●トヨタが賭けたFCEV
先日、「トヨタ博物館に行った」とブログのネタにしたが、
トヨタ博物館は会館当初から随分とレイアウトが変わっていることはご存知だろうか。
今のトヨタ博物館の二階には
1900年ごろのガソリン自動車、電気自動車、蒸気自動車が並んで展示されている。
この意味は
「1900年当時、誰もガソリン自動車が主流になるとは思っていなかった。」
「そこには技術革新による熾烈な生存競争があり、ガソリン自動車が勝っただけだ。」
という意味が込められているという。
手軽だが、機動性に問題がある蒸気自動車、
扱いやすいが航続距離が短い電気自動車、
機動性、航続距離に富むが、構造が複雑なガソリン自動車。
結果としてガソリン自動車が主流となったわけだが、
今も次世代エネルギー車としてEVや天然ガスエンジン、バイオディーゼルや、
さらには水素エンジンまである。
こういう中で
トヨタが将来を見据えた次の一手として選んだのが燃料電池である。
昨年、次の100年を切り開く車として
トヨタが一般向け販売を開始した燃料
電池自動車MIRAI。
~に先駆ける、を意味するプリウスのようなラテン語ではなく
日本語で「未来」、と命名されたことは相当な決意を感じる。
恐らく一般にはプリウスの次のエコカー、ぐらいにしか認識されていないが、
ガソリンさえ給油すれば従来のガソリン車同等の利便性があったプリウスと違い、
燃料電池で動く電動車(FCEV)のMIRAIは燃料が水素であるが故に
燃料のインフラ整備の問題が付きまとう。
そのために水素ステーションの整備を国だけに頼るのではなく、
メーカー合同で推進するなどの根回しもしっかり行わないといけない点では、
120年前にカールベンツ氏がガソリン車を発明し、そこから普及の為の
競争を繰り広げるのと同等の
下ごしらえの歴史が必要となる。
FCEVのメリットは
1.水素から直接電気を得る事から効率が高い
2.EVのように長時間充電しなくても水素を充填する時間が短い
3.走行中に排出するのが水だけ
という点が挙げられている。
電気でモーターを駆動して走る点はEVと同じだが、
車両自身が発電所となって電気を製造し、
貯蔵する点がEVとは異なっている。
こうしたFCEVは、MIRAI以前にも
ホンダやヒュンダイも研究開発に取り組んでおり、
FCEVをリース販売したり、一般の製造ラインで生産したり
という実用化への取り組みは行われているが、
MIRAIは一般販売されるFCEVという点が特徴である。
一台一億円などと言われるFCEVは機能的には実用域に達しても、
原価や製造コストが高く、自ずと普通の人が普通に買える車ではなかった。
数年後の残価を自由に設定できるリースにして実際の使用パターンで使ってもらい、
ある期間が過ぎるとリースアップして解析に回される。
MIRAIそんな販売方法ではなく一般の人が自由にディーラーで購入して
好きなように乗り回せる初めてのFCEVなのだ。
価格は723万6000円と689万円のクラウンマジェスタ Fバージョンよりも高い。
実際は補助金や軽減税率のおかげで225万円余り安く買えることから、
実勢価格は500万円を少し切るような価格設定となり、
495万円のクラウンの2.5ロイヤルサルーンGや
482万円のハイブリッドロイヤルサルーンと並ぶ価格帯になる。
決して安い車ではないが、2014年に49,166台売れたクラウンと
同価格帯なら客観的には購入できる人口は
それなりに居ると考えられるが、実はそんなに簡単ではない。
2010年末にデビューした日産の純EVであるリーフは
日本では累計4万6500台/4.5年の販売にとどまる。
最低グレードで約274万円、補助金を差し引いて約247万円と
プリウスにも匹敵する価格帯にあったとしても
特殊な車と言うことで一般的な(?)ハイブリッドカーと
価格帯が近くても
航続距離が短く、充電に時間がかかる
EVは普及のペースはゆっくりだ。
さてMIRAIはそもそも大量生産できる体制ではなく、
LFAを生産していたLFA工房という少数精鋭部隊が
