• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

ワルめーら@Terryのブログ一覧

2011年03月26日 イイね!

癒しの場所 ~屋敷の縁側にて~

癒しの場所 ~屋敷の縁側にて~竹林が微かなざわめきを耳に心地好く伝えてくれています。

今日はとある古民家にお邪魔しております。
庇に覆われた古民家屋敷の縁側から、逞しい竹林や木々の折々を眺めています。

もう三年前のことでしょうか。ここを所有されている老婦人より、巨大な筍をいただきました。
ここは広大な畑を有する農家なのですが、あのときは、息子さんがようやく後を継いでくれたといったことを仰っておりました。
その息子さんもいまは広大な畑を耕しています。

東京の隅っことはいえ、高級住宅街のイメージもある世田谷区の本当の豊かさは、このような屋敷に象徴されているように思えます。古民家の屋敷の縁側に、自由に腰掛けることができる風土は豊かさの極致であると思います。

新宿や渋谷から電車で30分ほどで、このような素晴らしい空間に浸ることができます。感謝。
Posted at 2011/03/26 13:52:38 | コメント(1) | トラックバック(0) | 散歩 | 旅行/地域
2011年03月25日 イイね!

金ドラ復活♪

金ドラ復活♪先ほど帰宅。
久し振りに愛車とともに東京を出ました。
総走行100キロ以上のドライブで、震災後では初のドライブです。
一日千キロ走行の経験もなんどかありますが、まずは近場を楽しむことにしたのです。
金曜日のドライブなので、「金ドラ」とタイトルに略記した次第です。

昨年末より取り組んでいた仕事も予定通りに昨日終了。素晴らしすぎる(笑)
物流の影響で仕事が遅延する場合もありましょうが、いまできる範囲で皆さん、無理せずに仕事を楽しみましょうね。
停電もこの際なので、業務方法を見直すよすがにするといいかなと私は思います。

ごくごく概略的にドライブルートを述べます。
気が向いたら、改めてブログに記します。

首都高代々木パーキングにて朝食を摂り、レインボーブリッジ経由で、湾岸線(神奈川方面)へ。
横横にそのまま乗り、朝比奈インターで有料道路を降ります。横浜といえどもこのあたりは自然豊かな地域です。
朝比奈の峠を越えれば鎌倉の街。久し振りに若宮大路の段葛をみました。

さて、まずは眺望がよく(相模湾がみえます)、貴重な仏教文化遺産が遺されている長谷寺へ。
十一面観音や観音の変身した姿を模した観音三十三応現身立像に、仏教美を感じました。
山あいのお寺から見える相模湾や材木座海岸もきれいでしたな。
晴れていたのでくっきりと見えました。ときおり、遥か下を走る江ノ電のゴトゴト音が聞こえるのが、印象的でした。
なお、中臣鎌足の孫である藤原房前と長谷寺(奈良の長谷寺と密接な関係がありますが)の関連が気になりました。

続いて二十年以上ご無沙汰していた高徳院へ。鎌倉の大仏で有名です。
やはりデカイ。
大仏を収める仏殿がなく(1369年崩壊)、大空に剥き出しに晒されているがゆえになおさら。
今にも立ち上がりそうな威容を感じます。
大仏殿裏には、朝鮮王朝の建物を移築した(大正時代のこと)観月堂があり、大仏以外にも見所があります。観月堂内部には江戸後期製作とされる観音像がありますが、見えませんでした(笑)
なお、鎌倉の大仏は謎が多く(創建理由など)、創建の古い奈良の東大寺の大仏のほうが、解明されている箇所が多いです。

