本日は、マツダが操業100周年を迎えた日です。
今年も、色々なイベントで盛り上がって行けると思うと楽しみですね(^^)
100周年と言うと簡単に聞こえてしまいますが、企業努力の積み重ねの結果だと思います。広島の基盤を支えながら、独自カラーを追い求めている姿が、いつになってもファンであることには変わりはありません。
私がマツダを知ったのは、幼い頃に広島市内や海田で見掛けた商用車でした。
まだ、マツダと言う認識も無く、偶然に見掛けた程度でした。
その後は、小学生の頃にマツダ本社工場勤務の方が近くに住んでいたのですが、自宅の前に停まっていたのが、ファミリアクーペ。流麗なリアスタイルがちょっと気になった程度でした。
その後、びっくり目玉のトラックが気になりながら・・・
帰って来たウルトラマンで見た「あの車」が強烈に記憶に残りました。
子供心に、宇宙船の様な車だなぁ~と憧れたものです。
後から、コスモスポーツと言うことを知った時に、マツダの車であったことが何だか嬉しかったのを覚えています。
その頃になると、ワイルドクーペも気になりましたね~
まだまだ、漠然とマツダ車を見ていた子供時代でした。
父親の仕事の関係で、東京に引っ越したのが、中学生だったか。
少し、車に興味を失いかけていた私に、強烈なスタイルで目を奪った車が登場しました。
確か、夕刊の広告に載っていたんだと思います。
リトラクタブルライトが日本の車でもあるんだ・・・、フロントミッドシップを言う言葉を初めて覚えたのも、サバンナRX-7でしたね。
それから、高校生から大学生になる頃に、突如としてブームになった真っ赤なファミリア。くるくる回すサンルーフとプレーンなスタイルに憧れましたが、当時は新車を買えるのは無理だったな~
その後に、社会人となり、仕事に時間を奪われてしまった時期もあったり、他チャンネル化で、ラインナップが複雑になった事もあり、興味が薄れてしまったのも事実。一時は、ブランドが消えてしまうことも心配したな。
でも、結婚直前に初めて新車購入したのがルーチェ。
他メーカーと迷ったけど、ハンドルを握って中央道を走った時は、「やっぱり良かったな」と実感したものだ。
家族が増えた30代になると、驚きの1台に遭遇。
こんな量産車が他に無いよな。
マツダと共に、今年で40年。
マツダの100周年のうち、半分弱を共に過ごして来たんだな(^^)
そして、最後に忘れられないのが、ユーノス・ロードスター。
この車を試乗してから、車に対する考え方が変わった。
どんな機能や装備よりも、「気持ち良さ」に感動した1台で、今の愛車との出会いは、この車があったからこそ。
後何年、ハンドルを握れるのか分からないけれど、まだまだ、マツダ車と共に人生を楽しく豊かにして行きたい。
そのためにも、150周年、200周年と続けて頂きたいと思っています。
最後に一言、100周年おめでとうございます(^^)/
Posted at 2020/01/30 07:59:47 | |
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