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ワルめーら@Terryのブログ一覧

2022年08月22日 イイね!

千葉も茨城も 茨城編 朝まで土浦・仮釈放・夜も土浦

千葉も茨城も 茨城編 朝まで土浦・仮釈放・夜も土浦「東京」「ドイツ」「村」なんていうネーミングを些かの衒いもなく使用する千葉は私にとって異界でした。
当時の足車であったホンダのNS-1で江戸川を越えて市川に入るとマックスコーヒーという甘ったるい飲料がほぼすべての自販機に設置されており、東京東部(なかなかなハードボイルワンダーランドでした)以上にやる気のあるヤンキーさん達が闊歩しており、バブル期に親父が佐倉の新築物件の抽選申し込みに行ったときに、私は「あんだてめぇ、どっからきたんだぁぁ」という勇ましい掛け声をお声がけしてくださりました。異界の人にもコミュニケーションを取ろうとする千葉の人たちの温かみを知ることができたというわけです。
さすがは鎌倉以前からの豪族千葉氏が盤踞していた土地柄だなと感心しました。
ちなみに、抽選には当たりませんでした。億ションと化していた実家からフロンティアスピリッツで歩みだすという人生経験をすることはありませんでした。

三里塚公園の元皇室の迎賓館や今の上皇が避難する可能性もあった防空壕、資料館と芝山千代田鉄道の東成田駅(元成田空港駅)を見学してきたのですが、時間軸を逆転させて茨城編から。
そう、結局、月に数度は茨城に行っていることになります。例の関ヶ原の戦いののちの佐竹疑惑もありますが、きれいな人も多いですし、夕方の都心は密密密なので、県南地区の主邑である土浦に向かうことにしました。

刺繍は陳寿の「三国志」の中にある「魏志倭人伝」を参照するまでもなく、日本(縄文系)の伝統でもあります。海洋民族であれば鯨身をするわけです。
そうした文化や伝統様式を護っている人たちが外風呂にも入れない昨今のマスによる抑圧はいかがなものかと思います。
近代社会は大衆が力を持ち過ぎた時代であると私は思っています。
超音波を堪能できる温泉に長野の温泉街にあった超音波温泉で買ったタオルを握りしめ、浴室ですれ違うときに「スミマセン」と極めて日本的な礼儀を保ってお声がけくださった若い文身の方は、例えば、反〇などという具合にカテゴライズされて排除されるべきなのでしょうか。思えば、中世の頃から体制外のものとしてやくざものは排斥されてきたのが日本の歴史でした。常に外部的存在であったのです。このことは考えた方がよくよく思案したほうがいいですね。外部的存在だったがゆえに怖いという認識が先だってしまう。たしかに、そういう面も見たことがありますが、同じ血の通った人たちであり、外風呂での排除の構造という
のは差別だと思います。平たいおっぱいを平たいというだけで、そしてまた、でかパイというだけで賛美するような短絡的な思考がまかり通っています。憂国の士として、この点を憂慮するものであります。




※イレズミお断りの文言は止むに止まれぬオーナーの決断であると思います

さて、そんな憂国の念に対するあっ靴晴らしのために、急遽ホテルを予約して、以前、来訪したことのある居酒屋さんに行くことにしました。場所柄、ご近所さん率90パーセント
というお店ですが、覚えていてくださったようで、閉店時間前に辞去する予定だったのですが、閉店時間後はお酒や食事もご馳走になり、常連さんも交えて別のお店で楽しんできました。カラオケも久しぶりに歌ったなあ。
ビールオンリーとはいえ、20杯は飲み干したかと思います。お酒はほとんど飲まなくなったのですが、もともとお酒には強い人間だったこともあり、影響はほとんどありませんでした。朝方近くまで飲んで、自家発電をしてから就寝。


































霞ヶ浦を周遊しつつ山に行こうと思ったところ、高級車や旧車の一群を発見しました。チバラギオフの人たちの一部で、某さんのおつとめまえのお別れをされていたようです。昼食や食後のスイーツを食べるために、プチツーリング状態になり、のどかな県南地区を走りました。
途中でミニバンにホーンを鳴らされたのですが、お店に急いでおり、ご尊顔を拝見する余裕がありませんでした。伏してお詫び申し上げます。今度、つくばからカレーを仕入れて参りますので。


































