●要旨
久しぶりの
スギレン企画。
(私がティーンエイジャー時代からお世話になっている
「スギ」さんが愛車を一定期間レンタカーとして
自由に貸してくれる企画である)
箱バンのユーティリティをレジャー指向の顧客に向けて
お化粧直しした
乗用箱バン(矛盾)は
自動車としての走る曲がる止まるはさておき、
4人をきっちり座らせて十分な積載能力があった。
ブラボーAXは当時の目で見ると
十分な豪華装備と
乗用ムードあふれる内装を持ち、
欲張らなければ
マルチパーパスに使える「遊べる軽」である。
旧軽規格ゆえに車体が小さく、
普通車なら躊躇するような路地に
果敢に入り込めるのは痛快ですらあった。
高速道路も通勤で走行したが、横風さえ吹いていなければ
ちゃんと100km/h巡航も可能になっていたのは驚いた。
当時の制限速度の80km/hを守っていれば、
ちょっとした坂でも速度が維持でき相当安楽に走行できた。
休日に家族を乗せて日用品などの買い物に使用した。
市街地をトコトコ走っているシーンが最も輝いていた。
このような軽箱バンのネガが取り払われて
現代のスーパーハイト系ワゴンに繋がっていくのだろう。
●90年時点で普通車に肉薄した軽自動車
軽ワンボックス商用車、いわゆる
軽箱バンは
荷物をA地点からB地点に輸送する自動車の
最小単位として
空間効率MAXで作られている。
この空間効率に目をつけて商用車でありながら
「新しい乗用車の形」のステーションワゴンの様に
豪華な装備を奢ったバンモデルが
80年代以降各社からデビューを果たした。
この流れの起点は間違いなく
商用車をパーソナルカーとして解釈した
スズキ・アルトと言って間違いない。
軽セダンベースのアルトでは4人乗車は難しいが、
フルキャブオーバーが持つ空間効率の高さを活かし、
軽箱バンの豪華仕様が1980年代近傍に各社から発売されるに至る。
1981年 アクティストリート、ハイゼットアトレー
1982年 エブリィ サンバートライ ミニキャブエステート
と矢継ぎ早に箱バンの競合関係が形成された。
上記モデルはバンとの差別化を行い、
メカニズム面でも上級機種には4輪駆動や過給エンジンを与えて
RV的な楽しみ方が出来るようになっており、
部分的に登録車の下位モデルを食うような商品性も与えられていた。
三菱ミニキャブエステートは1984年にフルモデルチェンジを受け、
専用の角目2灯式ヘッドランプが与えられて一気に洗練された。
技術のデパート的な当時の三菱らしくノーマルルーフ、ハイルーフ、
サンルーフ、FR、フルタイム四駆、パートタイム四駆、
シャイレントシャフト付き3気筒E/Gに加えて
スーパーチャージャー仕様の追加などの変更を経て、
ミニキャブエステートは
「ミニキャブブラボー」に名称変更した。
今回の試乗車は軽規格が改定されて
全長が10cm伸び、排気量が660ccの
NewSizeとなった直後の1990年式である。
当時の
旧規格は排気量550cc、3200mm×1400mm×2000mmであった。
新規格では
660cc、3300mm×1400mm×2000mmとなった。
(現在ではこれも旧規格)
ミニキャブは元々旧規格で設計されているが、
バンパーの先にモールをつけて寸法だけ
新規格ギリギリまでサイズアップされている。
フラッグシップモデルとしてとして
スーパーチャージャー付きのブラボーZRが存在するが、
このグレードのみ550ccのまま据え置かれている。
三菱と言えば「フルラインターボ」の言葉が残っている通り
ターボ一辺倒的なイメージがある。
軽乗用車のミニカにはターボを設定しながら、
ミニキャブの様な性格に合わせて
低回転域からグイグイ過給効果を発揮する
スーパーチャージャーをミニキャブ専用に与える
細やかさと贅沢さを持っていた。
ベーシックなNAエンジンには660ccが載る。
軽自動車用としては異例のサイレントシャフトが採用されて
3気筒特有の振動を軽減している点が三菱らしい。
グレード構成は下からブラボーCS、ブラボーAX、ブラボーCXがある。
今回試乗したのはブラボーAXであるが、CXとAXの装備の差は驚くべき事に
荷室のポケットとチルトステアリングとデジタル時計、
ハロゲンヘッドランプだけなのだが、
エアコンはAXには標準でCXには装備されない逆転現象も生じている。
取説の主要装備一覧表を見る限りは
ブラボーAXが最もお買い得に映る。
