもしれない。結果的にそれは僥倖であったのだが。



シュールな扉だ。落ちたら河川敷にまっしぐら



やがて道は離合がやっとというくらいに細くなり(近畿地方の酷道よりはマシ)、なんでこんな道で世田谷ナンバーのベンツとすれ違うんだと思いつつも、己も同類であることに気付いた。

ようやく大通りに出てしばらく走っているとトップ画像の流山駅に到着した。流山はベッドタウンとして近年特に栄えている印象があるけれど、駅前はまことにわびさびている。
流山自体が水運で栄えたがゆえに、明治以降の鉄道という新しいインフラの重要性を理解できずに、松戸や柏の躍進を許してしまった。カメレオンでも流山は出てこなかったわな。
流山駅から馬橋駅を結ぶ流山電鉄はそれでも地元の努力により建設され、既に開業百年を超えるのだそうだ。

駅のすぐ近くに近藤勇ゆかりの本陣(隣が江戸時代の義賊に所縁のある寺)を発見したが、住宅街のど真ん中にあるので、ようやくコインパーキングを見つけてウォーキング開始。










近藤勇や土方歳三が流山に来た時には敗軍の勢で西軍(私は官軍とは言わない)に攻勢されまくりであった。近藤勇は自害をしようとするが、土方に近藤勇の変名(この頃は大久保大和と名乗っていた)が知られていないのだから、もともとの同志であった旧幕府軍の追討軍を説得したらどうかと言われ、西軍陣地に赴くが、バレちゃった。あちゃー
そして、東京板橋に護送され、そこで処刑されるのである。板垣退助がそのときの西軍中山道方面の総大将である。
近藤勇の墓は今も板橋駅前にある。
土方歳三はといえば、この後、幕府の艦船に乗り、函館五稜郭まで逃亡。そしてそこで討ち死にするのであった。




流山駅前に戻って来た。パスモもスイカも使えない。本当に東京のほぼ隣なのかと思うくらいに風情が憧憬をそそるものであったので、鉄っちゃんモードに変身。一日フリーパスを購入(といっても500円にノベリティグッズが付くので大変お得)し、終点馬橋に向かう。馬橋といえば、某さんの相方が住んでいるところ。某さんの悪行を報告するにはうってつけでもあるわけだ。ふははは。



























おお、昔の西武線の車両を転用しているのかあ。
先週は冒険オフで幻の西武安比奈線跡を歩いて来ただけに、余計に親しみを感じた。
単線で短区間の路線だが、途中、小金城趾駅で必ず上下線がすれ違うようだから、まずまずの運行本数。ウチの家の前まで通るバスより本数が多い。









赤電はむろん、直流の103系すら通過する馬橋の駅を降りたのは18年にも及ぶ人生で初めてである。駅前にシュールな芸術造形が地元民の憩いの場所になっているようだ。
小腹が空いたので、芸術造形のある広場とは逆の出口方向にある喫茶店で夕食。東葛地区は川を越えたびに寒くなるとは常連さんの弁。雪の降らない市川とは違うらしい。海沿いは雪がまったく降らないが、内陸部は少し違うそうだ。だが、女マスターによると、このあたりは雪はまったく積もらなかったとのこと。
話が噛み合ってないねえ。















千葉県内に三店舗を有するらしいお店で饅頭を買って、流山に戻る。途中、小金城趾駅で途中下車。離合の場面をしかと見たのちに、再び乗車し、流山駅に戻る。
そして、お隣の埼玉県三郷市にある硫酸イオンうんちゃら等がたっぷりの早稲田温泉で身体を温めた。ここへはわりと昔から通っていて、タオルが茶色くなるほどに濃い酸性の茶色の湯を湛えているのが特徴だ。
見た目は普通のスーパー銭湯・スイミングスクールだけれど、なかなかのもの。

さあ、久々に千葉で夜遊びだ。またもや川をを渡る。ティッシュを使う場面が来たぞー!
ま、写真を掲載するのは差し控えよう。
日本も北欧ばりに、或いは江戸以前のように豪放磊落な社会になればいいのだが。願ってやまない。ビクトリア王朝的な雰囲気がどうもねえ。澁澤龍彦もそう思っていたと思う。私はフィンランドに長くいたから余計にそう思うのだ。









帰路はオール下道。水戸街道から言問橋を渡り、上野桜木で休憩。上野寛永寺の近くである。
小石川や大久保界隈を抜けて、中野の24時間洗車で愛車をきれいにしてあげてから、我が家に帰宅。

ティッシュをもらってから、10時間は優に超えていた。











Posted at 2019/02/12 18:27:33 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日帰り旅

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