小高い頂き(別名ヤマシ山)に登り、筑波山を眺めたりして、かれこれ小一時間。
例のスカイラインの方とは暗くなるまで有識者会議を開催しておりました(わりとまじめな話)。

※中2さんのブログ
えっ……😨

久し振りにたくさんお話ができてうれしかったです。

















このときに私の中に「このまま帰宅するのは、私自身が大衆の一人に身をゆだねることになるのではないか」と思いが沸き立ち、またもや土浦へ(笑)

お風呂とお風呂を堪能しました。つまりはお風呂二連投です。すっぽんぽん大好き人間ですので。原初の人間が裸体であったということにはそれなりに意味があるとは思うので、私はそれを追体験しようとしているわけで、他意はありません。人間は服飾を発明しましたが、防寒という合理的な目的だけで、服飾が生じたのかどうか。このことを直感的にでも検証するために、私は裸になるのです。
心も裸も満タンに。


















さて、土浦にはつくばから流れてくる桜川という心地のいい川があり、桜町という市内随一の繁華街沿いを流れているのですが、そこで夜風を浴びるのが好きなんですね。
そして12時を過ぎると桜町の灯りも一気に暗くなります(居酒屋等の灯りはありますが)。その明暗を堪能するのも好きだったりします。
トルコのことを思い出し、思考も飛んでイスタンブールにまで思いを馳せました。



なお、今回は常磐道を使わず、恐れ入り谷の鬼子母神の入谷から首都高に乗りましたが、そういえば、カラオケの替え歌で、葛飾方面の地名をちりばめてみました。
居酒屋のママが昔住んでいたようです。




Posted at 2022/08/22 13:15:56 | コメント(2) | トラックバック(0) | 思い出 | クルマ
2022年07月25日 イイね!

川崎市平和館とローレル

川崎市平和館とローレル前日に自分と同じ歳のローレル(C230)にお乗りの方からご連絡があり、
久し振りにお会いできればと思い、こちらからお電話を差し上げて、名称からして地味な「川崎市平和館」
というところに行ってきました。館内ではシンポジウムを屋外ではデモをやっていました(いずれも出席・参加はしていませんが)。




※ちなみに、多摩川を渡る前にマーチRを見ました。



多摩川を越えるときはおめかしをする 川崎・横浜漫遊





日本ではある一つの動きがメインストリームになると、そのことに対するいかなる反論も許容されない同調圧力が歴史上何度も繰り返されている点にもあります。
今でもね。
そして、その動きが風船のようにしぼむと、何事もなかったかのように社会が動いていく。なんたる無定見。
ゆえに誰も責任を取ることもないし、このことを「無責任の体系」と呼んだのは丸山眞男でした。

ここの展示物についてはさほど白眉と思われるものはありません。戦中時のものが展示されていますが、むしろ、歴代の戦争での民間者死傷率や差別の構造、フォトジャーナリズムといった悲惨さをある種の冷徹な目線で分析した資料が豊富なことです。

私は大東亜戦争前後の歴史に興味がないんです。
同調圧力の際たるものですし、軍艦や戦闘機にも興味がありません。ただ、なぜそうなったのかという構造分析は好きなんです。













































230ローレルの方と拝観したのちに、駐車場で談笑。
この方もクルマは乗ってナンボという思想の人で、77年デビューの230ローレルで各地に繰り出しています。当時としては珍しい2.8リッター(すなわち3ナンバー)のもので、新車購入のオーナーが、法人での購入ではない点が、当時の税制を考えると、ある意味ですごいといえばすごいです。

230辺りの時代は私の幼少期に当たりますが、排ガス規制とパワーウォーズに挟まれて、やや元気が無かった時代のように思われます。派手さはないように思われますが、私はまさにこの時代を生きていたので、割合と親近感があります。
先週までメダリストに乗っていたので(笑)、特にローレルには親近感がありますが、そういうわけで午後のひとときを満喫したわけです。














