
#先日のオフ会で乗せていただいたのですが、分量が増えたので別記事にしました。
言わずと知れた日本の名車R32型スカイラインに試乗する機会を得た。ほぼ解説の必要が無いくらい語り尽くされた感のあるモデルだが勿論自分の為にメモを残す。試乗車は主賓であるよっこい氏の家車であるが、1989年式GTS-tの商品化中古車である。
公式プロフィールによるとP'sスペシャルと言うらしい。元々長年のファミリーカーとしての活躍した事によるボディの腐食が問題になっていたが、よっこい氏が修復に動いた結果、非常に美しい状態にオールペンされて帰ってきた。
とぅるっとぅるでテロッテロに輝くボディを参加者全員が嘗め回すように鑑賞した。オールペン直後と言うことで内装トリムが外された貴重なスタイルのため、普段のイベントでは見られないような場所もじっくり観察した。
●スカイライン伝説~昭和の終わりまで
R32型は私が小学校1年生だった1989年にデビューしたが、今よりもスカイラインに対する期待が大きかった時代である。1963年のS54型でポルシェに(ちょっとだけ)勝った事でスカG伝説が始まり、C10型ではスカイラインGT-Rが日本グランプリで52勝をあげて自家用車が一気に普及したモータリゼーションの時代に高性能イメージをしっかりと定着させた。元々のスカイラインはトヨタのコロナや日産のブルーバードと競合するような1500ccクラスの小型車であった。プリンス自動車と日産自動車の合併によってブルーバードは4気筒中心のど真ん中の小型セダン、スカイラインはヤングアットハートな人が乗る小型セダンでその頂には6気筒エンジンが精神的支柱として君臨する、という構図が完成した。
1972年、オイルショックによる停滞期、モータースポーツ活動から一旦距離と置かざるを得ない間、高いブランドイメージを維持しながら若々しさと上質なドライビング体験を両立させたC110型となり、社会現象ともなる大ヒットを記録。同級生のお父さんが免許を取って初めて買った車が中古のケンメリだったり、車に興味の無い母でもケンとメリーのスカイラインを知っているなどとにかくスカイラインはコアなクルマ好き層も、そうで無い一般層からも一目置かれる希有なブランドとなったのである。高性能イメージを裏切らない技術的な裏付けがありながら、一般受けする商品性を両立させて上手に広告を打ったのが素晴らしかった。下記の写真は私の父が誰かのケンメリと撮った写真だ。(ナナハンに乗っていた父のマイカーではないはずだが・・・)
その後はターボE/Gの搭載や4気筒ながら1気筒当り4バルブエンジンの実現をするなど、若者が憧れたハードトップに、中年以上も納得して購入できるセダンの2本柱で日本国内のユーザーと強力な関係性を築き上げたのがスカイラインというブランドであった。1985年のR31型はハイソカーブームに対応して、ソフト化を推進して今までの枠組みを残しながら一気にソフトイメージにシフトした。「柔らかな高性能」「都市工学」という少し難しいキャッチコピーはバブル絶頂期に向かって醸成されつつあったふんわりしたファジーなニュアンスを感じさせたが、スカイラインはお洒落で高性能というイメージからは少し後退するような感覚を市場に与えたことは歴史が証明している。
スカイラインに勝ちたくて仕方が無かった競合車のマークIIは兄弟車と3本の矢で挑むしか無かった訳だが、1981年のGX61型で人気が出始め、1984年にデビューしたGX71型が大ヒット。この勢いに押されて王者スカイラインが彼等の引力の影響を受けたのも無理は無い事情があったが、結果的に王者スカイラインが相手の土俵で戦うと言う自動車業界ではやってはいけない戦い方をしてしまっていた。スカイラインそのものが悪い製品だったわけでは無く王者らしく、スポーティもラグジュアリーも両立させた解を持っていたのに、商品としての色調は明らかに競合に寄ってしまい、その色調を得意としていた競合との戦いを厳しい状況にしてしまったのである。
●高性能スポーツセダンへ急旋回
R32型スカイラインはこうした歴史を背景にして「運動性能」にこだわったクルマ作りをやり遂げた。スカイラインが持つハードなスポーティイメージを磨いた。ボディサイズを小型化するだけで無く立派さに寄与する角張ったオーバーハングを削り、動物の筋肉の様に彫り深く立体感のある彫刻感のあるスタイリングに生まれ変わった。