年間700台、
月当たりでは58台しか生産できない状態である。
2015年からは海外向けの生産も始まり、
2017年には3000台規模まで増産するようだ。
購入したとしても、
未だ
18箇所しか水素ステーションがなく、
電気自動車よりも普及に時間がかかりそうだが、
2015年3月末で
3年分のバックオーダーを抱えているという。
新しい技術への期待がいかに大きいのかがわかる。
どうにかして作った電気を充電するのではなく、
自ら発電できる
FCEVは資源が乏しい日本としても
何とか盛り上げて次世代のエネルギーの
柱の一つにしたいと後押しがある。
そこには
多分に政治的な思惑もあるのだろうが、
選択肢が増えること自体は悪くない。
理屈の上では、「車を通勤に使うサラリーマン」が
MIRAIを購入してもおかしくは無いが、
実際にMIRAIを購入しているのは国や地方自治体、
企業の社用車や経済的に余裕がある車を複数所有している
個人ユーザーと言ったところだろう。
MIRAIを見る機会は滅多にないし、周囲で購入した人は居ない。
ただ、社用車でMIRAIを導入した企業があるようだ。
知人は勤務先が購入したMIRAIに
運良く試乗させてもらえたようで「静かだった」と語っていた。
普段は旧車を愛する私だが、最新テクノロジーにも興味がある。
トヨタ会館に行けばMIRAIの展示車が見られると聞いて行って来た。
●敢えてセダンを選んだエクステリア
展示車は真っ青なMIRAI。
写真では何回も見た事があるが実際に見ると、大きくて存在感がある。
ディメンションは
4890×1815×1535と堂々のボディサイズだ。
丁度背の高いクラウン、と思えばイメージは沸きやすいだろう。
試作車ではHS250hをベースにしていたが、市販されたMIRAIは随分と大きくなっている。
プラットフォームはHS250hと同じで、骨格系やダッシュはそのまま流用している。
しかし、FCスタックや水素タンクを搭載しているのでフロアは専用設計となる。
もともとトヨタが過去に公開していたFCEVはクルーガーをベースに
水素タンク4本をフロア搭載していた。
巨大な円筒形の水素タンクを
車にどのように積むかは自動車メーカーの腕の見せ所と言える。
ホンダもFCXクラリティでは巨大なタンクを一個
Rrサス付近のトランクスペースに搭載している。
ガソリン車の燃料タンクは近年樹脂化が進み扁平タイプの燃料タンクも見られるが、
高圧の水素を貯蔵する為の高圧水素タンクはどうしても丸い形状が必要だ。
トヨタの場合、タンクを二つに分けて高車軸とRrシート下に二個設置した。
巨大なタンク一個にすると駆動用バッテリを搭載できなかった為だろう。
そうなると水素タンクの上面から後席HPが決まる為、
必要なヘッドクリアランスからルーフの高さが決まってしまう。
ずんぐりとしたMIRAIのプロポーションはこのように決まっている。
もともとFCXクラリティやプリウスのように
トライアングルシルエットにすれば良かったのだろうが、
当面の主たる顧客の用途に合致するためにはセダンでなければならず、
そのあたりに開発者の苦労が伺える。
この未来的なコンセプトのMIRAIにも、ばっちり
レースの半カバーの用品設定がある。
展示車を外から眺めても、
苦労してセダンに見せようとしたようだ。
ユニットの問題やP/Fの問題でカウル位置が高いが、ミニバン的に見えないように
フェンダーガーニッシュにピアノブラック面を挿してバランスを取ったり、
DLOをブラックアウトしてベルトラインをそのままラゲッジドアまで貫いて
セダンらしい長さ感を出している。
分厚くなりがちなRrクオータも跳ねたレリーフを入れて調整した。
これにより、
何とかギリギリセダンだね、と言えるプロポーションを得た。
フロントビューは冷却上空気を吸い込まねばならず、
大きな三角のグリルを配している。
アンダープライオリティというトヨタ流のデザイン処理は他のセダンと共通である。
リアビューは個人的にMIRAIの中では好意的に感じている。