ところで、最近は省エネをしている予定なのか、看板がやたら暗いお店が目立ちます。
が、そんな昭和末期のようなこともせずに元気に営業しているお店は大混雑。
感染症が拡大していても関係ないですね。
私は思うんです。拡大している時期にじたばたしていても無駄だと。むしろ、
収まっている時期にこそ油断しない方が賢明でしょう。拡大しているということは、ウィルスも変異しているわけですし、対策としては遅いわけですよ。
まあ、個人的には感染症なんてどうでもいいと思っているのですが。

徒に不安を取り除こうとするから、感染症騒ぎに一喜一憂するのでしょう。
幸福なんて求めなくていいと思います。すると、幸福への執着が外れて、
幸福の対概念である不安も外れていくと思います。
世界は逆説に満ち溢れていると思うんです。求めなくなった瞬間に至福が訪れると思っています。
しかし、己の認識が投影されているのが社会だとすれば、自分も幸福を求めようとしているんでしょうね。

近頃は夜になると風が出てきて涼しいような気もします。
目黒までドライブに行ってきました。目黒区で深夜ながら駐車料金が300円でした(二時間ほど駐車)。万
博公園駅前の駐車場が一日200円ですから、格差社会というものが広がってきていることを実感します(違)

















Posted at 2022/07/25 13:54:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出 | クルマ
2022年07月25日 イイね!

公道試乗会・キノエ○醤油・例の三百石・誘導・裸のもとの平等

公道試乗会・キノエ○醤油・例の三百石・誘導・裸のもとの平等懐かしさとかエンジンフィールとか大きさとか見切りの良さや運転慣れしていたといった要素も関連はあるのだろうけれど、21世紀前後のクルマはすごく乗りやすい。
たとえば、30ソアラなんて外見はノーズが長くて持て余しそうだけれど、不思議とそんなことは感じなくなってしまう。
安全装備については私には特に意見はないけれども、人間がまだいけると判断している領域においても、ピーピーとしきりに警告音がするようなものは不安増幅装置のような気がする。技術革新における反生産性というやつだろうか。
ということを今回の公道試乗会でよくよく認識した次第。

どなたかがチューニングされたのかはわからないけれど、DC2のインテグラタイプR
(平成11年式)がもっとも好印象。ホンダといえばエンジンにその魅力の嚆矢があるのだけれど、足回りもちょい固め程度で私好み。そういう原体験が四輪に乗り始めた頃にあったからだろうか。













黒シートの30ソアラといえば、なかなかレア。1JZエンジン搭載の30ソアラ2.5GT-T(平成12年式)は、余裕のある排気量のため、トルクに余裕を感じたことが印象的。ソアラといえば、昔は20までのソアラが好きだったのだけれど、今はこっちかな。嗜好も着々と変わってきている。













ランエボワゴンや幌ではないNAロードスターもどうかなと思ったけれど、久し振りにS2000に乗ることに。しかも、炎天下の中で幌を開けて。
タイプS(平成21年式)で、さすがにピックアップがいい。デジパネはまったく違和感を感じなかった。FRの基準を180SXに置いてしまっているので、S2000でも安定感があるなと思ってしまった。それでいて気持ちよく加速する。











クルマは走ってナンボだと思う。このクルマが好きといったようなものはあるけれども、動かして走らせるという本来の意義を全うできるときに、私は喜びを感じる。翌日、230ローレルオーナーの方とお会いするのだけれど、彼も同じことを仰っていたし、一足早く試乗会にいらしていたみつびんさんも同様のようだし、このあとに向かったノスタルヂ屋の店主の方も似たようなことを仰っていたような。











































その他の車両も内装・外装を自由に見るものの、さすがに猛暑が激しいので、みつびんさんの案内で野田のキノエネ醤油を案内していただき、近くのスーパーで
醤油を購入。野田の街はさすがに醤油で栄えただけあり、文化財に指定されている建物が目抜き通りに建立していて、往時の発展が偲ばれる。
昼食場所はみつびんさんの検索(ジョジョ的にいうと彼のスタンドは検索)
により、狭い道路に沿って店を構えている中華料理屋へ。
ここで解散。ありがとうございました。












