下位のブラボーCSとAXの装備差は大きく、
バックドアの電磁ロックと集中ドアロック、
AM/FMラジオやエアコン、
12インチフルホイールカバーが装備されており、
上級モデルを食うような装備設定であった。
●何故か洗練された内外装
ブラボーのエクステリアは当時の三菱らしい
クリーンなスタイリングが魅力だ。
普通なら角目2灯式ヘッドライトを用いて
面白みの無いスタイリングになるところだが、
直線的でバランスの取れたスタイリングは
当時のミニカとのファミリーを意識して開発されたのだろう。
面白いのは、ブラボーとバンでは顔つきが異なる。
前者は角型ヘッドライトで後者は丸目ヘッドライトを採用しており、
上下の高さが異なるのだが、ライト下のモールをうまく活用して
顔違いによるヘッドライトを同じフロントマスクに効率的に押し込んでいる。
また、ワイパーピボット付近にブラックアウト塗装を施して
ウインドシールド周りをすっきり見せている点もちょっと背伸びした印象だ。
サイドはさすがに全長が短く軽自動車然としているが
バンパー意匠が当時のギャラン風の
筋肉質なエアロ形状になっている。
自動車のデザインとは面白いもので1984年のデビュー当初の
いかにも80年代的な明るくもクリーンで直線的な意匠だったものが、
丸みを追加したバンパーと2トーンカラーで
キャビンの腰高感の軽減と
(当時の)現代的に見せる効果をもたらしている他、
ホイールアーチの処理も単純に円弧にせずに面白い処理をしている。
インテリアは私が個人的にホロリとしそうになった。
1984年にモデルチェンジした際の
ミニカと共通のインパネが流用されている。
自身が4歳の頃、親が購入したミニカエコノGの印象が強烈に思い起こされる。
風量が大きいと勝手に閉まってしまう空調噴出口、
ガソリンスタンドの伝票を突っ込みまくっていたインパネアッパーボックス、
現代の目では使いにくいステアリングコラム上のハザードスイッチなど
幼稚園時代の懐かしい記憶が甦ってきた。
何を考えているのか自分でも良く分からない時代の私が
Dレンジで走行中、勝手にPに入れてしまい、
この世の終わりみたいな音を立てていたこと、
めちゃくちゃ両親から叱られた記憶もセットで甦った。
●休日のレジャー試乗
運転席に座ってイグニッションキーを捻る。
少しかかりが悪いときはアクセルを少し踏んで助けてやれば
3G83型エンジンが始動する。
アイドル回転は正規位置より少し下目なのか
バランスシャフトが着いているにもかかわらず
ブルブルと振動をしていたが、
少しアクセルを踏むとピタッと振動が止む。
(或いはA/Cを起動させればアイドルアップで快適になる)
フルキャブオーバー故に足元は広いとまでは言えなくとも
実用に耐えうるワークスペースがあるし、脚引き性もまずまずだ。
右から
オルガン式アクセルペダルの横にブレーキペダル、
ステアリングシャフトを跨いでクラッチペダルがあるが
当時の軽セダンやセミキャブの様にアクセルが左に片寄ることもなく、
ペダル配置にも無理は無い。
シートのセンター位置とステアリングはずれているが
かつてのデリカほど酷いとは感じなかったのは車幅の狭さと
センター席乗車を考えなくていいメリットか。
PKBを下ろしてギアを入れてクラッチを繋ぐ。
乗用車と違い上から踏み下ろすような操作ゆえ
半クラ操作に慣れない感覚があったが、
キャブ特有のアクセル操作に対する
俊敏な
レスポンスを活用する事で乗り切った。
「1速はあまり使わないよ」と言うスギレンさんの忠告どおり
定積で坂道発進できるように設定されたと思われる1速は
一瞬で吹け切ってしまう。
普通に発進すると1速10km/h、2速20km/h
・・・というペースで5速50km/hまですぐに到達する。
タコメーターが無いのでネットを駆使して
E/G回転表を作成した。
1速10km/h≒2500rpm
2速20km/h≒3000rpm
3速30km/h≒3300rpm
4速40km/h≒3000rpm
5速50km/h≒3000rpm
基本的に
2500rpm以上回しておけば
十分な駆動力が出ている。
今回試乗した1990年式ミニキャブブラボーは
新規格に対応して3気筒のまま660ccとなったことで、
30ps/4.4kgmだった性能が
38ps/5.3kgmまで向上している。
5速MTのギア比の変更は無いのでそのまま
走行時の余裕駆動力に割り振られている。
