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2022年08月22日 イイね!

千葉も茨城も 千葉編 三里塚とかつての成田空港駅

千葉も茨城も 千葉編 三里塚とかつての成田空港駅千葉に対して最大限尊敬している私は、千葉に対してエピソードを交えて最大限の賛辞を記したつもりでした。偉大なる異界であります。

千葉も茨城も 茨城編 朝まで土浦・仮釈放・夜も土浦

『「東京」「ドイツ」「村」なんていうネーミングを些かの衒いもなく使用する千葉は私にとって異界でした。
当時の足車であったホンダのNS-1で江戸川を越えて市川に入るとマックスコーヒーという甘ったるい飲料がほぼすべての自販機に設置されており、東京東部(なかなかなハードボイルワンダーランドでした)以上にやる気のあるヤンキーさん達が闊歩しており、バブル期に親父が佐倉の新築物件の抽選申し込みに行ったときに、私は「あんだてめぇ、どっからきたんだぁぁ」という勇ましい掛け声をお声がけしてくださりました。異界の人にもコミュニケーションを取ろうとする千葉の人たちの温かみを知ることができたというわけです。
さすがは鎌倉以前からの豪族千葉氏が盤踞していた土地柄だなと感心しました。
ちなみに、抽選には当たりませんでした。億ションと化していた実家からフロンティアスピリッツで歩みだすという人生経験をすることはありませんでした。』

臆面も無く、というよりも、ネズミ島はともかく、その他の地域の折々で、「東京」という符牒をごくごく自然に使用している点に、素直さや純朴さを看取しています。千葉県は北から下総・上総・安房という三つの国に分かれていましたが、古来、武蔵国(東京・埼玉・川崎市・横浜市)よりも先進的な地域であった可能性が高いとされています。昔は舟運が主流であり、また家康の江戸入部までは関東平野はどろどろべちゃべちゃな大湿地帯だったので、たとえば、江戸や品川の湊よりも、木更津等にいったん辿り着いてから、下野(栃木)や常陸(茨城の大部分)、上野(群馬)と交通することの方がどうも主流だったらしいです。
東京なんて、明治になってからできた人工的な地名なんですから、チバリーヒルズや千葉フォルニアのように、どうか自信をもって「千葉」という名称を使っていただきたい。
鎌倉期以前から盤踞している豪族千葉氏は板橋辺りも勢力下に収めており、力関係は今とは真逆。

昔、ペリーが浦賀ではなく木更津に上陸していたらと嘆息していた千葉県民の方がいましたが、ここは面白いところで、その後は陸路も発達するので、いずれにしても神奈川が発展していたでしょうし、仮に発展していても、今のような格安な土地の値段は生じえなかったことでしょう。
アクアラインができる前は半島経済という言葉もあったくらいでしたし、半島は陸が交通のメインになるとどうしても不利になってしまいます。

昔、千葉の我孫子に母方の祖父母が住んでおり、クルマ(KP61か赤いファミリアだったと思います)で我孫子に向かう途上、成田近辺を通過するときに、とても厳しい検問が行なわれていたのが印象的でそれ以来、三里塚というのは気になっていました。
実際に20年くらい前までは三里塚の空港建設反対派のニュースが割合と頻繁に流れてきましたし、とても気になっていました。

数年前に三里塚公園という小さな公園を見つけて、立ち寄ったところ、闘争とは別にして、かなりの枢要な地であることがわかりました。また、みん友さんのお住まいがあることもわかりました(笑)
三里塚には和洋折衷型の皇族の迎賓館があり、昭和40年代まで使用されていたようです。外観だけなら見学することができますし、見学する気がなくとも、ボランティアの方にナンパされます(笑)



















また、今の上皇が皇太子だった戦時中、皇太子用に防空壕が建てられたことも事実のようです。実際に上皇が立ち寄ったという記録は残されていないのですが、
ともあれ、残されていて、こちらも見学可能です。
どうも、東条英機の反対で上皇が三里塚に避難することは取りやめになったという話もあるようなのですが。九十九里浜から米軍が上陸するという憶測も当時あったみたいですしね。










