旧伊奈町の「結城三百石屋敷」に向かう。今月二度目である。

茨城都民、愛車を預けて茨城へ 結城三百石・超音波温泉等

面白いのはここでも醤油を作っていてキッコーマンに製造権だかなんだかを譲渡していたということを聞いたことだ。江戸期以降の利根川から近い位置にはあるので醤油を製造していたとしてもおかしくはないと思う。
ちなみに、今回は別のガイド氏とお話をしてきたのだけれども、結城氏(福井に行った家康の次男が養子に入った結城家は別として)の残党が大挙してここに移住したという話もあるそうだ。また、結城自体がつくばに本拠を持つ、小田氏(キャニオンの近く)に攻められて、この近くの板橋城等に逃げ込んでいたという話もある。
農家のリヤカーというのは今でも割合と残されているものだけれど、氏によると昭和30年代までは盛んに牛馬に引かせた姿が見られたようだ。それが昭和40年代の高度経済成長とモータリゼーションによって、ぱったりと見なくなってしまったとのことで、私は残念ながら、その時代の端境期を見ることはできなかった。
ちなみに、いつでもパクれるようなある意味不用意におかれている貴重な物品の折々が部屋の中のテッシュみたいに普通に置かれていることに改めて驚いたとともに、文化財指定を受けないのはなぜなのだろうか、とお聞きしたところ、
オリジナルさが残されていないと認定は受けられないのだそうだ。だが、働きかけるのは市町村なので、「みらい」という名称を付ける前にもっとやることがあるような気もするのだけれど。
なお、本家は近隣で健在だけれども(場所はすぐにわかる)、農地解放により往時ほどではなく、逆に分家が東は取手の土地を所有するに至っている。
いわば、茨城県南地区を代表する土地持ちになったのであった。



































その後、板橋不動という大きな本堂を持つ寺に立ち寄ってみたが、どうやら、筑波山にお参りするのが面倒な人が行く場所、といったようなことを言われてしまった。界隈では有名なんですな。
成人式のときの写真もその方から見せていただいたけれども、どうみても成人式に出席している美人を狙っている写真としか思えなかった。男とは悲しい生き物である。レヴィストロースは「悲しき熱帯」、そして市井の男もまた「悲しき」なのである。



















つくば市のノスタルヂ屋に入店。「クルマは治りましたか」とお声がけをされる。それから話はSUVや人間の自意識といった話になり、バブル期での状況・心境やその後の心境についてお話をされており、あまり、ここのご主人がここまで自らをお話することもないのに不思議なものだと思っていたら、「誘導されるのがお上手ですね」と言われてしまった。
ご主人がバブルのときに購入した愛車についても、お客さんにはほとんどお話をしないらしいし、全般的に商品については自身は深くは知らないので、ある種の恥をかきたくもないので、聞き役に徹しておられるとのことだった。
今でもバブル期の基準で生きてしまっているらしいけれども、「きちんと考えなくてはいけません」とわりと強い口調で述べられていたことが印象的であった。
自動車にまつわる古書二冊購入。







すっかり魅力度ランキングトップ3になった土浦市の桜川の南に位置する超音波温泉に向かった。「入れ墨の人は入店させません」と書かれているものの、入れ墨の方が二名先に入られていらっしゃった。親分と子分という関係のようで、今日の売上だとかきなくさそうなお話もされていたようだけれども、「たまには温泉もいいものだな」という言葉が印象的であった。そうそう、これはその後向かったつくばの居酒屋でみつびんさんが仰っていたことでもあるのだけれど、人間は裸になると自分の社会的役割から解放される(自分流に言い方を変えています)。すなわち、ペルソナという服をぬぐので、そこには自分の本質しか残されていない。
ちなみに、私のように昭和生まれの人間の場合、銭湯に入れ墨をいれている人がいるのは極めて普通のことだったので、今のスーパー銭湯に見られる排除の理論があまりわからない。やくざ者は日本古来から社会から排除された存在であったけれども、それを踏襲しているとも云えるかもしれないけれども、その社会にのさばる大衆はそんなに大手を振れるほどの存在なのだろうか。
虚心坦懐に生きようと思う。