そのため一名乗車で日常的な市街地走行をする場合、
動力性能は十分で周囲の流れに追い付くことは可能だ。
一般道の最高速度60km/hまでは十分使える。
ただ、前方で車線がなくなるから加速して車線変更、
という名古屋的な使い方はできず
並走車にブロックされて立ち往生するのが関の山だ。
ちなみにブレーキは
前輪にディスクが奢られ、
ブレーキにもマスターバックが装着されて
板ブレーキ感が無いのはさすがだ。
路面が濡れている状態で前方の信号で強めに制動したところ、
後輪がロックして姿勢が少々乱れた時に、
「ああこの車はムリは利かない」と悟った。
せっかくのミニキャブブラボーなので
家族を乗せて近所の
紡績工場跡地に建った
ショッピングセンターへ向かった。
途中、敢えて自転車で走るとちょうど良い
路地を走った。
2速でチョロチョロ走るこの路地はまだまだ家が建ち並び、
家々には自家用車が駐車されているあたり、
卓越した車両感覚を持った人がたくさん住んでいる地区らしい。
たまにRAV4やデミオで走る際はミラーを見ながら慎重に走るが、
ミニキャブの場合はかなりボディサイズが小さいので余裕がある。
デミオなら360°カメラを使い、RAV4なら迷わず車から降りるような
交差点を曲がる際も
頭を振って一発で曲がることも出来た。
最小回転半径は
3.7mを誇る
ラックアンドピニオン式のステアリングは
勿論ノンパワステなので
パワステに慣れ切った私には重い。
タイヤを回しながらステアリングを切ることが鉄則なので、
半クラで頑張りながら、
腕をプルプルさせてステアリングを回した。
そのまま走り出してしまえばステアリングに重さは感じないが、
やはり軽自動車と言えどもパーキングスピードのノンパワステは重い。
目的地では長い間リクエストされ続けてきた
「人をダメにするクッション」を購入した。
デミオであれば途方にくれる大きさだが
本来は商用車なのでフラットかつ
実用的な荷室が用意されている
ミニキャブブラボーは余裕綽々で飲み込んだ。
パッケージ的に無理する事なく家族で乗れて、
荷室もセダン以上と来れば
動力性能やフルキャブの運転感覚さえ許せば
十分にファーストカーとして使用できる。
買い物を終えて県内を走らせた。
ETCゲートを潜り、高速道路に合流した。
メーターに書かれている速度まで各ギアで引っ張ると、
制限速度の80km/hに達した。
机上計算による回転数は
5000pm弱と
既に常用域を外れ、E/Gの最高出力が出る回転数に近い。
しかし、不思議と3気筒E/Gはスムースで
高回転でも音があまり気にならないのは大したものだ。
2020年の現代では
軽自動車であっても高速道路で
100km/hを出すことが許されるようになった。
アクセルを踏み込むとE/G音が騒がしくなりつつも
100km/hを指示している。
机上計算では6000rpm付近までE/Gが回っているが、
タコメーターが無いので把握しておらず、
精神衛生的にはその方が好ましいとさえ思えた。
この手の軽箱バンは高速道路ではステアリングを
しっかり支えなければどこか
不安になる。
しかしミニキャブブラボーの場合は、80km/hであれば
意外なほど
リラックスして運転が出来た。
あからさまな飛ばし屋が追越し車線に
居なければ
5速のまま追い越し加速も可能なほどだ。
以前試乗させてもらったホンダマチックの
ホンダストリートLから10年分の進化を感じた。
ストリートLの時は80km/hが安定して走れる限界で
100km/hなどと言う領域はちょっとした
度胸試しのレベルだった。
10インチタイヤから12インチにサイズアップしたことも
操縦性向上に貢献しているはずだ。
流れの速い高速道路においてミニキャブブラボーは少々遅い部類だが、
それでも大型トラックと一緒にのんびり走る分には十分な性能があり、
急ぐ人でなければ長距離ドライブも問題ない。
オーナーのスギレンさんも愛知からFSWまで東名高速を走りきっている。
ついでにワゴンらしく
森の中の3桁国道も走らせた。
動力性能・操縦性が問われるこのステージは
最もミニキャブブラボーが
輝けないステージだろう。
RAV4なら余裕で、カローラならツインカムの咆哮を楽しみながら
登るような坂道でミニキャブブラボーは3速全開で着実に道路を噛み締める。
普通車ならドライビングを楽しめる類のワインディングでも
さすがに
家族を乗せた状態ではローギアードなミッションを駆使しても