さて続いては鎌倉のメインストリートの小町通りを散策し、鶴岡八幡宮へ。武家の都の鎌倉の中枢ですね。鎌倉幕府の息遣いが薫ってくるようで、ゆえにさまざまな歴史があります。
境内ではソメイヨシノらしき桜が満開だったのが印象的でした。
それと、八幡宮境内にある白旗神社も意味ありげです。祀られている神様が、初代幕府将軍の源頼朝と歌詠みとして優れた三代将軍の源実朝。
頼朝は相模川(馬入川)で落馬したことがもとで無くななったとされていますが、暗殺説も強いんです。
実朝は鶴岡八幡宮にて殺害されました。これは有名なお話ですね。
ということで、白旗神社はもしや鎮魂(怨霊封じ)のための神社かななんて思ったり。そういえば、長谷寺の近くに御霊神社がある様子。怨霊を手厚くほうむれば、怨霊が人間を守ってくれるという考えを御霊信仰といいます。平安時代に生み出された信仰かと思います。京都の御霊神社が有名ですね。私も一度行ってみたいです。


続いて海沿いの国道134号にて江ノ電と並行しながら、景色を楽しみました。BGMはサザン。稲村ヶ崎・江の島・茅ヶ崎一中(桑田佳祐の母校)を横目に、平塚市へ。一中(第一中学校)まえにウィンドサーフィンの部材を置く場所があり、ほんの少しだけ私もやっていました。海岸(茅ヶ崎東海岸)まですぐですからね。

平塚からは高浜台交差点より北上。高浜台(渋滞スポット)の交差点も改善されてきましたね。
厚木市の裏道を辿りながら(例えば、荻野とか依知、鳶尾)相模原市へ。田名より宮下に向かいましたが、工場お勤め帰りの皆さん(?)で大渋滞。おつかれさまでした。
続いて、町田多摩境にあるスーパー銭湯にて、リラックス!食事は海鮮丼。妻は髪の毛を短くカットしました。スーパー銭湯って便利ですね。

と、羅列てんてこもりながら、ドライブルートを改めてトレイスしてみました。やはり、ドライブは愉しい。理屈抜きでそう思います。
本当に愛車を運転できる環境に感謝いたします。

駆け足でお伝えしましたが、今宵はこれにてお許し候。
Posted at 2011/03/26 00:42:25 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | クルマ
2011年03月25日 イイね!

撥水フェチ

撥水フェチ雨滴がスポット状になった愛車を眺めるのが好き。

震災以来、ボディに撥水をもたらす洗車やポリマーコーティング等は施していないが、まだまだ撥水する。
ウチの玄関を開けると、眼下すぐのところで車体を見下ろすことができるので、上から下までしっかりと撥水された愛車を堪能できる。ああこの至福の瞬間よ。
Posted at 2011/03/25 01:20:54 | コメント(3) | トラックバック(0) | 愛車プリメーラ(自動車) | クルマ
2011年03月22日 イイね!

会津白虎隊は放射線を気にしない 私は福島びいきです

会津白虎隊は放射線を気にしない 私は福島びいきです皆さまどうも。
なんだか、買い溜め騒動が一息ついてきたと思ったら(都区内)、またもや新たな風評が立っているようで。
今度は放射線を浴びた食べ物に対する怖れですか?
買い溜めしてたくさん食べてしまった人は、既に放射線物質をたくさん摂取しておられますので、ご注意あそばせ^^/
なんて皮肉を言ってみたり(笑)
もちろん、どんな見解や判断・行動をするのも自由ですけれども、情報の多いとか少ないに限らずに、現象として起きるのが風評というものなのだなと考えています。
さて、歴史という偉大なデータベースを参照する限り、どうやら情報というものは真偽とは別に伝播するようですね。