最近の言葉でいうと反社と呼ばれる人と関わらざるを得ない時代が昔あった。
その前までは銭湯で入れ墨をしている人を見ても、両親や周囲の教育によって、私はやはり上から目線で彼らを見ていたのだ。そう、すっかり定着したジャンルのクルマのように(これはいろいろな人から聞いたうえでの仮定で、私はどんなジャンルのクルマに乗っている人にも、変わらない上から目線的な優越への欲動が生じていると思っている)。
だからなんだという話であるのだけれども、常々、相対的で社会的ななにほどのものかに反応はしないようにしようと思っている。

桜町は通らず、土浦とは対照的にモダンに整備されたつくば市に向かう。
しかし、そこにも人々があれこれと談笑する居酒屋なるものがあって、
そこで、再びみつびんさんにお会いして、お土産をいただいたものの、佐野ラーメン発祥の茨城県某所に行きたかった様子がご尊顔に書かれていたものの、とりあえず江戸の街にまっすぐ戻ることにした。
















Posted at 2022/07/25 13:07:45 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思い出 | クルマ
2022年07月24日 イイね!

先週の日曜日のことが遠く感じる

先週の日曜日のことが遠く感じる未明に茨城からの単身赴任から帰宅しました(もはや住民に近いと思います・笑)

まずは某所での試乗会に行ってきました。
今回の試乗車種は三台。
やっぱり、ネオクラなスポーツカーが乗りやすいですね。簡単にひょいっと乗れてしまうんですよね。バックを含めて。エンストもしません。
こうした印象が生じるのはなぜなのだろう。そして、すぐに馴染んでしまうのはなぜなのだろうか。
ノスタルジーや慣れの問題だけなのだろうか。
なんか違うと思うんだよな。
うまい具合に現代のクルマが手元にあるだけに比較して考察しているところです。

クルマと関連させるのであれば、自動車古書・カタログ販売のノスタルヂ屋のご主人とのやりとり(ご主人の知られざる秘密を暴き出しました・笑)もまた面白く、民間ジャーナリストの本領を発揮しました(笑)
人はある時代の行動様式から逃げることができないというわけですね。
しかし、そのおかげで恩恵を被っている面もあるということで、人間塞翁が馬とでも言えばよいのかどうか。

その他、知る人ぞ知る醤油会社近辺の散策、裏手にある昭和な中華料理屋での昼食、旧伊奈町にある結城三百石を再訪(醤油製造をしていた歴史アリ?)、近隣の板橋不動訪問(板橋城という城があったようで、つくばを根城にしていた小田氏に攻撃を受けていたりしたようですが、地元の人は筑波山神社に行くのが面倒な人が訪れるそうです、と、ソープに行っていた某氏があっさりとすっきりした顔で申しておりました・笑)。
ちなみに、農家にある手押しクルマは昭和30年代までは盛んに見られ、高度経済成長とともに急激に無くなったみたいです。その頃は地上階に降臨してしなかったのですが、実際のところどうだったのでしょう。

もろにやく〇な方と三人で仲良く温泉に入った昭和時代の銭湯のような空間を過ごしたこと(たまたまいらっしゃったというだけですよ)もなんとも懐かしい気持ちになりましたね。入れ墨があるから入湯禁止とかいたずらに怖がるのってどうかと思います。それって、見せかけの恐怖からの逃避に過ぎないと思います。
反社って言葉が最近使われていますが、では市井の大衆は反社会的なことを一切しない従僕で善良な人たちなのだろうか。疑問ですね。
鯨身は陳寿の「三国志」(「いわゆる「魏志倭人伝」)にも描かれていますね。