ノーマル車のフロントマスクはツルンとした薄いヘッドライトとグリルレススタイルでクールな鉄仮面の90年代版という趣であるのに対してP'sスペシャルはGT-Rのアルミフードと左右ヘッドランプ間も冷却のためのグリルが取付けられており、ノーマル車よりワイルドな雰囲気が出ている。平面視方向で見るとノーズはV字カットされてコーナーハングを削って軽快感を出しつつもRB型6気筒E/Gを納めるためのスペースも確保されている。
Frフェンダー後はフェンダー頂点から弦巻線のように後方へ向かってキャラクターラインが引かれ、サーフィンライン調のブリスター形状を形成しているのも面白い。その線より下は平面的だが、空力的にはタイヤからの流れ出るエアを整流しているのでは?と思われる意味ありげな平面がドアに繋がっている。(フェンダー後縁に気流を乱さぬよう大きめのRが取られている点も要注目)
R32型スカイラインは当時のトレンドと比べるとウエッジシェイプが強いがそのバランスを取るようにドア下にはサイドプロテクションモールのようなレリーフが入れてあるのが面白い。形状的には明らかにモールなのに一切サイドをプロテクションしないモール形状の板金部品なのである。2023年現在になると車幅1800mmでもコンパクトと主張する新車もサイドプロテクションモール無しなのだから小型車枠に入るR32型スカイラインで困ることは無いのだろうが。
ルーフはAピラー上端を頂点に緩やかに絞り込まれてここでも空力を意識した処理が施されている。サッシュレスドアのピラードハードトップなのでドアサッシがない分ルーフを薄く出来てスポーティさを強調している。そのままラゲージへ繋がっている。セダンは空力的にはハイデッキにすることが定石だ。現代の「はらぺこあ●むし」の様な自称セダン達もルーフから気流を剥がさないようにボディ後端まで流線を引くことで大きな渦の発生を抑えている。
R32型スカイラインも同じようにハイデッキなのだが不思議とそう見えない。これはRrエンドの肩を大きくそぎ落とす処理の効果で大きく見えないからだろう。
トランク容量とのせめぎ合いでここはどうしても大きくしないはずなのに、潔く切り捨てている。加えて、側面視で見るとRrガラスが大きく湾曲していてガラス面としては斜度をつけているのにクオーターピラー部分は乗降性に関わるRrドア部分で立たせてガラス側は寝かせることでエレガントさと空力を意識。またフェンダーとクオーターとフェンダーのつながりを遮断してラゲージの流れをベルトラインと繋げることで空力を意識したハイデッキスタイルで、Rrオーバーハングを70mm削って運動性能を追求しながらもセダンらしい佇まいを確保しているのだ。(この代償は281Lという現代のBセグ並みのトランク容量に現われている)
真後ろから見ると伝統の丸形テールがあるのでスカイラインとすぐに分かるが、
ケンメリ以降の丸テールを観察すると垂直平面で切り落としたようなテールエンドが続いていたのだがR32型では曲面的な面の中に小径同心円テールを当てはめている。それまでの豪華絢爛だったり従来のTIシリーズとの棲み分けも考えたデザインから解放されマッシブでスポーツ感覚あふれるエクステリアデザインとなった。実車を見ると自然に笑みがこぼれてくる。5ナンバー枠の中でここまで濃厚でエネルギッシュなデザインが実現出来るのだと再認識した。
フードを開けると、RB20DETが鎮座していた。税制上、一般人感覚でのフラッグシップエンジンである2リッター直列6気筒24バルブエンジンターボは過給圧を570mmHg→620mmHgに昇圧して215ps/6400rpm、27.0kgm/3200rpmというハイパワーを発揮。
摩擦低減のために玉軸受を採用したタービン(世界初)、エアクリからインテークポートの間で流速を高めて燃焼室へ慣性をつかって吸気を送り込むAD(エアロダイナミック)ポートなど当時の技術が惜しみなく投入されている。恐らく仮想敵としてGX81マークIIGTツインターボ(210ps)に打ち勝つための+5psであろう。