以下の喩えは、喜劇ではなく、むしろ悲劇に属するお話でございます。
奥州は会津若松でのお話です。
むかーしむかしのお話でございます。さよう、19世紀の後半のお話です。
薩摩や長州を中心とした官軍が幕府軍を追い詰めて、続いて親幕府藩が多かった東北まで戦線を拡大していきました。
その中心が、会津若松城を擁する会津藩でした。
会津藩では、今でいえば高校生くらいの年代の男子たちを組織した白虎隊という武家の一隊がありました。
おそらく強制ではないと思います。年齢を詐称してまで、白虎隊に加わった者もいるくらいです。
もともと会津藩は徳川幕府への忠誠を誓うと決めた藩主の教えがいきわたっていて、太平むさぼる江戸時代にあっても戦闘訓練をかかしませんでした。
さて、その白虎隊ですが、会津若松城の東南に飯盛山という山がありましてな。
各所でよく防衛するも、飯盛山まで撤退。そのときにお城が燃えているのを見て、彼らはいよいよ落城と思い、自刃しました。
結局、まだお城は落城したわけではなかったのですが、潔い白虎隊の若者はかくして薄命の生を全うしたわけです。
いわゆる白虎隊の悲劇と言われるものです。
白虎隊で自刃した隊士たちは確かに情報を誤った。
しかし、それは決して喜劇ではありません。
いずれにせよ、その後にお城はすぐに落城してしまいますし、藩に殉ずるという精神はいと尊いものでありましょう。
彼らは放射線が蔓延するなんてことがあったとしても、まったく動じなかったでしょうね。とにかくも、会津を守り、幕府を守るという一点で彼らの行動原理は成立していたでしょう。もし、現代に白虎隊がいて、放射線物質が蔓延していよいよこれまでと彼らが考えたら、彼らは潔く自決するでしょう。
まあ、今の倫理観で自決が良いとは言えませんが、あれやこれやと右往左往することは決してなかったでしょうね。
会津びいきの独り言でした。

浜通り(福島県の海沿いの地方のことをそう言います)の原発についての事柄がいろいろ言われています。私は基本的には現場の方の崇高な活動にお任せするというスタンスをとっています。
それと、福島の原発が東京をはじめとした関東の電力のかなりの量をまかなっていたということは、以前中畑清が出演していたCMを観る前から知っておりましたが、だからといって、関東の人間が過度に福島県に対して申し訳ないと思う必要もないでしょう。まったく感謝しないというのもなんですが。
もっともよいのは、今までの電力供給の現状に感謝しつつ、復興を支援したり、願うことかと思います。ひとまず無形であれ、お互いによい解決になるように考えましょう。私はそう思います。
輪番停電の是非に関しては、もはや福島の原発が機能不全になっている以上、
ひとまず福島原発に対する評価とは外して論じるべきでしょう。
いま、福島原発がない状態で、東電地域について言えば、東電地域がどうやって協力しあえるかという模索が必要ですから。
なお、福島原発の建設の経緯については省略しますが、一応は原発建設区域の当時の議会で促進・誘致の動きがあったことは確かです。反対もありましたでしょう。詳しいことはわかりませんが、そんなわけで既に昭和30年代から、福島の浜通りに原発を建設という動きは進められていました。
どちらもお互い様の関係です。私はそう思います。

最後に、今メディアで注目を浴びているいわき市についても少々。
いろいろな街が合併した、大規模町村合併の先駆けともいう市で、昭和41年以来、静岡市と旧清水市の合併までは日本で一番大きな市でした。ついでにいえば、人口は東北で第二位を誇ります。
市内の小名浜の漁港は天下の海産の台所を担っておりましたし(旧盆の頃に食す戻り鰹がおいしい)、スパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)も有名ですね。もともとは炭鉱の街だったのを産業構造変化の際にどうするかということで出来たのが、ハワイアンセンターでした。
そういうわけで、経済規模としてはかなり大きい街です。
歴史的には勿来の関が有名でしょうか。茨城との境目にある勿来地区もいわき市に入ります。
私は少なからずいわき市と縁がありましたから、この際に私の知っている事柄を
ご紹介しようと思いました。情報の真偽に関してはご自身でご判断ください。
記憶をもとに書いていますので。
風評に惑わされずに、ご自身に眼でご判断を(笑)

さて、掴みどころのないブログになってきました。
結局は福島県を贔屓しているわけで、福島県に纏わるいろいろな事柄のうち、ほんの一抹でも皆さまにお届けできればなと思いました。
復興が進み、再びヨークベニマル(栃木県にもありますが)でお買いものをしたいなと思う今日この頃です。
Posted at 2011/03/22 21:24:19 | コメント(1) | トラックバック(0) | とりとめもないこと | 旅行/地域
2011年03月20日 イイね!

