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イイね!
2018年07月11日

シリーズ《この人に逢いたい》は生きているぞ!

シリーズ《この人に逢いたい》は生きているぞ! 消えた『A・セナの命日にめぐり逢えた
《あの時代》』との不思議な連環〜



《この人に逢いたい》という「ブログカテゴリ」で、これまで5人のビッグに登場を願っている。

 第1回目はノンフィクション作家の佐野眞一さん。お目にかかったのは2011年7月3日。佐野さんの講演があるから聴きに来ないか、と「日向読書会」から誘いを受け、開業の迫っていたスカイツリーの真下にある代表的な東京下町の一つ、東向島の図書館まで赴いている。

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 講演のテーマは東日本大震災後の日本人の生き方。東電のもつ「隠ぺい体質」を本当に暴けるのは、大文字の論評ではなく、たとえば原発から1キロと離れていない地点にあるほうれん草農家を探し当てることからはじまる小文字のノンフィクションレポートではなかろうか、という取り組み方に同感した。

 当時の佐野さんは『週刊ポスト』でソフトバンクの社長・孫正義の生き様ドキュメントを連載している注目の書き手だった。彼のルーツについても、佐野さんは徹底的に取材する。韓国の大邱(テグ)まで足を伸ばす。そこまで御存知なら、と孫正義も笑顔で認め、むしろ積極的に取材に応じるようになったという。

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  講演会が終わると、近くの蕎麦屋の二階で『佐野さんを囲む会』があるというので、そちらへ移動。出席者は25人ほどにしぼられていた。幸い、佐野さんの隣りにわたしの席が設けられていて、彼の単行本のタイトルのつけ方や、共通の友人の近況など、結構、踏み込んだ話をすることができた記憶がある。

  彼の好きな言葉は、宮本常一の「記憶に残ったものだけが、記録にとどめられる」を言い換えて「記録にとどめられるものしか、記憶にのこらない」と。……いい仕事を積み重ねている人に逢いに行くシリーズ。その始まりであった。(詳しくは、こちらを参照に)

●ノンフィクション作家 佐野眞一さん
https://minkara.carview.co.jp/userid/1135053/blog/23029597/

その4日後は「七夕祭りの日」だった。逢いたい人に、逢いに行く。その第2回目に選んだ人との約束の時間には、まだ20分ほどある。

  改装工事中の歌舞伎座を横目でみながら東銀座をめざす。電通別館を過ぎると「銀だこ」。ここのたこ焼きと鯛焼は、通りがかるときにはかならず買ってゆくのだが、この日は残念ながら、パス。そのかわり、その地点から携帯電話で、訪問先に確認の連絡を入れる。

  1Fにうなぎ屋さんのあるビジネスビルの6F。エレベーターが停まると、もうそこは訪問する事務所の入り口だった。声をかけ、ドアを開けると、こちらを振り向く男性。片山右京君の陽焼けしてひきしまった顔がそこにあり、それがぱっと笑顔に変わる。

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 そんな、心を弾ませ、足取りも軽いイントロ部分があって、『片山右京・不死鳥伝説の美学』を書き上げている。

  その頃の右京君は、2009年暮れ、富士登山の訓練中に遭難し、同行した友人二人を失い、以後、活動を休止するという失意の状況に追い込まれていた地点から、再び新しい挑戦のテーマを設定して、翔び立とうとしているところであった。
いや、片山右京は確実に蘇っていた。未来を担う子供たちから「ほんものの元気を引き出す」チャレンジスクール、自転車レース参戦、モータースポーツでの新しいスタイルによる活動(スーパーGT)など……。

 別れ際、右京君から嬉しい誘いの言葉が……。
「今度の菅生に来てくださいよ」

  そうだ、ご無沙汰したままの菅生へいこう! 右京君がスポーティングデレクタ―をつとめる「グッドスマイルレーシング」は、さきごろのマレーシア・セパンサーキットでのGT300クラスで優勝したばかり、つまり凱旋レースをどう闘うのか、ぜひ、見てみたいし、何よりもエースドライバーの谷口信輝君は、ガンさんの「ドラテク特訓道場・中山サーキット編」で、一躍注目を集めたべスモ卒業生。加えて、「初音ミク」をあしらった痛車デザインのマシン、個人スポンサー制度など、この目で「新しい風」を確かめたい。

  当然、7月31日の菅生を観戦するために、その前日、わたしはプログレを駆って東北自動車道を北上していた。

●片山右京・不死鳥伝説の美学
https://minkara.carview.co.jp/userid/1135053/blog/23082768/

  ☆    ☆         ☆         ☆

  それから2年後の7月10日、3人目の「この人に逢いたい」に登場するのが、女優の長谷直美さんだった。《『美女と野獣の凸凹コンビ』30年ぶりのデート》と題して……。

 なぜ、そんな嬉しい時間がやってきたのか。説明の要があるだろう。ことの起こりは「みんカラ」にあった。およそ2年前の8月14日付けのBLOGで《「新・編さん」の茨の道》の第2回として『雨中の激走! 美女と野獣の凸凹コンビ』というレース挑戦にひきずり込まれてゆくレポートを紹介しているが、その時の伴走者として、当時、眩しい青春のシンボルだった長谷直美さんを起用。なかよく「日産レーシングスクール」を受講したものだった。