E/G放射音を吸音するフードインシュレーターにはSKYLINEロゴがエンボス加工されている。そういう洒落っ気だけでなく、部品端末が綺麗に処理されて内部の構造が見えなくなっている点は素晴らしい。見られる事を意識したE/Gルームだと考えて良い。
ただ、見た目だけに気をつけたE/Gルームでは無い。サスタワー後からスティフナプレートを追加してカウルと繋いでいる事に気づいた。一般的な車だとサスタワー後は例えば私のRAV4だと補機バッテリーをそこに置くなどしてスペースを有効活用しているのだが、R32型スカイラインは板を配置して走行中のサス入力でサスタワーが大きく前後に動く事を抑えようとしている。
驚いたのはそのスティフナプレートの溶接方法がプラグ溶接なのである。一瞬、事故車か?と思ってネット検索したところBNR32型スカイラインGT-Rの
レストアをされている方の写真を拝見してプラグ溶接が正しいことを確認した。
プラグ溶接は予め片側に穴を開けた溶接側プレートを被溶接側プレートにセットした後、アーク溶接で溶けた鉄を流し込んで穴を塞ぐ(プラグ)ことで接合する手法である。
量産の世界ではアーク溶接は条件出しが難しく場合によっては人の手による工程になるケースもある。
スカイラインのように月産目標1.2万台クラスの量産車でプラグ溶接を使うと判断は非常に難しい事なのだが、それをやってのけているのは驚異的に感じる。スポット溶接は設備さえ入れば自動化に向いており、品質も安定するためスポット溶接を優先的に採用すること自体は悪では無い。
ついでに言えば端末部は曲げフランジが立ててある。スペース的に上下方向の余裕がないのでW軸中心の曲げに対してペラペラなため、フランジを立てて曲げ剛性を付与し、副次的に洗車拭き上げ時の切創など危害感に配慮されている。(もっともここに入る入力はL軸平行の力なので引張圧縮で使っているはずだ)
R32型スカイラインは恐らくこの狭いスペースにスティフナープレートを押し込むために無理矢理プラグ溶接でぶっ込んだという感じがある。レイアウト担当からするとデッドスペースを作りたくないし、ボディ設計も面倒な部品が増える。生産技術者は困難なプラグ溶接を量産で実施し品質を担保しなければならない。
「ホントにこんな板切れが必要なのか?」「プラグ溶接でちゃんと着くのか?」
「もっと効率が良い対策が有るんじゃ無いのか」「現場の苦労を考えろ」などなどきっと幾多の不平不満いちゃもんが寄せられたであろうが、操縦安定性担当者は鋼の意志でこのブレースを守ったのかなぁ、なんて勝手に想像してしまった。
ちなみに当日の参加車にC34ローレルが居たので同箇所を比較すると、サスタワーとの打点はスポット溶接に置き換わっており、生産性改善の為に改良が加えられてきた歴史も確認することが出来た。同じ性能を維持しながら生産性・品質確保をすることこそが改善である。些細なスティフナプレートだが、こんなところにも901活動の魂があるのかも。
溶接技術関連でもう一点、オールペン後のトリムレスでやって来たR32型のサイドドアオープニングフランジが非常に短い事に気づいた。写真を見て貰えば分かるが、およそ12mm程度しかフランジが無い。
写真から見たナゲット径は7~8mm程度なのでかなり溶接位置の精度が高くないとフランジからはみ出しかねない。それどころかガンがボディに干渉したり、それを嫌がってフランジ先端に外れればスパッタが飛んでナゲット形成が悪くなる。恐らく専用の細い溶接ガンで打点を打っているのか位置決め精度を高めているのだろう。
これによってスカイラインのドア開口が維持されて乗降性が確保されている。「ばらつくからフランジを大きくして」と言われるがまま数mm譲るだけで恐らくR32型スカイラインの乗降性は急速に悪化するだろう。それくらいギリギリの線でサイドドアオープニングフランジが決められている。(そもそもサイドドアオープニングフランジを決める事は設計の初歩の初歩の段階から綿密に調整されて完成する)部品配置、衝突性能、乗降性など多数の制約条件を守ったり攻めたりしながら作り上げている事が分かる。
当時の開発社がベストカーWebで語った記事によれば、この時代のFRセダンは群開発をしていたという。
“新感覚スタイリッシュ優先のA31型初代セフィーロには「クラス平均の室内&トランク空間と新しいクーペ型フルドア構造の4枚ドア」。
