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ワルめーら@Terryのブログ一覧

2022年04月29日 イイね!

Y33の時代

Y33の時代平成中期頃の面影を残しているのが、タバコを吸っている私の写真です(笑)
福岡・佐賀・長崎を満喫するドライブに行く途上のもので、関門海峡山口側の
パーキングエリアでのものだと思います。

用向きがあり、日産に赴いたときに、担当の方がY33セドリックを八台
乗り継いできたある種の変態クルママニアであることが判明し、Y33に限らず、
あの頃のクルマの話で盛り上がりました。
いまは国産セダンが減ってしまいましたね。

Y33セドリックといえば、私にも思い入れというか、記憶がありました。
いかめしい顔つきと透過率がほぼゼロの個体だったためか、自動車間距離システムが常に作動(苦笑)。とにかく楽でした。楽に運転するのであれば、今はともかく、昔であれば、排気量に余裕のあるサルーンが一番ですね。
この個体は2リッターしかありませんでしたが、それでも余裕を感じさせてくれました。

私はクラッチペダルを踏みながら、シフトをしたいタイプの人間なので、だいたいにおいてマニュアル車とともに歩んでいますが、別に嫌いなわけではないんです。以前はよくカーシェア等で借りて乗っていましたし。

余談ですが、昔、山に行くとY33辺りのサルーンをよく見かけました。トヨタならマジェスタで、日産ならシーマ、セドグロが多く、夜の山では走る方も含めて、日産のシェアが高かったように記憶しています(笑)
以上は冗談めかした私見です。

時代とともに、そういう方もいらっしゃらなくなり、そしてまた山もまた静かになりました。




Posted at 2022/04/29 12:33:15 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思い出 | クルマ
2022年02月15日 イイね!

過去を美化するとこうなる

過去を美化するとこうなる25年ほど前のことであった。

板橋の端っこにある浮間という場所の表通りから、随分と奥まったところにカー用品店を見つけて、ワクワクしたものだった。
クルマにカーナビなど装着していない頃のことである。

CD-ROMに地図が収録されているカーナビが30万くらいしていた頃だったと思う。ようやく、DVDという新媒体にカーナビの地図データが収録されたモデルが登場しつつあった頃であろうか。
なお、前者のカーナビは幸運にも年配の知人にもらったものの、今から考えれば精度はお話しにならず、すぐにお蔵入りとなった。246を走っているのに、地図上では東京湾を走行していたのだから。

この頃は、スーパーオートバックスというブランドも誕生し、カー用品店も規制緩和の影響で、今では売らない(売ることができない)だろうなというものまで売っていたし、ハミタイやネガキャン、爆音マフラーのクルマのオイル交換などもやっていた店舗があったように記憶している。つまりは、そういう時代だったのである。アメリカの規制緩和要求の影響であったと記憶しているが、記憶は果たして確かだろうか。

さて、板橋で見つけたカー用品店カレッツァは八王子との二店舗体制で続けており、大手が仕入れないようなモノが多かったような記憶がしている(ドライバーズスタンドも同じようなポジショニングに位置付けられるやもしれない)。五年くらい前までは特に八王子店は元気だったように思えたが。

世は儚いもので、あれよあれよという間に、カー用品店は淘汰され、規制も強くなった。
ここで無駄話をしたい。
おかしな経験をしたことがある。
タイヤの購入時には現車を確認していただき問題ないということで取り寄せたのに、取付時にタイヤのはみ出しを指摘され、結局、持ち帰って己で装着するなんてこともあった。
コンプライアンスに呪縛され、まことに息苦しい有り様となってしまったように思える。
私はそこに日本社会との相似を見出してしまうのである。

翻って、ミレニアム前後はガソリン価格も安く(レギュラー車にハイオクを入れていたこともある)、自由闊達な雰囲気で縁取られていた記憶がある。だからこそ余計にgood old memories として、25年前が刻印されてしまうのである。

人間は過去を過分に美化する傾向にはあるのだが、ともあれ、カレッツァも両店舗ともに三月末を以て廃業することになった。































































Posted at 2022/02/15 01:47:57 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思い出
2022年01月08日 イイね!

おい上田!またかよ!