非力感が出てしまうことはまぁ仕方が無い。
それ以上を望むならスーパーチャージャーという選択肢もある。
ヘアピンカーブが続くような区間ではステアリング操作が忙しい。
乱暴な走りをすれば家族からクレームが届く為、
制限速度域でGを出さないように
ジェントルな走りを心掛けた。
これまた普段は走らないような狭い森林の中の一本道を選んだ。
アスファルトも荒れたアップダウンをミニキャブは軽快ではないが
じっくりとクリアしていく。柔らかめのサスはタイヤの直上に座る
キャブオーバーゆえ揺れは大きいが
ドシンと言う角のあるショックはいなしてくれる。
このあたりはバンではなく
乗用ワゴン的なセッティングが功を奏していた。
窓を開けると森林の心地よい風が車内を満たす。
エアコンが死に掛けており天然の冷風で生き返る思いだった。
●ちょっとした記憶による脳内比較
せっかくなので私の人生の中で運転した
往年の軽箱バンについて簡単に触れておきたい。
1.ハイゼットアトレー
短時間の試乗だった為、
ただ動いてくれただけで感動できた。
ゆっくりは知らせただけで笑顔になれる
牧歌的なまゆげ。
2.アクティストリート
ホンダマチック初体験。
☆レンジに入れた歓びも束の間、
10吋タイヤで全開加速余裕度0の
高速ドライブは手に汗握るスリルだった。
MTだったら違う結果かもしれない。
3.ハイゼットLXターボ
友達が買った俊足ターボ。
箱バンと過給機は相性が良いと痛感。
タコメーターが付いてるだけで気分がノッた。
名阪国道の五月橋~山添の区間で不調になり、
ちょっとした臨死体験をしたのが青春の思い出。
4.ストリートG
同級生がレーシングカートを運ぶ為に乗っていた車。
ATの為本当に坂道で登らなくて何度も怖い思いをした。
内装の垢抜けたセンスと、
E/GがRrアクスル付近にあったので静粛性が高くて感心した。
5.ディアススーパーチャージャー
例の友達が1万円で購入し、数時間後に試乗。
名阪国道の天理~福住までの追い越し車線を
リードできる箱バンとして稀有な動的性能に感動した数十分後、
冷却系トラブルによりE/G死亡。
初めてカローラで牽引を経験した青春の思い出。
6.ミニキャブMiEV
EVになって動力性能は文句なしのレベルだったが、
セミキャブ化による致命的な足元の狭さと
満充電でも給油警告灯点灯レベルの航続距離にどん引き。
近距離主体のルート配送などには適するも、
まだファーストカーとしては使えない。
●まとめ
現在の
軽自動車販売の主流は、
皆さんがご存知の通りスーパーハイト軽だ。
軽自動車の枠内に収めながら
広大な居住空間とスライドドアによる
利便性、
広大な荷室(Rrシート格納時)と
乗用車ライクな乗り味が人気の理由だ。
装備水準ももはや登録車を凌駕するレベルの仕様もあり、
登録車並の販売価格でも購入後の維持費の安さで相殺されて人気を博している。
スーパーハイト軽の起源について考えた時、
私はブラボーやアトレーのような
軽箱バンが思い当たる。
軽箱バンは商用ユースの為に徹底的に積載寸法にこだわった設計と
貨客兼用の為にP/Fを共通化でき、投資を抑えられたかつての
セダンベースのステーションワゴンのような成り立ちだ。
1979年のアルトに端を発する
商用車の乗用者的利活用、
1980年代の
レジャーブームと、
当時普及が進んだ4WDやターボなどの
技術の進化が相乗して乗用箱バン(矛盾)を育んだ。
家族4人が乗車でき、ハッチバック/セダン以上の積載性を誇り、
高速道路も走行することが出来る。
規格の枠内であれば
「何でもアリ」が信条の軽自動車らしく
多少いびつでありながらも、少しでも多くの要素を取り込もうとした姿は
完全に現代の
スーパーハイト軽と通ずるものがある。
この中でもミニキャブブラボーAXは
過給機や四駆などの華々しいメカニズムは持たないが
エアコン、AM/FMチューナー、
集中ドアロックなど
必要な装備は備え、
3気筒バランスシャフト付きエンジンと
5速MTによって
走行性能にも気配りした。
前席のドラポジも少々いびつ、後席の足元スペースも狭い、
38psエンジンの圧倒的な非力さなど、
当時のリッターカーと比較しても
絶対評価では決して高得点は出せないが、
日本独自規格の軽自動車が本来持っている
「軽の枠内でどこまでもやってやろう」という貪欲さが
強く感じられた。
今回も愛車をお貸しいただき、貴重な体験をさせていただいたスギレンさんに感謝。