春散策 梅・菜・桜花鑑賞ほか日蓮寺院や鍋島家邸の残滓から進める歴史小話など 

春散策 梅・菜・桜花鑑賞ほか日蓮寺院や鍋島家邸の残滓から進める歴史小話など 過日、妻とぶらぶらと散策してきた。
非常に喜ばしいことに、この連休中は非常に暖かく、コートを脱いで散策するほどであった。
下記リンクに散策先で撮影したもののうち、特に春を象徴する梅や桜などの花々の写真を中心に収めておいたので、ご参照あれ。

芽吹いて咲いた 待ち焦がれた春
http://www.myalbum.jp/pc2/album/Albm_Dspy.aspx?albumID=8cba0fcb826d


さて、まずは画像をご覧いただき、一抹の癒しとなればなどとも考えたのだが、
せっかくなので、補足的に文章も書き記す。
ただし、主題をなるべく絞ってお話する。ただし、表現に面白みをつけるために、
余話も挟む。

まずは、散策の折に立ち寄った日蓮宗の寺院について、若干の説明をしよう。
日蓮宗の熱心な信徒だった宮沢賢治の「アメニモマケズ・・」の有名な詩文などが境内に掲示されている。また江戸時代の町人の学問と呼ばれた心学を学んだ人間のお墓などもある。大きな松の木が正門近くに鎮座している心強い寺院で、日蓮上人の力強い生きざまと似ているような気がして、面白い。

明鏡止水の境地か

また、「南無妙法蓮華経」と記述されている巨大な記念塔(日蓮生誕800年を記念して建立されたもの)などが、いかにも日蓮宗らしい。
ちなみに、もう一つ立ち寄った寺院は禅宗のお寺である。鴨が泳いでいる池の写真がそれにあたる。

日蓮宗というのは、法華宗ともいい、おおまかにいえば「法華経」の教えを尊ぶ(この点は天台宗も同様。天台宗は「天台法華宗」という)。
いや、というより法華経の教えを唯一のものとする。さらに、日蓮という強烈な個性への信心を基盤としている点で、やや日本離れしているかもしれない。信仰が他の異質なものと混合され、なんとなくあいまいになることもなく、思想が生のままに純化されている。ユダヤ教などの一神教的な雰囲気に近いものを感じさせる。
そうそう。この法華経(「妙法蓮華経」)に帰依する(「南無」)から、日蓮宗徒は「南無妙法蓮華経」と唱えるのである。
因みに、阿弥陀如来に対する念仏を唱えるだけで、善人や悪人を問わず往生するとしたのが、親鸞の開いた浄土真宗であり、こちらでは念仏の言葉として「南無阿弥陀仏」と唱える。京都の東西本願寺で有名な日本仏教最大の宗派である。
マメ知識として覚えていただければと思う。

さて、このお寺の面白い点(歴史的観点から見て興味深い点)を今一つ。
リンク先の左手奥の木造和式建物がそれにあたる。

木造和式建物

実は大変由緒がある建物なのである。
もともとは東京の麻布にあった旧鍋島家邸にあった建物である。
明治37年に築造されたもので、当地には対象2年に移管されたという。
長らく庫裡として利用されていたが、平成7年以降は客殿として利用されている。
そう、貴重な明治の建物であるばかりか、未だに現役なのである。

より往時の事柄を想像できるような話をすれば、
華族鍋島家(江戸時代の「藩」が崩壊してからは、大名家は「華族」と呼ばれるようになった)では、この和風の佇まいのままで、天井の高い大広間に椅子とテーブルをしつらえ、洋式の接待をしていたという。
その辺りが、いかにも文明開化後の近代日本という感がして面白い。
鹿鳴館の饗宴ほどどぎまぎした感は受けないが。