C33型ローレルには「ゆとりサイズの室内&トランク空間と流行りの完全サッシュレス4ドアハードトップ」。
そしてR32型スカイラインには「箱根まで若者4人が乗れるサニーサイズの室内空間とシルビアサイズのトランク」
という当時の6気筒エンジン搭載車クラスで最も狭い居室&トランクと、セドリック並みの大きくて力強いエンジンルームという組み合わせを採用したのです。”
私だったら、既存の顧客の反発が心配でセフィーロとスカイラインの性格を入れ替えてしまうところだが、それを頑なにやらずに押し切った頑固さが
純スポーツセダンとなったR32型スカイラインの「らしさ」なのである。
●耐えられなくなり試乗
もうどうにもこうにも乗りたくなってしまってオーナーの許可を得て運転席に乗り込んだ。
ドラポジを合わせてみるが、スカイラインという当時の車格を考えるとかなりタイトである。以前試乗した競合車のマークIIは広々していないが狭くもないというレベルだが、スカイライン場合、乗り手のプロポーションを選ぶレベルでタイトだ。例えばセリカとかカリーナEDの様なスペシャルティカーの乗車感覚に近い。あの凝縮感のある美しいエクステリアデザインはキャビンの方向性がスペシャルティ的にシフトしたことで実現されていたのである。
ペダル位置合わせでシートをスライドし、0点が水平の針メーターが見えるようステアリング位置を調整し、ステアリング操作に支障が無いレベルでシートバックを寝かせ気味にするとキャビンが身体にフィットする。全高は下げられているが、ヒップポイントも下げられて重心に近い位置で挙動が感じられるようになっており、過剰な広さを求めずに着る感じにしてある点は結果的にはこのクルマの欠点として挙げられることが多かった。
インパルと書かれたステアリングはノンオリジナルだがイメージリーダーのGTS-tタイプM用のステアリングも小径で真円形状となっている。小振りなステアリングを握り腋を締めると、運転姿勢が整った。狭いと評されるこのモデルだが、企画当時は大ヒットしたカリーナEDの快進撃も見ていただろうから理由さえあればキャビンがタイトなモデルでも市場は受け入れると賭けに出たのだろう。
センターコンソールのエアコンはフルオートエアコンでMOP品(電子制御アクティブフルオートエアコン)が装着されている。がこのスイッチが私の親が所有していたバネットセレナFGのオートエアコンと一緒だったのが懐かしい。
E/Gをかけて1速に入れてクラッチを繋いだ瞬間、私はこのクルマが好きになった。一般道に出て市街地走行を試したが、2000ccという事を考えると少し線が細めだがMT故に必要十分なトルクを出すようなシーンでもスムースで操作系にクセがなく運転操作が楽しいエクササイズのようにすら感じられる。
長い上り坂があったので踏み込んでみるとブースト計の針がグッと動きトルクがググッと立ち上がるこの一瞬のすっきり感は癖になりそうだ。近所に買い物に行くだけでも運転操作が楽しくなるのはR32型スカイラインの持つ魔力である。
気持ちよく駐車場に戻ったが、夕暮れ時にモデラーN氏同乗でR32をおかわりしてしまった。(様な気がする)
1速でレッドゾーン付近まで淀みなくタコメーターの針が駆け上がる。もちろんブースト計は700mmHgの少し下を指していた。シフトアップしても印象は同じで嫌な騒音や振動が小さいのにとにかくドラマチックにパワーが湧き出してきた。215psという今では特に珍しくもないスペックだが、アクセルペダル操作に呼応して気持ちいい音と同期して加速する行為は本当に楽しい。車重は1290kgと現代目線では軽いので必要十分な刺激をRB20DETから受け取ることが出来る。
コーナーに差し掛かると、更に面白い。結論を言えば操縦安定性がとんでもなく良い。じわりと切り始めて舵角を決めて維持して立ち上がりで加速、という動作の中で曲がりすぎて切り戻したり途中で切り足したりする必要が無くビシッとラインが決まる。私の粗末な技能なら尚更それがよく分かる。機敏で切ったらグイグイ曲がる味付けでも切れすぎると困るし、逆も安定感はあっても気持ちよくない。R32型スカイラインは最初の「じわり」もクルマがスッと反応してくれ、そこから切り込んでいくと適度な手応え感と共にコーナーを曲がってくれるが、意地悪的に舵を切り足してもまだまだ行けるという感じの横Gが出る。