空港が隣接している今となってはこじんまりとしたのんびりした公園ですけれど、歴史の一断面が濃縮に詰まっているんですね。資料館もあります。











続いて、私がずっと行きたくて行けなかった芝山鉄道線で東成田駅に行くという夢がかないました(前回は芝山千代田駅の駐車場付近のタイヤトラブルで、紆余曲折があり、結果的に中2さんにお会いすることになりました)。東成田駅というのは以前は成田空港駅と呼ばれ、殷賑をきわめていたようで、私も利用したことがあるかもしれません。覚えていませんが。
今は閑散としており、成田空港駅時代のままの状態(手入れはしているものと思います)で、ホーム一面が時代からぽつんと取り残されている様子を見ることができます。
ちなみに、東成田駅は今でも運行されていますが、列車の到着を知らせるアナウンスは一切ないので、くれぐれも白線の内側に下がったままにしてくださいね(笑)
今でも駅として残されているのは、需要がゼロというわけではないからですが、まあ、空港に向かう駅だった頃に比べれば、非常に寂しく、朽ちかけ始めているエスカレーター等もあります。もともと芝山鉄道線自体が空港建設用地提供の代償として鉄道建設された路線なので(ただ、現在でも芝山千代田駅までしか伸びておらず、今後伸びる可能性はゼロに近いかと思います)、その辺りにも成田空港建設にまつわる政治性や歴史性を感じられます。
近頃では乗車記念証の配布(無料)や記念乗車券も販売しており、京成とつながっているので、都心へのアクセスも(結局、東京か)良好なので、変わっていく可能性もあります。
廃墟的なものを期待する方には物足りないかなと思いました。が、空港建設にまつわる政治性や歴史性も堪能したい向きにはお勧めできます。
なお、東成田駅ではICカードが使えますが、芝山千代田駅では一切使えず、
次回、私がどこかのICカード対応の鉄道に乗るときはそのことを申告しなければなりません(笑)



















































































もう一点、今の私は反体制の闘争が好きなんです。昔はそういう騒ぎ(?)があまり好きではありませんでした。だいたいにおいて中核やら革マル系やらが絡んでいましたし。ただ、今は政府の失態に関してもせいぜい茶の間で批判する程度で、どうにもこうにもなすがままにされているとしか思えません。それで国民国家が崩壊するのであれば、私としてはよろこばしきことですが(国民国家の歴史もせいぜいナポレオンが活躍して以後のことで、そこに歴史的普遍性はないと思います。国民というのは作られた存在に過ぎません)。

三里塚闘争

というわけで、茨城とは異なり、千葉では、成田空港というものをテーマに散策していたわけです。今では新東京国際空港って言わないんでしたっけ?
東京という符牒が無くなったことは千葉らしくないかもしれませんが、千葉のオリジナリティを高める意味ではよいことかもしれません。
しかしながら、逆にいえば、羽田空港に国際空港としても役割をどんどん奪われるわけで、そうなるとあの辺を喜び勇んでいくのは、適度なワインディングが続く道を走りながら、三里塚闘争時代を偲ぶ私のような人間だけということになるような気もします。

富里のでっかい施設の傍を通りました。もしも、成田空港の地盤沈下が進んだら、アカスリも予約無しで簡単に入れちゃう(今でもそう?)ということになるかもしれません。
いずれにしても、三里塚を含めた成田空港というのは業の深い地域だなと思います。
Posted at 2022/08/22 14:27:28 | コメント(3) | トラックバック(0) | 思い出 | クルマ
2022年08月22日 イイね!

千葉も茨城も 茨城編 朝まで土浦・仮釈放・夜も土浦

千葉も茨城も 茨城編 朝まで土浦・仮釈放・夜も土浦「東京」「ドイツ」「村」なんていうネーミングを些かの衒いもなく使用する千葉は私にとって異界でした。
当時の足車であったホンダのNS-1で江戸川を越えて市川に入るとマックスコーヒーという甘ったるい飲料がほぼすべての自販機に設置されており、東京東部(なかなかなハードボイルワンダーランドでした)以上にやる気のあるヤンキーさん達が闊歩しており、バブル期に親父が佐倉の新築物件の抽選申し込みに行ったときに、私は「あんだてめぇ、どっからきたんだぁぁ」という勇ましい掛け声をお声がけしてくださりました。異界の人にもコミュニケーションを取ろうとする千葉の人たちの温かみを知ることができたというわけです。
さすがは鎌倉以前からの豪族千葉氏が盤踞していた土地柄だなと感心しました。
ちなみに、抽選には当たりませんでした。億ションと化していた実家からフロンティアスピリッツで歩みだすという人生経験をすることはありませんでした。

三里塚公園の元皇室の迎賓館や今の上皇が避難する可能性もあった防空壕、資料館と芝山千代田鉄道の東成田駅(元成田空港駅)を見学してきたのですが、時間軸を逆転させて茨城編から。
そう、結局、月に数度は茨城に行っていることになります。例の関ヶ原の戦いののちの佐竹疑惑もありますが、きれいな人も多いですし、夕方の都心は密密密なので、県南地区の主邑である土浦に向かうことにしました。