おい上田!またかよ!かつては朝晩に氷点下15度を示したこともあるという信濃東部へ。しかし、いまではせいぜい氷点下10度ほどであり、積雪もほとんどない。
なので、わりあいとFR車も走っている。

が、当地で冬タイヤを履くのはある種のマナーにも近いので、低年式のスタッドレスに履き替えてまで赴く気は無く、国鉄新幹線に乗って上田へ。
高崎から見える浅間山と妙義山が夕日に照らされて特に美しかった。







































かつて堀の下には千曲川の支流が流れており、天然の要害となっていた。尼が淵という。
近頃は整備されたので、家人を置いて、暗闇の中、城の上まで登頂。新年初参拝は場内にある真田神社であった。






この辺りは胡桃の産地であり、近頃は胡桃蕎麦なんてのもではじめている。上田駅前の老舗のよろづやの胡桃蕎麦は程よく甘い汁が魅力的で美味しかった。



就寝。
義母が入所している施設に初めて訪れる。
リモートを通じて対話できるのだそうで、それなら、別に長野まで来なくてもいいともいえるが、そういう問題ではないのだろう。
施設からは私が義父の四駆のワゴンRを運転。
丁寧に運転されているだけあって、ガタピシャとした感じもなく心地よい。
木曾義仲挙兵の地である白鳥神社で参拝。
海野宿はまだ閑散としていた。












本を買いたいという義父の要望に応えて、またもや上田へ。私も元上田藩士で歴史から抹殺されてしまった赤松小三郎の本を購入。この人は薩摩や長州、幕府にも影響を多大に与えているのだけれど、すっかり歴史から消えてしまった。
その後、回転寿司童貞の義父の願いを叶えるためスシローへ。

就寝。
またまた上田に出て、新幹線に乗るまでにぶらり散歩。とんかつ力亭は昨年ツーリングに行く前に立ち寄ったところ。
適当に城の方面を歩いてると、やがて名門上田高校
の門前に出た。なんでも、歴代上田藩主の館があった場所らしい。
なんとなく立ち寄った喫茶店の紅茶が本格的過ぎてとても美味しかったため、ギリギリ乗車。















東京駅ではまた駅弁を買い、ミニカーを買ってしまった。



上田にばかり行っていた三日間は、雪も少なく、天候は比較的良かった。
そしてその翌日はといえば、ご存知の通りの天候で、東京の人はあれしきの積雪で大騒ぎするというけれど、物流や交通網のことを考えれば、よくやっていると思う。積もるくらいなら年に1〜3回ほどはあるし。が、雪慣れしていない人が多いことは確かであるが、それは仕方あるまい。
























翌日はホンダでNSXを見てきたのだが(乗り込むこともできた)、パッケージングを重視しているという点がいかにもホンダらしい。






↑二台ともタイプS
















原宿で、東郷神社、
おお、そうそう、東郷神社といえば、東郷平八郎を祀る神社である。東郷平八郎は先に挙げた赤松小三郎の門下生であり、上田城二の丸に揮毫までしている。なにやら縁を感じるぞと思いながら、紅茶の美味しい喫茶店(懐メロではなく)でダージリンとキーロンを味わい、地元近くのスタバでチャイティー。
そういえば、ホンダでもチャイティーを飲んでいたのだった。
ついでにいえば、今日行ったインド料理屋でもサービスでチャイティーをもらったし、いまも喫茶店で飲んでいる。

英国人って、こんな生活をしているのかしら。
ちょっと聞いてみよう。









以上です。






Posted at 2022/01/08 21:30:15 | コメント(2) | トラックバック(0) | 思い出
2021年10月02日 イイね!

まさかの川崎二連チャン

まさかの川崎二連チャン昨日は台風の中、武蔵小杉へ。
風雨を避けるために商業施設に避難。そこにニコルBMWの4シリーズコンペティションが置いてあった。
新型を間近で見るのは初めて。
でかいモニターも無く、走るぞという構えが滲み出ている。いっとき、内装がしょぼくなったなと思ったけれど、最新モデルではそのような懸念はなさそうだ。なお、Mは軽量化のためにトランクも手動なのだという。そんなの当たり前でしょうと思ってしまったが(笑)
新しいキドニーグリルがどのような後世の評価を受けるのか。ヴァクスフォールになるかフォードになるか(比喩としては少し違うか)。














本日。
家内が帰省するのを取りやめたため、二人でデニーズでランチ。デニーズは総合施設の一角にテナントを構えるようになった。用賀アメリカ村の面影は消えている。同じ階のペットショップの仕事が楽しそうだった。餌やりだけではなく、ペット商品の発注なんかも面白いんじゃないかな。バイトの募集があったらやりたいです。

委託洗車終了後、ふと思い立って、廃墟写真家の高橋さんの展示以来のCOYAMAへ。
元々は印刷所でそこを喫茶店、ギャラリー、書籍売場に改造している。

宮田珠己氏の小説の口絵原画(網代幸介氏)を鑑賞。中世ヨーロッパの絵画のような平面的な描風は幻想的であり、また、古のケルト人を彷彿させるような、原ヨーロッパ的な印象も受けた。



















マツダ3のデザインの男前さに今更ながら驚き(アクセラの後継なんでしょ?)、セルスターの方とお
話。
SLSは欧州フォードみたいな顔をしているような気がした。褒め言葉なのかわからないが、貶してはいない。今は二輪が欲しい。免許がないけど。











閃光が凄まじい。
これはゲリラ豪雨が来るだろう。
ちょうど、夕飯も外食する予定だったので、迷って競馬場の周りを二回回り、リップを擦りつつも、屋根付き駐車場のある施設に入庫。
セーフ!