実は試乗車のP'sスペシャルにはGT-R用のアルミ合金製ボンネットが装着されており質量は11kgも低減されているという。鉄製フードと比較したわけではないが、重心から離れた位置にある重い6気筒E/Gを積んでいる弱点の緩和に対して一定の効果を上げているだろう。
語り尽くされた感のある驚異のハンドリングを34年遅れで私も味わうことが出来た。この感覚、今まで乗ったことのあるたくさんの自動車の中でもトップクラスの味わいである。私は、すっかりR32型スカイラインの虜になったようである。日が沈み、そろそろ・・・・というタイミングで私は3度目のお代わりをしてしまう。(・・・様な気がする)
先程走ったコースを、もう少しペースを上げて走らせてみた。ブースト計が立ち上がって車速が上がりシフトアップ。あっという間に景色が流れ始める。コーナー手前でアクセルオフによって前輪に荷重を乗せてステアリングを切る。次のコーナーを見定めて滑らかにラインをトレースしていくが、車幅1.7m以下の小型車枠なので限られた車線内のライン取りが非常に簡単でキャッツアイがあっても神経質になる必要が無い。急コーナー直前で強い制動をかけてもリニアに減速Gが立ち上がって決して不安な気持ちにさせないのもスカイラインの高性能を物語っている。コーナリングで軽くブレーキを使ってしっかり前輪に荷重をかけステアリングを操作し、外側のタイヤにGを乗せながら旋回させる。姿勢は一切ブレないのでスキーのカービングターンのような気持ちよさがある。こんな風にスカイラインは加速-減速-旋回-加速とリズミカルに道路上を駆け抜ける。舵角が一発で決まって慌ただしくならないので私のような下手くそでも落ち着いて運転に専念できるから、必要なら一層レベルを上げて速く走らせる事が出来るはずだ。まるで新雪の山肌をにシュプールを描くように走らせる事ができる。当然タイヤが鳴くわけでもなくグリップ範囲内でスカイラインの手の内で遊ばれているだけである。もう少し、ブレーキの補足をすると、感動を与える制動力とまでは言わないが、私が運転した限り、自信のAE92カローラ(ノーマル状態)をはじめとする当時のダストを嫌った一般的なブレーキと比べれば遙かに効きが良い。特に、踏力でしっかり効きが調整できる点が評価できる。GTS-tタイプMやGTS-4にはアルミキャリパー対抗ディスクブレーキが備わるのが試乗車は標準仕様であること考えれば決して「さ、行ってこい」式では無い充分な効きを確保している言える。
実はR32型スカイラインの上級車種にはスーパーHICAS(ハイキャス)と言う機構が備わっている。これは後輪操舵の一種で最小回転半径を稼ぐ目的ではなく走行安定性確保に主眼を置いた機構となっている。コーナリング開始時に逆相で後輪を操舵することで旋回のきっかけとなるヨーを発生させ、そこから後輪を同相曲げることで安定感のある旋回を実現するが、ステアリングの舵角・操舵角速度・操舵角加速度と車速いう複数の要素によって同相や逆相を切り替えている。上述の動きは中速度の大きめの操舵時を記載している。低速時は一般的な2WS(前輪操舵)で違和感なく、高速時は後輪同相操舵で前輪だけに頼らないコーナリング・レーンチェンジを実現した。当時の最先端の4輪マルチリンクサス、スーパーHICASやビスカスLSDなど当時の日産が投資した操縦安定性に対する研究開発の果実が試乗しただけで味わうことが出来た。
人工的なデバイスが介在しているのにその走りはあくまでも人間の感性に寄り添っているのは正しい技術の使い方だ。技術がどんどん進歩しても、技術の使い方がセンスに依存することは変わらない。素晴らしいセンスを楽しませていただいた。
●R32以後のスカイライン
走らせるとピカイチのR32型だが「これぞスカイラインだ!」と市場で全面的に受け止められたかというと実は違うことを歴史が証明している。スカイラインはブランドとしての歴史が長く、保有母体が多い。だからこそスカイラインが持っているスポーティな側面だけにフォーカスしたR32型は走りを愛する人たちには必ずや満足感を与えたと思う。一方でセンスのある上級小型車としてスカイラインを乗り継いだ人たちにとっては、急にキャビンが狭くなってラゲージが小さくなった事で「これは“私”のスカイラインではない」と判断されてしまった。