刺繍は陳寿の「三国志」の中にある「魏志倭人伝」を参照するまでもなく、日本(縄文系)の伝統でもあります。海洋民族であれば鯨身をするわけです。
そうした文化や伝統様式を護っている人たちが外風呂にも入れない昨今のマスによる抑圧はいかがなものかと思います。
近代社会は大衆が力を持ち過ぎた時代であると私は思っています。
超音波を堪能できる温泉に長野の温泉街にあった超音波温泉で買ったタオルを握りしめ、浴室ですれ違うときに「スミマセン」と極めて日本的な礼儀を保ってお声がけくださった若い文身の方は、例えば、反〇などという具合にカテゴライズされて排除されるべきなのでしょうか。思えば、中世の頃から体制外のものとしてやくざものは排斥されてきたのが日本の歴史でした。常に外部的存在であったのです。このことは考えた方がよくよく思案したほうがいいですね。外部的存在だったがゆえに怖いという認識が先だってしまう。たしかに、そういう面も見たことがありますが、同じ血の通った人たちであり、外風呂での排除の構造という
のは差別だと思います。平たいおっぱいを平たいというだけで、そしてまた、でかパイというだけで賛美するような短絡的な思考がまかり通っています。憂国の士として、この点を憂慮するものであります。




※イレズミお断りの文言は止むに止まれぬオーナーの決断であると思います

さて、そんな憂国の念に対するあっ靴晴らしのために、急遽ホテルを予約して、以前、来訪したことのある居酒屋さんに行くことにしました。場所柄、ご近所さん率90パーセント
というお店ですが、覚えていてくださったようで、閉店時間前に辞去する予定だったのですが、閉店時間後はお酒や食事もご馳走になり、常連さんも交えて別のお店で楽しんできました。カラオケも久しぶりに歌ったなあ。
ビールオンリーとはいえ、20杯は飲み干したかと思います。お酒はほとんど飲まなくなったのですが、もともとお酒には強い人間だったこともあり、影響はほとんどありませんでした。朝方近くまで飲んで、自家発電をしてから就寝。


































霞ヶ浦を周遊しつつ山に行こうと思ったところ、高級車や旧車の一群を発見しました。チバラギオフの人たちの一部で、某さんのおつとめまえのお別れをされていたようです。昼食や食後のスイーツを食べるために、プチツーリング状態になり、のどかな県南地区を走りました。
途中でミニバンにホーンを鳴らされたのですが、お店に急いでおり、ご尊顔を拝見する余裕がありませんでした。伏してお詫び申し上げます。今度、つくばからカレーを仕入れて参りますので。


































小高い頂き(別名ヤマシ山)に登り、筑波山を眺めたりして、かれこれ小一時間。
例のスカイラインの方とは暗くなるまで有識者会議を開催しておりました(わりとまじめな話)。

※中2さんのブログ
えっ……😨

久し振りにたくさんお話ができてうれしかったです。

















このときに私の中に「このまま帰宅するのは、私自身が大衆の一人に身をゆだねることになるのではないか」と思いが沸き立ち、またもや土浦へ(笑)

お風呂とお風呂を堪能しました。つまりはお風呂二連投です。すっぽんぽん大好き人間ですので。原初の人間が裸体であったということにはそれなりに意味があるとは思うので、私はそれを追体験しようとしているわけで、他意はありません。人間は服飾を発明しましたが、防寒という合理的な目的だけで、服飾が生じたのかどうか。このことを直感的にでも検証するために、私は裸になるのです。
心も裸も満タンに。


















さて、土浦にはつくばから流れてくる桜川という心地のいい川があり、桜町という市内随一の繁華街沿いを流れているのですが、そこで夜風を浴びるのが好きなんですね。
そして12時を過ぎると桜町の灯りも一気に暗くなります(居酒屋等の灯りはありますが)。その明暗を堪能するのも好きだったりします。
トルコのことを思い出し、思考も飛んでイスタンブールにまで思いを馳せました。



なお、今回は常磐道を使わず、恐れ入り谷の鬼子母神の入谷から首都高に乗りましたが、そういえば、カラオケの替え歌で、葛飾方面の地名をちりばめてみました。
居酒屋のママが昔住んでいたようです。




Posted at 2022/08/22 13:15:56 | コメント(2) | トラックバック(0) | 思い出 | クルマ

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「@ゴロンドリーナ この間はお会いできてよかったです。ホントにチバラギ界隈がご無沙汰でしたので。
本当に甘くて美味しいですね🍈」
何シテル?   06/14 23:38
帝都東京の地を根城とし、四方八方と旅する行動力の塊がワタクシ、ワルめーらでございます。 東京から大阪くらいまで(往復で1000キロ程度)なら日帰りで行き帰りす...

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