といったことを経て、ノンアルで居酒屋で談笑するなど、様々なことがありました。この辺りのことはまた後ほど。

さて、先週の今頃はスズキ歴史館にいたんですよね。

夏はいきっとる スズキ歴史館再訪 でらうま餃子じゃん

ご一緒してくださった橋蔵。さんのブログをご紹介しておきます。

この記事は、浜松・スズキ歴史館からについて書いています。

二台のチャンピオンイエローのスイフトスーパー1600(JRC JWRCから改称)とWRC仕様のSX4の展示があったということは、スズキもラリーに復帰したりする予兆なのでしょうか。
もう、ノートe-POWERも手元になく(またお借りするかもしれません。手配はしてくれています・笑)、時の流れがめちゃくちゃ早いなと感じています。
生き急いでいるのでしょうか。




Posted at 2022/07/24 11:41:41 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思い出 | クルマ
2022年07月11日 イイね!

日産・スズキ・スバルのペレストロイカ体制

日産・スズキ・スバルのペレストロイカ体制テレビや新聞を自発的に観る習慣が無い私には委細はよくわからないけれども、
いろいろと言上したいことがある。
が、原稿料をもらえるわけでもないので、やめておく。
今の私には、思想表現や社会批評よりも大切なものがある。

即ち、乳首の復興である。
90年代頃の雑誌を見てみい。乳首なんてぽろぽろ出まくっているが、それで社会的に機能不全になったことはない。少なくとも、経済においては好況(90年代後半以降もいまからすればまだましだった)であったし、一億総中流意識を皆が持てた稀有な時代であった。
よって、「乳首への寛容」と「社会的健全度」「政治や経済の発展」とは比例する。
昔の香港のエロ本でもあるまいし、★マークを付けて隠すことになんの意味があろう。隠蔽することで、人は好奇心を掻き立てられる。いったい、乳首とはそんなにたいそうな代物なのだろうか。たいそうな代物で、先に述べたように社会的な健全性や政治や経済の発展に影響を及ぼすのだから、凄いエネルギーを持っている。すなわちオルゴンエネルギーのようなものを持っているのだ(「別冊宝島」的の精神世界特集的な)。

「パンツが見える」(井上章一)や「夜這いの民俗学・夜這いの性愛論」(
(赤松啓介)あたりをご一読いただきたい。
性の放縦性や関心の対象なんてものは時代や地域によって、ころころ変わるものなのだ。そして、この日本列島においては、少なくとも想像しえないほどに★マーク的な要素が無かったということにご留意いただきたい。日本の伝統とやらを保持しようとする朋輩たちは、ぜひとも、このことを念頭に置いて、日本の国体なるものを述べていただきたい。

で、昨日は茨城から帰ってきて、日産に行ってまいりました。
ちょっとした事情があり、基本的にスズキ・スバル・日産の三者(ペレストロイカ)がスイスポの面倒を見てくれるようになっている。
スイスポの軽量さを活かした自然吸気の走りを後顧の憂いなく愉しみたいと思い、入庫。そして、なんと先代とはいえ、走行一万キロのノートe-POWERをお借りしちゃいました。

担当の方とは90年頃の日産の話を中心に雑談。あたかも日産の旧車を預けにきたんじゃないかという錯覚すら覚えたものの、そんなわけで愉しい時間を過ごさせていただきました(笑)

さっそく、ノートを走らせて、ワンペダルという機能を使ってみた。どう説明したらよいのだろう。アクセルを離すとかなり強力なブレーキのようなもの(ブレーキ?)がかかり、たぶん、燃費その他にも好影響を与えているのだろうけれど、よくはわからない。エンジンを補助的に使用するという点では合理的なシステムだなと思ったものの、現行では改善されたとはいえ、ワンペダルの使用には違和感を感じた。
ワンペダルでアクセルオフになってブレーキ(?)が効いたときにブレーキ灯がどういうタイミングかはわからないけれども、点灯するようだが、これってオンオフで運転するような人にはいいかもしれないけれども、前方を予測してエンブレなり惰性を効かせてクルマを停止させようという人には違和感もあるし、周囲も変なタイミングでブレーキランプがついてとまどうのではないだろうか。
加速は確かに良いけれど、アクセルをぐわっと踏むと加速するもので、これもオンオフ的であり、私には合わなかった。
大きさは手頃だし、メダリストというグレードを冠しているだけで、気分はローレルに乗った気分に、ならねー
ともかく、そんな面白い経験をさせていただき感謝しております。