ありがちな自動車評では「ハイソカーになったR31が失敗して、ピュアなR32で盛り返したが、バブルの遺産R33で中年太りした」という類のものがある。しかし、R33型がボディサイズを拡大してユーティリティ面を何とかしようとしたのは、R32型の商業的な不振を反省したものであると言えよう。沢山の人に乗ってもらうスカイラインにするためには、ユーティリティ面を割り切りすぎた。
以後、3ナンバーになったスカイラインはどこかGT-Rのベース車という扱いが続いたのだが、V35型でV6を積んだ革新を行い国際派セダンに返り咲いた。2023年現在もなんとか日産の国内市場唯一のセダンとしてラインナップされているが、これは意地で残しているに過ぎず、いつ廃止されてもおかしくない風前の灯火である。マークIIがあんなことになり、クラウンもああいうことになった。スカイライン廃止だとかスカイラインはBEVのSUVになる、などという報道も出てくる。フェアレディZは世界的なファンが居るがスカイラインは日本国内でのカリスマ性はあれど世界的にはインフィニティのセダンに過ぎず、優先度は低いだろう。
昭和のスカイラインはR34できっちりとユーザーにお別れを告げている。V35以降の国際派セダン路線はV37で終わってしまうのか。それならばもう一作だけ、空調の不具合が出ないV38、あるいはRV37(BEVとガソリン車の二本立て)を世に出して日産のど真ん中セダンの最後の輝きを見せてほしい。今のレクサスISは最後の力を振り絞っている感じが伝わってくる。スカイラインはセダンのど真ん中を狙わないと行けない。FF由来を誤魔化すように4WD化し、6ライトのトランクの存在感がないスタイルや、セダンでありながらSUVの良さを・・・と言う歪な方向には行かない方が良いことは、既に歴史が証明している。
●まとめ
R32型スカイラインが絶妙な部分は「十分以上に速い」のに「速過ぎない」点である。周囲環境が許せば瞬間的に床まで踏み切れるRB20DET型の動力性能に対して「もっと行けるかも?」と思えるハイレベルのコーナリング性能、安心して踏めるブレーキ性能バランス良く調整されているので、過不足がなく楽しさが安全に楽しめるのである。当時なら、「これ以上のスリルはアテーサE-TSを搭載したGT-Rでどうぞ」という明確なメッセージに説得力を感じるだろう。
「操縦安定性が高いクルマは安全だ」という主張を目にしたことがある。個人的には懐疑的に思っていたがR32型スカイラインを体験して妙に納得した。速度が出ていても運転操作の手数が少なく、余裕時間が生まれるのでスカイラインの性能を確かめることが決して度胸試しにならない。
直線で速いだけの車、コーナリングが速いけど神経質な車とは違ってR32型スカイラインは安定してねっとりと路面とコンタクトし続けるのだから、これは確かに安全である。
・・・というわけで思う存分堪能させていただいてR32型スカイラインが名車と呼ばれる理由を実感できた。プレスリリースの「スポーティなスタイルと高質な走りを追求した高性能スポーツセダン」というコピーに偽りのない狙い通りの車になっていた。この車のスポーティさは誰が乗っても分かるだろうし、例え、R32型スカイラインが肌に合わなくて嫌いな人でも、乗れば「運動性能に優れている」と認めざるを得ない(≠好かれる)出来栄えだろう。今回の試乗で多くの人がこの車を褒め称えている理由と、重大な欠点として指摘している点がよく分かった。
個人的には自分が所有するAE92カローラの官能的な高回転型エンジンとキビキビ曲がりたがる性格とカローラが持つ実用性に満足しているが、R32型スカイラインはそのすべてを凌駕する上位互換であると感じた。「こいつには敵わない」きっとこの車を所有すればもっと運転が上手くなりそうだ、という予感がする。居住性は特に広くないカローラを認めている以上、R32型スカイラインが認められないという事にはならない。十分耐えられる。あの走りの代償がコレなら許さざるを得ないのではないかとも思えてくる。
素晴らしい車を心行くまで運転させてもらい感謝。この日はよく眠れた。