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 その翌年、凸凹コンビは日産レーシングスクールをそろって修了し、それぞれのカテゴリーからレースデビュー。とくに直美さんは、日産がラングレーのレ―シング仕様でレディース軍団「チーム・エンジェル」を結成した際に、専属ドライバーの一人に抜擢され、スポットライトを眩しく浴びたものだが、あれから30年近く経って、いまはどうしているのだろうか。聞くところによれば、幼馴染と結婚してフランスに住み、ルマン24時間レースのどこかのチームの広報担当として活躍しているらしい。1956年生まれか。逢いに行きたい人の候補としてリストアップしておこう……などと、フレッシュマンレース時代のエピソードにかこつけて、ひそかにラブコールを謳いあげていたものだ。

 それがなんと、つい一月前に、わたし宛にこんなメッセージが、みんカラBLOGを通して届けられた。

——ご無沙汰です。長谷直美です。
大変ご無沙汰しています。お元気のご様子、何よりです。こちらはいろいろあって、長い外国暮らしから、昨年日本に帰ってきました。正岡さんのブログ、時々拝見しています。先だっては懐かしい頃のお話を書いていただき、ありがとうございました。今日は、実はお願いがあり、思いきってメッセージさせて頂きます。正岡さんとモータスポーツを楽しんでいた頃の、私の写真がありましたら、お借りできないでしょうか? TBSの番組内で使用させて頂きたく、お願いメッセージしました。これを機会に、またよろしくおねがいします。
                            直美

そこで7月9日の暑い午後、有楽町で待ち合わせたわけである。

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そのあたりの微妙な息遣いは「こちら」からどうぞ。
https://minkara.carview.co.jp/userid/1135053/blog/30553806/

 そして第4回目は、いまは亡き徳大寺有恒さんである。足取りのしっかりした徳さんの姿は、この時が最後だったような気がする。

 
『2014年版 間違いだらけのクルマ選び』&NAVI CARS vol.10 巻頭特集「徳大寺有恒、という生き方。」刊行記念トークイベント+サイン会が代官山蔦屋で催行され、その開幕前に「ちょっと一服」と前置きしてあるが、すでに徳さんの影は薄かった。

●『徳大寺有恒、という生き方。』ドラマの共演者たち
https://minkara.carview.co.jp/userid/1135053/blog/32270393/

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 お読みいただくなら、その1ヶ月前に、代官山蔦屋でのトークショーの予告をかねて、久しぶりに用賀まで逢いいに行った日の「徳さん」がいい。

●もう一度、徳さんと一緒に仕事がしたくなった!
https://minkara.carview.co.jp/userid/1135053/blog/32178147/

 そして、第5回。TOYOTAの豊田章男社長から2017年のルマン24時間耐久レースで、ポルシェの後塵を拝する結果に終わったことを詫びるコメントがメールで届いた。
一読、胸が熱くなった。ここまでモータースポーツの本質を理解され、すでにそれが血となり肉となっている61歳のメッセージであった。そこで、そのまま、そっくり、手を加えずに「みんカラ仲間」にお届けたもので、こちらがインタビューした訳でもない。だから、このカテゴリーには馴染まない。

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   したがって、これから仕上げようとしている『この人に逢いたい』は、正確には第5回に当たるのだが、困ったことに、ゲストはお二人。さて、どうしたものか……というところで、やっと「7月4日12:00」に予告しておいた「何シテル?」に繋がったわけである。

——梅雨明けというのに、空は厚い雲がのさばったまま。風も強い。が、この日の夕刻は楽しみが待っている。富士スピードウェイで同時代のモータースポーツ・ライフを共有した男3人でお喋りを。どんな話が俎上に載るか。石臼挽きの自家製手打ち蕎麦、庭の盆栽が評判のこの店で。徳大寺さんも好きだったな。

 元「オートスポーツ」編集長の熊谷睦さんと、ひたすら富士フレッシュマンを撮り続けたアマチュアカメラマン、安川肇さんと、徳さんの好きだった荻窪の 『本むら庵』に集合し、あの時代の魅力や裏話、今だから話せる特ダネものを、この際公開し合おうじゃないか、という趣向であった。

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  いそいそと約束の15分前には駐車場着。で、お店の暖簾をかきわけて案内を乞うと、すでに熊谷君が席についていて、こちらに会釈を送ってくるではないか。軽快なポロシャツ姿。久しぶりに顔を合わせるクマさん。やっぱり若いや。と、感心していると、背後に人の気配。振り向くと、そこにはトレードマークの、背広にピシッとネクタイを締め込んだ安川さんの柔らかい笑顔があるではないか。

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  さて、この組み合わせがここにやって来るまでの舞台裏を、次回にはぜひまとめ上げたいものだが、そのきっかけは5月22日に《不思議なこともあるもんだ!!》として、その2週間ぶりに開いたわがPCを襲った大異変、『A・セナの命日にめぐり逢えた《あの時代》』がすっぽりと抜けていたあの日に立戻らなければならない……。     
                                                                                      (以下、次回の更新へ)

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ブログ一覧 | 富士フレッシュマン・あの時代 | 日記
Posted at 2018/07/11 23:32:07

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この記事へのコメント

2018年7月12日 7:48
虚しい・・。
本当に・・。報われない。これで良いのだろうか・・。
制服を着て日の丸を守る努力は何だったのか・・。
https://minkara.carview.co.jp/userid/2587122/blog/41711263/
コメントへの返答
2018年7月15日 22:10
暑中御見舞いいたします。独特の情報チェック、お見事です。いつも、多謝。

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