久し振りに元STIの某さんに会いにSTIギャラリーにお邪魔。
貴重なお話の数々をお聞きしてきた。例えば、初代レガシィが生まれるときの
裏話とか。初代レガシィの販促等に深くかかわった桂田氏(故人)の直筆のメモも見せていただいた。
レオーネからレガシィという大飛躍が起きたのはもしかしたら奇跡なのかもしれないと思っているけれども、一応の布石や土壌はできていたのだった。
バブル期のスバルは経営的には苦しかったけれども、まあ、あれやこれやと手を尽くして、今に至る礎を築き上げたということがよくわかった。
WRカーはむろん、22Bのプロトタイプも自由に乗ることができるし、殊更にスバルファンでなくとも、パラダイスなのではないかと思う(私もスバルファンとはいえないと思う)。

とある老婦人が「スバルはまたWRCのようなものに出ないのですか」と尋ねていらっしゃったことが印象的だ。トヨタの社長も来訪したことがあり、実は少なくともトヨタの社長とスバルの大飛躍をもたらした人物とではかなりの交流がある。ゆえに、トヨタの社長がWRCで大いに気焔をはくほどにトヨタを強くしたけれども、「スバルもどうだ?」という具合に誘ってはいるらしい。
という裏話等々で盛り上がる。

















































近くのイタリア料理店でピザとスパゲティを食べ、ふと思いついて、知人にメッセ。青梅にいるという。ああ、奥多摩放課後軍団の会合かあ。忘れてた。








自宅とは逆方向にどんどん東京の西に進み、連中と合流。
スカイラインを覗けば、みんなして足車で来ているところが笑える。
80年代や90年代のクルマを中心に興味を持つ人たちとは、とても思えないであろう。
同時に私は足車にも趣味性をそこそこ求めてしまうし、興味の軸足が彼らよりも新しい世代のクルマになる。13年落ちで税金があがるくらいになると俄然、魅力を感じてしまうというニッチな人間である。









さて、前日に引き続き、またもや桃のスイーツを食べて、メダリストの試乗会開始(笑)
一名を除き、ワンペダルに違和感を感じた人ばかりで、これはいわば昔のクルマに乗っているからこそ、違和感を感じるのか、はたまた、ワンペダルの特性によるものなのか、これまた謎が深まってしまった。











e-POWERシリーズ自体は大変人気があるけれども、どうもワンペダルというものの意義がわからず、仮にバッテリーにチャージするという役割も兼ねてワンペダル機能があるのだとすれば、もう少し、(私にとって)自然な挙動を示してほしいと思った。が、CVTもそうだけれども、かつては日産のCVTもスバルのCVTもさんざんであった。が、今はイノベーションにより、コンパクトカークラスではCVTが主流にすらなっている。なので、ワンペダル機能もきっとイノベーションにより、洗練されるはずである。
しかしながら、オンオフという特性は消えることはないだろう。
だって、モーターで走っているのだから。

さて、その場合、人間の感覚がオンオフ的なものに対して適応できるか?
今まで登場したが消えていったテクノロジーも数々あるけれども、
私は適応できると思う。
でもそれはゼロサム的であり、味気ないというか、中間のマージナルな領域が無くなることを意味する。ファジーや曖昧さと言い換えてもいい。
クルマから敷衍するけれども、人間がオンオフ的なるものに大いに適合したとき、何が生じるのだろうか。
私は書くと水戸光圀の「大日本史」ばりに長くなるので割愛するけれども、
星新一がショートショートで描いたような顛末的社会になると思うし、だからこそ、マニュアル車のように中間領域を使うシステムは必要なのだと思う。
そうなんだ、マニュアル車が必要。
マニュアル車万歳。マニュアル車マンセー!

ちなみに前日はこんなことをしていました。
茨城都民、愛車を預けて茨城へ 結城三百石・超音波温泉等



Posted at 2022/07/11 21:33:30 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思い出 | クルマ

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