鍋島藩とは肥前(今の長崎や佐賀)の大部分を収めていた藩で、長崎にて英国船が乱入し、なすすべもなかったフェートン号事件のとき以来、この藩は日本でもっともはやく近代化を目指した。
近代化は主に軍需に向けられており、当時有数の性能を誇るとされていたアームストロング砲なども自前で生産するようになった。
また、西洋の学問を大いに推奨し、落第したものに対しては石高(つまり財産)を大幅に削るなどの凄まじいまでのスパルタ教育を藩内に施した。
この肥前出身で今の早稲田大学の創設者の大隈重信などは肥前藩の優秀な人物であったが、そうとうこのときの様子を愚痴っていたようである。

なお、これらの政策を実行したのが鍋島閑叟(直正)という大名(殿様)であり、薩摩や長州などの官軍が幕府軍に大勝したのは、この肥前鍋島藩の最新軍事技術によるものとされている。
たとえば、上野の彰義隊との闘いでも、アームストロング砲は大いに威力を発揮され、これが官軍大勝利の帰趨を決めたとも言われている。
もちろん、長州の大村益次郎の指揮によるところも大きい。
大村はもともと町医者であったが、幕末の長州(いまの山口県)は、身分を問わずに人材を登用するという風潮があった。伊藤博文や山県有朋なども身分としては低かった。この点で、長州というのは脱封建的だったのである。その理由となるものについてはいくつか考えられるが今は割愛する。ひとまず、関ヶ原の戦いと馬関戦争での敗北が大きいのではとだけ申しておく。

といった事共を深く思案して散策したわけではなく、途中で無人野菜販売所で大きな蕪を買ったり、梅や菜の花、桜を鑑賞したりと、どちらかといえば、ほのぼのとした散策であり、春の訪れを楽しむというたぐいのものであった。
ただ、歴史なら歴史に関する知識が多少なりともあれば、散策の深み、いや、そこまで難しく言わなくとも、楽しさが高まるのだなということがよくわかった、非常に充実した散策であった。



Posted at 2011/03/20 19:24:51 | コメント(2) | トラックバック(0) | 歴史 | 旅行/地域

プロフィール

「午後からは名古屋から吉良へと移動して、今晩は東三河に宿泊。
数多の愛知の人たちと交流し、また数多の飲食を堪能。」
何シテル?   06/16 23:54
帝都東京の地を根城とし、四方八方と旅する行動力の塊がワタクシ、ワルめーらでございます。 東京から大阪くらいまで(往復で1000キロ程度)なら日帰りで行き帰りす...

ハイタッチ!drive

みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2011/3 >>

   1234 5
6 789 10 11 12
13 14 15 16 17 1819
2021 222324 25 26
2728293031  

リンク・クリップ

トライアルC25さんのスズキ スイフトスポーツ 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2024/10/16 23:35:54
April 6th,2024 エンジンオイル交換(エレメント○) 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2024/07/31 22:58:43
子連れ向きの海水浴場 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2023/05/23 09:42:28

愛車一覧

スバル インプレッサ WRX STI 涙目だけれど笑顔号 (スバル インプレッサ WRX STI)
36万キロエンジンオーバーホール歴無しの全国周遊マシン👍 黄色くラッピングされた給油口 ...
スズキ スイフトスポーツ スズキ スイフトスポーツ
2025年5月26日納車🌸 赤黒2トーンのファイナルエディションです。Dオプを付けま ...
スズキ スイフトスポーツ 鈴木の運動車 (スズキ スイフトスポーツ)
ノーマルのスイフトに加えて、二代目のスイフトスポーツを購入。 5速マニュアルのチャンピオ ...
その他 なんでしょ その他 なんでしょ
令和のクルマも手に入れたので、時計の針を戻して、今度は久し振りに昭和を偲ぼうかとも思って ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation