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norinori880のブログ一覧

2026年03月30日 イイね!

宮崎県西諸県郡高原町 狭野神社

宮崎県西諸県郡高原町 狭野神社皇子原公園から少し下ると狭野神社があります

疲れてるので、西参道から入りました

御祭神
初代天皇 神武天皇 (ご幼名 狭野尊)

創立年月日 第五代孝昭天皇の御代

配祀
吾平津姫命(あびらつひめのみこと)
天津日高日子番能邇邇芸尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)
木華開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)
豊玉姫命(とよたまひめのみこと)
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)
玉依姫命(たまよりひめのみこと)

日向三代と配偶者ですね

更に境内摂末社に9柱

初めて入りましたが、やたらな規模です

巨大杉が良くニュースになっていましたが、とんでもなく大きい

遥拝殿に向かいますが、この杉は大きい方ではありません


ちなみにこの門の向こうが表参道

先が見えない



遥拝殿が更にあり、その左右に十字形に社が建ちます



遥拝殿からその先の遥拝殿をみる



アップ

見えてるのはお祓い用の遥拝殿

宮崎神宮も同じ作りだったような



賽銭箱の上に由緒

第5代天皇による創建



裏から本殿をみます



この辺りには出生、東遷開始にまつわる伝承地が多数残っています

玉依姫は海人族の姫だと思うのですが、高千穂峰の麓に住んでいたのでしょうか

鵜葺草葺不合命の遠征について回っている最中の出産でしょうか

日向三代と神武天皇はそれぞれ複数の仮屋跡があるようです

この辺りには父母の伝承が全く残ってないのも不思議です

ここには地下式横穴墓があるようですが、発見されているものとしては境界にあたる地域です




④の一番外れになります

大隅を除いて鹿児島には全くない

大隅隼人と阿多隼人の区別があったりしてますが、阿多隼人が帰順するのは古墳時代終焉後なんでしょうか

それとも、単に同じ墓制を受け入れない部族だったのでしょうか

前方後円墳も同じような地域分布になってます

ちなみに日南市は吾平津姫の住まいで神武天皇の仮宮がありますが、前方後円墳も地下式横穴墓も見つかってません

お参りも済んで、バイクに跨り帰るだけなんですが、御池から高原町に向かう国道223とぶつかり、左折するとすぐに表参道入口があります



表参道、神前まで1.3km!

皇子原神社(元宮)まで全長2.5km

日本で一番長い参道のようです

これ知ってたので、西参道から入ったのでした

Uターンばかりで御池の周りの林道と、あと何箇所かの神社を回れませんでした

も一度高原町スタートでこの辺回らなくちゃ
Posted at 2026/03/30 17:11:43 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年03月30日 イイね!

宮崎県西諸県郡高原町 皇子原神社

宮崎県西諸県郡高原町 皇子原神社御祭神
初代天皇 神武天皇 (ご幼名 狭野尊)

創立年月日 第五代孝昭天皇の御代

狭野神社の元宮



皇子原公園の駐車場から参道を登ります



途中にまた鳥居

鳥居の奥に社が見えています



玉依姫が狭野尊を出産した場所のようです



一段高いところに社のみ



1号墳の上のようです

後ろは更に山並みが高千穂峰に向かって続いていて、横には公園のゴーカートコースが走っています



更に上にも皇子に関わる伝承地が複数存在しています

さて、下って狭野神社に向います

Posted at 2026/03/30 16:19:03 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年03月30日 イイね!

宮崎県都城市高崎町東霧島 東霧島神社の2

宮崎県都城市高崎町東霧島 東霧島神社の2東霧島神社(つまきりしまじんじゃ)

つまは端っこだからつま(端)なんだとか


これだけ登ってきました



あとこれだけ登れば到着です



やっと見えた





遥拝殿が十字形になってます




摂社が左右にあります



遥拝殿から本殿が見えます



ここも本殿が入れ子になってます

団体観光客が来てました

ここまで来ることは滅多にないので、せっかくなので寄ってみました


山登って疲れたけど、ここから御池を目指して林道に入りました
Posted at 2026/03/30 14:31:09 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年03月30日 イイね!

宮崎県都城市高崎町東霧島 八幡社と東霧島神社

宮崎県都城市高崎町東霧島 八幡社と東霧島神社八幡社 石碑に東霧島神社母所と書かれた社があるのですが、

コレはよく分かりません

この北に東霧島神社があります












地図だと八幡社と表示されます



この様な社のみ

由緒なども調べられなかった


その北に少し行くと

東霧島神社

御祭神
伊弊諾尊(いざなぎのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)
鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)
神日本磐余彦尊(かむやまといはれひこのみこと)(神武天皇)

創立年月日 孝昭天皇の御代



鳥居もデカい

案内図



由緒

東霧島神社は霧島六所権現の一つで「延喜式」に登場する霧島神社であるといわれる古社であります。 東霧島神社は霧島盆地・諸県地方を代表する奉斎山岳信仰の祈りの宮として祀られ、第五代孝昭(こうしょう)天皇の御代に創建されたと伝えられます。その後、第六十二代村上天皇の御代、応和三年(九六三年)京都の人、天台宗の僧、性空上人(しょうくうしょうにん)が巡錫参篭(じゅんしゃくさんろう)し、噴火出土で焼失し、埋没した神殿を再興されました。 江戸時代になって東霧島大権現宮と唱えるようになりました。御祭神は建国の祖とたたえられる伊弊諾尊(イザナギのミコト)を主祭神として地神5代の天照大御神(あまてらすおおみかみ)より神武天皇に至る皇祖を合祀し、ご神宝十握の剣(とつかのつるぎ)を御奉斎申し上げております。 御祭神は日本国土を生み給うた父で、国造りの神・国家の御守護はもちろん、広く農工・商すべての開運・福寿・治病・航海・縁結び・安産など世の中の幸福を増進することを計られました人間生活の守護神であらせられます。 特に、霊界の主宰人としてのご霊威は最も高く、古来より式内名社として尊崇されているほか、中世よりは厄除け開運の霊験あらたかなる権現様と親しく呼ばれているほど、根強い庶民信仰の代表的な神社であります。 ※神石の由来 天地が開け、万物が成長し初めた神代の昔。 天地創造の神である、イザナギの尊、イザナミの尊が誕生されました。 夫婦となられた二人の神様は国土・山川草木に至る私たちの生活に大切な「火の神」をお生みになられたことにより、妻イザナミの尊はこの世を去られたのであります。 夫の神、イザナギの尊はまだまだこの世に残さねばならないことがたくさんあります。 愛しい妻よ、今一度我がもとに帰ってくれよと嘆き、悲しめども亡き人は帰る術もありません。 その愛しい妻イザナミの尊を恋い慕う悲しみの涙で凝り固まったのが、「神石」(神裂石・魔石・雷神石・割裂神石)であるといいます。 そして、夫イザナギの尊が腰に付けていた「十握の剣(とつかのつるぎ)で悲しみの涙で凝り固まった石を今後再びこのような災難に世人が遭わないように‥‥と、深き祈りの心を込めて三段に切ったといいます。 「十握の剣」ほ当神社の神宝であり、厄除け・魔除けの神となり御社殿に鎮め納めております。 ※参道石階段 その昔鬼が霧島の神に願いをかけ、その契りの導きにより一夜にして、積みなしたといわれます。



なんか立派な掘り物がすえてありました

十握剣は神話にはよく出てくる名前ですが、長剣一般を指す名前のようです

主祭神イザナギとしてますがなにがしかの伝承の地では無く高千穂峰信仰と思われます



鬼の像が参道石段横にいます



鳥居横の巨木は根元が虚になってて抜けれるようです

続く
Posted at 2026/03/30 14:21:08 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年03月30日 イイね!

宮崎県都城市都島町 狭野神社

宮崎県都城市都島町 狭野神社御祭神
神武天皇(じんむてんのう)

創立年月日 不詳

昼飯食べてから狭野神社へ



都の城本丸の西側高台に社があります



結構広い敷地



説明文

東征の際にここから宮崎(皇宮屋)に向かったのであろう という





狭野神社ははじめ竹之下橋の下流500mの左岸にあり「須久束(すくつか)大明神」と呼ばれていました。 由緒や創建の時期は明かでないが、大永6年(1526)に再興された記録があり、古くから当地方の宗廟として崇敬されていました。幕末になって国学の昂揚にともない都之城跡は神武天皇の宮居跡説が唱えられ、明治5年に後祭神を神武天皇として社名も「狭野神社」と改め、都之城取添(とりぞえ)の一角に移されました。昭和15年の神武天皇の皇位2600年記念事業として、現在地(都之城西城)に移されました。

幕末に唱えられたのが由来なのか?

社名変更が明治5年というのも、日向三代陵争いに似た所があります



ここも本殿はがわの中にあるようです




日南の駒宮神社のように、一時期の住居跡(仮宮)だったのかもしれませんが、伝承がしっかり残ってないっぽいのがはてなですね



ここから山田町を抜けて高城町の東霧島神社を見て、林道に入ります
Posted at 2026/03/30 13:49:19 | コメント(0) | トラックバック(0)

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