細型のクリアランスランプをリアコンビランプに見せてスマートに
見せておきながら実際のコンビランプは三角のFrグリルに類似した
形状で機能している。
ジュークのような義眼方式だ。
総じて個人的には好きではないが、新しさは感じるし
セダンにも見えるので、デザイナーは難しい仕事を達成したと思う。
●未来的だが煩雑な内装
内装も「わっ」と言う驚きはあるが、かなり
ウニャウニャしたデザインである。
複雑な面ソフトなオーナメントでつないでいるが、
基本的には同じP/Fのオーリスに類似した
絶壁インパネであった。
もう少し優しいデザインの方が個人的には好みだが、未来の車感は一応ある。
シートは合成皮革製のとても未来感あふれる意匠で好感が持てる。
運転席に座ると、
I/Pの圧迫感がすごい。
そびえ立ってる感が大きく、小柄なドライバーは閉塞感を感じるだろう。
フード位置が高いのでインパネも高くなる理屈で
ホンダCR-Zを思い出す閉塞感がある。
(DS3もシートリフターを下げると似たような感覚がある)
ソフトパッドはソフトだが、
表皮が薄く、
先端が金属製の傘など鋭利なものを干渉させると
簡単に破れてしまいそうな感覚があった。
また、中のスポンジの硬度が足りず、
指で押すとすぐに底付きする。
NX200tやアルファードやクラウンも類似の表皮を採用しているが、
同様の悪癖がありソフトパッドの高級感を出し切れていない。
こと表皮に関して言えば
ハリアーの厚いソフトパッドがダントツだ。
ドラポジは少々ステアリング位置のオフセットと傾きが気になるが、
HPが高い為、狂いがちなのかもしれない。
フライングバットレスのセンターコンソールには
プリウス同様のエレクトロマチックが配置してある。
プリウスに乗った事がある人なら十分操作できそうなインターフェースであった。
MIRAIは
空調操作盤が静電パネルになっており、
表示もケータイ譲りのカラー液晶が奢られているが、コレはいただけない。
運転中にエアコン操作をしようとすると、確実に
目線を切る位置関係になっている。
タブレット端末のようなハイテク感は認めるが、
この位置に液晶を安易に置いてしまうのは自動車メーカーらしくない。
テスラのような新興メーカーやgoogleのような新規参入する
ライバルに対するアドバンテージは自動車メーカーゆえのコダワリではないか。
ミリ波レーダーがついているとは言え、もう少し安全に配慮すべきだと思う。
そもそも高いフードのおかげでI/Pアッパーは土地が余っており、
このような場所に空調操作の画面を設置できたのではないか。
●セダンにするための苦労が詰まった後席
MIRAIは国や地方自治体、企業の社用車としてのニーズが大きいため、
セダン型を採用したことは上でも書いた。
MIRAIの後席に座ってみたが
セダンが持つ快適性は無かった。
と言うのも、FCスタックの張り出しが大きく
足元スペースが相当に狭い。
前後席間距離は910mmを誇るが肝心のフラットな足元床面の面積は狭い。
水素タンクの上に座る為、ヒールヒップ段差はまぁまぁ確保されているが、
どうしても床面積は取れなかったようだ。
日産リーフの場合、バッテリーが床下にあるため、
フラットで床面は十分だがヒールヒップ段差が小さく、快適性が低い。
車両パッケージングの構築は立体パズルというがMIRAIの後席に関しては
努力はしているが成立しているとは言いがたい。
特に
普段クラウンやセンチュリーに乗って高級セダンの後席に詳しい
お歴々を乗せるにはあまりにも粗雑な後席といわざるを得ない。
本来はもっとホイールベースを伸ばすべきだったが、
既にクラウンクラスの全長となっており、これ以上は難しかったのだろう。
まだまだ鮮度のあるFCEV
なのでちょっと乗った人が「おおっすごい」と
言わしめるにはまぁまぁ十分と言うことか。
政治家の皆さんは「快適」と笑顔でコメントするMIRAIだが実際に
乗り込んでみるとまだまだ技術的に未熟な部分が散見されることを知ると共に
政治家のセンセイのリップサービスに騙されてはいけないと言うことが身にしみた。
後編へ続く