昨日の台風以上の暴風雨と雷鳴が轟き、生きた心地がしなかったものの、回転寿司に向かう。
案の定、凄まじく混雑していたものの、なんだかんだでたらふく食べることができた。今日の食事だけで一万以上かかったけれど、それはそれで良し。







一時間の営業時間延長だけでもだいぶ異なるし、首都圏(特に23区)の人間はこの一年、ずっと耐えている。
そりゃ、反動も出るだろう。
ただ、そんな中でも、美味しい寿司を提供してくださったはま寿司のスタッフさんには感謝の気持ちでいっぱいである。















The typhoon passed by my area and others yesterday.
I had to go outside in order to take an exam.
The result is,,,Yes!

Today’s weather was like Summer.
I managed to escape from the strong showers.
The guy is always attacking on us. Come on!
Anyway I could have a great time with my wife.
Posted at 2021/10/03 00:09:07 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出
2021年10月01日 イイね!

部屋とTシャツと私 台風とホンダと私

部屋とTシャツと私 台風とホンダと私本日は都民の日(公立の学校に通っている人は休み)なれど、用向きがあり、多摩川を越えた。風雨が強くなってきたので、しばし雨宿りしている。

1988年のマクラーレンホンダはマジで強かった。ほぼ全戦全勝といってもよく、F1もまた俄ブームではあったが、よく流行った。地上波でも放送されていたし、書店には無数のF1専門雑誌が並べられていた。

このブームというのは、今思えば、仕掛け人がいたのだろうか。たしかに、セナは強かった。プロストやマンセルも魅力的だったし、その前からホンダのF1マシンはターボ化に適応して強かったのだ(そして、この88年にF1はNAで闘われることになり、91年スペックではV12が搭載されるようになった。

ちなみに、88年といえば、
プロ野球において、南海ホークスの門田が不惑の年で40本以上のホームランを打ったことが思い出される(優勝は当時無敵の西武ライオンズで、この年限りで南海ホークスも阪急ブレーブスも身売りされることになった)。
なんだかこう書くと上古の昔のようだな。

セナが事故死を遂げたあと、ホンダの本社ホールにF1マシンが展示されていて、無数の花束が置かれていたことを覚えている。今はババアだが、当時、若かった女性がマシンの前に立ち尽くして泣いていた。レースが沸騰したというより、セナのカリスマ性とブームが極限まで膨らんだのだなと思った。

高校に入り、ホンダのDio ZXを買った。が、三ヶ月後には早くもNS-1を購入。上野のバイク横丁によく出掛けてたっけ。
ちなみに、ギアの操作を知らないうちに、NS-1を購入。
まあ、練習しましたよ。ほっかほっか亭のアサカさんには今でも感謝しています。
まだ、2ストが主流で、こう書くと、やはり、上古の昔のことを書いているような気がしてくる。







長らく四輪に興味の無い時代が続いた。東京23区に越してきて以来、クルマを持つという発想が無かった。転機は大学時代になってからで、ウィンドサーフィンをしにいくときに、テラノやカリブ、マークII、ロードスター等が集まる中(ウィンドサーフィンだからといってクロカンだとは限らない)、私は原付。

そこですぐに普通免許を取得しに行くが、途上でNS-1はパクられて藤沢のバイク屋に売られてしまった。目を離している好きに証拠隠滅されちゃったけど。ともあれ、自動車学校までの足にスズキのLet’s IIを購入。
年末には免許を取得して、叔母の四速マニュアルのコルサを繰りながら、車台シビックタイプRを中古で探す(当時、新車だったけれど)が、見つからず、トレノに乗ることになった。
以後、ホンダ車を所有する縁がなく、HRCのステッカーも易々と貼れなくなってしまったのだ。

もともと集団で就職することに意味を見出せなかった私は、それでもホンダの総合職を受けてみた。エントリーシートになんとなく志望動機を書いて。
ちょうど、第三期F1参入日に本社で説明会があり、担当者も説明会どころではないという風で、いかにもホンダらしいなと思ったものだった。

今でもホンダ本社までは気軽に行けるところに住んでいるし、セカンドカーもホンダではないけれども、応援していきたいと思う。
ブームのさなかに触れただけだから、F1のこと等はまったくわからないけれど。

























Posted at 2021/10/01 13:25:41 | コメント(2) | トラックバック(0) | 思い出

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